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僕と犬神の不思議日和  作者: 夏樹翼
6/7

白檀と鈴蘭

 暖かい…ほおに当たる風が気持ちいい。

 意識が戻ったとき、最初にそう感じた。ゆっくり目を開けてみると、どこまでも広がる青空が見えた。しばらくボーとして、今の状況のおかしさに気付くとばっと体を起こした。周りを見渡すと、どこかの野原なのか、さわさわと草が風に揺れている。後ろの方を振り返ると、なだらかな山がどっしりとあった。

 ここ…どこだ? 確かさっきまで墓地にいて、桶に水を汲んできたところで…

 そこで少年のことを思い出し、まわりを三百六十度見渡したがどこにも少年らしい姿は見えない。というかさっきは暖かいと思ったが時間が経過するにつれて暑くなってきた。まるで夏のようだ。ここでは日差しをまともに受けてしまうので、逃げるように後ろの森の木の下へと駆けて行った。

 木々が重なるように枝を伸ばしてくれていたおかげで日影ができ少しばかり涼しかった。

「…でね…なん…」

 ホッとしたとたん耳に聞こえてきた人の声に肩をびくつかせた。音をたてないように声の方に近づいて行くと、そこには切り株がたくさんあってそこの一つに誰かが座っていて、まっ正面の誰かと話しているらしい。もっとよく見るために近づいてみると、あやうく声を出してしまうところであった。なんと誰かと話している相手は僕のよく知っている、白檀だった。しかも完全に妖怪化した巨大な元犬神の姿だった。

 なんで…こんなところに…

 なにがなんだかわからず軽く混乱しながらもなにをするわけにもいかずとりあえずそこに居ることにした。

「でさ、とうとう上級の術を会得出来たんだよ」

 声から察するにおそらく自分より下の少年で、しかもさっきの少年と同一人物だ。だがあのときの悲しそうな表情はかけらもなく、うれしそうに身振り手振りで喜びを表現して話している。

「ほ~、で? なにか仕事を任されたりしたのか?」

 いつも不機嫌そうな白檀がうれしそうにそう言う姿に驚く。後ろの方で尾がかすかに揺れているのが分かる。こんなに機嫌のいい白檀の姿を見るのは初めてだ。

「それなんだよ! せっかく皆の役に立てると思ったのに、仕事は成人の儀を済ましてからだって! ひどいだろ?」

「ははは! ガキはガキらしく子供の時間を大切にしろってことだろ」

「なんだよそれ~」

 そしてどちらともなく吹き出すように笑いだした。なんの話をしているか分からないが、日の光を受けて笑いあう二人を見ているとなにかほっとした気分になった。そんなとき、さっきいた野原の方から声が聞こえてきた。少年はそれに気づいたのか立ち上がると残念そうな声音で

「呼ばれちゃった…ごめん、また今度話そうな」

 と言って頭を垂れた。すると白檀の方も立ち上がって

「気にするな。じゃあな」

 きびすを返し森の奥へと消えていった。少年はその後ろ姿が見えなくなるまで手を振って、声のした方へと駆けて行った。

 誰もいなくなったそこでしばらくの間、呆然と、さっきまで二人が談笑していた場所を見つめていた。いろいろなことがありすぎて頭が追いつかない。墓地であった少年はどこに行ったんだ? 白檀と話していたあの少年は誰なのだ? そしてここはどこなんだ? いくら考えても頭が痛くなるだけでなんにも解決しない。とりあえずこのあたりを探索してみるかと立ち上がったとき、僕の肩を誰かがたたいた。

 とっさにその手を払うと体勢が崩れて、その場に思い切りしりもちをついてしまった。

「はは、そこまで驚かなくていいじゃないか」

 軽い口調で笑ってくるその声に覚えが、というか聞き慣れ過ぎて困ってるほどの声に顔を上げると、予想通りの人物がそこにいた。神崎である。

「お、お前なんでこんなとこに…」

「ん~? なんか君が大きな空間に吸い込まれて行ったあと、僕もそれについて行ったらここに来てしまったんだよ」

 「困ったねぇ」と全く困ってない感じに言って両手を肩のところまで上げて首を振っている神崎を軽く睨んだ。

 ついてきたって、近くにいたってことじゃないか。

「なんでお前あそこにいたんだよ」

「はは、そんなこと気にしない気にしない。それよりあの野原を少し行ったところに集落があったよ。さっきの白檀といた少年はもしかしたらあそこに行ったのかもしれないね」

 その言葉にこんな所で口げんかしている暇はなかったことに気づかされた。とりあえずそこの集落に行けば何か分かるかもしれない。そう思い立ち上がるとさっきの野原に向かった。神崎もそれに続いてきた。



