モミジと、イロハと、謎の男。
「じゃあ僕はそろそろ行くよ」
この場で唯一酒を飲めないモミジは出された食事にも手をつけないまま町へと繰り出していった。モミジの去った酒場では残された男とイツハがつまみを片手に肩を並べちびちびと酒をすすり、これは好機とばかりに男が口を開いていた。
「ねぇ、西の王子は言っていたよ。小さい頃は命を狙う輩がいるから、毒の耐性をつける訓練をさせられていたって」
つまんでいたクラッカーを1つ頬張ると、男は静かに言葉を続けた
「君の連れもそうなのかい?」
じっと見つめるその視線には少し確信めいたものが含まれており、イツハは余計な情報を与えないために唇に力を込めた。
「アイツは少し特殊なだけだ。そんなんじゃない」
濁された言葉は男の好奇心をよりいっそう高め、詮索する好奇心をくすぐった。
「特殊、ね」
男は手に持っていた杯をコトリとテーブルに置くと
「それは、人ではないものだとかそういう類いだと思ってもいいのかな?」
その口調はふざけ半分なそれだったが言葉の重みは変わらない。もし、ここでイツハが肯定したのならそうだと大衆の前で宣言する事と同じなのである。イツハは慎重に言葉を選んだ結果
「さあな。これ以上は本人に聞いてくれ」
と、この会話を続ける気はないと暗に宣言した。
イツハの言葉を聞いた男はつまらないなと愚痴をこぼしながらもその口元は弧を描き、未知へと悦楽していた。