趣味ってなんだっけ
今日は私の家にみんなが来る。
現・剣崎家はギョウマとの戦いに備えた基地のようなもので色んなモノが揃っている。故にその時はよくみんなで集まったものだけれど、平和が戻ってからはそうでもなく――だから結構楽しみで、そわそわしてる。私にはもう家族は居ないし……。
(友達も全然いないからね……はぁ……)
戦いの事に時間を費やし過ぎた結果、人間関係は薄く、コミュニケーション能力も衰退してしまった。
「優希ちゃんと逢えていなかったらどうなってたのかしら……」
今持っている繋がりのほとんどは彼女がくれたものだし、彼女は戦いの最中も平和が戻ってからも、私を心配してよく尋ねてくれるのだ。
「……もっとしっかりして、優希ちゃんを安心させなきゃ。……けどそうしたら優希ちゃんも来てくれなくなるのかしら……」
途端に平常心が消えておろおろ。こんな調子だからダメなんだろうけどね。
――と、そこでみんなが到着したようで。良かった。なんだか心がホッとしていつもの調子に戻ることが出来た。
「みんないらっしゃい」
「いやどんないつもの調子だよ」
開口一番に彩音ちゃんに突っ込まれる。正直何故突っ込まれたかわからなかった。私は普段の調子でみんなに挨拶しただけだ。しかしみんなの視線から、その原因が私の手元にあることに気づく。
「あぁ、これ?見ての通りだけど」
「見ての通りじゃねえよ。何やってんのお前」
「何って筋トレだけど……」
ダンベルを持っていればすることは他にないはずだけれど?
「いやごめん。アタシらも驚きすぎたわ。部活によっちゃやってる奴もいるかもだしな。けどまぁあんま普段からそういう事してる奴もいないしさ」
「己を磨くのは大切な事よ」
「でももう戦いは終わったんですし……」
「油断は禁物。それに戦いが無くとも私は元々剣に生きる者だもの」
そう、私の父は知る人ぞ知る剣術の師範であった。だから昔はよくお父さんに剣を習っていたし、今も練習は欠かさない。お父さんの教えは今も私のなかで生きている。
「それに、こうしているのは私だけじゃないわよ。ねぇ?優希ちゃん」
「へへ……鞘乃ちゃんほど熱心じゃないけど……一応やってる、のかな。うん」
セイヴァーとしての役目を終えたが、今後完全に何も起きないとは断言できない。平和ボケして戦い方を忘れたりなんてないようにするためにも、鍛練は必要なのだ。それに鍛えて損な事も無いしね。
「ボディービルダーにでもなるつもりかよ」
「ならないわよ」
「……ま、そこは流石に考えてくれてるよな。良かったぜ」
何故か彩音ちゃんはホッと胸を撫で下ろしていた。なるはずないでしょうが。私だってムキムキのゴリマッチョにまではなりたくない。……というか、なろうと思ってなれるものでもないし。
呆れて彩音ちゃんから視線をそらし、私は続けた。が、そらした視線の方へ優希ちゃんが回り込んで私を止めた。
「でも鞘乃ちゃん、休憩も必要だよ?」
「……そうね。せっかくみんなも来てくれたんだし」
ゴトリ、と重い鉄の塊を置き、みんなでソファに座る。
葉月ちゃんが笑顔でお菓子を差し出してきた。
「持ってきたんです。みんなで一緒に食べましょう」
高そうなクッキーやチョコレートなどがケースに詰まっている。……なんと贅沢な。滅多に食べられない代物だから、味わって食べなくちゃ。あわよくば残してもらって日数単位でゆっくりと消化していきたいぐらいなんだけれど。
なんて考えていると、葉月ちゃんに突然尋ねられる。
「トレーニングは常に欠かさないのですか」
「えぇ、そうね。毎日決めた分だけやって、後は身体を休めているわ」
「えっと……その、趣味とかは……?」
「趣……味……?」
頭がフリーズした。
趣味。何だっけ。何をしてるときが一番楽しいんだっけ。
いや、そんな事をしている暇は無かった。……という言い訳はもう出来ない。戦いはもう無いのだから……。
