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黒き覆終者  作者: 苺 けちゃ
第一章 堕天
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第一話 ヒーローの日々

宜しくお願いします

 陽の光がほとんど差し込まない深い森の中。

 二つの影が雄叫びを上げ、交差する。


「はぁぁぁッ!」

「グルァァァァァッ!!」


 ()()()()()白銀の剣が振り下ろされる。その先には、黒い靄を身体からあげ赤黒く血走った目をした二つの首を持つ犬のような化物。


 化物が咆哮する。瞬間、化物の黒い靄が触手のようにうねり振り下ろされる剣を側面から強かに打ち払い逸らすと、今度は靄を足の裏から吹き出させ凄まじい速さで接近しながら双頭で噛み付いてくる。


「ガァァァッッッ!!」

「ッ!」

「ギャンッ!!」


 だが、その噛み付いた先には逸らしたはずの剣が。さらにその剣は()()()()()状態でそれも凄まじい量の妖力が込められていた。化物は身体を止められず、開けた口ごと二つの頭をいっぺんに上下へと割かたれた。

 ドシャという音ともに崩れ落ちる化物。


 化物を斬ったもうひとつの影は残心を解き、ふぅ、とため息をつく。


「…ふぅぅぅ…疲れたぁ」


 そこに居たのはまだ多少あどけなさが残る端正な顔立ちの青年だった。青年は化物を斬った白銀の剣を鞘へと戻し、張り詰めていた気を抜くためにもう一度ため息をつく。

 すると、


『これで、もう154体だもんナ。よくやるよ、お前ハ』


 とねぎらいの言葉が青年の肩の上からかかった。声に対して青年は、首を振りながら疲れた声で返事をする。


「仕方ないだろう?頼まれたんだから」

『また、それかヨ。断ればいいだろうニ』


 そういって、肩の上に乗る小さな少女(妖精)はやれやれと青年の真似で首を振る。

 呆れるようなその素振りに青年は苦笑をして、その胸の内を吐露する。


「…だって、頼られるのがうれしいんだよ」

『ハァ…。まぁ、頑張れヨ。我らが英雄ヒーロー、ヴィダル様』

「ねぎらいありがとう、スィー。ついでに回復妖術よろしく」

『ハイハイ。……“短唱(ショット)、癒しの風よ、()きに吹け。―――癒善(エイル)”』


 スィーと呼ばれた妖精の少女がヴィダルという青年に煌めく緑の光を放つ。するとヴィダルは緑の光に包まれ、みるみるうちに顔から疲れが取れて見えた。


「うん。良くなった」

『それは、良かっタ。なぁ…ところでヴィダル、これ』

「…うん。それ以上はいうな。俺も同じ気持ちだ。つまり…」


「『どうすればいいんだよ』」


 目の前に広がる二人で倒した154体の化け物の死体の後始末を考え、最高峰の能力を持つ妖精と最強の称号を持つ妖術使いの二人は、またまた深くため息をついた。


~+~+~+~+~+~+~+~+~+~+~+~


 妖精。

 人間の手のひら大の大きさに、透き通るような羽を持つ、神秘の生物。


 それは太古の昔、人類が言葉を持つさらに前から存在していたといわれている種族。


 今の妖精自体も自分達がいつから存在していたか知らない、いや、興味が無いらしい。そのせいか妖精の起源は人類史よりも謎が多い。


 また、妖精は未知の力ーー妖術が使える。

 妖術は、火、水、風、地、光、闇の五属性に基づく超常現象を中心に、妖精や人の傷を癒す「治」、電撃の「雷」、精神異常を起こす「呪」など、妖精それぞれの特性がある。


 つまり彼等は人には踏み込めない領域の力を振るう、神のような存在であった。


 故に人間は彼等を恐れ、そんな人間を彼等は忌避していた。


 そこに架け橋をかけて種族同士で牽制し合う関係に終止符を打ったのが、妖精と契約し妖術を使うことが出来るようになった人間ーー妖術使いだった。


