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天才と秀才と凡才の話

作者: 氷川変電所

すべての受験生、受験生予備軍、あるいはかつて受験を経験した皆様に捧げます

二学期最後の帰りの会。数日前に終えた期末テストの個人成績表が担任からひとりひとりに渡される。

「山本ー、はい、渡辺ー。…はいっじゃあ皆ー、今回のテスト結果を確認して、各自反省なりなんなりするよーに。三学期始まるとすぐに模試があるから、気を抜かずに頑張れよー。以上」

担任教師は淡白にそう言い放つと、学級委員長がタイミングよく号令をかける。

「きりーつ、れー、さようならー」

「さようならー」

ざわついていた教室が一旦静まってから、再び前の騒然さを取り戻す。それぞれが自分の結果について落胆の声やら歓喜の声やらをあげながら、教室をばらばらと出ていく。担任教師も職員室へと帰っていき、教室に残ったのは帰りの支度が遅かった三、四人の生徒と、日直当番の数人であった。しかし彼らもそう長く残ってはおらず、掃除が終われば教室には三人しか残っていなかった。彼らは雑談に花を咲かせていた。田中くん、日出野さん、天城くんの三人だ。



「やっと冬休みだー!そういえばテストどうだったー?」

田中が切り出した。

「えっ、うーん…私はまぁまぁって感じかなー。田中くんは?」

応えたのは日出野。

「俺は…いつもどおりな感じで…はは」

田中は笑った。

「天城は今回も1番?」

「あ、うん。一応」

「すごいよねー天城くん、ずーっとトップだよね」

「今回も『天城越え』は出なかったかー」

「なんだよそれ」

「私今回の期末は勉強したつもりだったんだけどね」

「確かに…二週間くらい前からめっちゃ勉強してたよなー」

「…私も天城越え狙ってたのになー」

「日出野さんまで…なにそれ」

「俺は夢のまた夢だなー天城越えなんて」

「そんなことないよ!私たちで立ち向かおうよ!」

「僕いつの間にみんなの敵になってんの…」

天城は困ったように笑った。

「でも日出野さんもめっちゃ頭いいよねー尊敬しちゃうよ」

「そんなことないよ…天城くんほどじゃないし」

「天城と勝負できるって時点ですごいよ。俺なんか平均点と戦ってるんだし」

「それは田中くんが勉強してないからでしょ」

「うっ、…したよ!ちょっとは!」

「ほら、ちょっとじゃない」

「部活忙しかったんだよぉおおお!それに部活終わって家帰ったら寝ちゃうだろ普通ぅうう!」

田中はがばっと机に伏せて泣き真似をした。

「まぁ…家だと集中できないってのはちょっとわかるかもだけど」

「確かに」

天城が頷く。

「とか言って…天城は絶対勉強してるだろ」

田中が恨めしそうに顔を上げる。

「ほんとにしてないって、謙遜でもなんでもなく」

「天城くんって塾行ってたっけ?」

「ううん、塾行くお金がなくって…」

天城は人差し指でこめかみをぽりぽり掻いた。

「それでそんなに頭いいの!?」

田中が唐突に立ち上がる。

「私なんか週5で塾行ってるのに…」

「どこで勉強してんだよ…もしかして、部活中に勉強…!なんてないよな…」

「できたらいいんだけどね、うちの部活私語厳禁とか無駄に厳しいから」

「そうだ、天城くんバスケ部じゃない」

「日出野さん、俺を見ないで。部活を言い訳にした俺を見ないで」

「私も人のこと言える義理じゃないわ…うちの茶道部そんなに忙しくないし」

「それだったら日出野さん、頑張って!次の模試では天城越えしてくれよな!」

「期待に応えられるかわからないけど、頑張ってみる」

日出野はスカートの後ろで両手の拳をぎゅっと握りしめた。

「でもさー冬休みって結局勉強出来ないんだよなー」

「そうかしら?」

「親に勉強しろーって言われるとなんかやる気無くなって…っていう悪循環」

「素直に勉強しなさいよ」

「親の言うことは聞かないとだね」

「言うのは簡単だけどさー…」

「なんだったらうちの塾の冬期講習来る?」

「えっマジで!日出野さんが行ってる塾ってだけで成績上がりそうな感じするな…」

「そんな…大袈裟よ」

「うーん、でも行ったところで勉強するだろうか」

「そこはしなさいよ」

「うー…ところで天城」

「あ、逃げた」

「ほんとに勉強してないってのを信じるとして、お前って家で何してんの?」

「普通に信じてよ…、家で家事やってるよ。日本語おかしいかなこれ」

「家事…お母さんのお手伝いとか?」

「うーん、何だろう、うちの親共働きでほとんどうちにいないから」

天城は目線を下に遣った。

「そうだったのか」

「それに妹もいるし」

「じゃあ天城くんが妹さんのごはんとか作るの?」

「うん、うちの親ネグレクトだから」

天城は冗談っぽく言った。

「すげーな…俺作れる料理とかピザトーストくらいしかないぞ」

「それ料理って言うの?」

「まぁ僕も凝ったものは作れないよ」

「にしてもこれで天が与えたの何物目だよ…」

「ほんとよね」

「日出野さんだって勉強できるじゃない」

「天城くんに言われるとなんか変な感じ…」

「皮肉には聞こえないけどって感じだな」

「私はいくら頑張っても天城くんに及ばないからなー」

「そう卑屈にならないでよ」

