胃袋を掴め!弁当対決
戦い後日の件も解決し、私のセイヴァーとしての物語は、本当の意味で幕を下ろした。
以来、その事も笑い話程度で済むようになったりして。「言いたい奴には言わせときゃ良いのさ」と、彩音ちゃんはさりげなく励ましてくれた。
確かに、そうするしか無かったのだろう。私は嫌な気持ちになったが、それでも人々が恐れを抱く気持ちもわかる。
だけど同時に沢山の人が信じてくれたし、いざというときになればきっと力を合わせる事が出来るはずだって、私は信じている。だから私はもう大丈夫だ。一緒にいてくれる大切な人達だっているしね。
――さて、前置きが長くなったけど。
「うわ、優希じゃんビックリした!なんでもう起きてんのよ」
早朝。私は一人、台所に立っていた。
「あぁお母さん。お弁当作ってるんだよ」
その為に頑張って珍しく早起き。ふぁあ眠い。なんてのんきに欠伸をかいては、料理に集中せねばと顔をはたく。
そんな娘の後ろ姿を見て母は成長したなと感動の涙を流すのであった……。
「流すわけ無いでしょうが。どうせなんか企んでるんでしょ」
「うわぁ信用無いなぁ。まぁ、確かに企みだね。付き合わされてる側だけど」
「……うん?どゆこと?」
……では、こうなった経緯を説明しよう。
起こったのは昨日。提案者は彩音ちゃん。……また馬鹿な事を。と落胆したいところだけど、一応は以前の失敗があったからこその発案だった。
「……『第一回チキチキ!皆を唸らせるのは誰だ!?どうせアタシが一番美味しい弁当作れるんやろ選手権~!』」
「……いきなりどしたの彩音ちゃん」
「今度はみんなで出来る事を考えたのさ。各々自分の手作りで弁当を作り、誰のが一番美味いかを決める……まぁ、そのまんまの企画ってわけ」
そう、それだけの事だ。彩音ちゃんの言うことにしては珍しくまとも。
しかし正直に言うと私はあまり進んでやりたいとは思えなかった。普段ほとんど料理をしないから腕にあまり自信がない。そして眠い。遅刻魔の私からすれば、普段よりも格段に早く目を覚ますのは厳しいことこの上ない。
でも、反対する人は特に出ず。私一人反対の意思を示しても、彩音ちゃんには跳ね返されるのがオチだ。
……で、しぶしぶ料理中。
「……はぁ。後は何を作れば良いんだろう。さすがに残りのスペース全部ご飯ってのは寂しいしなぁ……」
レパートリー少ないな、私。
一応、鞘乃ちゃんにアドバイスを貰おうとメールは送ってみた。鞘乃ちゃんは料理面でも凄い。私がもっとも好きな料理は鞘乃ちゃんの手料理だ。彼女はとても一般的には食べられないような味の料理を作り出す、凄まじい才能を持ち合わせている。
(それになんか、あったかい気持ちになれるっていうか……)
とにかく、すっごく美味しいんだ。
いずれは教えて貰おうと思っていたし、ちょうど良い機会だった。
……でも返ってきたメールはこう。
『駄目よ。いくら優希ちゃんの頼みでも今日は各々の実力を披露する時!ありのままの優希ちゃんの料理を期待しているわ!』
……何故か結構ノリ気。残念ながら、私は孤独に戦う道を強いられてしまったんだ!
