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俺は、友の為に魔王を倒す ~厨二高校編~  作者: undervermillion
1st シーズン anybody's game
6/20

第5話 春の遠足

 --12年04月20日(金)11:04 39--



 澄んだ青空だった。


 それは、両脇に続いていた林から抜け出した俺に対するささやかな出迎えだった。

 その一方で、延々と続く緩やかな坂道は、俺の体力を少しづつ、だが確実に、奪っていく。


「~♪」


 だから、体力の疲労を紛らわすために、少しくらい歌を口ずさんだとしても、誰も俺を「うるさい」と、責めることはないだろう。

 第一、俺はクラスメイトから浮いた存在だ。

 ここ最近では一部の例外を除き、最小限の事務連絡以外、クラスメイトから話しかけられることがない。


「~♪」


「何の歌なの?それ」

 自称幼なじみが質問してきた。

 彼女は知らない歌のようだ。

 歌詞に「坂道」が入っていたつながりで、歌っただけなのだが、彼女は気になったようだ。


 俺が、歌のタイトルを答えようとすると、


「良い歌だな、ヘッケル。

 やはり、『勝気な月の超越者ちょうえつしゃ』は、第4番が秀逸しゅういつと言えるだろう。

 もちろん、第13番も素晴らしいがね」

 読んでいた本を閉じた小中が、俺の歌に対して理解できない評価を下した。


 この歌の名前は「勝気な月の超越者」ではない。

 自分の瞳が生まれつき勝気であることや、月の先にいる人に会いたいとは言及しているが。

 もちろん、この歌には第4番とか第13番は存在しない。


 ちなみに小中が読んでいた本は、真っ黒なカバーに覆われていたため、タイトルはわからない。

 本には、帯がついていた。

 帯には、

「君はどこから来たのか?

 君は何者なのか?

 君はどこへ行くのか?」

と書かれていた。



「なるほどな、そのようなやりかたもあるか。

 参考にさせてもらおう」

 桧谷先輩は、小中の言動に感心した様子で、しきりにうなづいていた。


「桧谷先輩、今日の遠足はクラスごとの行動だったはず。

 どうしてこの場にいるのですか?」

 俺は思わず質問した。


「そんなルールは、形骸化されている。

 なあ、セリナ?」

 桧谷先輩は隣を歩く少女に声をかけた。

 俺は、声をかけられた少女に視線を移す。


 俺よりも、一回り背の小さなその少女は、幼い顔立ちと低い等身により、小学校の高学年くらいに見えてしまう。


 もしこの少女が、今身につけている厨二高校の校章入りの体操服ではなく、かわいらしい子供服を身につけ、ランドセルを背負ったならば、小学生の通学中の列に紛れても、誰も違和感を覚えることはないだろう。

 黄色い帽子を装着したら、完璧だ。

 警察組織に入れば、小学校への潜入捜査には欠かせない人材となるだろう。

 現在の警察で、潜入捜査が行われているかどうかは知らないけれど。


「えっ、そうなのですか?」

 少女は、目をぱちくりさせて、驚愕の表情を見せた。

 もちろん、俺の心の中の声を知られたからではなく、桧谷先輩の言葉への反応である。


「なあ、セリナ?

 どうして、セリナはここにいるのかな?」

「えっとですね……」

 セリナは、いや荒井先輩は、人差し指を口元に当てながら、考えていた。


「そうです!

