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僕と犬神の不思議日和  作者: 夏樹翼
4/7

空を泳ぐこいのぼり

 男子の成長を祝い、健康を願うという端午の節句。今日はまさにその日である。そのため僕と白檀は、倉庫に行って武者人形とこいのぼりを取りに来ていたわけだが…

 健康を願う日に、なんでほこりまみれの倉庫に来なきゃいけないんだよ…

 最近倉庫の掃除をしたはずなのだが、扉を開けると、ひらひらとほこりが舞っているのが目に映った。

「ま~、ほこりはいつでもどこでもあるからな。仕方ないだろう」

 思いっきり他人事のごとくいう(確かに他人事だけど…)足元の白檀を流し目でにらんだ。

「猫に化けられるんなら人に化けて、人形とこいのぼり出すの手伝ってくれてもいいんだぞ?」

 そういう僕を見上げながら

「ふん! 高貴な私にこ~んなほこりまみれの中に飛び込めというのか!」

 と言う白檀のつんとした顔にカチンときて首根っこを引っ掴むと

「なにが高貴だ! 暖かくなってほぼ一日中縁側でゴロゴロ寝てるってばあちゃんに聞いたぞ! しかも寒いときは僕のベットに勝手に入ってぐーすか寝やがって!」

 そのむかつく顔に思いっきり怒鳴り散らした。

「けっ! そんなことで怒るとは器の小さい男だな」

「妖怪に言われたくねー!」

 つい言い返してしまったがここでケンカしてても仕方がない。

「とりあえず出すか~」

 覚悟を決めてほこりの中に飛び込んでいった。置いてある場所は知っているので短時間で出すことができた。ただ…

「じぬがどおもっだー!」

 ほこりを吸いこまないように息を止めて作業していたので、息切れが激しかった。

「ふん。軟弱者が」

 言い返す気力もわいてこないので、は~と一つため息をついて、二つの荷物を居間へと運び出した。



「ふ~、まっ、こんな感じでいいだろ」

 武者人形は居間の掛け軸の前に飾り、こいのぼりは二階のベランダに飾った。風が吹くと空へと泳いでいきそうだ。

「ほう。風流でいいじゃないか」

 白檀がベランダに来て、風に乗って泳ぐこいのぼりを見ながら目を細めて、そう言った。なかなか絵になるなと思った。

「珍しいね。こういう人間の行事に興味示すなんて」

「空から見るとここらの家全部飾ってるから魚がたくさん泳いでるように見えるから絶景だぞ」

「結局食い意地か!」

 だが、なぜかその目は食べ物を見るような目ではなく、懐かしく、しかしどこか悲しい出来事を、思い出しているように見えた。



 次の日が休みだったので、鷹西(たかにし)の家に、信也と柿沼とで遊びに行った。なぜか白檀もついてきたので柿沼は大喜びだった。鷹西母がおいしそうなようかんを出してきてくれた。