「俺も天城に勝つには数百年必要だろうなー」

「なにその目測」



「おーい、もう校舎閉めるぞー」

学年主任の教諭が教室の後ろのドアから顔をだした。

「「「はーい」」」

教室の戸締りと消灯を済ませ、三人は昇降口をでた。

「じゃあ、また三学期!」

「うん、よいお年を」

「よいお年をー」


三人はそれぞれ帰り道に就いた。



帰り道


二人とも勉強出来てすごいよな。天城は言わずもがなだけど、日出野さんも十分すごい。天城の毎回トップの陰に隠れて日出野さんは毎回2番なんだよな。あの二人がうちのツートップだって先生もいつだか言ってたしな。俺もそろそろ勉強頑張らないと。部活もあと数か月しかない。今までずっと言い訳にしてきてしまったけど、もうじきに逃げ道がなくなる。あと数か月で、天城たちに追いつこうなんて思わないけど、平均ラインから脱出してみたい。進学校にきた以上、勉強は避けて通れない。目指してる大学も一応あるし。頑張らないとな。でも、具体的に何をしたらいいんだろう。天城はそれこそ天才だから、何もしなくても勉強できるからいいよな。日出野さんも天城くんに勝てないって愚痴を垂れていたけど真面目に勉強やってて成績優秀だし。また俺はこの成績表を親に見せるや否や怒号あるいは皮肉を浴びせられるんだろう。俺も真面目にやるほどの集中力があればいいのにな。天才にはなれないけど、せめて真面目になりたい。俺だって勉強してないわけじゃない。けど二人に比べたら歴然なんだろう。天才であれ、秀才であれ、才能の人であれ、努力の人であれ、成功している分には幸せだろうに。なにもあんなに不幸自慢大会をしなくてもいいのに。十分うらやましいんだけどな。きっと親に小言を言われることなんてなく、できる子だ、といって褒めてもらえるんだろうな。



帰り道


二人とも、どこか輝いていた。天城くんは飄々としてるけど、部活はちゃんとやってるし、家では炊事や洗濯、妹の世話までしてるんだ。田中くんは部活の中心として盛り上げてるみたいだし、大会で時々いい成績も残してるみたい。私は勉強以外に、何かあるだろうか。部活も忙しくないし、打ち込んでいる趣味も特にない。ただ、親の言うように勉強し続けてきた。いい成績を取れば、家族みんなが喜んでくれた。それが嬉しくって、ずっと勉強してきた。もちろん今でもこの数字を見せれば家族は喜んでくれる。でも、もうひとつ上の数字が欲しい。お母さんが、お父さんが、すごいね、頑張ったね、って喜んでくれる顔が見たい。それでも天城くんはそれを許してくれない。一度でいいから、順位の欄にあの数字を収めたい。もしくは、なにか部活でいい成績でも残せば、家族は喜んでくれるだろうか…。田中くんはもちろん、部活に生きるだけじゃない。彼のムードメイキングは自然と引き込まれる。成績とか関係なく、天城くんにも臆することなく切り込んでいけるし、私にも率直な意見を言ってくれた。私にはない明るさ、素直さを持っていた。きっと田中くんは、私のように天城くんを妬むことはないのだろう。私の性格は良いとは決して言えない。何度となく天城くんを妬み、恨んだ。そのたびに、私は自分が廃れて小さくなっていく気がしていった。もし私が勉強することをやめたら、私はどんなふうに生きていくんだろう。うまく生きていけるだろうか。お母さんは、お父さんは、私になんて言葉をかけるのだろう。どうせだったら天才に、いっそのこと凡才に生まれてれば、こんなことを悩まずに生きられたのかな。



帰り道


二人とも、幸せそうな家庭に生まれたんだろうな。週5で塾に通わせてもらえる日出野さんは、大変にご両親に愛されているんだろう。それだけ期待されているんだろう。田中くんも塾に行こうかという話に乗っていた。親御さんに言えばすぐに通わせてもらえそうな口ぶりだった。それに、勉強しろ、と言われるなんて、なんて幸せなんだろう。親から成績について心配してもらえるなんて、うらやましい限りだ。仕事詰めの親は僕の成績なんて見たことがあるだろうか。妹にみせても仕方がないし。授業中に聞いたことを用紙に書き込むだけで高得点がもらえることに別段の感慨はないけど、少しは褒めてくれる人が居てほしい。それでも、みんなは天才、と言って僕をはやし立てる。そんな大層なものじゃない。勉強なんてやる暇ないし、そもそも勉強が重要だとも思っていない。子供のころに始めたバスケも、コツを掴んで楽しくなってきたら、気付いたら上達していた。それを努力したとは思ってない。バスケだけじゃない。大抵のことは、要領よくやってのけてこれた。みんなは、親までも、僕を天才と呼んだ。天才、という言葉は嫌いだ。そう言ってみんなは僕を疎外する。敵対する。軽視する。「できるでしょ」という言葉で片付けられる。僕は普通の、人間だから。神様でも、二物を与えられてもいないから。日出野さんみたいに愛されなくてもいいから、田中くんみたいに爛漫に生きられなくていいから、みんなと楽しく過ごしたい。もし僕が天才じゃなかったら、もっと可愛がってもらえたのかな。もし僕が普通に生きてれば、楽しい人生だったのかな。


最後まで読んでくださりありがとうございました!

そうです、みんな悩んでるんです。隣の芝は青くってバラは赤いんです。

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