1-5:俺にどうしろって言うんだ
明けましておめでとうございます。
受験終わるまで投稿しないといいましたが、あれは嘘だった。
お年玉? みたいなもんです。
森を抜けると、そこは広大な平野だった……!
わー、何もなーい。地平線が見えるー。
……はぁ、まだ先は長いか。
▽▲▽▲▽▲
地面に直径30㎝程のクレーターを残しつつ走っていたクロノだが、「飽きた」と言って走るのをやめた。といっても、既に森の浅い場所まで来ており、出口も見えきたところだった。
「お、やっと抜けられる!」
『なかなか時間がかかったな。飛べばよかったものを』
なんて偉そうに言っているフェムトだが(大体、どうやって飛ぶんだ)、馬鹿に「〜すればいいのに」なんで横やりを入れてほしくない。俺も他人のことは言えないが。
何故フェムトが馬鹿かと言うと、以前、クロノはフェムトと会話していてある疑問を持った。
"龍王のくせに、同族に辺鄙な森に追いやられた"って……あれ、おま、龍種最強じゃなかったのか? という疑問である。が、フェムトの記憶を見ると納得がいった。
コイツは結構なバトルジャンキーだったのだ。
フェムトの龍としての種族は邪龍と名高い暗黒龍で、普段は地下や洞窟の奥に生活空間を作っている――龍にしてはかなり地味な場所に棲んでいる――種族だ。フェムトの育てていた次期龍王候補(以下"候補君"と略すことにする)も暗黒龍である。バトルジャンキーなフェムトは候補君の友人の「外に滅茶苦茶強いヤツ(龍)が!」の言葉に騙され、洞窟から――文字通り――飛んで行ったところ、その洞窟から閉め出されたらしい。
「お前、馬鹿じゃね」
『まあ、奴らの頭脳の勝利、ということじゃな』
「馬鹿じゃね」
『二度も言うでないわ!』
大事な事なので二回言いました。
「で、仕方ないから、あの森に棲みついたって訳か」
『近辺では、彼処が一番暗かった故にな』
暗黒龍は明るい場所を好まない。洞窟も地下もじめじめしているが、明るいのに比べれば苦にならないらしかった。が、明るい場所に出ない為に敵と闘うことが少なく、龍種の中では比較的弱い部類に入る。が、誤って洞窟に入ってしまった場合に平和的解決ができず、人間にはほぼ打つ手なしの闇魔法を使うので、人間にとっては脅威でしかない。
そんな暗黒龍の中で変わり者であったフェムトは、これまで闘って勝った相手の記憶を読み取り、己の物としていた。中には古龍もいたようで、魔法の知識は多い。その知識を利用し、弱い我が種を守るために、洞窟を移動させる魔法を編み出していた。候補君達は、これを利用していたようだ。何で、誰にでも使えるようにしたかなぁ、とクロノがフェムトを馬鹿にしていると、茂みから何かが飛び出してきた。
「うわっ!」
いきなり目の前に現れた何かを払い退けるように、クロノは無造作に腕を振るう。眼前の虫を払うような動作で奮われたクロノの右手は、その何かに当たった。
ゴキャッ! ドゴッ! ズガンッ!
クロノの右手をくらった何かは骨を粉砕され、ぶっ飛び、近くの木にぶつかり、その木を折り、地面にめり込んだ。
「うわぁ……」
ぐちゃぐちゃ。
クロノに羽虫のように叩かれた何かを一言で表すと、そうなる。
クロノはどん引いている。自分の力にではなく、哀れな何かの末路に。
「んー……この毛色から判断するに、銀狼?」
『のようだな』
飛び散る血と臓物でまみれ、毛色もくそもないが、二人はそう判断したらしい。
銀狼は(フェムトからすれば)比較的弱い|(人間からするとそこそこ強い)魔物で、森の浅い場所に生息している。群れで行動し、集団で少数を追い詰める戦法をとる。
『これは偵察かの』
「近くに群れがいんのか?」
『いるな。間違いなく。むしろ、前のをみていたやもしれん。じゃが、この様じゃと寄ってこんじゃろ』
「なんで?」
『仲間をあんな無惨に殺した相手に、お主は近寄りたいと思うか?』
「アイツは良いヤツだったのに! みたいな感じで行くかもな。勝てそうだと思ったら」
『お主は今、強いからそんなことが言えるんじゃ。大体、魔物にそこまでの仲間意識を期待するな』
「ですよねー」
ガッサガッサと茂みを掻き分けて、遂にクロノは森を抜けた。
「おぉー!」
地平線の向こうまで広がる平原。あまり都会ではなかったとはいえ、田舎でもないところに住んでいたクロノには縁のなかったものだ。その壮大さに、クロノは感動の声をあけだ。
『テッラ平原じゃな。森の北側で最大の平野じゃ』
まだまだ移動技術の発達していないこの世界で、人間が住んでいるのは一つの大陸にのみだと言われている。その大陸が黒乃が今いる、ガナリア大陸である。