「あ、そうだ。なんならお母さんが教えて……」
「嫌よ面倒くさい。というか本当に嫌ならバックレたら良いじゃない。寝坊するのが当たり前のあんたなんだから、無理だったって言ってもあぁそうで済む話でしょうが。というかさっさと空けてほしいわね。お父さんのお弁当作んなきゃだもの」
「……」
ぐうの音も出ない。
――かくして、何故か真面目に取り組んだ哀れな私の弁当は完成し、それを引っ提げ今日も学校へと走り出した。
――お昼休み。
運命の戦いは、屋上で行われた。
「よっし、始めるぜぇ!サブタイは長いんで省略だァ!」
「だったら最初から言わなきゃ良いんじゃ」
「うっせ。こまけー事ァ良いんだよ!弁当タイムの幕開けだァー!ひゃっはー!!」
それではエントリーナンバー一番・新庄優希。
「……っていうかいきなり私!?」
「いずれは見せることになるんだ、良いじゃねえか!そら、開けた開けた!」
半ば強引に開かれた私のお弁当。そこに入っているのは……。
「んーどれどれ?玉子焼きや炒め物などのシンプルな料理が多いな」
「あ、あまり難しくない料理にしようかなって。それでもちょっと不恰好だけど……」
「そんな事ないですよ。中でも注目すべきはやはりご飯!海苔で可愛いキャラクターを作ってる……優希ちゃんらしくて愛らしいですね!」
「そ、そうかな……ちょっとでも何か出来たらって、えへへ……」
なんか、子供っぽすぎて笑われるかなって思ってたけど意外と好評だ。
「見た目だけじゃないわ。とても美味しいわよ」
「そ、そう?……普通過ぎない、かな?」
「私は好きよ。完食したいくらい」
「おいアタシらが食う分も残しとけよー!」
鞘乃ちゃんに誉められてすごく嬉しい。鞘乃ちゃんちょっと大袈裟過ぎる気もするけど……へへ。
では続いてエントリーナンバー二番。葉月ちゃんだ。
葉月ちゃんは舌も肥えてるだろうから、味付けが凄く美味そうだな。
「かなり期待が持てるぜぇ~よーし、オープンだ!」
出てきたのは、私と同じでごく普通の料理。しかし見た目からして出来がまるで違う。
「綺麗に纏まってる感じだなぁ。和風メインできたか」
「えぇ。お母さんは和食が得意ですので、習ってると必然的に多くなってしまうのです」
「葉月ちゃんのお母さんの料理、前に食べさせてもらったけど凄く美味しいんだよね」
「あぁ。なんつーか、特別インパクトがあるって感じでも無いけど、じわじわ来るっていうか……上品な感じだったよなぁ。それが受け継がれてるってことは、すっげえ美味いって事に違いねえ!」
彩音ちゃんが勢いよく口に運んだ。出汁の味が染み込んでそうな煮物……美味しそうだ。しかし彩音ちゃんの様子は、どんどん豹変していく。
「そうそう、やっぱ最初はインパクトが無いようで……無い……ようで……い……インパクト……?インパクトオオオオオオオオオオ!!」
「!?」
そしてぶっ倒れた。
「あ、彩音ちゃん!?え?なにこれどうなってるの!?」
「なんか発狂していたようだけれど……」
気になって鞘乃ちゃんは料理の匂いを嗅いだ。私は恐る恐る箸を伸ばす。……そして鞘乃ちゃんにすごい勢いで止められた。
「優希ちゃんそれ以上いけない!」
「え?え?」
「『理解る』のよ……どんな味かまでは判別できないけど、幾多のとんでもない刺激臭と、まともそうな料理の裏に蠢く凄まじい闇の気配を……」
「えっ!?何?ギョウマとかそういう話?」
いや、そうではない。それはもっとシンプルで純粋な感情が引き起こした闇……。
「お母さんの料理って美味しいんですけど……もっと自己流のアレンジを加えたくてですね。オンリーワンを……私らしさを、出してみたくて、ですね……」
探究心という、悪意なき、殺意だった……。
――闇は、まともな評価を下すまでもなく最下位であることはほぼ間違いなかった。一人の犠牲者が、その証拠だ。
「おい待て勝手に殺すな」
「あら、無事だったのね」
「そう簡単に死んでたまるか」
無事を確認し、ほっと胸を撫で下ろすと、今度は葉月ちゃんが俯いていた。
「ご、ごめんなさい私のせいで……」
「き、気にすることないよ!ね?彩音ちゃん」
「え?あ、ああ……誰にだって間違いはあるさ、うん」
彩音ちゃんでも下手に叱れないから、少々厄介だったりする。葉月ちゃんは純粋なだけなのだ。
