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嫁(カッパ)シリーズ

嫁(カッパ)とプールに行きました

作者: まるだまる

プールにしようか、海にしようか悩んだ。

 士郎が家の掃除を手伝い中、古新聞やチラシを束ねているとプールのリニューアルオープンのチラシを見つけた。もう随分と前のチラシのようだが、まだ足を運んでいない。一緒に行く相手もいなかったからだが。

 

 士郎はプールのチラシを手にナツメに声をかけた

 外見からそうは見えないとはいえ、ナツメは河童一族なのだから水が恋しいだろう。

 そんな安易な考えから士郎はナツメをプールに誘った。


「ナツメ。ここ行ってみない?」

 

「プール……ですか?」


 ナツメはチラシを受け取りまじまじと眺める。

 チラシにはウォータスライダーや波のあるプールが写っている。

 

「……行きたいです。士郎様が連れて行ってくださるんですか?」



 翌日、ナツメは士郎の母である千里に連れられ、街まで水着を買いに出かけた。

 千里から留守番を言いつけられた士郎は、ナツメの水着を一緒に選ぶことができず少し残念だった。 

 普段のナツメは露出が少ない服が多いので、ナツメの肢体が見れるチャンスだと思っていたからだ。


 そんな士郎の思惑をあっさり見抜き、当日の楽しみにしていなさいと千里は士郎に言い、士郎は一人寂しく家で待つことになったのである。

  



「水着よーし、タオルよーし、鞄よーし、財布よーし、携帯よーし、鍵よーし、全部よーし」


「水着よーし、タオルよーし、浮き輪よーし、鞄よーし、財布よーし、携帯よーし、勝負下着よーし、全部よーし」



 プールに行く日を迎え、玄関で天上家お出かけ前のお約束を済ませる士郎とナツメ。

 ナツメの点検に余計なものが混じっていたが、それよりも士郎には突っ込みたいものがあった。



「浮き輪?」


「泳げないからですが、何か?」


「泳げないって……河童なのに?」


「士郎様、河童だから泳げると思い込むのは偏見です」


「いつまで待たせるにゃ」



 士郎がどうやって突っ込もうかと考えていると、玄関からナツメの幼馴染であり友人でもある猫また一族のミーコが入ってきた。



「そうだ、そんなことよりこっちの方が問題だよ。女の子四人に男が僕一人って言うのがさー」


「……レミ。……いらない子?」  


 レミがドアの陰からそっと顔を出して、悲しげな表情で士郎を見つめていた。


「そんなことないよー? むしろいて? 一緒に行かないと僕は悲しいかな!」


 悲しそうな表情を浮かべるレミを見て、慌ててご機嫌を取る士郎だった。


 ぬりかべ一族の少女レミは、人見知りが激しく士郎に慣れるのも時間がかかった。基本口数が少ないだけで、この四人の中で最も危険要素が少なく、常識人でもあるので、士郎のレミ好感度は高いのである。また、一人だけみんなより頭一つ分背が低く小柄な体形をしているので、士郎の庇護欲を掻き立てる相手でもあった。



「いいじゃにゃい。ミーコさんもプールで泳ぎたいもん」


「ミーコさんは猫のくせに泳ぐの好きなの?」


「それも偏見だと思うにゃー」



 士郎にとってミーコはというと、自分よりも背が高く、マイペース過ぎて正直苦手である。 

 士郎も年頃の男の子なので、スタイルがいいミーコに目を奪われることもある。

 ミーコは気まぐれに猫のようにじゃれついてくることもあるので、士郎としては困った相手だ。

 

 ナツメに視線を向けると、なんだか申し訳なさそうにしていた。


 そもそもミーコたちがついてくることになったのは、ナツメがミーコたちにプールに行くことを話したことにある。士郎からプールに誘われたことをミーコに報告すると、ミーコが「ナツメだけずるい!」と自分たちも一緒に行くと言い出した。


 妖怪界には娯楽施設型のプールは大都会にしかなく、ミーコたちが住む街からは遠い。流れるプールや波のあるプール、ウォータースライダーを味わってみたいと前々からミーコは思っていたのである。そこにナツメから情報が入ってきたものだから飛びついたのだった。

 