 妖術使いは、その名の通り妖術を使える。と、思われがちだが実のところ少し違う。

 妖術使いとはあくまでも妖精と契約することで妖精の使う妖術の恩恵を受けられる存在であって、彼等自身の力で妖術を駆使するのではない。

 つまり、妖精が使う妖術を契約によって妖術使いが代理で使うことが出来ている、というのが正しい。


 ただ、契約ができるのは限られた人間だけであり誰もがなれる訳では無い。なぜなら契約には妖精しか見抜けない生まれもっての素質が必要で、それがなければ契約することは叶わないからだ。この素質の有無は5年に一度、大陸の中央に位置する『エルシア皇国』で行われる『妖精契約の儀』に参加することで判断できる。


 ここで昔、三つの疑問が生じた。

 曰く、妖精の恩恵を受けるだけなのに、なぜ妖術使いに成れる人間と成れない人間がいるのか。

 曰く、恩恵だけでそれだけの力を得るならば妖精が強いのであって、妖術使いは強くないのではないか。

 曰く、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 一つ目の疑問については、現状、しっかりした理由は判明されていない。妖力の量が関係あるのではないか、という説が一時期通説となったが、妖術使いから人間は妖力を生まれ持つ訳では無く妖術使いとなることで初めて妖力を手にすることが正しい、と反論を受け、結局は妖精の気まぐれで特に理由がないというのが今の通説と化した。今でも妖術や妖精の研究家が研究しているが、明確な理由は判明していない。


 対して二つ目においては、明白な理由がある。

 それは妖術の恩恵が元は人間に有害であって、妖術使いは契約した際、それに耐えうるために一般人よりも身体が強靭になるから、である。分かりやすく例を挙げれば、妖精が恩恵として一般人に炎を纏わり付かせたとした場合、炎は命を燃やす地獄の炎となるが、妖術使いに炎を纏わり付かせると、それは万物から身を守る炎の鎧となる、ということだ。


 三つ目については断片的にだが判明している。

 初めて妖精と契約したのは約500年前のある男性、今のエルシア皇国建設の父であり、のちの賢者クラスノス・クライシスその人だといわれている。賢者クラスノスを中心とした一部の人間たちと妖精のおかげで妖精と人間は理解し合うことができ、今日に至っている。


 だが、何故、賢者クラスノス・クライシスは妖精と出会う事が出来て、どうやって契約を可能にしたのか。

 それはわかっていない。


 そして、ヴィダル・クライシスはその賢者クラスノスの直系の子孫である。彼は賢者の孫であることを証明するように凄まじい妖術使いとしての技量、センスを持って生まれそれは他の妖術使いとは比べ物にならないほど。さらには契約妖精スィーとの相性も抜群で、「英雄ヒーロー」と巷では呼ばれるほど優れた妖術使いなのだ。


 そんなヴィダルは今、自分達に依頼をしてきた村へと帰還中である。


 化け物たちの死骸は先程、スィーの妖術で焼き尽くして来たところだ。

 一匹ずつ灰になるまで焼いたのでかなり時間がかかってしまった、約2時間ほど。その間、何度もヴィダルはイライラして怒声を上げた。


 全部の死体を一気に焼くこともできなくはなかったが、その場合、周りへの損害、及び、二次災害が発生する可能性があったのでそこは自重したのだ。


 ちなみに、化物の正式名称は妖獣といい、人を襲い殺す存在だ。ただの獣とは違い、黒い靄(妖力)を操る上に身体能力が異常で妖術使いではない常人では動きを目で追えないほどである。そこで、常人ではない妖術使いが主にその討伐を担っている。


 妖獣についてはわかっていないことがほぼで、唯一わかっているのが身体の周りに妖力が常に漂っていることくらい。

 なので、どのくらいの頻度で現れるのかも現れる場所もわからない、事前の対処が不可能なのだ。その為、後手にまわる形にはなるが見かけたらすぐに討伐することで対処している。