 神崎の言った集落にたどり着くと、そこは人がたくさんいてにぎわいを見せていた。さっきは動揺してて気づかなかったが、少年の身につけている物も集落の人達も皆、まるで江戸時代のような感じの着流しを着ていたり、着物を着ていたりとあきらかに僕たちの時代とは違う装いだった。

「もう…ここなんなんだよ…」

 なにがなんだかわからずため息をつくと後ろから何かがぶつかってきた。

「おっと、ごめんよ。ん? 君達なんかめずらしい着物を着ているねえ」

 ぶつかってきたのは三十代前半くらいの女性で大きなかごを背負っていてそれがぶつかったんだろ分かった。女性はじろじろと僕たちを見ると

「もしかして、芸人さんかなんかかい?」

 と聞いてきた。もちろんそんな者ではない僕は気が動転してしまってどうこたえたものかとうろたえてしまった。

「え、えと…僕たちは…」

「そうですよ。ここへは師匠と来ているんです。僕たちはまだ見習いでなにもできませんけど」

 代わりに神崎が自前の笑顔でそう言った。女性はそれに少しほおを染めて

「あらあら、ずいぶんしっかりしたお弟子さんなのねぇ」

 と言って神崎の頭をなでた。確かにこいつは顔は良いけど腹の中はなに考えてるかわかんないやつだぞ。つ~か師匠はどこって言われたら、どうするつもりだったのやら…

「ところでおばさま、ここはずいぶんと賑わっていますね。領主さまがしっかりしているからですか?」

 なぜか神崎はそんな事を尋ねた。女性は「ええ」と言って僕たちの後方を指差した。

「あっちのほうにある大きなお屋敷に領主さまが住んでいるのだけどね、昔からこのあたりの化け物どもから守ってくれているのよ。なんでも代々術師の家系なんだってね」

「そうなんですか。それはすごいですね。では、僕たちは師匠が待っていますのでこれで」

 そう言って神崎が頭を下げるのであわてて頭を下げ、僕たちはその場から離れて行った。

「お前、よくこんな状況下でそんな堂々としてられるな」

「まあ、逆におろおろしてたら不審者扱いされるのがオチだからね」

 今回初めてこいつがいてよかったと思った。僕だけだったら一発で怪しまれて終わったよ。

「ところでどこに向かってるんだ?」

「領主さまのところ。さっきの少年、上級の術がどうとか言ってたじゃない? 領主さまの家系も術師ときたら、とりあえず手がかりはそこにあるとみていいと思う」

 なるほどな、確かにそれが一番手っ取り早いだろう。

 しばらく歩いて行くと、女性が言った通り大きな屋敷が見えた。しかしたどり着いたはいいが門には門番がいるし、近づくことは叶いそうにない。どうしようか迷っていると、頭に何かが当たった。後ろを振り返ると手に石を持った神崎が屋敷の四角く囲まれた一面の小道に隠れるように立っていた。なにするんだと言おうとすると、神崎が口に人差し指を当てた。しゃべるなと言いたいのだろうか。そして来いというように手招きするので、とりあえずそこに駆けて行った。

