第6話 忍び寄る危機
--12年04月27日(金)15:00 31--
俺は、授業が終えると、速やかに席を立つ。
帰る準備は、授業の開始前にほとんど終わらせていた。
口の広い手提げ袋を机にくっつけて、机の上にある荷物を一気に流し込めば、帰宅準備が完了する。
俺は、クラスメイトから浮いた存在となっていた。
ある程度であれば、自分が望んでいたことだった。
「魔王を倒すこと」
勇者でもない俺にとって、その目標は本当に難しいことである。
未だに、魔王と相対する自信はない。
おそらく、魔王が本気を出す前に、俺の存在が消されることになるだろう。
だから、自分を鍛錬するために、「魔王を倒すこと」に不必要なことから逃れる方法を考えていた。
その結果が、今の状況だ。
効果が絶大すぎたようだ。
「クラスメイトから、無視されればいい」
程度に考えていたのだが、いつのまにやら敵意まで持たれてしまったらしい。
だから、敵意が集中する前に、教室から退散しようと思ったが、
「待ちなさい、啓司!」
「いや、待たない」
俺は、絵里香の声を無視して教室を後にしようとして、
「ヘッケル。
今日くらいは、部室に、いや、『苦悩の間』顔を出してもかまわないだろう?」
扉の前で、小中が立ちふさがっていた。
俺は、小中の様子を確認する。
手ぶらだ。
最初から俺が直接帰ることを想定し、阻止行動に及んだのだろう。
小中と絵里香が組んだことに、俺は少し驚いた。
だが、残念だったな小中。
教室からの出口は二ヶ所ある。
小中よ、俺のことをヘッケルと呼ぶ限り、お前の相手はしない。
心の中でつぶやきながら、もう一つの出口を目指そうとして、
「佐伯さん。どこに、いくのかな」
視線の先にあるもう一つの教室の出口から、桧谷先輩が登場した。
「……」
桧谷先輩の普段と違う姿に、少しだけ思考を奪われた俺だったが、すぐに現状把握を行う。
「まいったね……」
俺は、窓を確認する。
教室から脱出する方法として、「窓からの脱出」もあるだろう。
だが、この教室は3階だ。
その場合には、今の生活からの脱出も含まれてしまう。
今は、まだその時ではない。
俺は、アライ部に向かう3人の後に付いてきた。
--12年04月27日(金)15:34 2F--
少しずつ日が延びてゆく夕日を背景に、俺と桧谷先輩とが一緒に歩いていた。
「杵島さんと一緒じゃないのが、不満?」
「いえいえ、そんなことはありません」
俺は、桧谷先輩の言葉に対して、気持ちを込めずに答える。
アライ部に集まった俺たちは、何かをするわけでもなく、すぐにお開きとなった。
荒井先輩はおやつを買いに、絵里香は夕食の手伝いのため、小中は「月の息吹に異変が……」、「そろそろ、作戦名『紅』が動き出す頃か……」などと意味不明な供述を繰り返しながらと、それぞれ先に部室を後にしていた。
俺は、部室の鍵を学校の事務室に返しに行く桧谷先輩に半ば強引につきあわされていた。
俺と桧谷先輩との帰り道はしばらく一緒のため、これまた半ば強引に一緒に帰ることになった。
俺は、先日部室に忘れた傘を邪魔にならない程度にくるくるまわしながら歩いていた。
本当ならば、駄目な様子を擬態するために、傘の留め具の部分を持って呪文を唱えるまねをしたほうがよいだろうが、今の俺は恥ずかしくて人前でできない。
「桧谷先輩、前から気になっていたことがあるのですが?」
「つきあっている相手ならいないわ」
桧谷先輩は、長い髪をかきあげながら答えた。
「そんなことは、どうでもいいです」
「どうでもいいとは、失礼な人ですね」
桧谷先輩は、かすかに表情を曇らせながら、話を続ける。
「二人きりで質問することなんて、それくらいかとおもいますが。
それを、どうでもいいとは、佐伯さんは本当に失礼な人ですね。
まあ、佐伯さんには、杵島さんがいるから、私のことなんて関係ないかも知れませんが」
「そこで、絵里香の名前がでることが理解できないのですが?」
「どうして理解できないのかな?
