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彼女にとっての難題

 夕刻五時。もう九月も終わりだが、まだ太陽は沈みきっておらず、オレンジ色に街を照らしていた。


「……綺麗ですねぇ~!」


 一人、窓からその景色を見て、私は目を輝かせていた。

 久しぶりに優希ちゃんが我が家を訪れ、そして楽しい時間を過ごした。それが終わり、少し寂しさのようなものも感じたり。月曜になればまた会えるというのに。


(それもこれも、優希ちゃんの元気あってのものですかね)


 まさしく太陽のような娘だ。無理に今を変える必要はないと彼女に言ったものの、私も変われるなら、彼女のように誰かを照らせるような存在になりたいと思う。


「……太陽のように」


 なんて考えているうちに本物の太陽は沈んでいく。……なんだか自分ではそうなれないと言われているみたいで凹んでしまった。


「い、いや!気で負けていてはいけませんね!そうなれるように精一杯努力をしないと――!」


 なんて言ってると、連絡が一つ。


『もっしー?あぁ、アタシアタシ』

「なんだ、詐欺ですか」

『ちげーよ!!ぶん殴るぞ』

「あぁ彩音ちゃんですか」

『……なんで殴るって単語が出たらアタシだって認識できるんだよ』

「日頃の行いです」


 と、軽い冗談を交わし終え、本題へ。


『いやー、どーしても解けない問題があるんだわ。教えてくんないかなって』

「……昨日出された課題なら教えませんよ。自己責任です」

『無慈悲すぎィ!!』


 まぁ、冗談。本人に頑張る気があるなら流石に手伝ってあげるのが友達というものだろう。

 仕方ありませんね、と遠回しに了解したと言おうとした。しかし、彼女はその前にこう言った。


『や、実は課題の話じゃねえんだ。ただちょっと教えてほしいことがさ』

「えっ?じゃあ課題は……」

『もう終わらせたよ。そんなもんよりも、難しい問題に直面してるんだ。だからさっさと終わらせて考えてたんだけど……』


 一人では解けずに私を頼ってきたというわけか。

 ……偉い!あの彩音ちゃんがキチンと課題を終わらせ、更なる問題に向き合っている。感心した!

 しかし、彼女の言う難しい問題とは一体どれ程のモノなのだろう?まさか既に高校受験の事を考えて難問を解く練習をしているのだろうか?正直、私なんかで役に立てるかはわからない。


(でも彩音ちゃんも努力している。そして私を頼ってくれている。私も頑張らなくちゃ……!そう、今こそ彩音ちゃんを照らせる太陽に生まれ変わるとき……!)


 私は承諾した。


『そか!……助かる。んじゃ、とりあえずマッツに集合な』

「了解です」


 私は急いで支度した。




「――で」

「くぁああ……うんめぇ!!やっぱマッツのバーガー最高だわ!……あ、葉月、こっちこっち」

「とても勉強したいと思っているような人の態度のそれではありませんね」


 なんだか来て損した気がした。


「手ぶらじゃないですか」

「財布ならちゃんと持ってるってぇ。いくら葉月が金持ちだからって、奢ってもらおうだなんて狡いこと考えてねーから」

「当然です。というか彩音ちゃんにはよりいっそう奢る気が無くなりました」

「えーなんか冷たくね?」

「……勉強道具は?」

「あ?なんでアタシがそんなもん持ってこなきゃなんねーんだよ」

「オッケー、彩音ちゃん。私にも拳を振るう権利はありますよね?」


 と、つい手が出てしまいそうになるほど彼女はいい加減だ。二人だけだから尚更それを実感しやすい。しかしここは抑えて状況を整理しよう。


「えーっと……?勉強教えてほしいんですよね?」

「は?んなこと……あー……ごめん、言い方が悪かったな。難しい問題って勉強の事じゃなくて、アタシ個人の問題」


 ……なるほど。要するに、何かを相談したくて呼び出したのか。


「どっちにしろそんなに悩んでるように見えませんけど……?」

「あ、バレたー?てへー」

「……帰りますね」

「待って!!せめて聞いてからにしてくれよ!!」


 しぶしぶ席に座ってハンバーガーを注文した。相談の中身が聞くに値しようがしまいが、せっかく来たのになにもせずに帰るのももっと損だ。


 で、内容は。


「……ぶっちゃけさー、どうでもいい悩みなんだよ」

「あ、じゃあ帰ります。ハンバーガーテイクアウトに」

「人の話は最後まで聞こうな!どうでもいいんだけど、なんかこう、地味に『しなきゃいけないんじゃないか?』とか『やっとくべきか』って思うような悩みってあるだろ?」

「はぁ。まぁなんとなくわかるようなわからないような」

「そういう悩みなんだよ~。で、ぶっちゃけ話づれえ内容だったりするわけで……」

「前置きが長いですねぇ。なんですか?ましろちゃんと上手くいってないので助けてーとかですか?」

「なんでアイツが出てくるんだよ!違うわ!!」

「そっち方面の悩みなら大歓迎ですのに……」

「……え、なに、アタシらもお前の標的だったりすんの?」


 と、ここまで無駄話。ようやく本題に入ったが、もう既にお腹一杯だ。正直聞く気が起きなかったが……話始めると、彩音ちゃんの様子が豹変したので、私はそれに耳を傾ける気になった。