「なんでこんなとこに来るんだよ」

 小声で反論すると、神崎も両手を合わせ小声で「ごめん」と謝罪の言葉を口にした。

「でも、できれば目立ちたくなかったから」

「なんでだ?」

 問いかけると神崎は壁の上を見て

「ここから侵入して中の様子を見ようかと思って」

 と言った。

「ちょっと待て、さすがにばれたら取り返しつかないぞ」

 あまりに大胆な作戦だ。ばれればこの時代ではないこの服装でまず不審がられるだろうし、最悪、牢屋行きだってありえる。

「侵入するのは僕らじゃない、僕の式神を使うんだよ」

 そう言って神崎はポケットを探って人差し指ほどの小さな小鳥。そして同じくらいの大きさの水晶玉を取り出した。

「これは特殊な紙で、相手の情報を得るために作られた鳥。術を唱えると、この鳥が見た景色をこの水晶玉で見ることができる。陰陽道具の一つだよ」

 なんでもありだな…

 しかしこの状況ではありがたい。神崎は鳥と水晶玉を地面に置くと、右手で人差し指と中指をたてると術を唱えた。

「我の目となり、我の(ほっ)すものを見せよ、行け」

 神崎がそう唱えた瞬間、鳥は魂を入れられたように羽をはばたかせ、屋敷の中へと飛んで行った。すると水晶玉の方にも異変があって、まるでテレビのように景色を映し出した。

「よし、成功したようだ。正直これを使うのは初めてだったから不安だったんだよ」

 水晶玉の景色は屋根なのか、瓦屋根を映し、庭の方へと移動していく。そこでは大人の男性とさっきの少年が池の方を見て何やら話しているようだった。あ、話し声が聞こえてくる。



「鈴蘭よ、水神の術をなにか一つ、使ってみなさい」

「はい、父上」

 父と呼ばれた男は一歩後ろへ下がると、鈴蘭と呼ばれたあの時の少年は一歩前に出た。鈴蘭は胸元から人型の紙を取り出し上へ投げると、すばやく印を結び、目の前に落ちてきた紙に人差し指と中指を突き立て、

水柱(みずばしら)!」

 と叫んだとたん、池の水は天高く立ち上りその言葉通り水の柱となった。鈴蘭がその手を下したとたん水柱は消え、池はなにもなかったかのように穏やかだった。

「うむ、よくここまでできたものだ」

 男はうれしそうに目を細めて息子を見下ろした。鈴蘭はその言葉に目を輝かせて振り向いた。

「ホント! じゃあ、僕もみんなみたいに、仕事をしてもいいですか?」

「だめだ」

 さっきとは打って変わって厳しい視線を清一に向けた。

「何回も言っている通り、私達の仕事には必ず危険が伴う。妖怪は悪。滅びるもの。あいつらが今までどんなことをしてきたかお前も知っているだろう」

「で、でもね。妖怪にだって良いやつはいるんだよ。ほら、暁山の犬神様だってもともとは妖怪だし」

「バカ者! それだからまだ未熟者だというのだ! それに、あれは今年中にでも退治の対象とする」

 清一はその瞬間目の光を失い、体を震わせた。

「ち、ちち…うえ…? 嘘…ですよね?」

「父は嘘は言わん。近頃作物の実りが良くなくてな。あやつがなにか悪さしているに違いない。早急に対処せねばいかん」

「そんな…! 彼はそんなことしない!」

 真っ青な顔をしながら鈴蘭は顔を横に振り続ける。

「お前がなにを言おうと意味をなさん。これはすでに決定事項なのだ」

 父はそう言って屋敷の方へと引き返していき、鈴蘭はその場で一人たたずんだまま視線をさまよわせていた。



 神崎は鳥を呼び寄せ手のひらにおさめると、鳥は元からそうだったかのように動かなくなった。それと同時に水晶に映し出されていた映像は消え、ただの水晶に戻った。しかし僕は呆然としてしまって鳥とは違う意味で動けなくなってしまった。

「大丈夫かい?」

 神崎の声にはっとして見上げると、鳥と水晶玉をしまう神崎が見えた。

「いや~すごいものを見たね。あの父親はおそらく現当主だろうね。あの鈴蘭とかいう少年、なにか心当たりあるかい?」

 そう言われて考えると、ふいにずいぶん前に祖母が見せてくれた家系図にそんな名前があったような気がした。母が家系図なんて今どき珍しいわ~、なんて言っていたのを覚えてる。

「なるほど、あの少年は君の先祖と言うことだね。だんだん話が見えてきたよ」

 確かに名字も名前も同じなんて偶然にしては出来過ぎてる。でも…

「あんなすごい力僕には無いよ」

 先祖ならば僕にもそんな力あってもおかしくないはずだ。先祖代々ああいうことをやっているんだから。

「時代と共に異能力者は減っていくものだよ。それにあの少年だって習得できたなんて言ってるんだから、始めからできたわけじゃない。もしこの家系が術師として現代まで続いていたら、君にだって出来たかもよ?」

 なるほど…力はあっても修業をしなければなにもできないってことか。

「それにあの白檀や水姫川の水姫も見えるわけだし、能力がないとは言い切れないよ」

「いや、あれは白檀の祠の近くに長いこといたからだって、白檀が…」

「元から見えてたのなら、妖気にあてられたことが原因じゃない」

 ああ~! 頭がこんがらがる! なにが正しいんだ!?