 これに則り、ヴィダルはエルシア皇国への帰路の途中で立ち寄った村に駐屯していた妖術使いから、妖獣の目撃情報を受け、討伐しに向かったのだ。


「だぁーっ!鬱陶しい!何でこんなに草が茂ってるんだよ!」


 森に。


 深い。この森、変に深いのだ。

 思わず怒声を上げてしまうほどには。来る時はそこまで感じなかったが、結構、鬱蒼としており、歩けば木の根に引っかかるわ、だのに膝くらいまである草のせいで歩きにくいわと、とにかく散々なのだ。

 さらに、わさわさ無駄に葉の多い木のせいで辺りは薄暗く、神経を研ぎ澄すまさなければならない状態がずっと続いていた。

 それがまた、ヴィダルのイライラを天井しらずにしていた。


『まぁそう怒鳴んなヨ。感覚的にはもうすぐだろウ?』


 それを諌めるのがスィーだ。

 チラッと肩に視線を向けると、なんとも言い難い表情を向けるスィーがいた。

 まるで、母親が息子をなだめるような……。

 一応、スィーは妖精の女の子だ。

 口調や振る舞いから男に勘違いされることも多いが。


(それに、その、胸もそこまで……)


『……ヴィダル?何か失礼なことを考えてないカ?』


 いつの間にかジト目で睨まれていた。ヴィダルは、さっと視線を前に戻して平静を装う。


「いや、何も」

 フォローも忘れずに。

『…………』

「こほん。行くか」

『………後でお仕置きだナ』

「すみませんでした」


 お仕置き…。

 ヴィダルは思う。それはダメだと。以前、同じような何かをやらかした時の罰でお仕置きをくらったことがあったが、ヴィダル自身その時の記憶がまるっとない。

 あるのは、体に染み付いた恐怖。思い出してはいけない…。

 いつの間にかヴィダルが抱いていたイラつきはなくなってしまっていた。

 こんな風になんだかんだスィーはヴィダルをリラックスさせてくれる。


(いやでも恐怖でイライラを制裁するって、リラックスなのか…?)


 ………。

 ヴィダルは深く考えないようにした。


『まぁイイ、取り敢えずはあと少しダ。頑張レ』

「はーい」


 それからも、一向に先の見えない森に再度イラついたヴィダルが問答無用で森を燃やそうとするのをスィーが諌めたり、羽蜘蛛の巣に引っかかったスィーが驚いて辺り一帯の木を切り刻んだり、それに巻き込まれたヴィダルが危うく千切りになりかけたり、と紆余曲折ありながらも歩いて行き、やっと村の灯りが見る場所に出てきた。

 松明の配置からして村の西口だと案内された場所だった。その西口には村長を含め数人の村人の姿が見える。


(出発したのは北口のはずなんだけどなぁー)


 やはり相当に迷ったのか、全く見当違いの場所にでてきたようだ。

 思っていたよりも迷子していたことにヴィダルがスィーと顔を合わせ苦笑していると向こうも気づいたようで、こっちを見た瞬間、ぱぁっと顔を輝かせてこちらへと走り出した。その様子は安堵以上の焦りが見て取れる。


 思いもしない反応にヴィダルとスィーは驚く。

 しかしその理由は数秒後に判明した。


~+~+~+~+~+~+~+~+~+~+~+~


 走り寄ってきた村長は開口一番にこう言った。


「助けてください!」


「ちょっと、ちょっと!!村長さん!?どうしたんですか!?」


 あまりに、必死な形相で話しかけてくる村長。周りの村人も、「ヴィダルさん助けてください!」と一緒になって叫んでいる。

 何が…とヴィダルは、驚きながらも状況の説明を求める。


「村の子供たちが、攫われたんです!!」

「っ!!詳しくお願いします」


 村長や村人たちの説明によると、ヴィダル達が北口から森へと入っていってからしばらくして、いきなり森の中からものすごい勢いで村の西口へと飛び出してきた妖獣がその西口近くで遊んでいた子供二名をさらって森の中へと引き返していったらしい。


 目撃した村人たちはあまりに急なことと恐怖で動くことが出来ず、居合わせた村に駐屯していた妖術使いも姿を捉えることしか出来無かった。その妖術使いも含めて自分達ではどうにも出来ないからヴィダルさんにどうにかしてもらおうと、村の人々は森に面している村の西口と北の入口で待機していたとのことだった。