 みんなで、一緒に遠足にいくことを決めたからです!」

 荒井先輩は、満面の笑みで宣言した。


 俺は、荒井先輩の表情を眺めながら、先日部活に入部したときの事を思い出していた。




 --12年04月18日(水)15:27 31--




「佐伯さん、アライ部について、聞きたいの?」

「いえ、アライ部については、すでに知っています」

 俺は、桧谷先輩の質問に対して、手にしたしおりを見せながら返事した。


 俺は、しおりに記載された内容を覚えていた。

 それによると、「アライ部」とは、「あらい」姓の人が集まる部活と説明されていた。

 だが、「『あらい』同士、一緒に楽しいひとときを過ごしませんか」とだけ記載されていても、具体的な活動内容がわからない。


 それに、桧谷先輩が紹介する部活がアライ部であれば、先輩が言った「しおりに記載されていない」という言葉と矛盾する。


「ですから、なぜこの部に案内されたのですか?」

「ゆっくり話すから、とりあえず部室に入って」

 俺の質問に、桧谷先輩は部室のドアを開ける。


「わかりました」

 俺たちは、黙って部屋に入った。



 少し古めの部屋に入ると、そこには会議用のテーブルと折りたたみの椅子が置いてあった。

 そして、部屋の端っこに置いてある椅子には、一人の自然なミディアムボブのような髪型の女の子が絵本を開いて、読んでいた。

 絵本の表紙は、二文字のひらがなを3回繰り返したタイトルと、口を大きく広げた緑色をした謎の物体が描かれていた。


「セリナ、待たせたな」

「佳奈ちゃん、おかえり~」

 女の子が桧谷先輩に気がつくと、絵本を閉じて、元気良く返事をした。

「ちゃんと、お留守番できたか?」

「うん!」

「よし、えらい、えらい」

 桧谷先輩は、女の子の大きなうなずきに、感心した様子で、女の子の頭をなでまわす。

「えへへ」

 女の子はほめてもらって、うれしそうな表情をしていた。

「かわいい」

 絵里香が、喜びの表情で女の子を眺めていた。


「桧谷先輩、妹さんですか?

 校則が緩いとはいえ、生徒ではない人をつれて来るのは、どうかと思いますが?」

 俺は、桧谷先輩が説明を始める前に、注意した。

 校門には、関係者以外立ち入り禁止と警告が示されている。

 目の前の女の子が不審者だとは思うことができないが、それでも誰もが自由に校舎に入れる訳ではない。


「妹?

 誰のこと?」

 桧谷先輩は、俺の言葉が理解できないかのように答える。


「そこで絵本を読んでいた女の子ですよ」

「ああ、セリナのこと?

 この学校の生徒だよ」

「なんだと……」

 俺は、桧谷先輩の回答に対して、驚愕の表情を隠すことができなかった。


「なんだ、ヘッケルは知らないのか?」

 なぜこの部屋までついてきているのかよくわからない小中が、自慢そうに答える。

「やれやれ、『不成ふなり公女こうじょ』を知らないとは。

 我々の業界内でモグリと言われても、反論できないぞ」


 俺は、「それ、どこの業界だよ」と思ったが、小中が属する業界には関心がないので、小中の次の説明を待つ。


荒井芹菜セリナ、アライ部の第7代部長だ。

 部長という肩書きよりも、彼女の容姿から、様々な伝説が目撃されている。

 たとえば、彼女が一人で街を歩いていると、知らない男性から声をかけられる確率が150%。

 内訳は『迷子なの?』と声をかけられる確率が100%。

 そのあとで、彼女が18歳であることを知りながら、さらに彼女を誘おうとする確率が50%。

 もちろん、彼女の名誉の為に言うが、『おとーさんから、知らない人について行ってはいけませんといわれたの~』と言って、ちゃんと断っている」

「うん!

 セリナはおとーさんの言うことは守るもん!」

 小中の説明に、紹介された女の子は大きく頷いた。


「いやな、確率だな……」

 俺は、おもわずため息をつく。

 普通なら、「18歳未満と知りながら」なのに、「18歳であることを知りながら」というという部分に、伝説の恐ろしさを感じる。

 もっとも、「18未満と知りながら~」は捕まるので、よい子のみんなはまねしないでほしい。


「……ちょっと待て!

 18歳だと!?」

 俺の予想では、俺と同い年程度にしか考えていなかったが、予想の上をいった。

「そうだよ~。

 3年2組の荒井セリナです。

 よろしくね」

 荒井先輩は、満面の笑みを見せながら席を立つと右手を差し出した。

「あ、ああ。

 よろしく」

 俺は反射的に荒井先輩と握手を交わした。

「入部決定ね」

 桧谷先輩は、俺たちの姿を嬉しそうに眺めながら宣言した。


「入部決定?」

 俺は、桧谷先輩に視線を移し、疑問を口にする。


 俺はまだ、桧谷先輩から十分な説明を受けていない。

 にも関わらず、俺が入部に納得することなどあり得ない。


「何を言っているのですか、桧谷先輩……」

 俺が反論しようとしたときに、視界の隅の方で、両手を強く握り泣かないように食いしばっている、荒井先輩の姿が映った。


「荒井先輩……」

「セリナのことが、キライなんだ……」

 急に荒井先輩の口調がたどたどしくなったのは、涙を流すのをこらえようとしているからだと確信する。

 そして、俺は桧谷先輩の罠に引っかかったことを確信し、後悔した。



「桧谷先輩、繰り返しになりますが、俺は『あらい姓』ではないですよ?