「うま! 鷹西の母ちゃんサンキュー!」

 思わず柿沼が歓声を上げるとうれしそうに鷹西母は笑った。

「でしょ~? これ「あんかけ屋」で買ったやつなんだけどね~? この子ったら『そんなじじくさい物食えるか』って言うのよ~」

「ちょ! 言わなくてもいいだろ!」

 鷹西は恥ずかしかったのか、顔を少し赤らめていた。

「マジッすか!? おい鷹西! 贅沢だぞ! 「あんかけ屋」のってみんなうまいんだからな!」

 といいながら信也はようかんをおいしそうに食べた。

 「あんかけ屋」とは特に和菓子を扱っていて、店の少ないこの村では、駄菓子屋と肩を並べるくらいに人気の店だ。

「食えないのなら俺によこせ~!」

 飛びかかる信也を、鷹西はようかんを持ったまま軽々とかわた。

「んだと! これは俺んだ! 誰がやるか!」

「んだよ! 好きなんじゃん!」

 鷹西は諦めず再び奪い取りにかかる。

「うっせー!」

信也から逃げるように、僕たちのいるテーブルの周りをぐるぐると追いかけっこのように走り回った。

 終いには取っ組み合いをする信也と鷹西を僕らは笑いながら見ていた。



 ようかんを食べ終えた後、ゲームをしている最中に、唐突に鷹西が話し出した。

「そういえばさ~このあいだ青樹(あおき)のやつが変なこと言ってたんだよ」

 青樹とは小学三年生で鷹西の弟である。

「変なこと?」

「ああ。なんでも二、三日か前に風土山に遊びに行ったらしいんだ。そのとき空に大きな赤い魚が泳いでるのを見たっていうんだ」

 柿沼と信也はなんだそれと首をかしげたあと大声で笑い出した。

「ははは! なんだそれ! 空に魚って」

「どっかから飛ばされたこいのぼりと見間違えたんじゃないのか?」

「そう言ったんだけど聞かなくてな~」

 笑い合っているなか、横からつつかれたので見てみるといつの間にやらずっと柿沼といた白檀が隣にいた。僕の耳の近くに来ると小声で

「おい。今からその山に向かうぞ」

 とささやいた。

「え? なんで?」

 聞き返すと面倒くさそうに顔をしかめ

「ええい。いいから行くぞ!」

 一足先に縁側から外へと行ってしまった。

「え~?」

 しかたなく立ち上がり

「悪い。ちょっと用意思い出したから帰るな」

 かばんをつかみ外へと出た。

 うしろからくる「どうしたんだよ~」という声に心の中で謝りながら、白檀とともに風土山に向かった。



 風土山は村を囲んでいる山の中でも一番急な坂が多いところで、人が立ち入らないようにふもとに立ち入り禁止の看板がある。

だが、あまり人が入らないだけあって自然豊かで、動物や虫がたくさんいて子供の遊び場には最適なため、よくこっそり入る人がいる。

 僕が白檀と会ったのは福山という、比較的なだらかな山だった(登ったら息切れしたけど)。そこにもたくさん虫や動物はいるが風土山には負ける。

「なあ。なんでいきなり風土山に行く気になったんだよ」

 となりを歩く白檀は面倒くさそうに顔をあげて

「さっきの空を泳ぐ魚ってな~、ちょっと心当たりあんだよ」

 と言った。

「え? 本当にいるの?」

 普通に返事をして、なんだかそういう話にあまり驚かなくなっている自分に気づき、少しおかしくなった。

「ああ。古い付き合いのやつでな。そういう体をしてるやつがいたんだよ」

 やっぱり妖怪というものは体の形さまざまなんだな~

「へ~白檀にも友達っているんだね」

「『にも』とはなんだ! 『にも』とは!」

 もともとのつり目をさらにつり上げて怒る白檀の顔が、面白くて笑えた。

「ははは。…そういえば古い付き合いってことは、その友達もしかして元から妖怪?」

「まあな。前に話した通り、大体の妖怪は人や動物、物が変化したものだ。だがたまに、生まれた時から妖怪ってやつもいる。そういうやつは神として(あが)められたり恐れられたりするんだ。あいつも一応神の部類に入る」

