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らいどん  作者: ちぇりお
序章:RIsing DragON
2/7

第2話:『少年は幸運に感謝する』

 不幸中の幸いと言う言葉がある。

 不幸な状況のなかで、せめてもの救いになる事を指す、いうなれば「良かった探し」というやつだ。

 僕は昔、この言葉が嫌いだった。不幸のレベルがちょっとマシなだけで、結局それは不幸なのだから、何の慰めにもなっちゃいないじゃないかと。負け惜しみ以外のなんになるのだと。




 夜も大分更けてきた。

 この部屋に時計は無いが、窓から射す月明かりが大体の時間を教えてくれる。


 僕が生まれた屋敷は街を見下ろす山の中腹に位置しており、今僕がいるこの石の部屋はその山をさらに登ったその頂を8メートルほどくりぬいた場所に存在しているらしい。


 らしい、というのはジータさんとタブロに聞いた話だからだ。

 まともに目が見えるようになった時には、既に僕はこの井戸の底のような場所で、空を見上げていた。


『先天性魔堆断裂』


 身体の中心を通っている魔力のライン、魔堆。

 僕は産まれた時からその魔堆が途中で途切れかけていたらしい。

 僕のような人型の脊椎動物には、脳内の眉間の辺りに魔力を受容する器官があり、そこから魔力が、脳内、脳髄、脊椎内部の魔堆を通って、全身に行き渡る。


 不幸中の幸いというのなら、先ずは、完全な魔堆断裂では無かったこと。

 新生児の生命が維持できるギリギリのラインでか細く繋がっていた魔堆が、心臓や肺をはじめとした主要機能に何とか魔力を送り込んでいた。

 これが完全な断裂であったら、この部屋に運び込まれる前に僕は死んでいたことになる。


 次に僕が生まれた家がそれなりに裕福であったことだ。

 フリーザン家は貴族らしい。僕が今受けている治療にはかなりの金がかかるようだ。一般庶民の家ではどうにもならなかっただろう。


 そして、そのフリーザン家の立地。街を見下ろすこの山はこの地域一帯の魔力が集まるいわゆるホットスポットであった。その山の頂をくり貫いた此処は、通常の何倍もの魔力に満たされ、かつ、安定している。