 彩音ちゃんは俯き、頬を赤らめている。


「あーっと……あの、さ。アタシももっと女の子らしくした方が、良いのかなー……とか」

「……はい?」


 聞き返すと彼女は焦ったように手や首を動かして変な笑顔を浮かべながら話を続けた。


「やー、違うんだな。ちょいとクラスの連中にからかわれて……アタシはまぁなんつーの?ずっとこんなんだし、今更変える意味ねーだろカス!って感じなんだけど、けどまぁ、たまにそういうのもしてみたいなーとか思ったり、思わなかったりで……」

「お、落ち着きましょう」

「……ごめん」


 なるほど。今まで特に何もなく今のツッパリスタイルでやってきたが、突っ込まれたことでそういう欲が目覚めてしまったのだろう。


「でもどうして私に?」

「あ、えと……性格を急に変えるのはまぁ無理と思ったんだ」


 その辺は冷静に理解できているんですね。


「だからまぁ形からってことで……ましろとカレンは論外として。優希の着てるようなのはちょっと可愛すぎるかなって」

「うーん、まぁ、優希ちゃんだからこそ似合う!って服はあるかもですね」

「そそ。だからまぁ、次は鞘乃の事を思い浮かべてみたんだが。……確かに、アイツは美人だと思うし、なんでも似合う。だからこそだ。……なんかコーデが適当な時あるだろ」

「……あー」


 鞘乃ちゃんはたまにヘンテコな柄のTシャツや、爺くさそうな色合いのどてらを着込んでいることなどがある。彼女の境遇からすれば当然かもしれないが、オシャレに関してはだいぶ適当だ。鞘乃ちゃんだからこそ許されているようなコーデも稀にあったり。


「でもほんのたまにでしょう?優希ちゃんと会ってからはそういうのに興味を持ったらしいですし、実際、素敵な着こなしも出来てると思います。特に優希ちゃんと会うときなんか……」

「あー、脱線しかけてるからストップ。んで、まぁ確かにそうなんだけど……アイツに相談したらなんか笑われそうだし」

「そうですかね?」

「アタシからすればそうなの!」


 それは彩音ちゃんの日頃の行いというやつのせいだ。

 しかし彼女なりに考えて私に相談したのだろう。何より、どんな理由であれ、自分を変えようと必死に頑張ろうとしている人を見捨てる気にはなれなかった。私も変わりたいと少しは思っているからだ。


