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白猫へのジレンマ

 葉月と別れたアタシは家に帰らずそのまま歩いていた。

 ちょっとした用事ってやつだ。もう日が暮れてるってのに仮にも女子中学生が外を彷徨いてるのは良くねえかもだが――。


「ま、休みの夜くらいはな」


 アタシ自身めんどくさいことだが、駄々を捏ねられたら致し方ない。

 アタシはそいつの住むボッロボロのアパートの前で苦笑いを浮かべる。


「まったく何のためにスマホに変えたんだっての」


 そりゃまぁ、独り暮らしだから寂しくなるのはわかるけれども。


 階段を登り、二階。手前から三つめがアイツの部屋だ。なんだか妙にウゥンウィンなっている。近所迷惑というものを知らんのかアイツは。


(まー、世間知らずだからなぁ。言葉遣いはクソ真面目だってのに)


 クソ犬には仕付けが必要だな、とまた苦笑を溢し、部屋のドアを開けた。


「おいこら。お前うるさ――」

「わぁああ!よ、避けてです!!」


 直後、アタシの顔にゴツゴツの何かが突進してきた。


「大丈夫です!?……って彩音さんですか。はぁ、良かったです。大家のおじいちゃんだったらどうしようかと……」

「……良かねえ」

「です?」

「ほんっとに仕付けが必要みてえだなテメゴルァアアアアアアッ!!」

「あぁあああ!やめて!!乱暴にしないでですー!!」




 ――滅茶苦茶痛いのを顔面に喰らわされたのだ、アタシにも怒る権利はある。何より、ましろ自身が言っていたように、大家さんやお隣さん達に迷惑がかかるかも。


 だがアタシはこいつよりも歳上。年長者はガキのお手本になるように行動しなくちゃってやつだ。小学校の頃うんざりするくらい教師に聞かされただろ?何より、アタシ自身が暴れたらそれこそ近所迷惑だしな。……ゲンコツ二発でなんとか怒りを抑えた。


「結局やってるじゃないですか!!」

「うるせぇ!!てめえが悪いんだクソ犬!」

「犬じゃねえ!!猫です!!」


 と、初っぱなからこうだ。疲れさせられる。


(賑やか……だなんて優しい言い方はとてもじゃないけど出来ねえよ)


 はぁ、とため息をついて一番ダメージを受けた鼻っ柱を冷やしつつ、その犯人を問い詰める。


「……なんだよ、そいつ」


 妙な二足歩行のロボットがいた。こいつのしょうもない発明品だろう。


「この子は世界チャンピオンを目指す逸材なのです!それでいて、ましろ達の夢なのです!」

「……はぁ?」


 ……よくわからん事を言う。しかし今、ましろ『達』とコイツは言った。近所のガキと友達にでもなれたのだろうか。


「……まぁ何の事か知らんが良かったな」

「です!」


 嬉しそうにましろは手を挙げた。その少し後、ましろは何か気づいたように目を丸くしていた。


「……なに?」

「それ、なんですか」

「あん?……あぁ」


 ポケットから少し出ていたようだ。さっき葉月に貰ったリボンのついたヘアゴムだ。フリフリしてるから、なんというか、コイツに見つかったのは少々めんどくさい。


「もしかしてお洒落のつもりですか?ブフフ」

「う、うるせえな!アタシがそういうのやっちゃいけねえか!」

「おかしいとは言わないですが面白いです、ブフフ」

「よーしわかった。ぶっころがしてやんよこのクソ犬」


 再びもみくちゃ。コイツといると喧嘩が絶えない。あー!なんて賑やかな事か!