「その妖獣はどんなやつでしたか?」

「紫色で、それで…」

 村長たちは相当、焦っているようで会話の歯切れが悪い。

 仕方ないとヴィダルはスィーを見る。

 それに、スィーはわかっているというように頷き、歌い出した。


『ァーーーーーーーーー…』


 すると、緑色の波紋が空気を伝わり、


「え?…」

「?……」

「ほぇ?………」


 だんだんと村長や村人達が落ち着いていく。

 これは、スィーの特性属性「癒」の1つ“仙歌(ハーム)”。

 聞くもの全ての精神状態を落ち着かせる妖術であり、気性の荒い妖獣ですら、一瞬動きを止めてしまうほどの精神安定をもたらす。


 これにより、村長たちは完全に落ち着きを取り戻した。


「…有難うございます、ヴィダル様。妖術使いの方が仰っていた妖獣は、紫色で、翼と大きな耳を持っていたとの事です」


「ゴーンバット!やけに妖獣たちの数が多いと思ってみれば、統率妖獣がいたのか…!」

『ゴーンバット、カ。奴だから、私の“水波(ミュー)”の探査から捉えられなかっのカ』


 ゴーンバット。

 それは普通の妖獣を従えることのある、統率妖獣の名だ。

 「統率妖獣」とは、通常よりも妖獣としての脅威度が高く、加えてそれぞれが厄介な“特性”を持っている上位種のことだ。


 ゴーンバットは、辺りに漂う妖術の残滓である妖力を、自身の特性器官かつ武器である巨大な耳から出す超音波で振動させることで、妖術を効きにくくする擬似妖定界(ぎじようていかい)を展開できる。


 そのため、スィーが妖獣を探知するために常に張っている、属性「水」の探査系妖術“水波(ミュー)”に引っかからなかったのだ。


 それだけではない。ゴーンバットはその耳により飛行が可能なため、通常の四足妖獣よりも行動速度が速く、とてつもなくすばしっこい。


 そして、何よりも「賢い」のだ。


 ヴィダルは推測する。

 おそらく、ゴーンバットはヴィダル達が森で妖獣狩りを始めたことに早い段階で気づいていた。

そこで統率していた手下の妖獣を少しずつけしかけ、その間にゴーンバット自身は擬似妖定界を展開した。そして、ヴィダル達が手下の妖獣共を相手にしている間に森の西口へと向かい、子供を攫ったということだろう、と。


(完全にしてやられた)


 相手の方が上手だったことは認めざるを得ない。

 しかしそれでも、この失態は自分達のせいだとヴィダルは猛省する。

 統率妖獣がいることを考慮せずに目撃情報のあった森の北口付近を中心にしか警戒しなかったヴィダル達の迂闊さが原因にほかならない、と。


 くそっ!心の中で悪態をつく。


 ヴィダルの胸中に気づいたのかスィーも苦虫をかんだような表情をしている。


 だが、後悔している場合ではない。失敗したのならばその後の行動で取り返す。


 ヴィダルは苦みの気持ちを無理やり押しつぶし、再度思考に潜る。

 そして気づいた。ゴーンバットの行動の不自然な点に。


 おかしな点は三つ。

 ひとつ、何故、子供を攫うだけで殺さなかったのか。

 ひとつ、どうして、わざわざ来た道を戻ったのか。


 そして最後のひとつ。

 それは、万が一のために()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()こと。


 村を留守にしてヴィダル達が森に入って行ったのは、この事件への援護を頼んだ妖術使いが村に留まってくれるからだった。


 先程のやり取りも含め、思い返せば確実におかしい。

 ヴィダルがスィーに目配せするとスィーも同様の結論に辿り着いたとうなづく。


「村長さん、一つ確認しても?」

「は、はい。なんですか?」

「ここに駐屯していた妖術使いは?」


 ヴィダルがそう尋ねると村長は困惑顔をした。


「えーと、彼ならあの化物について我々に告げた後に『ヴィダル様があとは何とかしてくれる。私は皇都に今回の事件のことを報告してくる』と言って2時間ほど前に村を出ました」

