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僕と犬神の不思議日和  作者: 夏樹翼
3/7

春休み

「あ~つかれた~」

「ええい軟弱者! これしきの坂でへばるな!」

 今現在、季節は春。静穏村にも、桜をはじめ様々な花が咲き誇り、色とりどりの美しい季節である。しかし今僕らがいるのは、うっそうと木々が生い茂る山の中である。人が通る道ではないため非常に歩きにくい。色とりどりどころか、暗い葉っぱの緑色と、土の茶色しかないところである。なぜこんなところにいるかというと、約十時間ほど前に逆上る…



優士(ゆうじ)。悪いけど倉庫の掃除お願いできるかねぇ? 大雑把でいいから」

「ええ~…まあいいよ」

 朝ご飯を食べながら祖母に頼まれ、しぶしぶ承諾した後、家の裏側にある倉庫へと向かった。

「で、なんで白檀(びゃくだん)までついて来てるの?」

 倉庫の前に来たところで振り返ってそう言うと、家の陰からのそのそ、白檀が出てきた。

「ふん。よく気がついたな。さすが私の封印を解いただけはあるわ」

「廊下歩いてる時に白檀特有のどすどすって足音がついてくるの聞こえたからね」

「なるほどそんなについてきてくれたのがうれしいのか。まあ私がこ~んなに忙しいのに、一緒にいてくれるというのは嬉しいだろうな~」

 話聞けよ…

「やれやれ。邪魔だけはするなよ」

 そんなやり取りを終えて倉庫のドアを開けると、中のほこりが舞い上がった。薄暗いため、ほこりがよく見える。

「ゲホッゲホッ…あ~これだから嫌なんだよな~」

 あまり人が入らないこの倉庫には、ほこりはたまる一方なため、ときどきこうして僕に掃除をさせるのだ。ため息をつきながら、はたきを持って入って行き、棚の上の方から順に掃除していった。

「まあ今回はそこまで重労働じゃないからまあいっ…うわ!」

 はたいていた所から何かが落ちてきた。その拍子に尻もちをしてしまった。

「おい。大丈夫か?」

 外にいた白檀が物音に気付いて入ってきた。

「ああ~いて~…うん。大丈夫。なんだったんだ?」

 落ちてきた物を見ると、一枚の小さな紙きれだった。

「なあんだ。こんなものに驚いたのか。子供だな~」

「うっさい! いきなり何もないと思ってたところからなんか落ちてきたら驚くだろ!」

「へーへーで、なんの紙きれなんだ?」

「えっと…あ! これじいちゃんが書いたやつだ!」

 そこには、

【ゆっちゃんへ

 約束通り宝用意したぞ。道しるべは仏さまの向いている方向だ。黄色い海で待ってる

                                  清次郎より】

 と書かれていた。

「ゆっちゃんって誰だろう? 友達か何かかな?」

 首をかしげる僕の横から白檀が首を出した。

「私はそれより宝というのに興味があるぞ。酒か~肉か~。ジュルルル…よし! 今からその黄色い海へ行くのだ!」

「ちょっと! よだれ付けないでよ。食べ物って決まったわけじゃないんだから」

 そんな僕の言葉はどこへやら。白檀の頭の中では肉やら酒やらが小躍りしていることだろう。

「そういわれてもそんな場所思い当たらないし…あ! もしかしたら…」

「なんだ。思い当るところがあるのか?」

「うん。海ではないんだけど、幼稚園生の時までじいちゃん生きてて、そのときこの近くの菜の花畑に連れて行ってもらったことあるんだ。それに風が吹くととザザーって海の波みたいに揺れるんだ。じいちゃん村の外に出たことないからたぶんそれのこと言ってるんじゃないのかな」

「よし! それだ! では行くぞ! 善は急げというしな!」

「白檀の善って…」

 若干あきれ気味にいったのち、家からそう遠くはない菜の花畑へと向かった。

「わ~…」

 菜の花畑は小さいころからと変わらず、太陽の光をいっぱいに浴びて咲き誇っていた。思わず言葉を失ってしまったほどだ。

「おい。いつまで呆けているつもりだ。さっさと地蔵を探すぞ」

 仏さんがその辺にうろついてるわけないから、おそらくお地蔵さんのことだろうということになったのだ。

「も~こんな綺麗なのに何の感想もなしなの?」

「食えんしな。まあ…昔から変わらぬいい景色だとは思うぞ」

 妙にしんみり言った白檀に拍子抜けしてしまって、なんとなく気になっていたことを聞いてみた。

「え? そういえば白檀の昔のことって聞いたことないよね? どんなことあったの?」

「…」

「ん? 白だ…」

「あ! 久しぶりねぇ。優士君」

 いきなり割り込んできた声に振り返ると、そこには初めて白檀と会ったとき知り合ったおばあさんがいた。あの時をきっかけに、家の近くを通ると良く話しかけてくれるようになったのだ。