「夜なんだから大人しくしろや。お前が寂しいって言ったからわざわざ来てやったんだぞ」

「……別に彩音さんじゃなくても良かったんですけど~それだと皆さんに迷惑かけちゃうですし~」

「へぇ。アタシなら迷惑かけても構わんと?」


 ……いかん。これではまた同じ事になる。


「は~もういいや。おい、お前、風呂は?」

「まだ行ってないです」

「んじゃ行こうや。疲れたし」

「彩音さん、お着替えは?」

「ちょっと遠回りしてウチに取りに行きゃ良いだろ」

「えぇ……なんでましろが付き合わされなきゃならないですか」

「うるせーな!そのまま帰っても良いんだぞ!!」


 と、脅し染みた台詞を吐くと、ましろは大人しくアタシの家まで付いてきた。

 ましろの住むアパートはご存知の通りボロボロだ。風呂も付いてない。だから少し離れた銭湯まで足を運ぶ必要がある。


「おう、待たせたな」

「遅いのです!」

「うっせえな、たかが五分も待てねえのか。少しは忠犬って感じのところを見せろや」

「なったつもりないんですけど~」


 やれやれと言いながらも元気よくアタシの周辺をウロウロしている。本当に犬みたいだな。犬みたいに人懐っこい。


「転ぶなよ」

「えへー!心配されるほどの事じゃ――」


 言ってる傍から転けかけていた。予想できてたから受け止めてやったが。


「こ・ろ・ぶ・な・よ!」

「はひー!ご、ごめんなさいです」

「はぁ、しっかりしてくれよ」


 コイツの事、しっかり者してるって優希達は言ってたけどアタシからすればまだまだ危なっかしくて見てられないんだけど。


「大体な、こんな時間だってのに風呂行ってないってどういう事だ。お前は銭湯通いなんだから、こんな遅くじゃなくて夕方の明るい時間帯に入ってなきゃいけねえだろ」

「あ、と……今日は少し用事が出来てですね……」

「言い訳は無用だ」

「ご、ごめんなさい、です」


 ……少しキツく叱りすぎたか。第一、アタシはコイツの親じゃねえんだし、説教なんて柄じゃないことしちまってなんか恥ずかしい。ともかくだ、わかればいいってやつだ。さすがにコイツでも一度言われて直せないほど馬鹿ではないだろう。


「……わかったならよし」


 そう言うとましろの表情に笑顔が広がった。なんてわかりやすいやつだ。そうして息をついてから歩き出した。

 数歩歩いたところでましろがアタシに尋ねた。


「心配してくれてるんですか」


 そう尋ねられて少し思考が止まる。その直後、様々な考えがアタシの脳内を駆け巡る。

 いや確かに心配してると言えばしてるかもだけど、別にお前の事を特別に思ってるからとかじゃなくて、そう、葉月だって変なやつらに狙われてたし……あいや、ありゃ葉月が綺麗だからだな。こんなクソガキなんかとは大違い。いやだからその、別に心配なんかしてるわけじゃなくて……。


 ……そうして実際の足も止まってしまっていると、ましろが少し悲しそうにアタシに尋ねた。


「……そんなわけ、ないですよね」

「あー!違う!違うんだ!これはその、性格のせいでだな、素直に認めたら負けって感じで……」

「じゃあ心配してくれてるんですね」

「……心配されたいのかよ、お前は」

「そりゃあ、してもらえる方が嬉しいに決まってるじゃないですか!」


 そんな訳のわからない自信満々の返しを受け、困惑。と、同時に呆れてまた苦笑いが溢れた。


(構ってちゃんかよ)