「…村を、でた?」

「は、はい」

 依然困惑顔をする村長をよそに予想していたがありえては行けない事態にヴィダルは考え込む。


(皇都への連絡はまだ分かる。だがそれは俺が帰ってきてからでも充分。むしろ、それは後回しにする案件だ。目下の妖獣の大量発生という今回の事件で渦中の村をほっぽることなんてそんなことはしてはいけないし、いくら俺の実力を信じていてもそんなことをする妖術使いなんて居ない)


 思考の渦から帰ってきたヴィダルはスィーに尋ねる。

「スィー、どう思う?」

『なにかないわけが無いナ。それニ…』

「それに?」


 ヴィダルの問いかけに答えながら、スィーは森を睨めつけ、苦々しい表情で首を振り、


『いヤ、今は説明してる時間はないナ。ただ、あの森で私達は足止めされていタ、巡回中の妖術使いが仕掛けた妖定界で間違いなイ』


 そう答えた。


「…それは」

 ヴィダルは驚きに顔を染める。

 スィーを、あの五大妖精の一人であるスィーをも騙す妖定界?そんなものを使う妖術使いがいるのか?いたとした場合、そんな力量がある妖術使いならばこのくらいの事件は単独で対処可能じゃないのか?ならば、何故ヴィダル達に援護を求めた?その上でどうしてヴィダル達を足止めして妖獣の加担をした?


 その妖術使いは敵か?そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()

 もっと別の思惑で動いているようにしか思わない。


 ――――何かまだ、裏がある。


 そこまで考えてヴィダルは頭を掻きむしり

「くそっ、考えるのは苦手なのに」

 そう吐き捨てる。その様子をみて、

『ゾルバかネルフィアがいれば良かったがナ…』

 スィーもそう呟く。


 そもそも、ヴィダルとスィーは頭脳派ではない。強大な妖力と緻密な妖術と強固な連携で、とりあえず()()()()()()()()()。生粋の脳筋コンビだ。

 それゆえ、平時ならヴィダル達のストッパー兼頭脳担当の補佐官ゾルバやヴィダルの同僚で頭脳明晰なネルフィアがサポートするのだが、運の悪いことに今回はヴィダル達にとって急な国外への遠征で二人共ついてこれなかった。

 遠征先では五大妖精の一人ヴァーヴの契約者であるリノアーダの補佐を受け、ヴィダル達が単体で事件に当たることは無かった。ゆえに特になんの問題も起きずに上手く解決したが、この村での事件は皇国へ帰還中の出来事、ヴィダル達が単独で当たるしかなかった。


 そんな脳筋のヴィダル達は考える。


 問題は単純じゃない?解決には自分達では上手くいかない?――その通りだ。


 だが、()()()()()()


 今、一刻を争うのは子供たちの安否。

 妖獣に連れ去られただけで殺されていないのならば、取り返すことは出来るのだ。いや、取り返さなければならない。そこにたとえどんな裏の目的があったとしてもその企みごとただただ()()()()()()

 それだけの事だ。


 この森は広い。

 まだなんとかなる。


 ヴィダルはスィーに目配せをする。スィーも答えるようにうなづく。


(よし、やることは決まった。なら、手始めに…)


「村長さん。もう一つ確認させてくれますか?」

「なんですか?」


 きょとんとする、村長に真剣な声で聞く。


「この森は何か価値がありますか?」


「え?」

 村長は、何の脈絡のないその質問に困惑したようだった。

 だが、ヴィダルの真剣な表情を見て、少しして首を横に振り、話し出した。


「一応、薬草などの植物は存在しているようですが、今回のように妖獣も出現することもあって基本近づきません。価値があるかと言われれば特に、と言わざるを得ません」

「それだけ聞ければ結構です」


 その答えにうなづいたヴィダルは、真剣な表情を崩さず腰から白銀の剣を抜き、ある場所を示した。


「僕がいいというまでここから先に来ないでください」

「はぁ…」


 ヴィダルが剣によって示したのは、森に面している西口と北口にかけての一帯だった。

 先程の質問に加え、あまりに突飛な頼み。何故そこから先に来ることを拒むのか、村長たちには分からないことでしかない。しかし、村長たちにとってヴィダル達だけが子供たちを救ってくれる最後の砦。

