8月14日 東兄と京妹
8月14日、天候曇り時々雨。
性格と容姿の不一致、それこそが瀬島蒼龍と大神義愛に訪れた問題だった。中学時代、いやもっと言えば幼い頃から瀬島蒼龍と大神義愛の2人はそれぞれ心の内に歪な趣味嗜好があった。
瀬島蒼龍は容姿は女装を好むようになったが、その性格は男らしさを求めていた。大神義愛は容姿は男装を好むようになったが、その性格は女らしさを求めていた。そしてそれが異常だと言う事を2人は知っていた。
瀬島蒼龍は中学生の時、もう既に男らしさを求めるため行動を移していた。それが家出だった。思えば大神義愛の代わりに率先して喋ったり、力強く「悩みは無い!」と言い切ったりしている瀬島蒼龍は男らしかったし、逆にいつも無口で口数を控え、食べる際も少なく食べたりする大神義愛は女らしかった。
つまりは、
「あの時、あからさまに悩みがあるように見えたのに、言葉を濁していたのは、『夫の三歩後ろを歩く』と言う事でしょうか? 夫の後ろを三歩後ろに離れた場所に居るって事でしょ? 精神的にも」
と僕が聞くと、もう隠すのも無理かと悟ったように大神義愛は返答の声を返す。
「……いえ、これは『東男と京女』です。江戸時代、関東の男は豪胆できっぷがよく、京都の女は物腰や言葉遣いが優しく、美しいと考えられていまして。そこから男らしい東男と、女らしい京女の取り合わせが男女の理想的な組み合わせとして持て囃されるようになりました。
ですから、兄は豪快に言うようになって、私は喋るのを控えるようになりました」
それで、あの時も特に多くは語らなかった……と言う訳か。あからさまに悩みがあるのにも関わらず……ね。
「……で、結局の所、君の悩みって言うのは誰かに聞いて貰わないといけない物なんですよね?」
「そうです。こればかりはお兄ちゃんに確認を取る前に誰かに話さないといけないと思っていたので」
そう言って、彼女は僕に悩みを打ち明ける。
なんてことはない。ここまでして自分達の内に秘密を抱えていたにしたら、些細な、本当に些細な悩みだった。
「……どうすれば良いと思います? 勿論、最終的には聞きますがやっぱり他の人の意見も聞いた方が良いと思いますので」
「そうですね。やっぱり、直接聞く事が大事だと思います。ここは僕が付いて行きますから、本人に直接的に確かめた方が良いのでは?」
「……ですかね。やっぱり。では、お願いします。これは後に大切になってくると思いますので」
頭を下げる彼女と、僕は約束を交わし、その場を後にした。
帰り際、降られた雨がこの後の展開が悪い物と案じる物でない事を、僕は祈るばかりだった。