 神崎はその様子がおかしかったのか軽く笑うと、「さて、これからどうするか」とつぶやくように言った瞬間、再びこちらに来た時と同じような目まいに似た感覚におちいった。



 気がつくと、目の前が真っ赤だった。

 正直、一瞬なにがなんだかわからなかった。でもどこかからか響いたなにかが崩れる嫌な音で正気に戻った。真っ赤なのは、火だった。火は生き物のごとく家々を燃やしつくし逃げ惑う人々を容赦なく追っている。

「…なんだ…これ…」

 さっきとは場所さえも違うんじゃないかと思ったが、逃げ惑う人の中にさっき会った女性がいた。

「おばさん! 大丈夫ですか!?」

「え…き、君! 早く逃げなさい! お師匠さんやもう一人のお弟子さんは!?」

 一瞬驚いた顔をしたようだが、思いだしてくれたようだ。それでも顔は市場で会った時とは違いこわばった顔をしている。

「え、えっと…大丈夫だと思います。それより一体何があったんですか!?」

 この状況下であいつが大丈夫かは心配だったが、状況を知らなくては動きようがない。それに陰陽師だ。だいたいのことは対処できるだろう。

「犬神様が暴れてるんだよ! 今、領主さまたちが退治に向かってくださっているんだ! でも被害がここまで来て…きゃー!」

 女性が空を見上げ、悲鳴を上げて逃げ出してしまった。同じ方を見ると、妖怪化した巨大な姿の白檀がこちらに向かって口を開けていた。そしてそこから火の玉が出来上がって、こちらに放たれた。

「うわー!」

 突然の出来事に動くこともできずにいると、横から何かがぶつかってきて倒れこんだ。

「結!」

 聞きなれたことのある声が響いたとたんまわりが熱くなった。

 ああ…死んだんだな…

 しかしじきに熱い感覚は無くなってきた。何事かと目を開けると息を切らした神崎の姿があった。

「神崎!?」

「大丈夫? 少し乱暴だったけど、あのままじゃ君、炭になっちゃってたからね」

 確かにさっき倒れたとき膝をすりむいてしまったが、炭にされるよりはましだ。こいつに礼を言うのは少し嫌だが…

「いや、ありがとう…」

 おそらく結界か何かで助けてくれたんだろうから礼を言わないのはだめだろう。神崎は、はは、と笑った。

「それにしてもすごいことになったね。白檀のやつがこれほどの力を持っていたとは…」

 その言葉にさっき女性と話していたことを思い出した。神崎に簡潔に今の状況を話すと、意味深にうなづいて立ち上がった。

「どうやら原因である暁山のところに行った方がいいようだね。白檀もそっちに行ったようだし」

「ああ、僕たちをここに連れてきた少年は『本当のことを教えてくれ』って言ってたんだ。その本当のことっていうのを知らなくちゃいけないと思うし」

 僕たちはうなづきあうと、暁山の方へ全速力で走っていった。



 暁山の方へ近づくごとに被害がひどくなっていく。家屋も、もはや元々の形さえ止めているものなどない。人は逃げたのだろうか、見当たらない。時々巻き起こる突風にあおられながら僕らは必死に暁山へと向かう。そしてたどり着いた先、ここに来た時に最初にいた場所。あの草原についたとき、そこは何もない荒野となっていた。

 そしてそこにはたくさんの人がなにやら術を唱えながら次々と攻撃を繰り出していた。僕らは近くの岩場でその様子を見ていた。

「どうやら、退治の日のようだね、今日は」

 唖然とする僕の横で神崎が視線を鋭く上の方を見上げた。その先を追うと、白檀が大きく口を開け、荒野に集う人々に威嚇の意を示している。すると決戦の中間である山の中から屋敷にいた少年、鈴蘭が飛び出してきた。