 そのヴィダルの頼みを聞かない理由はなかった。


「分かりました。ヴィダル様」

「ご理解有難うございます。あと、村の皆さんをここに集めてください。本当に万が一でも、村の外に出られれば困りますので」


 再び、ヴィダルは剣で森に面している村の北口にたっている己の後ろを指し示し、そこに村人を集めるよう指示する。


「全員、ですか?」

「そうです。急いでください」

「分かりました」


 村長たちが村人全員に声を掛けるべく、走っていく。

 それを見送ったヴィダルは、左肩に乗っているスィーに視線を向ける。


「頼む。スィーならゴーンバットの居場所、探知できるだろ?」


 擬似妖定界は強力だ。

 一、妖獣のたかが、特性。なんて思ってはいけない。多量の妖力により固定された妖定界を一度張られてしまえばそれこそ、破壊に特化した攻性妖術くらいでしか突破できないのだ。

 当たり前だが、攻性妖術に威力の強さで劣る探査妖術なんぞ、通さない。


 それくらい、無茶な要望だ。


 だが、そう言われたスィーは体を淡く光らせながら、何を今更というようにあっけらかんと答えた。


『『はぁー。分かりきったこと聞くナ。できるヨそのくらイ』』

「わざとだよ」


 ()()()()()2人のスィーに、にっと笑って返すヴィダル。

 そこには、何物にも変え難い強い信頼がにじみ出ていた。


 すっと、ヴィダルの前へ浮遊しながら出てくる右肩に座っていたスィー。

 手の平を下へ向けたまま、正面に突き出し、妖力を練り始める。


『さてと、英雄ヒーロー様のご要望ダ。しっかりやらさてもらいますヨ。ーーー“水波紋(ミューデン)”』


 スィーの手の平に一滴の水滴が生じる。

 それは、音もなく宙に(したた)り………一波(いっぱ)の波紋を産んだ。その瞬間、


 パァァァァァァァァァ…


 生まれた波は煌びやかに輝きながら、広がった。

 スィーを中心として森全域(・・・)に。



 “水波紋(ミューデン)

 探査系の最高位に位置する妖術。“水波(ミュー)”の進化系とも呼ぶべきそれは探索できる範囲、精度が桁違いである。


 “水波(ミュー)”はこの森の一部を探査するのが精一杯だが、“水波紋(ミューデン)”は森全体を探査できる。


 そして…“水波紋(ミューデン)”は物や人だけではない、空気に漂う範囲内全ての妖力の流れすらも完全に探知する。そう、ゴーンバット自身を見つけられないのならその妖力自体・・・・を見つければいいのだ。つまり、妖力で妖定界を作っているゴーンバットは格好の標的となる。


 よって、


『見つけタ。反応は妖獣が1つ、人間の子供が2つ。距離1200。方向はここからみて西北西。ほんとに無駄に広いなこの森』

「さすがスィー。でかした。あとは俺に任せてくれ」


 すぐに見つかった。


『だが少し急げヨ。広いといってモ、相手はゴーンバットダ。グズグズしてると森を抜けられちまウ』

「大丈夫だ。もう………逃がさない」


 ヴィダルは静かにそう呟き、左肩に乗るスィーの指さす方向を()めつけ、手に握る白銀の剣を正中に構える。その様子を見届けたスィーは水波紋を行使し続けるもう一人のスィーに視線を投げかける。