 アライ部に入る資格がそもそもありません」

 俺は、無駄なあがきと知りながら、最後の抵抗を試みた。

 荒井先輩のそばには、一緒についてきた絵里香が頭をなでなでしながら、「だいじょうぶだよ、だいじょうぶだよ」となだめていた。

 絵里香の予想外の活躍により、荒井先輩が大泣きするという、最悪の事態は回避されている。



「何を言っているの、佐伯さん?

 あなたが入る部活はアライ部ではないわよ」

「?」

 俺は、桧谷先輩の言葉が理解できなかった。


「佐伯さん。

 この学校ではセリナ以外、アライ部には正式には入部できません。

 そして、アライ部では部員の不足による休部という、危機的な状況は、これまでにいくつもあった」

 桧谷先輩は、まじめな表情で俺に説明した。


「アライ部は、生徒会細則第6条の規定により必設の部活となっている。

 必設の部活となったことで、強大な権限や予算を確保したと伝えられている。

 本来、そのような部活が許されることはないのだが、6年前に生徒会が、生徒総会で強引に決めた内容だ。

 第4代のアライ部部長が、その時の生徒会長を兼務したことで起こった事件、いや悲劇だった……」

「『鮮血の金曜日事件』のことか……」

 小中がつぶやく。

「ああ、当時のことを知る生徒は卒業したが、未だにあの事件は尾を引いている。

 ……。

 これ以上、言うつもりはないが」

 桧谷先輩は、小中の言葉に初めて同意したが、表情はすぐれない。


「……、話を戻そう。

 必設の部活となったアライ部だが、『あらい』姓しか入部できないため、活動自体が停滞する可能性があった。

 当然、当時の部長もそのことは考えていた。

 彼が問題を解決するために採用した手段は、アライ部の入部制限を緩和することではなく、アライ部の補助機関を設立することだった」

「狡猾だな」

 俺は、感心していた。


 当時の部長は、部員を増やさないことで、自分の力を集中させる手段をとったようだ。

「補助機関の名前は、『準アライ部』だったが、当時の生徒たちは陰で『スレイ部』と呼んでいた。

 笑えない冗談だろう?」

 桧谷先輩が自嘲気味に話す。


「まさか、そんな部活に俺を入れるというのか?」

 俺は、疑惑の視線を桧谷先輩に向ける。

「それこそ、まさかだ。

 当時の生徒会長が退任したとき、後任の生徒会長が、『準アライ部』を廃部に追い込んだのさ。

 そして、院政を続けようとした元生徒会長を退学させ、二度とこの学校に入らせないようにしたのさ」

「『エウメニスたちの奇跡』だね」

「ふっ。

 お前は、言葉だけは詳しいな」

 桧谷先輩は小中の言葉に対して、皮肉を言った。


「とにかく、『アライ部』は衰退し、現在ではセリナしかいない状態になった。

 見てのとおり、セリナには悪いことをするような奴じゃない」

「そうだな」

 俺は、荒井先輩を眺めながらうなづく。

「うん、セリナはいい子だよ!」

 荒井先輩は絵里香があやしたおかげで落ち着いたようで、明るい返事をした。


「だから、私は彼女を支えるために『準アライ部』ではない、別の部活を作ることにした」

「その部活に俺が加われと?」

「そう」

 桧谷先輩は、俺に挑むような目つきで話しかける。


「佐伯さんは、なんらかの事情で学校の活動に関わりたくないようだね」

「……そうだな」

 俺は、考えを表情に表さないように努めながら答えた。


「ここにいれば、誰かに邪魔をされることなく行動ができる。

 私も、佐伯さんの行動は邪魔をしない」

「どうして、そんなことを?」

「くりかえしになるけど、佐伯さんを見ると、昔の自分を思い出すのだよ」

「そうですか……」

 桧谷先輩が、俺と同じ目的を持っているとは思えないが、それでも俺を邪魔するつもりは無いことだけは感じ取ることができた。



「ところで、この部活の名前はなんですか?」

 俺は、気になったことを桧谷先輩に質問する。

