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8月13日 兄と妹、男と女

 8月13日、天候晴れ。

 物語にはそれぞれ解釈の違いと言う物がある。



 例えば、1巻では憎むべき敵キャラであまり人気が出ないキャラクターだったのだが、巻が進むに連れて実は可愛い奴で人気が出ると言う事もあり、あとから1巻を読み直すと意外と可愛い事が分かったりする場合がある。

 主な例を挙げるとすれば、『三魔女カーニバル!』と言う小説の、メインヒロインの1人である『時の魔女』、クーネ・イリーヤが有名である。この小説は現代のライトノベルなどに良くありがちの、『平凡な主人公と、その主人公にベタ惚れなヒロイン達』と言う分かりやすいタイプの小説である。



 朝、主人公である榎本柊(えのもとひいらぎ)が学校に向かう途中、突然マンホールの下から出た手に連れてこまれる。そこに現れた地底人(アンダーマン)と名乗るモグラ型の怪人に襲われ、絶体絶命の危機の時にこの世のありとあらゆる土を操る『地の魔女』、土御門君江(つちみかどきみえ)に助けられる。彼女は榎本の幼馴染で、ばらさないようにと土御門君江は、榎本とその者の体力を借り受ける『従者の契約』を結び、榎本はその場から逃げる事に成功する。

 その日の昼、榎本は朝の出来事が信じられずに、校舎裏に向かうとそこには何故か空中に浮かぶ鮫が居た。訳も分からずに混乱する榎本を助けたのは、ありとあらゆる水を操る『水の魔女』、アクア・イリーヤ。今日、この学校に転校してきた彼女はこの鮫のようなモンスター、水で出来た水魔(すいま)を倒すためにこの街に来たと告げ、この事を黙るようにと主人公に無理矢理、その者の魔力を徴収する『奴隷の契約』を結ばせ、榎本を体の良い魔力補給タンクにするのであった。

 その次の日、昨日の出来事に困惑しながら主人公は彼女達との追及を逃れ、久しぶりに昔遊んでいた公園にやって来る。そこに現れたのは真っ黒な巨大蟻だった。「またか……」と思いつつ、ここで死ぬのも悪くはないかと昨日の件で色々と絶望した彼の前に現れたのは、ありとあらゆる雲を操る『空の魔女』、大空(おおぞら)アリス。生徒会長にして榎本の先輩でもある彼女が倒したのは、人の妄想を具現化して現れる『郷愁(ノスタルジア)』と言う名のモンスター。そしてあの巨大蟻は主人公の出した物であり、『郷愁』をもう産みださないために、その者の妄想を制限する『恋人の契約』を結んで、榎本とまたじっくり話したいと言って帰って行ったのだ。

 君江からはHな事をしたお仕置きと称して体力を奪われたり、アクアからは魔法の強化のために魔力を吸われて倒れそうになり、アリス生徒会長からは一緒に居る甘い時間も増えたが妄想を増やさない訓練なので妄想する事も出来ない。

 そんな彼が3人の魔女のせいで、様々な敵を相手にしなければならないと言うストーリー。



 『時の魔女』、クーネ・イリーヤは1巻から出て来る敵キャラであり、『水の魔女』であるアクア・イリーヤの実の姉。ありとあらゆる時を操作すると言う最高級の魔女、『時の魔女』である彼女は、妹であるアクアを無能者と罵り、アクアの邪魔をして来る。

 実は4巻で判明するのだが、クーネは実はアクアの妹であり、時の魔法で過去にタイムスリップしてアクアの姉になってしまったと言う、何だそりゃと言う形のヒロインだったのである。そしてタイムスリップする前の世界線で、その世界での榎本柊に頼まれて「過去の自分達を守る」と言う密命を受けてタイムスリップして来たらしい。そんな彼女だが、アクアの事を本当は妹として甘えたいと思っていたり、主人公の事を影で「お兄ちゃん」と言ってたりするくらい、新しい一面を読者に提示した。