 そんな場所に、一人の奇人が研究室を構えていた。

 タブロである。

 この石櫃も、石櫃の中を満たし僕の身体をガッチリと固定しているスライムのような物体も、全てタブロの手によるものだ。

 この山の持ち主であるフリーザン家と宮廷魔術師であるタブロが懇意であったことから、迅速な処置が行われた。

 彼の存在が今の僕の命をつなぐ一番の要因であるといっても間違いない。


 そう、この魔術師とフリーザン家のおかげで僕は生きながらえていた。

 この魔術師とフリーザン家の 所為(せい)で僕は 生かさせ(・・・・)られていた。


 現状を認識して、その理由を知った時僕は叫んだ。

 こちらの言葉も解らず、ろくに発達していない発声器官で。

 何故生かしたのかと。何故殺してくれなかったのかと。


 傍にはただ泣き叫んでいるようにしか見えなかっただろう。だが、ただ一人、タブロだけは僕のその絶望に染まる瞳に知性の光を感じていたようだ。


「坊。アンタは運が良い」


 泣き叫ぶ生後4ヶ月に満たない俺にタブロは言った。


 狂うほどに渇望しろと。


 しかし決して絶望するなと。




 ――乳幼児に言う台詞じゃないよなぁ…


 窓から見える月を見つめながら呟く。あの時の言葉は一字一句覚えている。


 この窓が空いている理由の一つに、この月光がある。

 月は莫大な魔力の塊で、月光には非常に高純度な魔力の波動が込められているらしい。

 これを浴び続けることにより、己の体内の回復力と成長力を高めることができるそうだ。


 そういえば、初めてこの窓から竜を見たのも、今ぐらいの月夜だったな…


 そう思っていると遠くから石段を降りてくる足音が聞こえる。コツコツという音はジータさんのものだろう。

 それに続いて、ガシャリガシャリと甲冑のすれる音と共に、二人分の足音が聞こえる。

 程なくしてノックと共にジータさんの声が聞こえた


「ぼっちゃま。起きていらっしゃいますか?」

「うん」

「旦那さまがお帰りです」

「うん」


 ドアが開き甲冑の足音が二人分。

 ドアが閉まる。ジータさんはそのままドアの外に居るようだ。


「リヴィロ…」

「おかえりなさい。とうさん」


 目の前にはこちらを覗き込む真っ黒な偉丈夫の姿が。

 バルディア=フリーザン。

 フリーザン家現当主であり僕の父である。

 ジータさんよりも濃い褐色の肌に、夜も深けたこの部屋の中において、尚黒い、漆黒の髪。

 父親でなければ速攻で逃げ出すほどの威圧感だ。


「変わりは、ないか」

「うん」

「そうか…」


 会話が続かない。

 取り繕おうにも本当に変化の無い毎日なのだからどうしようもない。

 身体は相変わらず首から下は感覚がないし…


「とうさんはどう? けがとか、してない?」

「この俺に傷をつけられぬものなどそうそうおらん。

 あれから何度か戦闘はあったが、全て蹴散らしてやった」

「すごいや!」

「…うむ」


 わざとらしく聞こえてしまったのだろうか。父さんはまた辛そうに顔を顰める。

 見ればソバージュのかかったその長髪は所々土ぼこりで汚れており、身体からは染み着いた汗のにおいと、濃い草いきれに土のにおいがする。

 国境沿いの砦から帰って、風呂に浸かる間もなくこちらに来たのだろう。

 それだけで僕は十分うれしくなって、ニコニコしてしまうのだが、その笑顔が、余計父さんを苦しめているようだ。


 父さんは現在国境沿いの砦に出向している。


 この王国は大陸の中央に位置しており、南部の海を除いて三方を幾つかの国と接している。

 北の山間部などには多数の少数部族の集落があるが、小競り合い程度でたいした問題にはなっていない。

 問題があるとすれば西。王国の西にあるカラウォス帝国。

 帝国は、我が国の建国以来断続的に戦争状態が続く、不倶戴天の敵だ。

 大きな衝突は7年前が最後で、現在は表向き休戦状態にあるものの、今日に至るまで水面下での牽制が続けられている。

 勿論父さんが出向している砦は、そんな西の国境において、最前線とされる場所だった。


 そもそも、父さんは7年前の帝国との決戦において華々しい武勲を立て、脈々と続いた騎士の家系であるフリーザン家の地位を確固たるものにした。

 結婚と同時に前線を離れ、王国より賜った領地の経営に心血を注いでいたが、今から三年前に前線に復帰。

 誰もがやりたがらない国境沿いの守備隊長に自ら志願した。


 理由は一つ。僕が生まれたからだ。


 僕の治療には先程も言った様に莫大なお金がかかる。

 父が、いくら王国の覚え目出度い勇士とはいえ、所詮は騎士であるフリーザン家の蓄えだけで払いきれるものではなかった。

 領地があるのだから、税を引き上げれば良いのだが、父はそれを由とせず、己が身を危険にさらす道を選んだ。


「リヴィロ…」

「うん」

「俺や母さんを、恨んでいるか?」

「ううん。ちっとも」


 僕は笑顔をまま答える。

 本心である。

 父にも母にも咎はない。勿論僕にだってありゃしないんだけど。

 タブロは「ただの運。神の力すら介在しちゃいないさ」と言っていた。僕もそう思う。


 喉が鳴りそうなほど低くくぐもった口調で父さんが言う。


「恨んでくれてかまわん。いや、俺を恨んでくれ」

「…」

「お前にこんな地獄を強いているのは俺のエゴ以外の何物でもない。俺が、お前を諦め切れなかった所為で、お前も、あれも苦しめている」


「とうさん…」

「リヴィロ、俺を恨んでくれ。俺はお前に恨まれて殺されるなら本望だ。

 だがこのままではお前に殺されることすら…叶わぬ」


 石櫃に添えられた手が震えている。

 万力のような力が石櫃の縁を握りつぶさんと込められている。

 その手はごつごつと節くれ立ち、手のひらは潰れ続けた血豆で硬く変形している。


 武器を振るっていた手だ。今日に至るまで、ひたすらに振るい続けた手だ。

 父さんはエゴだと言ったが、そのエゴとはすなわち僕の命だ。

 僕の命を繋げるために、体中に傷を負い、命を晒している。

 それをどうやって恨めと言うのだろう。


 この両手が動けばぶん殴ってやるのに、相変わらず石櫃の中にあるはずの僕の身体は、ピクリとも動きゃしない。



「とうさん」


 こうなりゃ仕方ない。


「――なんだ?」


「ぼく、ほしいものがあるんだ」


 手が動かないなら…


「なんだ?言ってみろ。何でも…何でも用意してやる」

「ほんとう?」

「あぁ」


 ――言葉でぶん殴ってやる




「ぼく、きょうだいがほしいんだ」




「……ッ」


 息を呑む音がドアの外から聞こえる。目の前の父さんは瞬きも忘れてこっちを見ている。

 薄暗い室内で、さらに黒い髪からのぞく瞳は、正直言ってすこし、いや、かなり怖い。


 効果は抜群だったようだ。


「お…お前」


 父さんが口をパクパクさせている。驚きに声が出ないらしい。

 だが、言わんとしていることは解る。「自分が何を言っているか解っているのか」だ。


 もちろん、解っている。



 僕が生きている理由の一つに、僕が「フリーザン家の長子」であり、「唯一の子供」である、と言うものがある。


 父さんには兄弟等がいないため、何かあった場合、家と領地を継ぐ人間は僕を除いて他に居ない

 父さんや母さんは違うだろうが、少なくともこの国においては僕が生きている理由はこれしかないと言っても良いだろう。


 それを、僕は捨てると言っているのだ。


「リヴィロ…」


 父さんが僕を見つめる。


「ぼくがこんなだからさ、かあさんにも心配ばかりかけて、とうさんもほとんどいえにいられないでしょ?

