第4話 部活勧誘
--12年04月12日(木)16:21 31--
「絵里香、さすがに驚いたぞ」
俺は、幼なじみに視線を移す。
俺は、誰かが来る可能性を想定していたが、さすがにこんなに近く来るとは思っていなかった。
そして、絵里香が来るということも、頭にはなかった。
だが、絵里香の表情を見ると、俺以上に驚いているようだった。
「ねえ、啓司、何をしているの?」
「見てのとおりだが」
俺は、平然と答える。
すでに見られることを想定していたので、想定問答も用意している。
「見てわからないから、聞いているの!」
「そうか。
なら、説明しても無駄だな」
俺は、どうでもよさそうな表情を作り、首を左右に振った。
そのとき俺は、周囲の状況を確認した。
俺の近くには、絵里香しか居なかったが、教室の入り口付近には、数名の女生徒達がいた。
表情を確認すると、俺に向けて残念そうな表情をしていた。
これならば、問題ないだろう。
「俺の技は、あまり言い触らさない方が良いと思う」
「そうね……」
絵里香は、少しだけ何かを言いたいような表情を見せたが、結局うなずいた。
「ところで、絵里香は何をするために、教室に戻ったのだ?」
「え?
え?」
俺の質問に対して、絵里香は急に混乱し出す。
「ひょっとして、『また後で』と言ったのは、このことか?」
「違うわよ!
わ、忘れ物をしただけよ!」
「そうか」
俺は素直にうなづいた。
「もう、知らないから!」
絵里香は、机の中から音楽の教科書を抜き取ると、走って教室を出ていった。
「気をつけてね」
俺は手を振って見送った。
絵里香に続いて、教室の外で待っていた女子生徒達も、絵里香の後を追うように、去っていった。
「とりあえず、うまくいったか」
俺も、しばらくすると教室を後にした。
--12年04月18日(水)15:12 32--
あれから約1週間が経過し、俺に対する周囲の視線は変わっていた。
「佐伯君は、そういう人だったのね」
「小中君が親しく話しかけてたから、やっぱり同類なんだ……」
「絵里香もかわいそうに、……」
女生徒たちの小声が聞こえてくる。
「やっぱり、佐伯は絵里香にふさわしくなかったな」
「佐伯は、絵里香ちゃんと一緒よりも、小中と一緒のほうがお似合いだな」
「俺が、絵里香ちゃんをなぐさめてあげるんだ」
「やめろ!
傷心の絵里香ちゃんは、お前の心では癒せない。ここは俺の出番だな」
男子生徒達が何か話しているようだ。
話す内容はともかく、クラスメイト達は俺のことを残念な生徒として認定してくれたようだ。
俺は、予定通りだと、思いながらも内心でため息をついた。
俺を特別進学クラスに転科する話については、唐藤先生だけ説得させれば済む話ではなかった。
恐らく学校の方針として、校長等の権限を持つ人によって、決まっていたはずだ。
だから、普通に断っただけでは、学年主任とか、副校長とかさらに偉い人から、話を持ちかけられる可能性があった。
そのため、俺は、放課後に魔法や能力を練習する姿を人に見せることで、「佐伯は、テストの成績は良いかもしれないが、言動がだめだ」という噂を広めようとした。
どうやら、上手くいったようだ。
さっそく、先週の金曜日の昼休憩中に、唐藤先生から呼び出しを受け、
「ごめんなさい。
昨日の話は、忘れてもらえませんか」
と言われたからだ。
俺は、もう少し時間がかかる思ったが、予想以上の効果に、驚いた。
良い方に変わった相手も、このクラスに一人だけはいた。
「なんだ、君もガルドアの遣い人だったのか」
小中であった。
小中にとって、俺は新たに加わった仲間を持った気になっていた。
彼の話では、俺たちは天帝ガルドアから使命を与えられた事を思い出した、選ばれた人間らしい。
もちろん、俺にはそんな使命など与えられていない。
俺が、魔王を倒すのはあくまでも自分の意志だから。
そもそも、ガルドアの遣いとは、友人が遺したメモによると、聖者ガルドアが遺した予言の書を実行するための組織であり、予言を成就させるためなら何でもするという恐ろしい組織とのことだった。
もっとも、「魔王が倒される」ことは予言に記されているため、やり方によっては、組織と共闘することも可能であると、メモには遺されていた。
小中に対してその事実を指摘するつもりはない。
「それにしても、君に当たられた真名は、何かな?
ひょっとして、『ヘッケル・ドネー』なのか?
あの、『蒼の虐殺の7日間』を未然に防いだ!」
「……」
俺にはK・グレークスと言う名前があるが、そのことを言うつもりはない。
未然に防いだはずの虐殺なのに、7日間が確定しているのはなぜだろうとか、突っ込むつもりもない。
「ヘッケルは、部活を決めたのかい?」
どうやら、俺の名前はヘッケルで確定したようだ。
それにしても、部活動か。
まったく、考えていなかった。
俺は、魔王を倒すのに必要かどうかを基準にして物事を決めている。
普通ならば、「帰宅部」が最適解となるのだが、この学校の規則で、基本的に生徒は何らかの部活動または同好会に入部・入会しなければならない。
例外として、生徒会役員や、各種委員会の委員長クラス、家庭の事情のある者、そして進学コースを選択した生徒であった。
そうなれば、幽霊部員として存在がゆるされる部活を選ぶことを考えていた。
「そうだな、遠征部や名倉部も捨てがたいが、アナガ・モームというのも良いかもしれない」
「……」
俺は無言のまま、手元の資料を確認する。
生徒会がとりまとめた、「部活動及び同好会のしおり」という冊子である。
厨二高校は、「校風がフリーダム」と揶揄されるほど、自由度が高く、部活動もその影響を受けている。
先ほどのような、活動内容がよくわからない部活だけでなく、「帰宅部」という部も実際に存在している。
一応、アナガ・モームという同好会についても、記載されていた。
「『アナガ・モーム』とは、今から約666万年ほど前に存在していた、古代日本語『ゲルマニア』において、終焉の歌という意味を持っている。
『アナガ・モーム』には、数多くの予言が示されており、999の予言はすべて成就されている。
最後の予言が成就されたとき、この世界は終焉の日を迎えると言われている。
関心のある人は是非、『アナガ・モーム』へ。
生徒会注:『アナガ・モーム』に入部した生徒は、球技大会において、ソフトボールの外野守備に就くことができません。詳細は、球技大会実行要綱をご確認ください」
「……」
この高校大丈夫か?