 視線を受けたスィーは水波紋を手の平に収束させ胸に抱えて村へと飛んでいった。

 これで仕込みは完成した。


 すると、そこへ村人達がやってきた。


「ヒーロー様!息子と娘をどうか助けてください!」


 声を上げたのはさらわれた子供たちの親のようだ。ヴィダルは振り向くことなく白銀の剣を構えたまま返事をする。


「大丈夫です。必ず助けます。なので待っていてください」

「ありがとうございます、ありがとうございます…っ!」

「感謝されるのは子供達を助けた後です。ですから待っていてください」

「はい…っ!」


 これで、後戻りはできなくなった。もとよりするつもりは無いが。


   『助けを求められては必ず助ける』


 単純明快。故に、艱難辛苦の無茶苦茶で傲慢な野望。


 それが、ヴィダルの信念。希望。そしてやるべき事。


(俺は英雄(ヒーロー)として…そのために在る)


 己のうちに在るその信念を糧に、もう一度精神を統一し、白く煌めくその剣を真っ直ぐ構える。


「スィー…頼む」


『了解しタ。“我は、神の子。神秘を賜りし、この身は神の子。故に、我が神の力を借り、我の契約者へ、神意を授く。ーー神秘解放(アゾル)”』


 スィーから力が流れてくる。

 慈愛に満ちた神秘の力が、全ての始まりの一端が。


「綺麗……」


 それは村人の誰かが知らず呟いた言葉。

 彼らの前でその力の一端を解放したヴィダル達は、緋の粒子に包まれていた。

 彼らの瞳に映る緋の粒。一つ一つが誰かのために紡がれるヒーローの力の源であり、その心から漏れ出る光のようであり、どこまでも美しく舞い上がる。


 始まりの英雄(ヒーロー)がそこに居た。


 緋の中で、ヴィダルがゆっくりと瞼を開ける。

 一呼吸ののち、目の前にある森のその先を見通しながら、詠唱を開始する。


「“(ほむら)よ、燃えろ。焔よ、怒れ。神の子の手に刃を依代と捧ぐ。愚子(ぐし)は神ならざるが故に秘意(ひい)を求む(からだ)であり、故にこそ神意(しんい)を成し遂ぐ。焔よ、超えろ。焔よ、猛れ。ーー神子焔刃(フガロフ)”!」


 スィーにより底上げされた妖力を基に、ヴィダルの妖術の発動を鍵に、緋の粒子がぱちぱちと音を立てながら振り上げられた剣へと収束していく。

 集い、光り、弾ける刀身。そして、一瞬の末。

 ()()()()()()()


 それが、真っ直ぐに、森へと振り下ろされた。


 ゴアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!


 振るわれた剣から、紅の神秘ーー神焔が爆ぜる轟音とともに解き放たれる。



 視界を埋める緋色の炎光。

 振るわれた剣の先から、焔は止まることなく目前の森を呑み込んでいき、全てを焦土・・・・・へと還し、その先で爆炎と共に大爆発を起こした。



 剣を振り下ろした状態から暫くして、ヴィダルは残心を解く。


「ふぅ…。スィー、子供たちは無事?」


 ぱちぱちと神焔の残滓をまとった剣を火の粉を払うようにサッと振るい納刀するヴィダルは、スィーに子供たちの無事を確認する。

 するとスィーはヴィダルの頬へハイタッチをかましながら頷いた。


『あァ無事ダ。お前がゴーンバットの妖定界を焼いた瞬間に子供たちを村の分身の所に転送したからナ』

「さすがスィー。仕事が早い」


 スィーの“水波紋”にはもう1つ能力がある。

 それはマーキングによる転移術の補助。

 水波紋で捉えた対象をマークし、転移術の転移元…転化支点に出来る。ただし、マーク出来るのは物質だけであり、妖定界を転移元には出来ない。そこで、スィーは特性属性「裂」の“魂裂(ジグ)”により産み出した分身、()()に乗っていたスィーに水波紋を行使させ続け、ヴィダルが妖定界を破壊した瞬間、子供達をマーキング。そのマーキングを使い本体のスィーが転移系妖術“水瞬宙(アミュティ)”で子供達を予め転移先に設定しておいたその分身の元へと転移させたのだ。


