取り戻した日常
『セイヴァー』――。
優希ちゃんと私・剣崎鞘乃は、そう呼ばれる戦士になり、ギョウマという名の怪物と戦っていた。
それは過酷で、苦しい戦いだった。だが一ヶ月前、私達の世界に舞い降りた戦いの根源である存在との対決により、全ては幕を下ろした。
しかしその後待ち受けていたのは、私達の存在の危険視であった。
最後の戦いで多くの人間の目に晒されてしまったセイヴァーという存在。いくら人類の味方として戦ってくれたとは言え、人知を越えた巨大な力の持ち主であることに変わりはない。そう考えた一部の人間が、私達を批難した。
もっとも、それは数日の内に欠き消された。私達を信用してくれた声の方が圧倒的に多かったからだ。私達も命懸けだった。それも多くの目にはしっかりと届いていたようだ。
私達がまだ幼い子供に過ぎない為、責め立てる気にはなれないというのも、理由の一つだろう。ある意味、甘く見られているというのもある。
なんにせよ、私達の平穏はそれほど時間もかからず戻ってきた。私達の知らないところでセイヴァーシステムの安全性の検証などもいろいろされてたようだが……どうでも良かった。ようやく、私は戦士でいずに済むのだと。
戦いを通して優希ちゃんと出逢い、私は絶望から救われた。どんな時でも元気付けてくれた、優しくて、楽しい子。……彼女と一緒の、普通の生活。それを考えるだけで、幸せだった。
だけど、くだらない一部の声で追い詰められていたのは、他でもない優希ちゃんだったのだ。
――戦いから一週間ほど経った、ある日の事。
「はい……。……っ!さ、鞘乃ちゃん……」
「最近あまり家に来てくれないから、こっちから来ちゃったわ。優希ちゃんったら冷たいわね。戦いが終われば私の事なんてどうでも良いのかしら?」
「……」
「……冗談よ。誰のところにも顔出してないそうね。彩音ちゃんも葉月ちゃんも心配してたよ」
「……ごめんごめん。外に出たら、また聞きたくない事聞かされるのかな~って思って」
そうやって優希ちゃんはとぼけようとしているが、明らかに元気がない。
敵であるギョウマともわかりあおうとしていたような子である上に人間の可能性を誰よりも信じて訴えかけていた子だ。その人間から拒絶されてしまえば、こうなってしまうこともおかしくはない。
優希ちゃんを傷つける奴らは私がぶん殴って二度とそんな口を利けなくしてやろう……そう考えもしたが、きっと彼女自身が一番哀しむ。
私に出来ることは、彼女を励ますことだけだ。
「……戦いのせいで街は滅茶苦茶。困ってる人もさぞ多いでしょうね」
「……」
「……優希ちゃんが戦いで出した答えってそんなもの?だとすれば、はじめて逢ったときの方が、私には輝いて見えたけど」
その言葉は届いてくれたのか、優希ちゃんは動き始めた。次の日から街の復興に関して、自分が出来る範囲で手伝いを始めていた。
元々、正義感が強い子だ。困ってる人を見逃せず、首を突っ込んでしまう。そんな子で無ければ、そもそもセイヴァーなんて引き受けられなかっただろうしね。
だけどその優しさは時に空回りし、誰にも心配をかけたくないと一人で抱え込んでしまうことも少なくはない。彼女の無茶は良く見てきた。
立ち直ってくれたようにも見えるが、私の期待に応えようとするため、無理をしているのかもしれない。そう考えては、不安が募る毎日だった。だけど触れることで、また彼女を傷つける可能性すらある。
それはきっとみんな同じだった。難しい話だ。だからこそ誰しもが、それに触れることを止めた。