さて、闇の処理は済み、エントリーナンバー三番。
「待ってました!鞘乃ちゃんのご飯!」
「ふふ、優希ちゃんったら。期待してもいつもと変わり無いわよ」
「でも鞘乃ちゃん、なんだか凄く乗り気のようだった気がしますけど……」
「あぁ、だって優希ちゃんのありのままの手料理を食べてみたかったんだもの。もうノルマ達成よ」
それで何も教えてくれなかったのか。欲望に忠実だなぁ。
まぁどちらにしろ――そのいつも通りのご飯が私は好きなんだけど。
しかし鞘乃ちゃんの言葉にはまだ続きがあった。
「……料理自体はいつも通り作ったけれど、お弁当という意味では趣向を凝らしてみたわ」
そう言って三つの弁当箱を取り出す。
「これは彩音ちゃん。栄養をバランスよく摂れるようなメニューで作ったわ。貴女普段はジャンクフードばっか食べてるから」
「お、おう。サンキューな」
「これは葉月ちゃん。あまり運動が得意じゃないようだからスタミナ料理を。基礎体力からきちんとつけていきましょう」
「は、はい!ありがとうございます!」
なるほど、個人に合わせて作ってきたって事ね。……料理自体もかなり工夫されてるように思うんだけど……。
まぁ、鞘乃ちゃんの料理っていつも通りが既に凄いから、あんまり意識してないのかも。
「あ、それで私のは……」
「もちろん。はい、優希ちゃんのお弁当。優希ちゃんにも健康でいてほしいから、栄養面を考えた配分なんだけど……メインはその唐揚げ。……陽向さんの料理で一番好きって、言ってたから」
「鞘乃ちゃん……!……ありがとう、とっても嬉しいよ」
笑顔を見せると、鞘乃ちゃんは頬を紅くして頷いた。
確かに唐揚げはかなり好き。でも、それを覚えててくれてた事が嬉しくて、なんだか美味しいを通り越して幸せの味がしたって感じ、えへへ……。
(それにしても、鞘乃ちゃんはみんなの事をしっかりと見てるなぁ)
まぁ当然か。……色々、大変だったもんね。鞘乃ちゃんにとっては今あるみんなとの繋がりが何よりも大切な事に違いないんだ。
「優希ちゃん?……口に、合わなかった、かな?」
「ううん!っていうかとんでもないよ!」
「すっげえ美味いもんな。色々と考えてるし、鞘乃は良い嫁さんになりそうだぜ」
「良かったですね、優希ちゃん」
「え?なんで私?」
……さて。
ここまで単純明快な対決ばかりだった。残すは彩音ちゃんだけ。
「最後はアタシだな!うっし、特とご覧あれ!」
そう言って出されたのはほぼまるまる炒飯で、気休め程度の数だけおかずが見繕われていたお弁当だった。
「実は炒飯以外ほぼ昨日の晩飯の残りだ」
「言い出しっぺが一番手抜きじゃないの」
「ハハ、悪い悪い。けど、アタシも結構自信あるんだぜ。流石にお前ほどじゃねえけど」
そう仰るので炒飯をみんなで一口づつそれをいただく。
「……あ!美味しい!」
「だろだろ?」
私は昔ご馳走になったことがあるから知っていた。彩音ちゃんはこう見えて料理が上手いのだ。
「結構家庭的なんだよね~彩音ちゃんも」
「よせやい。そんな聞こえのいいもんじゃねえよ」
「とかなんとか言って嬉しそうに見えますよ」
「だっ……だ、だから別にそう言うんじゃねえって」
「照れてるのかしら?彩音ちゃんも中々可愛いところあるじゃない」
「うんうん」
「やーめーろー!アタシはそういう柄じゃねえんだよ!」
彩音ちゃんはしゃがみこんでこう言った。
「母ちゃん仕事で忙しいからアタシが手伝ってるだけ!ほんとお前らが思ってるようなもんじゃねえからな!」
そう言って舌打ちを溢して私達から視線を反らした。……そして視線を感じてすぐに振り返る。
「彩音ちゃん……貴女……」
「おいやめろそんな目でみるな」
「何を恥じる事があるというんです?立派じゃないですか!」
「だからそういうのが嫌だっつってんだろ!あぁもう来るな!」
既に事情を知ってる私は高みの見物という風にその様子を見守っていた。
唐突に始まったお弁当対決の結果はうやむやになり、ただ彩音ちゃんの株が上がるという奇妙な終結を遂げた。
(当の本人的には、今回の企画も失敗って感じだけどねー)
「もうやだ……なんでいつもこんな目に」
「よしよし……彩音ちゃんはいつも楽しませてくれてるよ、ありがとう」