1-2:俺終了のお知らせ
恐る恐る目を開くと、目の前には樹海が広がっていた。
……どういうことだ?
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階段から落ちて地面に寝そべっている筈だった黒乃の身体は、背中に軽く当たった何かに支えられていた。嫌な予感がする、と黒乃の第六感が警報を鳴らしている。
だって、ここ涼しいんだもの。
蒸し暑いことに定評のある日本の夏。先程まで黒乃がいたのは、そんな夏の真っ只中である。
だが、どうだろう。妙に涼しい。この場合ら清々しいという方が良いのだろうか。暗くて少し湿り気があるのが惜しいが、気温もちょうど良く、空気が爽やかだ。空気が美味しいってこういう事なんだな、と黒乃は納得する。
チラリと右目を開くと見渡す限りの木、樹。木々の枝は幾重にも折り重なり、日の光はあまり地上には届いて来ない。どこか遠くで鳥|(恐らくは猛禽類)が鳴いている。黒乃は目を大きく開いて、目の前の森を見つめた。
うわー、俺森なんて初めて見たー。とか現実逃避してる場合ではないが、逃げないとやってられねぇ。
しかし、そろそろ現実を見つめよう。黒乃は決意した。自身の背中に当たっている、息をしている何かの正体という名の現実に目を向けることを。
黒乃は恐る恐る背中を覗き込む。
鱗。
顔を前に戻し、目を擦る。
見てない見てない。光沢のある鱗なんて見てない。鱗のびっしり付いた大きい物体なんて見えてないし。背中に触れてる顔みたいなのと目なんかあってないし。勘違いだし。
『現実を見つめるのではなかったのか?』
黒乃の頭の中に響く重低音。貫禄のある声というやつだろう。当たっている鼻先に背中を押され、黒乃は漸く真っ直ぐ立つことができた。
というか、
「心読まれた……!!」
父さんにも読まれたことないのに!
『であろうな。普通の人族は心など読めんだろうよ』
二度も読んだ!!
なんて言う茶番はこのくらいにしておこう。
脳内でネタを出す程には落ち着いた黒乃は、身体を回転させて、謎の鱗付きの生物と正面から向き合う。
「なんだ、夢か」ヤケニリアルナユメダナー。夢が夢であると気付くことができると、その夢を自在に操ることができるとテレビで言っていたきがする。明晰夢とか言ったっけか? じゃあ俺って、この夢の中で最強になれるんじゃね? ヤッター、俺様最強!!
『いい加減に認めたらどうだ』
ドドン!! という効果音さえ聞こえてきそうな程大きい鱗のびっしり付いた生物、基、龍。フォルムが西洋龍なのでドラゴンと言った方が正しいのだろうか。薄暗い中でも赤い目が爛々と輝いているので、少し(どころではないが)恐怖感がある。
唖然といった顔をしている黒乃を、ドラゴンはまじまじと見つめる。どうやら観察しているらしい。赫灼と浮かび上がる目が見つめてくることに、黒乃は少し居心地悪く感じた。観察されるとあっては誰だって居心地悪く感じるものだが、ドラゴンに観察されているというのに、その程度の感想しか抱かないとは黒乃もなかなか肝の据わった男である。