そのガナリア大陸も三分の二程の|(といってもかなり広い)範囲にしか人間は住んでいない。後の三分の一は魔物のみが住む土地である。
人間の領域と魔物の領域を隔てるのは、クロノが出てきた森で、名を"死の森"と言う。その名に相応しく、入っていった者はほぼ死ぬらしい。死なないのは身の程を弁え、森の奥深くまで立ち入らない者のみ。
「あれ、何だ?」
クロノの凄まじく良くなった視力は、森から然程離れていないところを駆け抜ける一台の馬車を捉えていた。
『森の近くを通るということは、何か疚しいことをしている連中じゃな』
「近くまで行ってみるか」
軽く足に力を入れ、クロノは一気に加速する。中堅の冒険者には見えないくらいの速度だった。
馬車から100m程の場所。そこでクロノは止まった。馬車を狩っているのは、先程クロノがぐちゃぐちゃにした偵察銀狼の本隊だろう。
16頭のクロノは既に馬車を取り囲み、馬と並走している4頭は、馬を殺そうと狙っていた。
クロノに、馬車を助ける気は毛頭ない。銀狼の狩りを、じっと見つめている。
「お、殺った」
馬車を引いて一心不乱に走っていた2頭の馬は、1頭につき銀狼2頭に襲いかかられ、呆気なく倒れた。ただ殺されるだけなのは嫌なのか、馬車の荷台から男達が数人――恐らく5人――、各々の武器を手に飛び出してきた。喉を咬み切られ、男達は全員、一瞬で息絶えた。噴水のように噴き出す血で、銀狼の体毛は赤く染まる。
喉の抉れた男達をそのままに、銀狼は荷台に向かう。銀狼が荷台から引き摺り出したのは、4人の――10歳未満と推測される――子供達。女の子3人、男の子1人。皆、首輪が嵌められていた。
奴隷である。しかも、非合法の。
『やはり、疚しいことをしておったな』
銀狼は、子供達を先に食べてしまうと思われた。が、黒乃の予想に反して、シルバーウルフは首輪をくわて子供達引き摺ってきた。黒乃の方へである。
「ん?」
俺にくれんのか?
クロノは、足下へと無造作に置かれた土塗れの子供達を指差して言った。その言葉を理解した訳ではないが、銀狼は鼻先で子供をクロノの方へと押しやった。
献上。
銀狼の行動を言葉にするならば、これが一番近い。
本人は自覚していないものの、クロノは世界から"魔王"認定を受けている。魔王とはすなわち、魔物の王。
つまり、銀狼達より上位の存在、群れのボスよりも遥かに上の存在である。
最上位の者が一番良い肉を食べるのは当たり前のことであり、この場で最上位なのは王であるクロノで、その黒乃が一番良い肉である子供達を喰うのは当然であった。
そしたら、子供達もこんなに恐怖することもなかったし、黒乃だってこんなに頭を悩ませることもなかった。
突然黒乃は、子供の中で唯一の男の子の首輪を掴んで持ち上げた。シルバーウルフの唾液で嫌な手触りがしたが、黒乃は離さなかった。
「やっぱり。獣耳付いてる」
『獣人族じゃな。その耳ならば犬系統の種族じゃろう』
黒乃は男の子を地面に降ろした。耳を見るためだけに持ち上げたようだった。
「お前、名前は?」
「……」
少年は答えない。ただ泣き続けている。
余談だが、黒乃は子供が嫌いだ。視界に入っただけで蹴り飛ばしたくなる程嫌いだ。
銀狼を責めるわけではないが、クロノはそう思わずにいられなかった。
何がそうさせるのか理解できないが、奴らは、俺らをおちょくりやがる。俺らが奴らに本気を出さないのも理解してやがるし、どうすれば俺らが拳をおさめるのかも理解している。
そこが気に入らない。平等を謳う癖に、ガキが優しくされるのが気に入らない。ガキなら大抵のことが許されるのが気に入らない。ガキの為に頭を下げなければいけないのが気に入らない。ガキの罪を親が償わなくてはいけないのが気に入らない。
――アイツが悪いのに。
ギリギリとクロノが噛み締めた歯が音をたてる。いつの間にか生えていた鋭い犬歯が唇の裏側を傷つけた。少量の血を舐めると出血は止まった。口内に広がる血の味が、鼻を抜けていくかすかな鉄の匂いがクロノを落ち着かせた。
「もう一度聞く。名前は?」
「……」
尚も少年は答えない。先程、一瞬だけクロノから溢れた殺気が、少年を凍りつかせている。
強烈なアンモニア臭が、ドラゴンによって強化され、犬を超えたクロノの嗅覚をダイレクトにアタックする。鮮明な死のイメージをもたらしたクロノの殺気で、少年は失禁していた。
「あっそう。それがお前の答えか」
鼻に大きなダメージをくらったものの、クロノが激昂することはなく、クロノは冷たく少年を見下ろした。
「じゃあな。精々、痛くないように殺されろよ」
クロノはシルバーウルフに言った。無意識のうちに、魔物にも理解できるよう意識を使ってシルバーウルフに命じた。
「[できるだけ永く、生かしたまま喰ってやれ]」