9月25日 うろな町の隠れた名店 後篇
9月25日、天候曇り。
『このお店の味は絶品ですが、絶対にいつか追いついて見せます! ですから、またいつか……あなた達2人でうちのお店に来てください! 絶対ですよ、絶対ですからね!』
そう言って、葛西さんは【ビストロ】へ帰っていった。今から武者修行でも始めたりするのだろうか? まぁ、【ビストロ】の味の品質が上がるのは嬉しい事ですが。
「ところで、弓枝ちゃん? いつもはお兄さんと一緒に来てるのに、どうして今日は1人で来たの?」
と、絵理奈さんがそう聞いて来る。
「えっと……実はお2人の関係性について少し改めて調査をと」
「俺達の関係って……ただの味だけ店主とバカメイドだろ?」
「むー! 物成君、私だけでなく自分まで卑下するのは止めなさい! ここは料理の神に愛された店主と、麗しのウエイトレスメイドで決まりです!」
めんどくさそうにそう答える物成さんに、そう茶々を入れる絵理奈さん。私の聞きたかった関係じゃないな……。
仕方ない。私から話そう。彼らは普通じゃない、もっと正確に言えば絵理奈さんが普通じゃない。絵理奈さんは【九十九神】なのだ。
【九十九神】とは100年以上大切に扱われた品が、意思を持って動き出すと言う一種の妖怪だ。しかし、絵理奈さんの出自はもっと複雑だ。
実は絵理奈さんは……メイド服の九十九神なのである。
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100年以上大切に扱うと、その心意気が物を妖へと変じる。それが本来の九十九神としての在り方なのだが、このメイド服は違った。
このメイド服のご主人様、名前を仮にEさんとしましょう。この町で生まれ育ったEさんは、20歳を過ぎて東京の方でメイド喫茶にて働くウエイトレスで働き始めました。人々にご奉仕する事を生きがいとし、またどんな時でも笑顔で過ごす、そんな【完璧なメイド】として彼女はメイドをしていました。メイドとして完璧な彼女は、常にメイド服を着てメイドとして人生を歩んできました。
そんな彼女はある日、うろな町にて
――――――殺人鬼に殺されてしまいました。
殺人鬼が本当に人だったのか、それとも人の形をした何かなのかは分からなかったですが、彼女は25歳と言う若い人生を終了したのでした。
そして、彼女の5年間のメイド人生の心意気は、100年以上の想いであり、その想いがメイド服に宿り、
―――――――絵理奈さんが生まれました。
そして雨空の下、生まれたばかりの絵理奈さんとふてくされていた物成さんが出会いました。
『はぁ……やっぱりウエイトレスでも居ないとダメだな』
『ウエイトレス!? あなた、ウエイトレスが欲しいんですか!?』
『うわっ!? お、お前は……!? と言うか、こんな雨の中、傘も差さずに歩いているとかバカじゃねえか!』
『失礼ですね! どこのどなたかご存じありませんが、あなた、ウエイトレスが欲しいんでしょ! だったら、私を雇ってください! 私は絵理奈、【人にご奉仕する】ために生まれたメイド服の九十九神です!』
こうして、今の運びになった訳である。
初めは冗談かと思ったけれども、そうじゃないと今では思う。
2人は人と妖怪、店主とウエイトレスと言う関係でしっかりと愛に溢れた生活を送っている。
「そうだ、ちょっとご飯食べさせてよ、物成君! 私、お腹空いちゃった!」
「メイド服が食事をねだるな、気持ち悪い」
「き、気持ち悪いってなんですか! 妖怪でも腹は減るんですよ! それに物成君の料理が美味しいのが悪いんだからね!」
「はいはい。悪かったよ。じゃあ、ちょっと料理作るから待ってろ」
そうめんどくさそうに言いながらも料理を作るヤクザのような顔をした、大光寺物成。
それを嬉しそうに見守る前の主人――――――大光寺物成の初恋の相手、恵美奈さんの意思と姿を受け継いだ九十九神、大光寺絵理奈。
2人の関係はこれからも生きていくだろう。私なんかが見なくても、2人の速度でゆっくりと愛が作られていくでしょう。
私は2人の邪魔をしないよう、料理が作られる前に店を後にした。
店からは2人の言い争いながらも仲睦まじい声が、いつまでも聞こえて来たのであった。
引き続き、葛西拓也さんを借りていました。