「え、えっと……?か、カラオケ……?」
「困ったらとりあえずそれ言うのやめような。っていうかどんだけ気に入ってんだよ」
「まぁ一応趣味には入ると思うけどね……」
そんな事考えないのが普通になっていた。せっかく何でも出来る自由が手に入ったと言うのにだ。
「うぅ……なんだか急に哀しくなってきたわ」
「だ、大丈夫だよ。これから色々楽しいことが出来るよ」
「と言っても私最近の若い子が何してるかわからないから」
「おばあちゃんかな?」
こうして世間知らずの私はみんなに趣味を尋ねることにした。みんなの趣向も詳しく知っておきたいしね。……何か参考になれば良いけど。
「彩音ちゃんは遊び人って感じのイメージだから色んな事してそうよね」
「ケッ、ひでえ言い方だな。ま、趣味は多い方かね。まずはガン飛ばしに殴りあい……」
「止めなさい」
「冗談だ」
彩音ちゃんが言うと冗談に聞こえないから止めなさいって言ったのよ。
「そうだなぁ。ゲームとジャンクフード店巡りとか……」
「やっぱりそういう事じゃない!」
「ひっでえ偏見だなくそったれ!!」
外面が完全にそうだから仕方ない。
「ゲームっつっても別にゲーセンにたまってる訳じゃねえぞ。こういうのが好きなの」
そう言って彼女は携帯ゲーム機を取り出した。なるほど、これは家でも何処でも楽しめそうな趣味ではある。
「……けど、ゲームなんて目が悪くなる上に運動しなくなりそうね」
「うるせーな、マジに婆ちゃんかよ。こんなんでもおもしれえんだぞ」
「へぇ、上手いものね」
「彩音ちゃんはゲームの達人だからね~」
ゲーム、か。一応存在は知っていたけど、お父さんが買ってくれ無かったからやってみたいと言うのはあるわね。……少し、高そうだけれど。
「葉月ちゃんも色々やってそうね。習い事とか沢山やってるし」
「それはそうなんですが、特に好きでやっている訳でもないと言うのも正直な話……」
「そうなの。じゃあ、好きなことは?」
「そうですね……写真と編み物は好きですね」
「へぇ」
写真の趣味は知っていた。以前旅行に出掛けた際にも撮ってもらったし……あと、日頃から優希ちゃんと私の事を、ね……。
(……でも正直優希ちゃんとのツーショット写真は欲しい)
今度買い取ろうかしら。
「けど、編み物は初耳ね」
「わざわざこしらえなくても、良いもん買ってもらえるだろうにな」
「でも、自分の気持ちのこもったモノを作り上げるのも素敵じゃないですか」
ある程度のモノはなんでも手に入れることが出来る葉月ちゃんだからこそ、それに惹かれたのかもしれないわね。
「あとそれをプレゼントしたりなんて」
「うんうん。手作りだと気持ちが伝わりやすいし、貰う側もなんだか嬉しくなっちゃうよね!」
「プレゼント……」
なるほど。それは盲点だった。私も今度何かを作ってみようかしら……。
そうしてチラリと優希ちゃんを見ると、視線に気づいたのか、笑顔で口を開いた。
「じゃあ最後は私だね。私はね……」
「食べることとよく寝ること。お絵描きに可愛いモノ集め。それから人助け……最後のは少し趣味とは違うかもだけれど」
「うぇええ!?全部言われちゃった!」
「優希ちゃんとはみんな以上にお話ししてるもの。趣向は押さえてあるわ」
「そっかー。覚えててくれたんだね。嬉しいな、えへへ……」
「当然の事よ」
優希ちゃんと過ごした記憶は、私のなかでとっても大切に残っているのだから。
「ハッ……そうか。これが私の趣味……優希ちゃんそのものが私の趣味だったのよ!」
「何いってるかわかってんのかお前。さすがに引くわー」
「私が趣味……?え!じゃあ私ってゲームとか編み物と肩を並べてるの!?それって凄くない!?」
「お前、それで良いのか?」
「あぁ……ありがとうございます。今日も妄想が捗りそうです」
「……もう良いわ。勝手にしてくれ」