 士郎はここで言い争っても仕方がないと諦め、玄関を出ると外で待っていたカヤを見て溜息を吐く。

 仲良し四人組の1人、鬼一族の少女カヤが和服姿でいたからだ。

 

 カヤは天上家に来るときに毎回和服姿で訪れている。

 これからプールに行くというのに、TPOを考えると和服姿は士郎に理解ができなかった。

 士郎がカヤに聞くと、実家が呉服屋を営んでいるので持っている服のほとんどが和服だと言い、どこがおかしいのか分からないような顔で首を傾げている。



「家が呉服屋だからって……本人がいいならいいけど。……そういえば、みんなの親の仕事って聞いたことないよね? 僕の父さんは保険会社務めのサラリーマンなんだけど」


「……レミの父……左官業」


「これ以上にないってくらい天職だよねっ!」


「ミーコさんちは代々漁師だにゃー」


「それ、魚が食べたいだけじゃないの!?」

 

「私の家は一族でクリーニング店を営んでます。河童マークのクリーニング♪ カッパ、カッパ、カッパッパー♪ カッパ、ラッパ、ラッタ、ルンパッパー♪ 油汚れも甲羅汚れも完璧落とします。クリーニングするなら河童の河野にお任せ! というのが、うちのCMです」


「……今のも何か色々突っ込みたいけど、みんな意外と普通の職業だね? どうも妖怪ってイメージじゃないよ」


「そうですか?」


 

 不思議そうな顔をしてナツメは首を傾げた。 

 

 色々、消化不良を抱えながらも、士郎はナツメたちを引き連れて出発した。

 家から歩いてバスに乗り換えプールへ。

 バス停から降りた目の前に大きな建物があり、正面右にチケット販売機、正面左に更衣室へとつながる入り口がある。

 

 それぞれチケットを買って入場。更衣室前で士郎はふと気付くと同時に不安に襲われる。妖怪少女たちを野放しにしていいのかという不安だった。士郎は四人に妖怪だとばれないよう慎んだ行動をするように言い聞かす。他の三人はともかく、士郎はナツメが一番心配だった。

 あんな大きな甲羅がプールに現れた日には大騒ぎになるだろう。


 更衣室でさっさと着替えて、出口付近で四人を待つ士郎。


  

「……遅い」


 かれこれ一〇分近くたつが、まだ誰も出てこない。

 

「士郎様、お待たせしました」


 ナツメは手に浮き輪を持って、息を弾ませながら駆け寄ってくる。

 ナツメは淡い緑色のビキニの上にゆるふわのタンクトップ、下はショートパンツタイプ。

 普段のナツメは露出が少ない格好が多いので、士郎はナツメの水着姿に見惚れた。


「士郎様……変じゃないですか?」


「いや、可愛いよ。うん……可愛い」

 

 思わず本音がこぼれ出る士郎だった。



 ナツメの後を追いかけてきたカヤはスポーティな黒のセパレートタイプの水着。引き締まった身体のカヤにはよく似合っていた。

 レミは白とオレンジが基調の花柄ワンピースタイプ、何だかふわふわ感があって可愛いらしい。


「じゃじゃじゃにゃーん。ミーコさんの水着姿お披露目にゃ」


 ミーコは白のビキニ姿で現れた。元々長身でスタイルのいいミーコだが、白の水着のせいか大きな胸がより強調されていた。水着に圧迫された肉圧が弾けんばかりに谷間を作っている。

 そんな豊満な胸に士郎の視線は釘付けになる。


「シロー君の目がミーコさんの胸で止まってる。シロー君はエッチだにゃー」


「士郎様?」


 ナツメは少しばかりむっとした顔をする。

 士郎はささっと視線をミーコから逃し、ナツメの視線を避けるようにプールに移す。

 

「じゃあ、さっそく泳ごうか?」


 誤魔化すように言う士郎。

  

 一行は先ずは水に慣れることから始めようと、膝くらいまでしかない浅瀬のプールを選択。

 レミが持ってきていたビーチボールで遊ぶ。


「……トス」 


「猫パーンチ!」

 