「ああ! 白檀も昔は神様だったしね」

「…そうだな…とりあえず」

 妙な間が気になったが、とりあえず今は何も言わないことにした。



 山についた僕たちは、現在急な坂道を歩いていた。

「白檀…いつになったら会えるんだ…?」

 歩き始めてから約一時間は捜しまわっている。

「ああ…あいつはあっちこっち旅してるからな…一つのところに長い間居ついたことがないんだ…」

 白檀もかなり息切れをしてる。いやそれよりも

「ちょっとまて! まさかもういない可能性もあるのか!?」

 疲れと、全く見つからないことへのイライラで、怒りが爆発寸前だっただけあって、今の《長い間居ついたことがない》という発言で怒りは一気に頂点に達した。

「っていうかなんで僕までこんないない可能性大の人(妖怪)探ししなきゃいけないんだ!」

「ええいうるさい! 久しぶりに会う友人探しに協力したいとは思わんのか!」

「ここまでかかるなんて思わないしだいたい無理やり連れてったも同然じゃないか!」

「なんだと! ひょろ人間!」

「うっさい! デブ猫!」

 無駄な言い合いを繰り広げていたら、近くの茂みがガサガサと揺れた。

『!?』

 二人は驚いて体を硬直させていると、ひょこと小さな男の子が顔を出した。

「あれ? 青樹君?」

 青樹君は僕と白檀を交互に見つめて

「そこのネコさんしゃべるの?」

 と言った。空気が凍る音が聞こえたような気がした。

「え…?」

「優士にいちゃん。今誰かとケンカしてたでしょ? 誰かな~と思ったら優士にいちゃんとネコさんしかいなかったんだもん」

 ああ。見られたわけではなかったのか。

「青樹君。ちょっと友達と言いあいしてたんだけどそいつは青樹君が出てくる直前に山を下りて行ったんだよ」

「ふ~ん…そうなんだ!」

 小さい子は純粋だから信じやすいけど、こうも簡単に信じられるとちょっと罪悪感が…と少し胸を痛めたが白檀のことがばれなくてホッと胸をなでおろした。

「でもさ、優士にいちゃん。早く仲直りしたほうがいいよ?」

「え? あ、そうだね。仲直りするよ」

「うん!」

 僕の返事に満面の笑みで答えると、思いついたようにきょろきょろと何かを探すようにあたりを見渡し始めた。

「何か探してるの?」

「うん。あのね、こ~んなに大きな魚がこの山の上を飛んでたんだ。まだいないかな~と思って」

 青樹君は伸ばせる限り腕を広げて、大きな魚を表現してくれた。

「どの辺りで見たの?」

「信じてくれるの!? にいちゃんに言っても笑って相手にしてくれなかったんだ」

 さっきも笑ってたしな…

「うん。信じるよ」

「じゃあじゃあ! さがすの手伝ってくれる?」

 青樹君は身を乗り出して、期待を込めた目でみつめてきた。

「え~と…なんでさがしてるんだ?」

「だって怪我してたんだもん」

『えぇ!?』

 予想外の答えに思わず白檀も声を出してしまった。あわてて猫らしく「にゃ~」と鳴き、素知らぬ顔をする白檀にこんな状況にもかかわらず吹き出しそうになった。

「あれ? なんか二人分の声が聞こえた気がしたけど…」

「え! きききのせいじゃないのかな?」

「にゃ、にゃ~…」

 猫の鳴き声も思いっきり動揺しまくりの僕らに少し首をかしげながらも

「ふ~ん。じゃあ見つけたら教えてね! じゃあね~」

 と信用してくれた青樹君に、再び罪悪感に襲われた。残された僕たちは、とりあえず近くを捜すことにした。

「おい…けがしたって大丈夫なのか?」

「まあ…一応神だしな…大丈夫だとは思うが…」

《白檀…》

『!?』

 突然聞こえた声は小さく、風でかき消されてしまうようだったが、確かに聞こえた。

「なに? 今の…」

蒼子(あおし)神だ!」

 白檀は叫ぶと、白い煙とともに元の姿、巨大な犬神の姿となった。

「早く乗れ!」

 まだ状況をうまく飲み込めてない僕は、言われるまま白檀の背中に飛び乗った。



 すっかり白檀の背に乗るのに慣れたので、周りを見渡すことができた。

「白檀! どこに行くんだ!?」

 なにしろ飛ぶと言っても空の散歩気分などではなく、ジェット機のごとく飛んでいるので(乗ったことなんてないが…)大声で話しかけないと僕の声などかき消されてしまう。

「こっちの方から蒼子神の声が聞こえたんだ! お前も聞こえたろ!」

 なるほど、あれは蒼子神、白檀の友達の声だったのか。さっきから飛びまくってるしそろそろ見つかるんじゃ…ん?