 妖定界が破れて子供達が燃えてしまうまでのわずか数秒の間に行われた絶技である。

 ヴィダルの言葉には仕事を労う意味もあったが、その圧倒的な仕事の早さも含めてあった。


 それに対し、スィーはいつもの様に投げやりな返答を返す。


『褒めても何も出ねぇゾ。…それにしてもいつもより気合い入ってたナァ。あの森が全部燃えちまってるじゃねぇカ』


 スィーの感嘆の声を聞いて、視線を前へと戻すと先程まで存在していた北口から西口にかけての森が全て黒ずんだ灰となり、辺り一面が更地になった光景があった。


「へへ、あの森にはイライラしてたからな。ちょうど良かったよ、いい憂さ晴らしになった」

『フッ。憂さ晴らしで巨大な森の一角を更地に変えられるとカ、さすがは英雄ヒーローだナ』

「…そう聞くと英雄ヒーローの所業じゃないよな?」

『そう思うなら英雄ヒーローらしくふるまえヨ。というか、最後の大爆発、あれなんダ?』

「そもそも英雄ヒーローって柄じゃないんだよなぁ…。最後のはわかんない。ホムラには爆性なかったはずだし」

『ン~まァ、そんなこともあるカ』


 と軽口をスィーと叩きあう。

 互いの健闘をたたえたのちにふと、森が焦土と化してから何も言わなくなった村人達の方へとヴィダルが体を向けると、そこには口をぽかんと開けひどく驚いた顔をした村人達がいた。


 ヴィダルはそんな顔をしていることに逆に驚かされながら、理由を聞く。


「え?皆さんそんな顔してどうされました?」


 すると、村長さんが、驚いた顔のまま、

「いや…その…森がなくなっ…てしまったの…ですが?」

 と言う。


 なんだそんなことか。


「いやいや、あの森は価値がないんですよね?だったら少しでも燃やしてしまった方がいいかなぁと思って。ダメでしたか?」


 なんてことのないように言うと、村人達は顔を見合わせ、叫んだ。


「「「やりすぎですよ!!!」」」


『ま、その通りだナ』


 その後、村人達には子供達を救ってくれたことに感謝はされたが、それ以上に森を燃やし尽くしてしまうという加減の知らなさを怒られた。


 怒られている間、始終、肩の上で笑うスィーにいつか痛い目見せてやると、心に決めながらヴィダルは途方に暮れるのであった。


~+~+~+~+~+~+~+~+~+~+~+~


 少し前まで広大な森だった焦土の上で一つの影が揺らめく。

 あまりの火力に地面すら融解した、灼熱地獄の様相を呈する焦土。その上で立ち昇る蜃気楼にも思えるその影。

 寸刻、本当に幻であるかのように揺らめくだけだった影は突如こらえきれなくなったのか、恐らく上半身であろうあたりを震わせ始めた。


「くひくくくふっ…あぁ゛ぶなぁ゛いピピルどもだぁ゛ねぇぇぇ゛。…軽くこぉ゛げちまったぁ゛じゃぁ゛ねぇ゛かぁぁぁ゛い」

 

 子供の笑み声にも老婆の忍び笑いにも聞こえる哄笑をしつつ、影と思しきその存在はしゃがれた声で嘲りの言葉を吐く。獄灼にありながら、それを軽い火の粉程度にしか認識せず嘲笑で済ませる様はどう見てもまともな存在ではないことを表していた。


 しばらく嗤った影は、自身を落ち着かせるように独りごち始める。

 誰に聞かれるでもないが、誰もが波乱を予見するであろう独り言を。


「…まぁぁ゛、いいぃ゛。計画はぁ゛、上手ぁ゛くいったぁぁぁぁ゛。あぁ゛とはぁ゛、……くふっくひひっ…くひひくふくくひッくくくふふくくひひッ」


 こらえきれず、またも笑い出す影。

 今度は紛れもない歓喜を多分に滲ませて。

 怖気が走るほどの狂気を隠すことなく。


 止まることなく、笑い続ける。

 影が知るその先の絶望を想像して。

 影が待つその先の希望を思い描いて。


 揺らめく影は笑う。笑い続ける。

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