「最近見ないから元気かなって思ってたけど、元気そうでよかったわ」

「はい。ありがとうございます。ところで、この辺にお地蔵さんとかありますか?」

「お地蔵さん? ああ。それならこのあたりに…ああ! あったわよ」

 足元の菜の花を避けると、そこからこじんまりしたお地蔵さんが出てきた。僕の通う学校の方を向いている。

「やったー! ありがとうございました! では失礼します」

「行くぞ!」

 お礼を言い、すぐに走りだした。後ろでおばあさんがにこやかに手を振ってくれている。

「いってらっしゃい。でもお地蔵さんに何の用だったのかしら? それに今二人分の声が聞こえたような?」

 後の言葉は聞かなかったことにしよう。



 お地蔵さんの向いている方向を真っすぐ走ってみたが、お地蔵さんらしいものは見当たらず、学校まで来てしまった。

「う~ん。こんな所でお地蔵さんなんて見たことないしなあ」

「お地蔵さんがどうしたの?」

 またしても後ろからの声に驚き振り返ると、最近引っ越してきた神崎進が立っていた。

「なんか久しぶりだね。休みで長い間会ってなかったから」

「う、うん。そうだね…」

 僕は神崎が少し苦手なので、できればあまり会いたくなかった。

「で、お地蔵さんがどうしたの?」

 張り付いたような笑顔で覗き込むように尋ねられ、半歩後ろへ後ずさりして

「い、いや、この辺になかったかな~と」

 そう言った。すると神崎はああ、と何かを思いついたような顔で

「それなら学校の裏手にあるよ。案内しよっか」

 学校の方を指差した。

「お前の世話にはならんよ」

 足元から白檀が代わりに返事した。

「ちょっと! 周りの人にばれたら…」

 急いで周りを見回したが、誰もいなかった。

「ふうん。いろいろお話できると思ったんだけど残念だね」

「ふん! どんな話なのやら」

 白檀と神崎がそろうと険悪なムードになるのも苦手の一つだ。

「まあまあ。神崎ありがとうな。じゃあ」

「うん。また学校で」

 別れて神崎の姿が見えなくなると白檀が不満げに口を開いた。

「おまえ。学校ではあいつと話すなよ」

「だから無理だって!」



 学校の裏手は薄暗く、春とはいえ、まだ肌寒い今日みたいな日は、こんな所は寒くていい気分はしない。

「えっと~あ! あった!」

 学校の守り神みたいなものなのだろうか、さっきよりは周りも綺麗に整えられていた。

「方向は…ん?」

 気のせいだろうか。この方向に向かうと、懐かしいところに行くような気がする。

「なにしてるんだ? 早く行くぞ」

 まあ。どこかで止まることになるだろう。

 そんな事を思いながら向かうと、予想通りの場所に出た。

「マジか…」

 そこは白檀が眠っていた山、後から知ったのだが暁山と言うらしい。

「ここ入って出られないことないよなぁ」

「今回は私がいるのだから迷うことなんぞ無いわ」

で、最初に戻る。

「本当にこっちでいいの~?」

「真っすぐ歩いてきたろうが」

 もはやその感覚すらないよ。「足が棒になる」とは今の僕の状態にぴったりの言葉だ。足を曲げて必死に歩いてはいるが、棒の様で曲げている感覚がしない。

「お! 出口が近いらしいぞ」

 白檀の言うとおり、目の前に光が見えてきた。

「お宝~! ん? なんだここは」

 勢いよく飛び出した白檀はきょろきょろとあたりを見回している。

「どうしたの?」

 後に続き木々から抜けると、そこはちょっとした広場のようになっていた。奥は崖になっているようだ。そこから見た風景は、村が全部見えて、今まで走ってきた道のりもみんな見える。

「うわー!」

菜の花畑も学校も、家も、ちょっと不気味な水姫川も。なによりもう夕方になってしまったため村全体が真っ赤に見えて、家々が赤くキラキラ光ってて綺麗でとても感動的だ。

「なるほど」

「なにがだ?」

「これが宝物なんだなって」

「なに! 酒は! 肉は!」

 人のように二本足で立って、文句を言いながら前足をばたつかせている白檀をしり目に、僕は目の前の風景に目を細めた。

「そんなのいいじゃん。こんな綺麗な風景見れたんだから。初めてだよ~こんな高いところからなんて白檀の背中に乗ったとき以来かな」

「ああ。お前はここ初めてか…」

「え?」

「おい。それよりあそこできょろきょろしてるのお前のばあちゃんじゃないのか?」

 指差した先には、僕の家の前で心配そうに右往左往している祖母の姿があった。

「あ! そういえば倉庫の掃除ほっぽったままだった! 急いで帰んなきゃ!」

「じゃ。家の裏手まで乗せてやるよ」

 そういうと変化(へんげ)を解き巨体の犬が現れた。

「おお! ありがとー!」



 そのあと僕は祖母にきつ~く叱られ、罰として倉庫の掃除を再びすることになった。まあ朝っぱらからいなくなったし仕方ないか。

 機嫌がよくなった頃合いを見計らって倉庫の話をすると、なんとゆっちゃんというのは祖母のことだったらしい。祖母の誕生日にプレゼントとしてあの景色を見せてくれたらしい。



 白檀はベランダで夜の月を見ながら懐かしいものを見るように目を細めた。

(久しぶりに見たな。あの景色…まさかまた行くとは思わなかったが…私も知らないうちにあの景色を宝と思って足が向いてしまったのか…あの少年…平和に暮らせたかの…)

 『あの少年』のことはまた今度。



「お~い! 優士~遅いぞ~」

 今日は始業式。春休み中ごろごろしていたせいで、寝坊してしまったが、何とか間に合ったようだ。

「ごめんごめん」

 校門で鷹西と柿沼、信也(しんや)が待っていた。その横で、

「やあ。これからもよろしくね」

 神崎が相変わらずの張り付いた笑顔で手を振っていた。新学期そうそう速攻で会うとは…

「ああ…よろしく…」

 桜は散り始めてしまっているが、散っていく花びらに吹かれながら、始まるこれからの毎日に、自然と気持ちが高鳴った。

さあ、明日は何が起こるのかな?

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