「白檀! あそこ!」

 僕の指差した方向には、山からほんの少しだが、青白い光がもれているのが見えた。

「あそこか!」

 急降下で光っているところに降りていった。慣れたもので降りる途中も目を開けることができた。

「本当にこんなところに蒼子神がいるのか!?」

「ああ。あの光は間違いなく…ん? あれは…」

だんだん光に向かって近づくにつれ、その場所が崖のすぐそばということが分かった。そして、その崖に見慣れた人影が…

「青樹君!」

 崖のすぐ下に少し盛り出たところがあるのだが、そこに青樹君が気絶しているのか動かずに横たわっていた。

《白檀…あの子を助けてくれ…》

「!」

 その崖のすぐそばに、光り輝く蒼い龍の姿をした、蒼子神であろう人物(?)がそこにいた。怪我でもしているのか、その姿は神々しくも弱弱しいように感じた。

「蒼子神。久しぶりだな。しかし蒼子神。なぜあの人間の小僧を助けろと? めったなことでは動かない私の性格を知っているだろう」

《あの子は…今さっきここにきた。怪我している私を見て大丈夫?、と声をかけるものだからついぐちをこぼして、がけ下にある薬草があれば治るのだが、と言った。すると取ってくる、と止めるのも聞かず行きおってな…今に至るまでじゃ》

「なるほどな。まあ、お前のために動いてくれた小僧だ。助けてやろう」

「僕も連れてってくれ!」

 白檀の背中からそういうと、

「断ってもお前、そこから動かないだろう…行くぞ」

 と、あきらめ半分といった口調で答えられた瞬間、白檀の体は浮き上がり、崖に向かって動き出した。青樹君のいる場所は安定しているため、白檀が降り立ってもびくともしなかった。急いで白檀の背中から降り、青樹君を抱き起した。

「青樹君。もう大丈夫だからね…ん?」

 抱き起こすと、青樹君の手から、なにかが落ちた。薬草だった。

(青樹君…がんばったね…)

 おもわず笑みがこぼれた。青樹君を白檀の背中に乗せ、僕も飛び乗ると、すぐに飛び立ち、あっというまに蒼子神のところまで戻ってきた。

《ありがとう、白檀。それに人の子よ…》

「僕は優士。お礼なら青樹君に言ってくれよ」

 さきほど青樹君が持っていた薬草を蒼子神の前に差し出した。

「青樹君はちゃんと薬草見つけてたんだから」

 薬草を前に、蒼子神は目を見開き驚いた。そしてその顔はかすかにゆがみ、目から涙がこぼれてきた。

《最近になって人は神を敬う心をなくし…信仰が力の私はどんどん弱っていった…とうとう妖怪に襲われ反撃もかなわず、これまでかとこの地に降り立ったが…まさかこんなところで…こんな優しい人の子らに会えるとは思わなかった…》

 蒼子神の涙はきらきらと輝いていて、宝石というのはこういうものなのかと思わせた。



 薬草を食べた蒼子神は、幾分か元気を取り戻した。この白檀といい勝負な大きな体で少しの薬草で足りるのかと思ったが、大丈夫そうだ。まあ、食べさせた僕の手が食われる危険があったことは、とりあえず忘れてやろう。だが、青樹くんは龍の姿をした蒼子神をどうやったら魚と間違えたのだろう。なぞだ。

「まあ、治るわけではないが、しばらくはしのげるだろうな」

《ああ…すまないな、呼び出して…だが、封印が解けていてよかった》

「まあ、いろいろあってな」

《そうか…優士とかいったか? 悪いが青樹を、どこか怪我しているわけはないようだから送り届けてくれないか》

 蒼子神の深海の様な蒼い瞳が僕を覗きこむ。

「ああ。いいよ」

 どのみちそのつもりであった僕は快く引き受けた。

《すまない…私がこんな体ではなければ送り届けることくらいできるのだが…》

「そこまで気を病むな。お前は安静にすることだけ考えればいい」

 うなだれる蒼子神に白檀は横から励ましの言葉をかけた。白檀が人を気遣うなんて珍しいこともあるもんだ。

「二人って本当に仲いいんだね」

「まあ、たいてい二人でいることは多かったな」

《お前がしょっちゅう村人をおどかすものだから、私がいつも止めなければならないことになるからだろう…》

 白檀がその時のことを思い出してか、はあ、とため息をついた。

なるほど…昔から問題児だったわけか。

「いや~村人の反応がおかしくってな」

《全く…しかし…まあ、あっちこっちを気の向くままにお前と旅するのは…楽しかったな…》

「へ~旅したことあるんだ~」

「一応言っとくが、お前の考えるような旅ではないぞ。昔は今より神域(しんいき)というものがたくさんあったからな。そこの主といざこざが起きたり、縄張り争いに巻き込まれたりして、こんな旅、おまえがしたらすぐあの世行きだ」