 レミが高く上げたビーチボールを飛び上がってミーコがアタック。

 しかし、当たり所が悪くボールはしゅるしゅると音を立て、バックスピンしながらナツメに飛んでくる。

 落下地点で構えたナツメは、タイミングを合わせてボールをトス。


「はい、カヤちゃん!」


 ナツメのトスでボールはバックスピンが止まり、カヤの真上へと上がる。

 

「士郎さん、行きますわ!」


「さあ、こい!」


 カヤの標的宣言に士郎は腰を落として構える。


 カヤは水面上まで飛び上がって、手を軽く振りボールをアタック。

 

 カヤが叩いたボールはドムっと嫌な音を立てる。

 その音が聞こえたときには、すでに士郎の目の前にビーチボールが迫っていて、士郎の額を直撃する。

 あまりの速度でボールが飛んできたので、士郎は全く反応できなかった。 

 

 ビニール製ビーチボールの破壊力じゃない。

 士郎は吹き飛ばされながら、ボールが割れなかったことを不思議がった。

 バシャアという水音とともに水しぶきが高く上がり、ぷかぷかと浮かぶ士郎だった。


「……さすが……頑丈」


「鬼が打っても壊れにゃいビーチボールをカヤも遊べるように妖怪界で買ってきたにゃ」


「そういうことは……先に言ってくれ」


 被害者第一号の士郎はプールの水に身を預けながらぼやいた。

 このあとはカヤの標的宣言を受けたものが、いかにその球を避けるかという遊びに変わっていった。


 ドッパーンと音と共に水しぶきが上がり、次に士郎の耳に聞こえたのは、ドムという鈍い音の後にバシャっと何かが倒れたような音が聞こえた。撃沈された士郎の横へ、カヤの無差別な砲弾でやられ、新たな犠牲者第二号となったレミがぷかぷかと流れてくる。


「……やられた」 


「レミちゃん、いらっしゃい」


 ナツメとミーコは、互いにカヤへトスを上げさせないようにと掛け合いを続けている。

 ミーコは素早く低めのパス。思わず拾ってしまったナツメのボールをミーコはカヤ目掛けてトス。


「次はナツメですわ!」


 その声に士郎は慌てる。


「もしかして、甲羅出るんじゃないの?」


「……大丈夫」


 びったーんと音がして、なつめの踏ん張る姿が見えた。

 

「……あれが河童一族。……技の一つ。……部分展開」

 

 ナツメの顔の前に甲羅の一枚だけが出現し、ボールを防いでいた。

 ボールの勢いは消しきれず、出現した甲羅に当たったままぎゅるぎゅると回転している。

 

「ああいうこともできるんだ? あれって無敵じゃない?」


「……そうでもない」


 レミの言葉と同時に、ナツメを守っていた甲羅が消え、ボールがナツメの顔を直撃した。

 甲羅でボールの威力が軽減されたがナツメはその場で膝をついた。


「……ナツメ。……あんまり妖力ない。……ちょっとしかもたない」


 甲羅全体を展開するのは妖力を使わず、部分展開するのは妖力を消費する。

 部分展開してしまうと、甲羅全体を再展開するのにタイムラグが生じてしまうのだ。

 ナツメがカヤの球を直撃してしまったのはそう言った理由からだった。


「ミーコさんの勝利にゃー」


「まだよ?」


「ふにゃ?」


 カヤの言葉にミーコはカヤへと振り向く。

 ナツメを直撃したボールは、高く跳ね上がりカヤの真上へと返っていた。

  

 そのボールをカヤは軽くジャンプしてミーコ目掛けて打ち込む。

 ドムと鈍い音がして、無回転のボールは、勝利を喜び完全に油断していたミーコを直撃し、ミーコは士郎たちの浮かぶ方へと弾き飛ばされた。


「……これ毎回……カヤちゃんの一人勝ちじゃないの?」


「……そうとも……言う」


 士郎とレミは、二人してぷかぷかと浮かびながら、ミーコが流れてくるのを待っていた。


 ビーチボール対決はカヤの一人勝ちに終わり、波のプールでナツメの浮き輪にみんなが捕まって遊泳。

 次に流れるプールで鬼ごっこをすることになり、ナツメが浮き輪なので若干ルールを修正。

 鬼は全員が捕まるまで継続。次の鬼は、捕まえた鬼以外でじゃんけんして決めることになった。


 じゃんけん勝負で最初の鬼はカヤとなった。

 士郎の脳裏に「あれ、これ危険じゃね?」と浮かぶ。


 士郎は他のみんなの行動を見て、自分の危機感に間違いがないことも察しがついた。

 他の三人はカヤが負けたのを確認すると同時に徐々にカヤから距離を空けている。

 