だがその確証を今日、ついに彼女はみんなの前で口にした。
『本当にもう大丈夫だから。あんなことは気にせずに、前に進もう』と。
――夜。優希ちゃんの部屋。
さすがに四つも布団を広げるには厳しい状況であったが為、同じ布団に二人ずつ入ることに。
「うし!じゃあじゃんけんな!」
と、気合い満々に彩音ちゃんが拳を天に振り上げた。だが私は、それを遮りこう言った。
「……私、優希ちゃんと一緒が良い」
葉月ちゃんは喜び、彩音ちゃんがうげぇと表情を歪める。
「鞘乃ちゃんもようやく素直になりましたか!」
「いやそう言うんじゃなくて……」
「どっちにしろダメダメ。みんな平等にって奴だ」
が、優希ちゃんが私を力強く引き寄せこう言った。
「……私も、鞘乃ちゃんとが良い」
そこにはいつものほんわかした彼女はいなくて……真剣にそう訴えかけている彼女がいた。
「ごめん。わがままだっていうのはわかってるんだけど……どうしても、鞘乃ちゃんの傍にいたいの」
何か訳がある。そう感じ取った彩音ちゃんは仕方ない、とそれを承諾した。
「お前がそうまでしてやりたいことなら拒まねえさ。ただ、も一度確認するぞ。本当にもう大丈夫なんだな?」
「うん。私なら、もう大丈夫。百パーセント新庄優希って感じだよ」
「意味わかんねえけどそう言うなら安心してグッスリ眠らせてもらうわ。後は好きにしなよ。あ、けどベッドの使用権はアタシらが貰うからな」
「……アッハイ」
……私と優希ちゃんは同じ布団に潜り込んだ。少々狭いが、お陰で不自然さもなく彼女にくっつくことが出来た。
と言うのも葉月ちゃんが想像しているようなおかしな意味でこうしたいから、志願したのではない。
優希ちゃんはもう平気だと言ったが、それでも目一杯安心させてあげたかった。私が傍にいると。
……いや、事件の事が彼女の口から発せられたからこそ、これまで堪えていた気持ちが湧き出てきたのだ。
「……ごめんなさい。私は、今まで貴女の為に何もしてあげられなかった」
小さく耳元で呟いた。優希ちゃんは同じように小さく返す。
「そんなことないよ。鞘乃ちゃんがあの日言ってくれた言葉のお陰で、私は自分に戻れたんだもん」
「……でも、それはやっぱり私が優希ちゃんに無理させてたって事よね?」
「そうかもしれないね。……けど、好きな人の気持ちに応えたいって思ってする無茶は、間違ってることなのかなぁ?」
優希ちゃんは私を抱き寄せた。しっかりと、なんなら少し苦しいくらいの力で、私を精一杯抱きしめていた。
「みんなが、鞘乃ちゃんが、私を待っててくれたから。信じてくれたから……だから、嫌な気持ちにさせられても――同じ人間に責め立てられる事になっても、絶望に呑まれずに済んだんだよ」
「優希ちゃん……」
優希ちゃんの強い意思を感じた。私を……私達を、心から信じてくれる、強くて優しい、意思。
応えたい。私も、彼女のその想いに。そしてそれこそが、きっと私に今出来る事。彼女のために、してあげられる事。
「……ずっと信じてる。私、優希ちゃんの事を。例え世界中が敵になったとしても……私は、貴女を信じて一緒にいるわ」
「鞘乃ちゃん……」
――違う。
今だけじゃない。私はずっと、そのつもりだった。それくらいの恩と……想いを、貴女に抱いているから。
私は優希ちゃんにより密着するように彼女の身体へ顔を埋めた。ほんの少しでもこの気持ちを伝えられたらと、今出来る方法で語りかけた。
少し驚いたようにピクリと彼女の身体が反応する。しかし突き放される事はなかった。そうして温もりを伝えあって。
……ふと、声が飛んでくる。