佐伯さんと杵島さんとは、つきあっていないの?」
「そのような関係ではありません」
俺は断言した。
「そんなことを言うと、杵島さんが泣くよ?」
「そうかもしれませんね」
俺は、無表情をつらぬく。
俺が絵里香に対して何も思うところはない。
俺の正直な気持ちだ。
だが、なぜかはわからないが、「それを言葉にしたら、確実に何かが終わる」気がした。
俺は、今の話の流れを変えるため、当初聞きたかったことを質問しようとして、
「桧谷先輩は、今日は装着していないのですか?」
致命的なミスを犯してしまった。
俺は、自分の思考にとらわれていたようだ。
俺は、教室で桧谷先輩の姿を確認したとき、体の一部分が通常よりも出ていないことに驚いていた。
俺は、アライ部に向かうまでの間、小中がこれまで行っていた、桧谷先輩のことに対する意味不明な供述を回想していた。
そして、俺は小中の言った言葉を、ようやく理解した。
「!、見ないで!」
桧谷先輩が両手で自分の胸を押さえながら俺をにらみつける。
にらまれた俺は、思わず一歩後ずさり、
俺の目の前で、硬球が通過した。
「……」
「……」
俺と桧谷先輩との間は、先ほどまでの喧噪から、静寂へと変化した。
「いやぁ、ごめんごめん」
俺たちの前には、丸刈りで野球のユニフォームを着た生徒が登場した。
彼はさわやかな笑顔で謝ると、転がってゆくボールを取りに走り去っていった。
「あれが、金井さんですか?」
「そうですね……」
俺は、ある意味予想どおりの展開と思っている。
俺は、クラスメイトだけでなく、この厨西第二高校全体においても、かなり嫌われていた。
このような手段に訴えられることも、ある程度予想していたことだった。
「……よくかわしましたね、あの速球を」
桧谷先輩は俺に敬意を払ってきた。
「まあ、3回目ですからね」
俺は、淡々と返事した。
最初は、絵里香と帰宅していた時のことだ。
あのときは、テニスの硬球が後頭部に直撃しかけた。
サービスの精度に難があるため、全国大会での出場経験は少ないが、ジャンプボレーの威力だけはプロ級と言われている、「エア・ユー」こと、阿部雄一郎が誤って打ったボレーが飛んだらしい。
別の日に、荒井先輩と帰宅したときには、放たれたハンマーが俺の足下に降下したことがあった。
厨二高校最強の人類との呼び声高く、去年のインターハイで男子ハンマー投げ競技において、高校記録を塗り変えた、「厨二の鉄人」こと氷室鉄矢が試技の最中に飛んできたらしい。
そして、今日、豪速球を披露してくれたのは、普段は、最高時速が140km前後のストレートを主体とした投球を行う、金井秋斗。
だが、とある場合だけ、彼のスピードが加速する。
その時には、非公式ながら時速160km近いストレートと時速145km近いフォークを投げ分ける。
その特徴を示すあだ名が「リアル死球王」であった。
もちろん、彼の死球を受けて死んだ人間はいないが、死球を受け、うずくまっていた打者たちは、一部の男性たちからこう言われていたことを知っている。
「リア充め、ざまあみろ」と。
それにしても、小中からの情報が無ければ俺も犠牲者の一人にあげられたはずだ。
小中に感謝はしていない。
「奴のフォークよりも、俺の魔球『ルートボール』の方が、落差はすごいからな」
などと、彼のソフトボール自慢に延々とつき合わされたからだ。
それにしても、
「そんなに心配そうな顔をしないでください」
俺は、桧谷先輩の表情を見ながらためいきをついた。
俺が、一人で帰宅しようとした理由は、桧谷先輩の悲しそうな表情を見るのが嫌だったからだ。
「その提案は、受け入れられない。
なぜなら……、佐伯さんは我が部の部員だからだ」
だが、桧谷先輩は、慎重に言葉を選びながらも、俺の意見を受け入れることはなかった。
俺たちは、別れ道である、小さな交差点にさしかかるまで、なにも話すことはなかった。
「では、ここでお別れですね」
「佐伯さん。一つ聞いていいかな?」
「ええ、どうぞ」
別れ際に、俺は、桧谷先輩の質問を聞くことになった。
「……、佐伯さんは目的を果たしたらどうするのかな」