 それに、彼女には返しきれない恩がある。

 私が小学生の頃、優希ちゃんには『笑顔』を教わった。当時苛められ、それのやり方を忘れて生きてきた私にとって、とても大切で、大きなものだった。

 だけどそれだけではなかった。


『……あ、彩音ちゃん……』

『あぁ葉月か。今ちょーど主犯の馬鹿にきついお仕置きを決めといた。……優希には言うんじゃねえぞ』


 どんな理由であれ、自分が人を傷つけるのを見れば優希ちゃんが哀しむと、彩音ちゃんは裏で私を苛めていた人達を追っ払ってくれていた。


 今でこそ馬鹿にされたりすることが当たり前な彼女だが、私にとってはずっと、もう一人のヒーローだ。……正しくはヒロインと言うべきなのかもだけど――。


「わかりました。協力しますよ」

「そ、そか。さんきゅ」

「彩音ちゃんの可愛いところが見れそうでわくわくします」

「……お前が楽しみたいだけかー」

「ふふ、どっちも、ですよ」


 でも彩音ちゃんはやはりまだ恥ずかしいのか、こう言った。


「じゃあ後日、また連絡ってことで……」


 私はやれやれと、ため息を溢す。


「またにしてしまえば決意が揺らぐやもしれません。今だからこそ、動くべきです!」

「エッ。もう七時だし……。特に門限とか厳しいだろお前んちは」

「九時まで大丈夫です」

「う……じ、じゃあ、習い事」

「無いから今ここに居れるんですけどね」

「……あ、そうだ、お前ハンバーガー頼んでたろ。それ食う時間とか」

「もう食べました」

「いつ食ってたんだよ早すぎだろ」


 強制連行。私は彩音ちゃんと夜の街を歩いた。

 彩音ちゃんは何故か私をまじまじと見ていた。


「……なんです?落ち着かないんですけど」

「いや。腐ってもお嬢様だなって」

「腐ってもは余計ですね」

「似合ってるじゃん。その服」

「……褒めても何も出ませんよ?」


 なんてプイッとそっぽを向くも、少々嬉しかったり。


 店につくと、早速いろんな服を彼女に当ててみた。閉店まで一時間ほどなので、少々早々とだが、とにかく似合いそうなものを選んでいく。


「これなんてどうでしょ?」

「うっわリボンとかついててフリフリまであるよ……こういうワンピース、アタシには似合わねえって」

「色はグレーがベースで、ワンポイントとしてオレンジが入っているだけなので、派手すぎず、でも形で可愛らしさも出せるので、入門には良いと思ったんですけどね」

「うわそんなによく考えてくれてたんだ……なんか感激。わ、わかった、来てみるよ」


 彩音ちゃんは勇気を出して試着ルームへ。


「なんかフワフワしてむず痒いな」


 そんな声がボソボソと時折聞こえ、止んでしばらくして……カーテンが開かれた。


「……ど、どーよ」


 普段とは見違えた彼女の姿があった。見立て通り以上に似合っているし、恥ずかしくて潮らしくなっているところがまた、女の子らしさを際立たせている。それに、普段はポニーテールの髪型が変わっているのも印象が大きく違う印象か。


「髪、下ろしたんですね」

「……その方が合ってんじゃねえかって。変か……?」

「いいえ。とても可愛いですよ、彩音ちゃん」

「……そ、そっかぁ……」


 そう言って彼女はカーテンを閉めた。とりあえずは成功と言ったところだと思う。


(まだ時間に余裕がありそうですね……出てくるまでにもう一着くらい選んでおきましょうか)


 そう思って物色していると、私は店の奥へと来ていた。

 すると高校生くらいの男の人達が、私に話しかけてきた。


「ねぇ君、凄い美人さんだね」

(うわ、分かりやすいナンパ……は、はじめてされましたけど)


 普段はみんなで行動しているし、一人でも夜は基本出歩かないので、こう言った輩にはあまり絡まれなかったのだが。

 私は曖昧な返事しか出来ず、かといってこの人達は別段私に危害を加えているとも言えない。トラブルにでもならない限り店員さんは動かないだろう。私は為されるがままに、店の外へ連れていかれそうになっていた。


 その前へ彩音ちゃんが回り込んで満面の笑みを浮かべていた。


「あー、ちょいとお兄さん達や。楽しそうだね、寄ってたかって一人の女の子連れてこうってか」

「な、なんだよお前」

「そいつアタシの連れなの。お兄さん達の連れじゃねえからさ。とりあえず手ェ離してやってくんない?」

「だからなんだお前。ガキのくせに生意気な……」

「だからそいつの連れだって言ってんだろ。理解できねえ方がよっぽどガキじゃねえか」


 彼女は男の手を掴んで力を込めた。男は力負けして、私から手を離す。

 だけど男達は何もすることなく店を立ち去った。この状況で悪い方がどちらかと言うのは、流石に店員側から見ても丸分かりだろう。


 彩音ちゃんが良かったと笑みを浮かべた。


「だから言ったじゃん、似合ってるって。今の葉月はお嬢様感二割増しなんだからよー気を付けねえと」

「……あ、ありがとうございます。でも、あんなことして仕返しとかされないか……」

「平気だろ。アイツら数だけでぜんっぜん大したこと無さそうだし。……まぁでも、一応ましろに頼んで護身用の何か造っといてもらうか。有るに越したことはねえもんな」


 そう言って彼女はワンピースを元の場所へと戻した。


「アレ?買わないんですか……?」

「今思ったんだよ。こっちのがアタシの性分にあってるって。誰がどう言おうがな。……せっかく付き合ってもらったってのに悪いけど……」


 現状維持、か。私が優希ちゃんに言ったように、変わらない事を彼女も選んだのだ。

 もしあの男達が居なかったら、そうはならなかったかもしれない。そう思うと、なんだか無性にあの連中に嫌気が差した。

 だけど同時に、なんだか安心した気分にもなった。彩音ちゃんはそうでなきゃ、って。


「今月金が無かったし、良かった良かった。じゃっ、帰ろうか」

「……ふふ、そうですね」


 そうしてまた二人で少し歩いた。彼女はまだ何か用事があるとの事ですぐに別れのポイントはやってきたのだが。


 その別れ際、私は彼女に一つ、プレゼントを渡した。


「……なにこれ、リボン?」

「の、付いたヘアゴムです。それでご自慢のポニーテールを結んではどうかと」

「アタシにゃ、可愛いすぎるよ。……けどま、さんきゅ」


 そう言って笑う彩音ちゃんの笑顔は、とても可愛らしかった。

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