「この部の名か……」

 桧谷先輩は、表情を少しゆるめた。

仮入部かりにゅうぶだ」

 桧谷先輩はそう宣言した。



「……」

 俺は、額に手を当てる。

 桧谷先輩の発想は、たしかに普通ではない。

 俺は、初めて理解した。



「くっくっくっ」

 突然、笑い声が聞こえた。

「どうした、小中?」

 俺は、笑い声を発した人物に声をかける。


「おかしい。

 実におかしい」

 小中は、表情をゆがめながら答える。

「何がおかしいのだ?」

 俺は小中に尋ねる。

「『かりにゅうぶ』か。

 『虚無遣い』が所属するにはふさわしいだろうね。

 くっくっくっ……」

 小中はお腹を痛めるほど笑っていた。


 小中以外の全員は、小中が笑う理由を理解できなかった。が、

「!」

 桧谷先輩は、突然何かに気がついて、顔を青ざめた。

「違う!

 これは、偶然だ!!」

 桧谷先輩は、クールビューティにふさわしいこれまでの冷静な態度を投げ捨て、必死に反論する。


「そうですか、桧谷先輩ともあろうお方が、偶然にその名前を使用されるとは。

 本当におもしろい話ですね。

 俺も『かりにゅうぶ』の末席に加えさせてもらいたい。

 荒井先輩よろしいですかな?」

「だめだ!」

「うん、いいよ!」

 桧谷先輩の表情の急変に、不思議そうな表情で眺めていた荒井先輩だったが、桧谷先輩の制止の言葉を無視して、小中の言葉に大きくうなずいた。


「小中め!

 お前は、お前という奴は!」

 桧谷先輩は、肩を震わせながら怒りを発露した。


「杵島さんも入部しますよね?」

 小中は、桧谷先輩を無視して、ずっと黙っていた絵里香に声をかける。

「ええ、もちろん!」

 絵里香は、荒井先輩を背中から抱きしめながら答えた。

 どうやら、絵里香は荒井先輩のことを大変気に入ったらしい。

「桧谷先輩、あとはヘッケルが加入するだけですね。

 ヘッケル。

 君はまさか、荒井先輩や杵島さん、ついでに桧谷先輩を悲しませるまねをするような男ではないよね?」

 小中は、詐欺師のような微笑みで俺に問いかける。


「……」

「……」

「……」

 ほかの三人の視線が俺に集中する。

 俺に、入部を拒否することはできなかった。



 結局、俺は「仮入部」に入部することになった。

 俺の入部に喜んだ荒井先輩によって、「アライ部」と「仮入部」との合同による最初の活動が決定した。

 そう、今日の遠足で一緒に行動することが、最初の活動となったのだ。




 --12年04月20日(金)12:05 38--




「ついたわよ、啓司」

 俺は、絵里香の声に反応して、顔を上げ、足を止める。

 視線の先には、広大な緑が広がっていた。

 どうやら、俺は思考の底に潜っている間に今回の遠足における最大の難所を走破し、目的地まで到着したらしい。



 整備された芝生から、先ほど歩いた方向に振り返ると、市内が一望できる。

 俺たちが通う厨二高校や、付近に存在する厨西大学理学部キャンパス、そして県庁舎や市役所などの官公庁などが小さいながらも確認できた。


 もう一度、芝生に向き直ると、緑のところどころで、生徒たちがレジャーシートを広げている光景が散見されていた。



「ああ、着いたな」

「この先が、あの虹色死霊の森か」

「そんな森があるか!」

 俺は、小中のつぶやきに思わずつっこんでしまった。

 周囲が、言動に対する非難の視線を向ける。

 だが、それは小中にではなく、俺に対して向けられていた。


「佐伯さんは、本当にこの森の名前を知らないのかい?」

 桧谷先輩は、哀れみの表情で、

「けいちゃんは、しらないの~?

 ここ、ゆーめーだよ!」

 荒井先輩は、かわいらしい女の子のキャラクターが描かれた、ビニールシートを手にしながら、話し相手が見つかったことで喜び、

「小学校のときの肝試しで、この森の話をしたのは、啓司だよ?