「……」
「ここに戻ってくるのかな?」
桧谷先輩の質問は、具体性を欠いたものだった。
桧谷先輩は、俺の目的を知っているとは思えなかった。
それでも、桧谷先輩は俺が今の状況から逃れることを心配しているようだった。
「そうですね。
この日常も悪くないと思っていますよ」
だから、俺は正直な気持ちを桧谷先輩に伝えた。
もし、俺が魔王を倒し、友人を助けたのであれば、この日常に浸っていてもかまわないことを。
「そうか」
桧谷先輩の表情から、ようやく安堵の表情が見ることができた。
俺たちは、互いに別れを告げると、それぞれ別の道を歩き始めた。
--12年04月27日(金)16:10 1E--
「けいちゃーん!」
帰り道で、買い物を終えたらしく、かわいらしいくまのイラスト入りの買い物袋を手にした荒井先輩が大きな声で呼びかけてきた。
「荒井先輩、お疲れさまです」
俺は、荒井先輩に丁寧なお辞儀を行使してから、そのまま帰宅しようとした。
「けいちゃん、無視しないで」
「丁寧に挨拶しましたが?」
「にもつが、重いの。てつだって」
どうやら、荒井先輩にとって、挨拶しただけで帰るということは、「無視した」ことに該当するようだ。
俺は、「無視する」という言葉の意味について、荒井先輩との間にある見解の相違を理由に、そのまま別れて帰宅することを視野に入れながら、状況の推移に注視して、拙速な行動をとることによって新たな問題が生じないよう、慎重かつ前向きに検討するよう努めたが、荒井先輩が今にも泣き出しそうな表情を見せようとしたことを鑑みて、可及的速やかに毅然とした態度で臨まなければならないことを念頭に置きながら、本質的な意味においての問題解決に至る道筋は、繰り返し相互理解をするための会談を続けることでしか到達しえないという事実に留意しつつ、迅速に問題を解決するための手段を実行に移した。
「荒井先輩、お持ちしましょうか」
「けいちゃん、ありがとー」
俺の言葉を聞いた、荒井先輩の笑顔は、輝きを放っていた。
「これは、甘くておいしいよ~」
荒井先輩は、自分が持つ袋から、一つずつお菓子を取り出しながら、解説を続ける。
とは言え、解説した内容のほとんどは、「甘い」、「おいしい」であり、時々「ぽりぽり」、「ぷるぷる」、「ぷにぷに」等の食感をあらわす擬音を追加する程度である。
たぶん、人にはうまく伝わらないだろう。
「荒井先輩。
あまり甘いものを食べ過ぎると、ふと……、もとい、虫歯になりますよ」
「だいじょうぶです。
おかしを食べたら歯みがき。おとーさんとやくそくしました!」
荒井先輩は、手にした細長いバット状のチョコレート菓子を右手で振り回して、
「あっ!」
荒井先輩の手から、お菓子は放物線状の軌道を描きながら地面へ投げ出されようと……、
「させるか!」
俺は、お菓子に素早く反応して、駆け出したとたんに、
「あぶない!」
荒井先輩の注意の声が、目の前に迫る黒い穴のことを指し示すかわからないが、
「ふん!」
穴の直前で制止した俺は、傘で落下直前のお菓子を下からすくい上げるように当てる。
ふたたび、中に舞うお菓子の落下点を予測した俺は、周囲の両手でゆっくりと包み込むようにお菓子を捕獲した。
「荒井先輩、ごめん。折れたようだ」
俺は、衝撃を受けたことにより、真ん中で折れてしまったお菓子を困った様子で俺を見つめる荒井先輩に手渡した。
俺は荒井先輩の返事を聞く前に、目の前の穴に視線を移した。
目の前の穴は、本来マンホールの蓋によってふさがれていたようだ。
道の端には、穴と同じ大きさのマンホールの蓋がおいてあった。
俺は、蓋を手にして、穴をふさいだ。
「……」
俺は穴をふさいだときに、少しだけこの穴がどうなっているのか、気になって覗いた。
下水道につながるはずの穴のはずなのに、魔界とか塔とかの別の世界に続く穴のように思われた。
俺は、理由はわからないが、「この穴に落ちたら元に戻れない」ことを感じた。
「これで、大丈夫」
俺は、作業を終えると、荒井先輩のところにもどった。
「……、だいじょうぶじゃないです!」
荒井先輩は怒っていた。