 確かに…。僕はごくっとつばを飲み込んだ。

《だが楽しいこともあったではないか…一千年ごとにしか咲かないサクラが見れたり…月の美しき夜に森の者たちと飲み明かしたり…覚えてないか? 白檀》

「…覚えているに決まっているだろう」

 白檀と蒼子神が懐かしそうに語ることは、危なそうで、でも楽しそうで、いいな、と思った。

「すごいな~一千年ごとに咲く桜なんて、白檀達みたいな妖怪じゃないと見れないじゃんか」

 うらやましそうに目を輝かせる僕を蒼子神は、じっとみつめて

《暮らすか?》

 と言った。

「え?」

《もし、妖怪になれるとしたらどうする? こういう場所、世界で永久に暮らせるぞ》

 なにか諭すような瞳にみつめられ少し恥ずかしくなって下を向いて考えた。

「う~ん…ならない…かな?」

《なんでだ?》

「だってさ。確かに楽しいと思うけど、きっとつらいことがたくさんあるのはいままでと変わりはしないと思うし、せっかく人間に生まれてきたんだから、限りある時間の中でやりたいことたくさんやって、生きて、最期は笑っているような人生の方が永久よりいいと思うんだ」

 そう言う僕を、蒼子神は、静かに見続けた。

「それに、綺麗なものならたくさん見たことあるよ。菜の花畑だろ、それに…ああ! でも最近見た中で一番は、この赤野里全部に夕日が差し込んだ風景かな! すっごい綺麗なんだよ!」

 赤野里に夕日がさしこみ、家も人も全部が真っ赤に染まった景色は、本当に綺麗だった。あそこに長いこと立っていると、自分にも日は差すから、まるで自分が夕日の一部になったような感じになるのだ。暁山から見えるのだが、登るまでが大変なのだ。だが苦しい思いをしてもあの風景を見たら、誰でも疲れはきっと吹っ飛んでしまうだろう。

《そうか…》

 どこか安心したような様子の蒼子神に首をかしげるが、横から白檀の尻尾に押された。

「優士。私はもう少しここにいる。お前は先に帰れ」

「え!? でも帰れるかな…」

 自分でも情けなくなるような弱弱しい声で、茂る木々の方を見つめた。

《ならば道しるべをつくってやろう…》

 蒼子神が木々の方へフッと息を吹きかけると、紫の花が淡く光りながら現れた。それが点々と続いているのが見える。

紫八塩(むらさきやしお)という花だ。ふもとまで案内してくれるだろう》

「すごい! ありがとう、蒼子神! しばらくいるんだったらまた遊びに来るな!」

 青樹君を背中に背負うと、淡く光る紫八塩に向かって歩き始めた。青樹君は軽いのでふもとまで運んでもそこまで疲れはしないだろう。

 もう一度振り返り、二人に向かって手を振った。



 二人が去ると、蒼子神と白檀の間にしばしの沈黙が流れた。その間、空ではカラスが夕方を知らせるかのように鳴き、風が二人の間を駆け抜けていった。沈黙を破ったのは蒼子神だった。

《あの優士という少年、似ているな…》

「…お前もそう思うか」

《ああ。しかし白檀。あの時のことを忘れ…られはしないか…だがきっとあれは何かの間違いだ》

「そんなわけないだろう! あいつは…鈴蘭は…憎らしそうに私を見て…」


 矢を放ったんだ…


 苦しそうにそういう白檀に、蒼子神は眉を寄せた。

(私では白檀の悲しみをとることはできそうにない…だが優士、白檀がそばにいることを選んだ人間…もしかしたらあやつが救ってくれるかもしれぬ…白檀の過去からの苦しみから…)



さあ、明日はなにが起こるのかな?

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