 その本を読み終わってから1巻を読み直すと、主人公とクーネを特別扱いしている事と、照れ隠しの行動が分かったりして面白かったりするのである。



 ……話が逸れた。

 つまり、僕が何を言いたいかと言えば、「その人の事を分かっていたようで、分かっていないと言う場合もある」と言う事を言いたいのである。



「……でしょ、近くに居ながら彼女、大神義愛さんが抱えている問題に気付けなかった、兄である瀬島蒼龍君?」



 と僕は眼の前に居る完璧な女装をした男性、瀬島蒼龍先輩にそう言う。



「どう言う事かな? それとさっきの話と、近くに居ながら問題に気付けないと言う事はどう言う関連性があるか教えて貰いたいんだが?」



「単に一面だけで、主観的な物事でしか見ないと、その人の別の面を見れなくなる、そう言う事ですよ」



 僕はそう言う。そして『女男家族列伝』の名前を出すと、彼は眉間にしわを寄せる。



「あの本の事を知っている……だが、自費出版でほとんど売れなかったはずなのに……」



「心優しい先生が教えてくれたんですよ」



 その言葉を聞いて、彼は犯人に思い当たったらしい。まぁ、先生のお仕置きはさておきとして。



「この本は、自費出版。つまり、先生である大神文豪氏が自分のお金で出して出版したお金。多くのヒット作を出した作家である大神文豪が何故この作品を自費で出したか。論点はそこに尽きる」



「……」



「それは、これが大神文豪と言う作家の作品ではないからだ。

 この作品が、”現実的すぎる故に彼は出版しなかったんだ”」



 彼の作品は、SF、ミステリー、ファンタジーを主軸とした非現実的な世界観や現実的ではない登場人物達が出て来る作品。出版物の作品もそう言う小説ばかりが、彼のシリーズとして並んでいた。

 そしてこの小説が何故、彼のシリーズ、出版社で出版して貰いたくなかったかと言うと、これが現実的すぎるからだ。



 一部の作家は、自分の小説のポリシーに反する作品は出したくない、もしくは世に残したくないと思う作家も居る。大神文豪もそう言うタイプの小説家だったのだろう。



「これは君達、瀬島蒼龍と大神義愛の兄妹に送るために書いた、所謂プレゼント的な作品だったのだろう。彼としては2人だけに見せるつもりで書いたが、何らかの手違いがありこれが出版社の手に渡ってしまったのだろう」



 恐らく、担当者か奥さんのミスが原因だと考えられるが。ともかく彼の意図していない形で、この小説が作家・大神文豪のシリーズの1作と勘違いされてしまったのだ。



「だから、彼はこの小説を出版社では無く、自費出版する事にしたんだろう」



 出版社の作品だと必ずシリーズ物としてファンの間で話題に挙げられる。しかし、個人的な自費出版であれば、作家がただの気まぐれで書いただけの小説として、ファンの間でもあまり話題に挙がらないと考えたのだろう。実際、僕はこの小説の存在を知らなかったんだし。




「そして、この小説から導き出されたのは、君の家が男女逆転の服装をしていたと言う事だ。男性は女装を、そして女性は男装をして過ごしていた」



 この小説をSFではなく、文学小説―――――それもリアリティの溢れている小説と見れば話は変わって来る。そして男性であった瀬島蒼龍は女装をして女としての生き方を押し付けられ、女性であった大神義愛は男装をして男性としての生き方を押し付けられた。



「幼い頃はそれでも良いかも知れないが、流石に高校生になって自分達でも不味いときずいた。だから、引っ越してきた。違う?」



「……小学生の頃から家が変だと言う事に気付いていた。そして中学生になってから、両親と離れて義愛と2人暮らしをしながら各地を転々としている。

 ぎーちゃんが何か質問を抱えているのも、見ていればなんとなく分かる」



 なるほど。それには気付いていたのか。



「それで? それがぎーちゃんと何か悩み事があり、ボクに隠している理由になるの?」



 なるほど。想定内だ。だから、駄目なんだ。



「先輩。そうです、だからこそぎーちゃんは兄であるあなたに質問が出来なかったんです」




 ―――――――先輩が、大神文豪の息子で、大神文豪の家の教育を受けて家を出たからこそ、彼女は兄である先輩に質問が出来ないと言う事になるんです。

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