「危なかったですから。
心配したんですから!」
荒井先輩は、両手で俺の胸をぽかぽかと叩く。
「すいません、先輩」
俺は、素直に謝った。
「……まあ、無事だったからよかったです」
「けど、心配したんだからね!」
「すいません」
俺は、ひたすら荒井先輩に謝っていた。
荒井先輩の説教は、約30分続いていた。
もし、お互いに制服ではなく、私服を着ていたら、小学生に叱られる、ダメな大人の構図になっただろう。
そうではないことに、少し安堵してから、荒井先輩の表情に注視する。
「!」
一瞬だけ、荒井先輩が子供から少女の顔へ変化したかに見えた。
「けいちゃん、聞いてます?」
荒井先輩の言葉によって、俺はもう一度荒井先輩の表情を確認する。
「……いつもの荒井先輩だ」
「けいちゃん、ちゃんと話をききなさーい!」
荒井先輩の説教に、「15分延長コース」が新たに追加された。
--12年04月27日(金)17:59 0E--
「怒っているかも……」
俺は、暗くなった夜道を急いで走り抜けていた。
説教を受け終わった俺は、荒井先輩の家までお菓子を運ぶのを手伝った。
荒井先輩は、自宅に招きたかったようだが、俺は断固拒否した。
荒井先輩の家の周辺には、「私設荒井セリナ見守り隊」が数多く存在し、俺に対して敵対的な視線が向けられたこともあるが、絵里香が夕飯を一人で待っている可能性があるからだ。
ちなみに今夜は、母親達は用事があって遅くなるとか言っていた。
そのような、俺の行く手を邪魔するかのように、
「ヘッケル」
と声をかけられた。
もちろん、俺をヘッケルと呼ぶ人間は一人しかいない。
「小中か……」
電柱の陰から、小中が登場した。
小中は、学制服の上に、黒いマントを装着しており、普通の人には近寄りがたい雰囲気を与えることに成功している。
残念なことに、俺は慣れてしまったが。
「ヘッケルよ、残念そうな表情をするな。
帰宅を急ぐ事情があるのは推測できるが、しばらく共に語り合おうではないか」
「できれば、遠慮したい」
俺は、冷静に断りをいれ、歩き続けた。
「待ってくれ、ヘッケル!
俺のことを覚えていないのか?」
「?」
俺は、小中の言葉に疑問を浮かべたが、絵里香を知らなかった俺からすれば、昔話をしたことがあるという設定もあるかもしれない。
こんなことなら、4日間でいいから幼年期の記憶が欲しかった。
「いや、小中との記憶はいらないか」
俺は、自分なりの結論を出すと、再び歩き出す。
「無視しないでくれ、ヘッケル!」
俺は、小中の叫びに、答えるため立ち止まった瞬間、
「!」
暴走したトラックが、俺の前を通過して、電柱に激突した。
「ふっ、ふっ、ふっ……」
俺は、フロント部分が破損しているトラックを眺めながら、全身がふるえているのを感じていた。
一日に3回も、命の危険を感じるなどということは、日本では考えられなかったことだった。
「大丈夫か、ヘッケル!」
「ああ、ありがとう小中」
俺は不安そうな顔で近づく小中に対して右手をあげることで、自分が無事であることを伝えた。
衝撃音で、周辺の住民たちがトラックの周囲に集まってきた。
携帯電話で救急車や警察に連絡している人たちもいた。
俺は、震えが止まったのを確認してから、小中に言った。
「小中、これだけは言っておく」
俺は、小中に真剣な表情で対峙する。
「俺は、佐伯啓司だ。
ヘッケルではない。
そして、小中のことは覚えていない」
「そうか、人違いか……。
やはり、遠足の時に、あの肉を食べなかったのは偶然ではなかったのだな」
小中は、自分で自分自身を納得させた。
「残念だが、俺はお前のヘッケルにはなれない」
「……。
そうか、そうだな」
街灯に照らされた小中の表情が暗かったのは、光の放射のせいだけではないはずだ。
「俺の知っているヘッケルとは、確かに違うな。
ならば、これからは佐伯と呼ばなくてはいけないな」
「まぁ、好きに呼べばいい」
俺はそういった。
「じゃあな、小中」
「ああ、さよならだ」
俺たちは、互いに別れの言葉を告げた。
「……佐伯。
今回のお前は、今日を越せないようだな」