 

「カヤちゃん、一つ聞いていい?」


「何ですの?」


「カヤちゃんの鬼の力ってセーブできるの?」


「ああ、それでしたら――」


 不安そうに聞く士郎にカヤはニコッと微笑み返す。


「できるけどしませんわ」


 カヤの返事を聞くと同時に、士郎はすぐさま潜って水の流れを利用してカヤと距離を空けた。

 

(やばい、やばい、やばい。これリアル鬼ごっこだ。捕まると死ぬ可能性がある!)


 流れるプールを潜航し、カヤとの距離を必死で稼ぐ士郎。

 何度か潜航と浮上を繰り返しカヤの位置を確認。ちょうど反対側にカヤの姿が見える。

 どうやら数を数えていて、まだスタートしていないようだ。

 ルールは守る気があるらしい。


 士郎とカヤの中間地点には必死に離れようとしているナツメの姿。

 浮き輪のせいで他のみんなより距離は稼げていない。

 

 ミーコとレミは、士郎と同様に潜航と浮上を繰り返しながら、士郎よりも先に進んでいた。

 

 カヤは首だけを動かして、ナツメを視認、次に士郎を視認した。

 カヤはプールへと静かに潜り込み移動を開始。

 その姿はまるで獲物を見つけたワニのようであった。


 鬼一族の力――その一掻きは尋常じゃない速度を成す。

  

 ターゲットをロックオンしたカヤは、見る見るうちにナツメに近づき、浮上しながら水中でナツメの背中を軽くタッチ。その瞬間ドッパーンという音と共に水柱が上がり、ナツメが浮き輪ごと宙に飛ばされた。

 ナツメは顔が引きつったまま浮き輪をしっかりと抱いて「ひょええええ」と変な声を上げる。

 幸いナツメはすぐにプールへと落下。甲羅も展開せず士郎は安堵の息を吐く。


 士郎はカヤが自分を見つめているの気付いた。


 ――鬼だ。本当の鬼が来る。

  

 必死に泳いで逃げていた士郎だったが、首筋にぞくっと寒気が走り、背中を押される感触がした。

 その途端、士郎の身体は加速し、水の抵抗を全身で受け、目まぐるしく身体が回転し、上下左右も分からなくなり、周りに水泡がボコボコボコボコと身体を這う。 

 

 ――一瞬、気を失ったようで、士郎が気付いたときには、プカプカと浮かんでいた。

 合流したナツメに救助され、士郎は浮き輪につかまる。

 ちょうどそのとき、反対側でレミとミーコがカヤに捕まり空中に飛ばされていた。




「――次の鬼を決めてくださいな」


 疲労感の欠片もない屈託の笑みを浮かべるカヤに対し、残りの四人は未だに疲労感に包まれていた。

 

「……今、無理。全力で泳いだの久しぶりだし、開始3分もたたずに、全員が捕まるのっておかしいと思う」

  

「……カヤ……速すぎ」


 レミも相当きつかったのかプールの壁に寄りかかったまま呟く。


「しょうがないですわ。じゃあ、みんなが鬼でわたくしを捕まえるということで」


「その自信は何!?」


「無理だにゃ。カヤは水泳部だし、ミーコさんたちじゃ追いつけないにゃ」


「これ最初から企画倒れじゃん! やる前に気付こうよ!」


 疲労回復にみんなでナツメの浮き輪に捕まり、流れに身を任せて体力を回復。

 ぷかぷかと浮かびながら、次は何をしようかと士郎が声をかける。

 ナツメ以外の3人は揃ってウォータースライダーを指差した。


 乗り場へと移動し、スタート地点である高台まで登り順番待ち。


 改装されたウォータースライダーは滑り口が3つあり、滑り口には大量の水が流れ込んでいる。

 スタートからゴールまで完全な筒状で、連続ループ、シェイクダウン、スラローム、またループと進み、最後のヘアピンカーブを抜けたところで最大傾斜角からのストレートゾーン。早い速度で突入するので、ゴールでは高い水しぶきが上がりやすい。