 あのときは、本当に眠れなかったのだから!」

 絵里香にいたっては、俺の記憶にない過去を暴露され、

「ヘッケル、この森については帰り道にでも話そうではないか。

 なに、時間はたっぷりあるのだから」

 小中は、幾何学的な図形で構成された魔法陣が記されたお手製のレジャーシートを広げはじめた。



「それにしても、桧谷先輩」

 俺は、水筒を取り出しながら、質問する。

「部活の内容についてですが、教室で絵里香に話した内容と、実際の内容とに大きな違いが見られますがどういうことですか?」



「あれは、方便だ」

 桧谷先輩は、サンドイッチを手にしながら教えてくれた。

「方便?」

「何もする必要のない部活と聞けば、入部希望者が殺到する可能性がある。

 だから、大勢の前ではあのように言うしかなかった。

 済まないな、杵島さん。

 試すような事を言って」

「いいんです」

 絵里香は、首を横に振る。


「……こうして一緒にいられるのだから」

 絵里香は小さな声でつぶやいた。


「確かにそうだな」

「啓司、聞こえていたの!」

 絵里香は、俺の言葉に強く反応していた。

「ああ、そうだな。

 お前は、荒井先輩をかわいいと言っていたから、一緒だと嬉しいのだろう?」

「うん、嬉しいよ!」

 絵里香ではなく、荒井先輩がグーで握った先割れスプーンを掲げながら返事した。

 荒井先輩の口の周りに、スパゲティのトマトソースがついていた。


「あらあら、お口にソースがべったり」

 絵里香は、困ったような、そしてそれ以上に嬉しそうな表情で、カバンからウエットティッシュを取り出すと、荒井先輩の口の周囲の汚れを丁寧に取り除く。


 絵里香は、昨日の夕食のときに、「かわいい妹ができたみたい」と嬉しそうに話していた。

 俺は、そのときの絵里香の表情と一緒だなと思って、少しだけ笑顔になった。

 一緒に食事をしていた俺の母親が、理解できないことを口にした気がするが、覚えてはいない。



 俺は、二人の姿を眺めながら、静かに食事を続けていた。

「佐伯さん」

「どうかしましたか?」

 俺は、桧谷先輩に声をかけられたため、食べていたおにぎりから口を外して、質問した。

ちなみに、俺の今日の弁当はおにぎりだけだった。

 心配したのか、小中から鹿肉を大量に勧められたが、丁重にお断りした。


「表情が変わったな」

「そうですか?」


「最初は、『自分が世界を背負っているんだ』というような表情をしていたからな」

「……」

「もちろん、今も佐伯さんには、その表情は残っている。

 でも」


「佐伯さんが、何を背負っているのか、何を考えているのか、正直なところわからない。

 だが、佐伯さんは、もし抱えている問題が片づいたら、こんな日が続くのも悪くない。

 そう、考えているのではないのかい?」

 桧谷先輩は、俺の瞳の奥をのぞき込んだ。

 そこに、答えがあると信じているかのように。

「そうだな」

 俺は、簡潔に答えた。


 俺は、魔王を倒さなければならない。

 その気持ちを忘れたわけではない。

 実際に、夜の練習は欠かしたことがない。

 だが、もし魔王を倒す目的を果たしたのであれば、いつまでもこのような日々が続けばいい。

 俺は、心の底からそう思った。


 だが、現実は俺に厳しいようだ。

 俺は、周辺の生徒たちの声に耳を傾ける。

「佐伯は、杵島さんという人がいながら、桧谷先輩のみならず、荒井先輩とも一緒だと!」

「佐伯の奴、杵島さんと一緒に夕食を食べるとな!」

 俺たちの周囲で弁当を広げていた男子生徒たちが騒いでいた。


 まあ、いつもの事だ、俺に対するクラスメイト(男性)からの敵対心はおそらく上限に達しているはずだ。

 これ以上、上昇することもないだろう。


「杵島さん、今一人暮らしだから、佐伯さんの家でお世話になっているらしいわ」

 クラスメイトの女子生徒が、新たな燃料を投下した。

「なんだと!」

「小中は、……まあ仕方がない。

 だが、佐伯。お前は駄目だ!」

「許さない。絶対に……」


 どうやら、俺には平穏な生活とは無縁となるようだった。

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