帰り際に背後から放たれた小中の言葉が、なぜか心に残っていた。
普段なら、小中の戯言だと切り捨てたであろう。
だが、彼はこれまで俺を直接否定する言葉を使ったことはなかった。
そして、今日の出来事を踏まえると、俺の心を寒くした。
--12年04月27日(金)18:32 05--
そのまま、俺は帰宅した。
無事だった。
--12年04月27日(金)18:34 04--
家に帰ると、入り口からおいしそうな料理のにおいが漂ってきた。
「……」
だが、俺の気持ちは重く沈んでいた。
なぜならば、においと一緒に重い空気も流れていたからだ。
「おかえりなさい」
傘を傘立てに入れ、靴を脱いだところで、俺の目の前には、私服に着替えた絵里香が現れた。
「……ただいま」
俺は、絵里香の表情を見て、ひとことだけ言った。
おそらく、夕食を一緒に食べるために待っていたのだろう。
俺は、全身が緊張感に包まれていた。
「今日は遅かったのね。
すぐに、帰ると思ったのに」
「ああ、そうだな。
すまない。
ここまで遅くなるとは思わなかったよ」
「連絡してくれればよかったのに」
「そうだな。
すまない」
俺は、そう言ってリビングに鞄をおいてから、食卓に向かった。
目の前には、太刀魚の蒲焼きを乗せたどんぶりとカレーライスが用意されていた。
「おいしそうだな」
「鮮魚コーナーで、店の人から旬の魚だと勧められたの」
「なるほどな、確かにおいしそうだが」
俺は、左右の器を眺めながら質問する。
「で、俺はどちらを食べればいいのかな?」
「え?両方だけど」
絵里香は不思議そうな表情を見せる。
「絵里香の食べる分はどこに?」
「ここに」
絵里香は、電子レンジから、二種類の器を取り出してきた。
「ご、ご飯ものを二種類用意するとは……」
「すごいでしょう」
絵里香は、うれしそうな表情で答える。
「……。
いただきます」
俺は、絵里香を説得するのをあきらめ、夕食に取りかかった。
ご飯の量は、それぞれ少し少な目にしてあったので、いろいろと歩き回った俺にとって、ちょうどいい分量になっていた。
絵里香は、俺の食べる量のさらに半分だった。
ただし、太刀魚の蒲焼きの枚数は一緒だった。
絵里香が先に食べ終えたため、俺が食べ終わるのを、静かに眺めていた。
「ごちそうさまでした。
おいしゅうございました」
「どういたしまして」
絵里香は、俺が両手を合わせてお礼を言う姿を見て、うれしそうに答えたが、少し表情を曇らせた。
「ねえ、啓司。教えて欲しいの」
「どうした、絵里香?」
「黙って、夜遅くに抜け出しているけど、どうしてなの?」
「……」
「たまには、二人でゆっくりお話がしたいな」
「……」
「私のこと、嫌いなの?」
「そんなことはない」
「嘘よ!
私のこと避けてるのよ。
お風呂だって一緒に入ってくれないし!」
「それは、いろいろまずいだろう!」
俺が反論するが、
「昔はよく、一緒に入ってたのに……」
と、わけのわからない言い訳を口にする。
「そうか、啓司は桧谷先輩が好きなのね」
「それは、ない」
俺は断言した。
おもしろい先輩だと思っているが、一緒にいると疲れそうだ。
もっとも、一緒に高校生活を楽しむのなら、別だが。
「だったら、セリナちゃんのことをねらっているの!」
「それは、絵里香の、もとい、違う!」
荒井先輩をねらっているのは、絵里香のほうだと反論しようとして、抑えた。
「……。
まさか、小中君?」
「ありえないから!」
俺は、全力で否定した。
俺の、否定に納得したのか、絵里香の表情は、和らいだ。
しかし、次の言葉で、俺の認識が謝っていたことを知る。
「……。
私の知らない人なのね……」
「どうして、その発想が浮かぶ?」
俺は、絵里香が話す理論の展開が理解できなかった。
「私のものにならないのなら、せめて」
目の前にいたはずの絵里香の姿が、一瞬のうちに消えたかと思うと、俺の背後にたっていた。
そして、目の前に見たことあるナイフが俺の喉元に突きつけられていた。
「私の手で……」
絵里香の言葉と共に、背中に冷たい感触が伝わる。
そして、俺は床にたおされた。