 きっとかあさんさみしいとおもうんだよ」


 母さんはある意味、父さんよりも多忙だ。

 祖父の代には資産と言えばこの小山くらいしか無かったフリーザン家が、父の武勲で与えられた領地により、一角の貴族として名を馳せるに至った。


 いわゆる成り上がりである為、内外に敵は多い。

 隙あらばこちらを切り崩そうとする社交界に蠢く海千山千の貴族たちを相手に、日夜、一人で戦い続けている。

 国境前線に詰める父の代わりに領地経営も行っているのだから、その多忙さは想像を絶するだろう。

 そんな中、時間を作って僕に会いに来ても「ごめんなさい…ごめんなさい…」と泣き崩れるばかりで、話しも出来やしない

 タブロが「このままでは互いの為にならない」と此処への出入りを禁じて以来、ジータさんからの言伝以外での接触は無い。

 ジータさんが言うには、最近床に伏せることが多くなったそうだ。

 このままじゃ家より先に母さんが潰れてしまう。


「だからさ、ぼくにきょうだいがいれば、さみしくないとおもうんだ」


「…」


「それに、いろんなひとにいじめられなくてすむでしょ?」


「――!」


 再び父さんの目が驚愕に見開かれる。

 僕の願いが全てを理解した上でのものだという事が伝わったのだ。

 タブロから僕がそれなりに「利口」だということは伝わっていたはずだが、此処までとは思って居なかったらしい。


 長い沈黙が部屋を支配する


「リヴィロ…しかし、俺は、母さんは…」

「もちろんぼくだってひとりじゃさみしいからさ。きょうだいがいたらいっしょにあそべるじゃない。

 おとうとかいもうとかわかんないけどさ。おにいちゃんになったらいろいろおしえてあげるんだ」


 言外に伝える。僕を「諦めてくれ」と言っているのではないと

 僕は諦めちゃいない。だから父さん達も立ち止まらないでくれ、と


「リヴィ…ロ」


 何も言わずに父さんを見つめる


「…解った。」


 しばらくして、大きな息吐くと共に父さんが頷いた。


「ほんとう?」


「あぁ…だが、こればっかりは父さん一人じゃ無理だからな、母さんに相談しないと…」


「うん!やくそくだよ!」


 まぁ父さん一人で子供は作れまい。


「あぁ…。だが、そのかわり一つ父さんの願いも聞いてくれ」


「なに?」


「もしも、兄弟が出来たら…

 リヴィロ、お前は兄として、ちゃんとその兄弟を「守れる」か?」


 今度は俺が息を飲む番だ。だが、答えは決まっている。


「…っ もちろんだよ!おにいちゃんだからね!」


 勿論だとも。今は動かないこの身体。だが、必ず、必ず。


「そうか。それじゃあ父さんは母さんと相談してくるとしよう」


 父さんは深く目を閉じると、そう言ってって背中を向けた。

 そしてドアを開いて立ち止まると


「リヴィロ…お前は、俺の誇りだ」


 そう呟いて、去っていった。



 石段を上がる足音は三つ。

 しかしドアの外に居たジータさんはともかくとして、もう一人は足音以外全く気配すら感じられなかった。



「何者なんだろう…父さんの護衛とか、そういうあれなんだろうか…忍者、とか」


 そう一人ごちて月に目をやる



「誇りだ、か。まいったなぁ…」



 昔の記憶の中にある歌のように、というか、生まれてこの方ずっと上を向いているんだが


「こぼれちゃうよなぁ…」


 窓枠に映る月は滲んで、きらきらと輝いていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ―翌日


「おはようございます。ぼっちゃま」

「おはよう。ジータさん」


 いつものようにジータさんとの朝が始まる。

 ジータさんの顔を見ると、目元が真赤に腫れ上がっていた。


 …そういや全部聞かれてたんだった。





 不幸中の幸いという言葉がある。


 馬鹿みたいな不幸の中の、馬鹿みたいな偶然の重なりで、僕は生きている。

 その偶然で不幸が消えるわけではない。

 でも僕は思う


 自分は幸運であると。


 負け惜しみではない。

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