 滑り口の右側に士郎、ナツメの順で並び。真ん中にレミ、カヤ、左側にミーコが並ぶ。

 士郎以外の四人はウォータスライダーが初めてて、士郎から要領を聞く。

 要は水を利用した滑り台なので、水の流れに身を任せればいいだけで難しいことではない。

 

「勢いをつけた方が面白いよ」


 士郎は、自分が先に行くので同じようにすればいいと付け加えてナツメらに伝えた。

 順番が回ってきた士郎は滑り台に座る。横から吐き出される水で尻が冷たい。

 手で勢いをつけ滑り込む。さながら水の上を滑るジェットコースターの感覚。

 手を少し広げると、わずかな抵抗が生まれ減速し、身を細めると抵抗が少なくなって少しばかり加速する。左右旋回、ループ旋回はちょっとした無重力を生みだす。

 

 筒状になっているとはいえ、筒の上半分は半透明で、天井や自分が通ってきた筒の下部が見える。

 士郎が上を見上げたとき、目に映る影を見て急に寒気を感じた。


 丸みのある楕円形の物体が滑っていた。しかも、その影は尋常じゃないくらいに加速している。

 

 なんとなくどころか、後ろから何が滑ってきているのは士郎にも分かっている。

 きっと初めてのウォータスライダーに恐怖を感じたナツメが途中で甲羅を展開したに違いない。


 背後から巨大な甲羅が勢いよく降りてくる恐怖もあるが、自らも滑っているので、どうすることもできない士郎は、逆に腹をくくり、覚悟を決めることができた。


 ――せめて、我が身でブレーキになってやろうと。


 士郎は背後から地獄への行進曲が近づいてくるのを感じる。


 来る。奴が来る。もうそこまで来てる。 

 

 背後を見上げると、甲羅が水を切りながら勢いよく滑ってくる、士郎は両手を上にあげ甲羅を受け止める。日々の甲羅返しで鍛えたその両手は衝撃を和らげるのに成功した。


「第一段階成功! 次は減速!」


 士郎は足を使って身体の抵抗面積を広げ減速を試みる。

 水の流速よりも滑走速度が速く、士郎の股の下にはどんどんと水が溜まっていく。

 それが減速効果を生み出していた。


「ナツメ! 怖がるな。僕もいるから怖がるな。甲羅を解除しろ!」


『早く終われ。早く終われ。早く終われ』


 士郎の必死の呼びかけに、ナツメはぶつぶつと念仏のように唱えていて返事がない。

 恐怖のあまりナツメの思考は止まっていた。


 若干の減速をしながらゴールの最下層へと突入、高いしぶきを上げながらプールへと放り込まれる。

 士郎らにとって救いだったのは、しぶきによって壁ができ、周りから甲羅を見られなかったことだった。


「ぷはっ」


 投げ出された士郎はすぐさまプールから顔を出し、ナツメを探す。

 士郎から数メートル離れたプールの底に大きな甲羅が沈んでいた。   


「……これ、どうやってサルベージすんの?」

 

 と、士郎は呆然と呟いた。 


 ☆

 

「よく、誰にも見つからずに済んだよね。僕、大騒ぎになるかと思って冷や冷やした」


「……すみません」


「わたくしたちも士郎さんに、ナツメが沈んだときの対応策を伝えていなかったのは失敗でしたわ」


「ミーコさんはまた行きたいにゃー」


「……レミも」


 経験豊富な幼馴染がいて助かった。

 士郎はプールに来る前はどうかと思っていたが、今は一緒に来てくれたことに感謝している。

 ナツメは一人、士郎の横でしょげかえっていたが、そんなナツメ見て士郎は耳元で囁いた。


「今度は二人できて、泳ぐ練習もしようか?」


 そんな士郎の言葉にナツメは目を見開いて驚いたが、すぐに笑みを浮かべて「はい」と答えた。 

 苦手だったプールが好きになるかもしれないと思うナツメだった。   


 お読みいただきましてありがとうございます。

 追加設定を考えるたびに、甲羅が使えないとの理由で没にするのありですか?

 ありです。

 

 

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