「その通り。アタシらはずっと信じてたぜ」
「……グッスリ眠らせてもらうんじゃなかったの?」
「邪魔する気は無かったんですけど……話題が話題でしたので」
彩音ちゃんと葉月ちゃんだ。幸い毛布の中なので優希ちゃんと抱きしめあっているところは見られていないだろうが、それでも少々恥ずかしい。
だが、二人も優希ちゃんの事を大切に想っている。本当に優希ちゃんが元通りなのか、心配してしまうのは当然の事だろう。
一旦優希ちゃんから離れ、二人一緒に上半身を起こす。彩音ちゃん達も同じ体勢だった。
「そもそも、普段あんだけ能天気な癖にナイーブ過ぎるんだよお前は。矛盾の塊か!」
「そ、そりゃ仕方ないよ。私達中学生なんだし、女なんだから」
「そうよ。それに優希ちゃんはナイーブじゃないわ。優しすぎるだけ。どこぞの誰よりもね」
「甘ちゃんなだけだろうが」
「まぁまぁ。もう夜も遅いですから、その辺にしましょうよ」
……優希ちゃんと彩音ちゃんのおふざけから始まり、私が割って入って滅茶苦茶になった場を葉月ちゃんが纏めてくれる。
当たり前の光景なのだが、今はとても楽しく感じられた。
「葉月の言うとおりだな。おばさん達に迷惑をかけてもいけないし、おとなしく寝るとすっか」
そう言って彩音ちゃんは優希ちゃんの肩を掴んでニッと笑った。優希ちゃんは嬉しそうに口元を歪ませる。
「……みんな、ありがとうね」
「いえ。むしろ鞘乃ちゃんのようにお力になれず、すいません」
「……え?私?私だって何も……」
「何言ってんだよ。お前さぁ、自分だって追い込まれてたってのに、優希の事ばっか考えてたじゃねえか」
……あ、そっか。
私もセイヴァーだし、本来なら励ます側じゃないはずなのね。
まぁ確かに色々勝手な事を言われたのに腹は立ったが、そんな事よりも優希ちゃんの事の方が私の中では優先度が高かった。それだけの話だ。
優希ちゃんは機嫌良さそうに歯を見せた。
「では今度こそ、ごゆっくり~」
葉月ちゃんも上機嫌でベッドへ。彩音ちゃんがやれやれと私達に憐れみの目を向けた後、続いて戻っていった。
「……ブレないなぁ」
そう言いながらも、優希ちゃんは布団に潜ってからすぐに自分の身体へ私を抱き寄せた。
「……葉月ちゃんの思惑にまんまとかかってるみたいで嫌だなぁ」
「ふふ、そうね。でも、私は正直なところ、優希ちゃんの事、凄く大切に感じてるわ」
「えへへ、知ってる。それと――私も、鞘乃ちゃんの事、凄く大切に感じてる」
「私も知ってる」
「思ってたよりラブラブなんだね私達って」
「ふふ、そうね」
優希ちゃんと私の『大切』の意味合いは、少々違うかもしれないが……お互いに同じくらい大きくわかりあえてるとは、思っている。
だから優希ちゃんは大切。優希ちゃんは特別。
「大好きよ、優希ちゃん」
「うん……」
ぎゅっと抱きしめあって目を閉じた。
――あぁ、やっぱり安心できる。優希ちゃんに触れていられるときが、一番不安を消し去ってくれる。
戦いの後の事を微塵にも思わなかったっていうのは、きっと違うだろう。私だって、本当は泣き出したかったと思う。でも、優希ちゃんが泣いている姿を見る方が、よっぽど悲しくて辛い。
いつだってそうだった。優希ちゃんには泣いていてほしくない。どんなときでも、笑っていてほしかった。
そしてどんな辛いことだって、彼女と一緒だから乗り越えてこれたんだ。
そんな彼女との日常。――戦いが終わった日、いや、彼女と出逢ってからずっと待ち望んでいたそれが、ようやく真の意味で始まる。
その喜びを噛み締めながら、眠りについた。