 そう思っていたまさにその時だ。ましろは改めてアタシの方を向いて、可愛らしく笑みを浮かべた。


「……ありがとうです。ましろ、嬉しいです」


 なんだか頭が真っ白になった気がした。どっちの意味で、とは死んでも言わねえけど。


 でも銭湯に着いたら、アイツはいつも通りで。


「彩音さん、付いてきちゃダメですよ。こっちは女風呂なんですから」

「どういう意味だろうな、それ」


 やっぱりぶっ潰してやる方が良いだろうか。


「あ~……銭湯なんざ滅多に来ねえからなぁ、広い風呂ってのは良いもんだわ」

「ほんとに入るお風呂間違ってないですか」

「どういう意味だおい」

「親父臭いって意味です」


 よくそういう事を言われるが残念ながらアタシは女だ。


「お前の方こそ男なんじゃねえの。んだよそのだらしねえ身体」

「歳を考えてくださいですよ!!……彩音さんだってちっさいじゃないですか」

「さすがにそりゃ禁句な。上がったら覚悟しやがれ」


 そんな感じで仲良く浸かる良き湯かな。


 そっから背中をながすと言ってきたりフルーツ牛乳をねだってきたりした。

 こしょばいと嫌がるこの年頃のガキにしては珍しく、マッサージ機の恩恵をありがたく受け取っていやがった。まぁ、開発とか忙しいもんな。そりゃ肩もこるわ。


「普段から頼りねえくせに必要以上に頑張りすぎなんだよ。だからそりゃ、心配にも……」


 と、言いかけては、誤魔化すように欠伸をする真似をした。




「さっぱりしたですねぇ~」

「誰かが騒いでたから結局疲れたけどな」

「ましろ、いつも静かなのですよ。騒がせた彩音さんのせいなのです」

「どんだけ理不尽な理由だっての」


 ……それだけ楽しんでくれてるなら悪い気もしないけどさ。


 ――元々アタシはコイツが独りで生きてくって事に反対してた。そんなもん出来るはず無いし、実際、寂しいってしわ寄せが来ちゃってる。

 しっかりしてるとかしてないとかそれ以前の話だ。こんなに小さいのに、そんな無理はさせたくなかった。

 だからアタシは、嬉しいのかもしれない。こんな奴にこんな気持ちを抱くのは腹立たしいが、アタシと一緒にいるときは、無理しないでくれるから。


(……変な情持って接したら馬鹿にされるからぜってえ口に出さねえけど)


 優希の奴の事が心底羨ましい。こんなことで悩むどころかガンガン相手にぶつかってやれる、本当に優しさで出来たような人間だから。

 アタシに出来ることと言えば、なるべくそういった話題に触れずにやり過ごすことだけだ。なにか適当に目に入ったものに話を移す。


「……あ、そだ、猫」

「だから犬じゃねえ――って、はじめて正解を口にしたですね」

「いやなんか気になって。ずっとそういう服ばっか来てるじゃんか?」

「です。柄違いの猫耳パーカー二十種以上持ってるですから!」

「あ、そうなんだ……。や、まぁ、それもビックリだけど気になったのはそこじゃなくて……なんで猫なのかなって」


 別に深い理由なんか無くて猫が好きなだけだろう。……普通なら。


「ましろが捨てられた存在だからです」

(ゲッ!!地雷!?)


 流石にマズイと思ったが、ましろ自身は笑っていやがった。


「ましろは操さんに拾われました。『捨て猫』のようだと――最初はそう言われたですね。でもその捨て猫が心地いいんですよ。操さんに拾われて、ましろは、ましろを捨てた人達のものでは無くなったってことですから」


 ――なるほど。誰に対しても(アタシは除いて)物腰の良い奴だと思っていたが、少なからずとも自分を捨てた親に対しては憎しみを抱いてるって感じか。

 だからこそ『捨て猫』と言うことを逆に良い意味で受け入れてしまっているんだ。


「だから猫に拘ってるのか。……なんか……なんか……ムカつく、そういうの」


 だからとりあえず一発殴った。


「暴力は反対なのです!」

「うるせえな!!お前のその考え方、失礼なんだよ!確かに最初にお前をそう呼んだのは操さんかもだけど……最終的に操さんはお前を本当の子供のように想っていたじゃねえか。それなのにいつまでもいつまでも、そうやって自分は拾われた身だって、なんつーか……上手く言えないけどさぁ!」


 そして気がつけば、アタシはましろの肩を強く握ってこう怒鳴っていた。


「もっと大切にしろよ!!自分の事!!」

「あ、彩音さ……」

「本当の親の事をどう思うのは勝手だし、アタシもムカつくよ。けど、自分の存在をそうやって下に見るのをもうやめろって言ってるんだよ」


 アタシはましろを抱き寄せた。


「捨てられた哀れな自分じゃなくてさ、操さんの大切な娘で、アタシ達の友達として生きてくれよ」


 ましろはアタシの胸の中でしばらく泣いてた。コイツは心の中で、ずっと自分の存在を卑下してたんだ。コイツ自身がなにをしたって訳でもないのに。

 操さんの教育もあったとは思うが、やけに遠慮がちなところは、そういう理由もあったのかも。


 ……きっとわかってくれたと思う。ましろは、一度言われて直せないほど馬鹿じゃないから。


 それでもなお、ましろは独りでやっていくとアタシに告げた。


「ましろなりに見つけていきたいんです、自分の道を、自分の力で。これは操さんの大切な娘として、操さんと約束した事ですから」

「……わかったよ。お前がそうしたいって言うなら、アタシはこれ以上なにも言わないさ」

「……でも、一つだけ。彩音さん、今夜は寝るまでじゃなくて、ずっと傍に居てください」


 アタシはその笑顔を見てふと自分の行動が恥ずかしくなって、だけどなんとかこう返した。


「そ、それくらいお安いご用さ。けど勘違いすんなよ!お前が寂しそうな目で見るから仕方なくだかんな!!」


 何故か半ギレになったままましろの前を先々歩いていく。アタシのあとを歩きながらましろはため息と笑みをこぼしていた。

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