1-3:話を聞くだけ、実践はしたくない(願望)
親より早く死んだ子供は、三途の川の岸で石積みをしなければならないと聞いたことがある。
が、俺は現代っ子なんで石積みなんてしたことないぞ。
△▼△▼△▼
黒乃の前に聳え立つ山、基、ドラゴン。身を覆う鱗は真っ黒だが、その威圧感の所為なのか、深い森特有の薄暗さと鱗の黒が同化していない。光輝くような『力』があった。
ドラゴンに観察されている間は、単なる居心地の悪さのみしかなかったが、一度炯々としたドラゴンの目と黒乃の目が合ったとき、黒乃の脳内には"死"の一文字が浮かんだ。そんな黒乃の心内を読んだかのように――本当に読んだのだろうが――ドラゴンは鼻で軽く笑った。
『安心せい。お主を殺しはせん』
殺し"は"しない。ということは、やはり何かするつもりなのか? と黒乃は身構える。ドラゴンに勝てる気はしないが気持ちの問題であるし、無抵抗なまま何かされるのも黒乃の中にあるものが許さない。
『まあ、ワシの話を聞け』
ドラゴンは地面を揺らしながら座った――という表現はおかしいが、猫が地面にモコッと座っているような感じである。全くもってモコッとしていないが。
ドラゴンが姿勢を変えたのを見て、黒乃も地べたに胡座をかいて座る。なんとなく、長くなるような予感がした。
『ワシは龍種最強の称号"龍王"を冠しておる。人間には分かり難いが、こう見えてもワシは結構トシでな……もう、いつお迎えとやらが来てもおかしくはないだろう』
こりゃ、本格的なパターンだわ、と黒乃は心の内でため息を吐いた。逆にこう考えるんだ、「ドラゴンの話を聞くなんてレアな体験だぞ」と。
ということで、黒乃は素直に耳を傾けることにした。
『ワシが死ねばこの称号は、自動的に今現在最も強い龍へと与えられることとなる。普通ならば、闘って勝ち取る称号なのだが、次期"龍王"候補はどうも意気地がない。同族の者共を焚き付け、ワシを辺鄙な山奥へと追いやり、老いぼれの死を待つような輩に、おめおめと称号を渡すのはワシとしても避けたい事態である。どうじゃ、お主。称号を継ぐ気はないか?』
「……は?」
黒乃は耳を疑う。
今コイツ、何と言った? 『称号を継ぐ』?
「いやいや……俺、ドラゴンじゃねェし」
おもいっきり"龍王"って言っておきながら、人間に与えようなんて! と黒乃は突っ込んだ。そもそも、その称号は人間に付与できるものなのだろうか。
『そのような些細な事はどうでも良い。豪胆な気性の男かと思うたが、お主、案外小心者よのう』
「些細じゃねェだろ。この種族の差は」
何を馬鹿な事を言っているのだろうか、このドラゴンは。
黒乃は、小難しい顔をして思案する。やがて、一つの考えに思い至る。
「はっ! もしかして、このドラゴンは強い代わりに物凄くお馬鹿なのでは……」
『口に出ておるぞ』
ドラゴンは憤慨するでもなく、面白がっているようだ。まあ、心が読めるから隠しても無駄であるが。
「で、どうやるんだよ」
『何だ? なんだかんだと言っておった割には、なかなか乗り気ではないか』
「このままじゃあ話が終わらねェから、聞くだけ聞いてやるだけだ」
フフン。ドラゴンは鼻で笑うと、素直じゃないヤツめ、と心の中で呟いた。
『どうするのか、と問われたが……お前にワシの全てを渡す。それが全てだ』
「すべて……?」
『力……筋力、魔力や能力、レベル、記憶、全てだ』
良くわかっていないためのか、それともスケールの大きい話だったためなのか、黒乃は唖然としている。その顔が可笑しかったのか、ドラゴンは喉を震わせて笑った。
『最初はお主の魂をワシの魂に取り込んで、身体を乗っ取ってやろうかと思うたが、やめだ。なかなかどうして面白い奴よ。お主がどうこの世界を生き抜くなか、お主の中から見るのも楽しそうだわ』
「身体を乗っ取るつもりだったって……」
ほぼ、殺そうとしてんじゃん。
危なかったと黒乃は冷や汗を流す。もしドラゴンに気に入られついなかったと思うと、黒乃の背筋には悪寒がはしるのであった。