「やめてください!」

 鈴蘭が飛び出してきたことにより術師達の攻撃が一瞬止んだ。鈴蘭はそのままのいきおいで、術師のうちの一人に向かって行った。それは鈴蘭の父だった。

「父上! これ以上攻撃をしないでください!」

「バカ者! なぜこのような真似をした!」

「父上達が攻撃をけしかけなければ、白檀がこのように暴れることもなかったんです! なぜとはこちらの台詞です!」

 その瞬間、火の玉が術師たちを襲う。白檀が放ったのだ。

「どけ!」

 当主は鈴蘭を押しのけその手に持った人型の札で水の術を使いそれを相殺する。

「もともとあれは妖怪、我らの敵! あれが今後暴れださぬと断言できぬ。現に今、あれは暴れに暴れているではないか!」

「白檀は…! 暁山が好きなんです! いつも、会うたびに言ってました。それを傷つけられたと思い、ああして怒り狂っているのです! 我らが攻撃を止めれば止まります! だから…」

 そう言った瞬間、鈴蘭の頬を当主の拳が殴りつけた。

「貴様が毎日のようにどこかに行っていたのは、あいつのところだったのか! 情けない…! あやつ、我が息子をたぶらかしおって、もう許さん!」

 そう言うと同時に腰の剣を取り出し構え、再び人型の札を取り出した。しかし今までと違って何枚も取り出し、それは当主の周りをぐるっと囲むと当主が術を唱え始めた。するとそれは金色の光を放ち、構えている剣へと集まってきた。

「犬神白檀! その姿、力は恐ろしく、やがては人間を脅かすだろう! 我は霧島家当主敬十郎、人間の敵を滅するものなり!」

 叫んだとたん剣は一層輝きを放ち、同時に当主が白檀に向かって剣を振り下ろした。

「白檀!」

 思わず叫んでしまったが白檀へは何の攻撃も加えられなかった。不思議に思い当主のほうを見るとその少し前のほうで何枚もの札を目の前で楯のようにかかげ当主の攻撃を防いでいたのだ。

「鈴蘭、なにを…うっ!」

 目を見開き驚きの表情を浮かべた当主だったが最後まで言葉を発せずうずくまってしまった。清一は冷静な表情でそれを見、口を開いた。

「父上のお考えはわかります。お考えに従えず、申し訳ありません。我ら術師が術を使うということは命を使うも同じようなこと。巨大な術を使った父上はしばらくは動けないでしょう」

 鈴蘭は当主に背を向けると白檀のほうへとゆっくり歩きだした。周りから何人もの静止の声が響く。そして白檀が手を伸ばせばすぐ届く距離までになると歩みを止めた。鈴蘭は冷静な表情を崩すことなく足元に落ちていた弓矢を拾った。

「父上、白檀は怒っているだけなのです。何もしていないのに、殺されそうになって怖くて我を失っているのです。作物の実りが悪いのも、何か他に原因があるのでしょう。彼がそんなことをするわけありません。しかし、さすがにこの状態になった白檀を止めないことにはこの地と人は滅ぶのを待つだけです。だから…」

 鈴蘭は弓矢を構えると矢は白い輝きを放ち始めた。

「鈴蘭、やめるんだ! その術を使ってはいけない!」

 当主はうずくまりながらも大声で清一に訴える。

「僕は彼を殺すことだけは、どうしてもできません。だから、彼が彼でいても、人もこの地も平和でいられる、そんな時が来るまで…」

 矢に光が集まり目を開けられないくらいの輝きになる。

「彼を、この山に封じます」

 言い終わったと同時に、矢は白檀に向かって放たれた。その瞬間、白檀と鈴蘭の顔が見えた。怒りと驚きと悲しみをごちゃまぜにしたような顔の白檀と、そんな彼を寂しそうに真っすぐ見つめる鈴蘭。その光景がだんだんと薄れてきた。最後に清一の口が動いた。

「白檀…どうか        」

 言葉の最後に鈴蘭のほほから一筋の涙が流れたのを見て、僕の意識は途絶えた。

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