俺は、ひとごとのように心配した。
「そんな、どうでも良い部より、もっと良い部があるわよ」
突然、知らない声が割り込んできた。
俺たちが、視線を移すと、一人の女性が俺たちを興味深そうに眺めていた。
背中に届くまっすぐで黒い髪が特徴の女生徒で、目鼻だちは細目で、落ち着いた様子に見える。クールビューティとでも言えば通じるだろうか。
一目見たら忘れられない、整った美人顔にもかかわらず、俺の記憶から該当人物のデータが取り出せないのは、上級生だからと推測する。
絵里香の表情から、絵里香もこの人の事は知らないようだ。
そして、小中は、女生徒の事を知っているようで、
「虚無遣いか……」
小中は、つぶやくと、顔を曇らせた。
「虚無遣い?」
俺は思わず、小中に聞き返してしまった。
「桧谷佳奈、2年1組に所属している」
小中が、俺に対して小声で説明する。
「圧倒的な学力で、学年トップの座に君臨し続けているが、その行動に問題があると言われている。
そのため、本来であれば、将来の生徒会長候補として名前が挙がるはずなのに、未だに生徒会から役員推薦の声があがらないと言われている……」
俺は、思わず小中の顔を見つめる。
小中が、彼女の行動に問題があるというのは、一体どう言うことなのだろうか。
「そこ、聞こえているわよ」
桧谷先輩は、小中の説明をとがめる。
だが、小中は説明を続けている。
「……。
ちなみに、『虚無遣い』という二つ名が与えられている理由は、む……」
「そこまでだ、闇夜の奇公子よ!」
桧谷先輩は、小中の説明を遮らせるため、声を大きくした。
「俺を、その名で呼ぶな!」
小中は、桧谷先輩の言葉に対して激怒した。
俺は、「闇夜の雷撃」と「闇夜の奇公子」との違いを見いだすことができなかった。
どちらも呼ばれたくないという意味で。
「ならば、私のことをこれ以上追求しないくれたまえ」
「……仕方がない。
ヘッケルには、事前に指摘した方が良いとおもったのだが」
小中は、桧谷先輩の豊かな胸のあたりを一瞬だけ視線を移してから、俺の方に向き直して残念そうな表情をする。
「ところで、桧谷先輩が勧める部活とはなんですか?
この冊子に掲載されている部や同好会には入るつもりはありませんが」
俺は、話を戻すことにした。
「大丈夫よ。
ここには、記載されてないから」
「記載されてない?」
俺は、桧谷先輩を興味深そうにながめる。
「ええ、これから作られる部活ですから。
ここに掲載されているのは、既存の部活動や同好会しかありません」
「なるほど」
「そんな、部活に誰が入るのか」
小中が、質問する。
「佐伯さん。あなたです」
「俺?」
桧谷先輩に指摘された俺は、困惑する。
「なぜですか?
桧谷先輩。
どうして、俺を誘おうとするのですか?」
「……そうね、君を見ていると、昔の自分を思い出すのよね。
だからかな?」
「そうですか……」
俺は、肩をすくめる。
おそらく、先日行った俺の行動が、桧谷先輩の耳にまで入ったのだろう。
昨日の今日で、違う学年にまで浸透していたということか。
改めて俺は、予想以上の噂の伝達速度に驚いていた。
小中から、うれしそうに話しかけられることまでは覚悟していた。
だが桧谷先輩が登場してくるとまでは思わなかった。
俺は少し考えた。
ひょっとして、桧谷先輩の行動も俺と同じように、演技をしているのかも知れない。
何のために演技を行っているかはわからないが。
俺は、そこで気がついた。
桧谷先輩が、俺のことをどのように考えているかは、わからない。
だが、俺に声をかけると言うことは、単純に好意を持っている訳ではない。
恐らく、俺を何らかの形で利用するつもりなのだろう。
もし俺が利用され、俺にとって不都合な状況が生じるのであれば、対抗しなければならない。
俺は、慎重に考えていた。
「私も入部します!」
俺の思考を妨げたのは、絵里香の声だった。
「!」
「啓司を、あの頃のように戻さなくては!」
絵里香は、力強く握った拳をつきあげ、宣言した。
残念だったな、絵里香。
君が望む佐伯啓司は、俺が俺である限り、取り戻すことなどできない。
だが、今の俺は、その事実を伝えることはない。
「君に才能があるとは思えない」
桧谷先輩は、冷たい視線を絵里香に向ける。
恐らく、絵里香のことを、お前は邪魔だと思っているのだろう。
「努力します」
絵里香は真剣な表情で桧谷先輩を見つめていた。
「……、練習がつらくて投げ出したり、最悪の場合、二度と部活が出来なくなるかも知れないぞ」
「耐えます」
絵里香の真剣な瞳は、桧谷先輩からの鋭い視線を外さなかった。
「……。
彼氏を作る時間や、彼氏と一緒の時を過ごす時間がなくなる可能性があるぞ。それでも平気か?」
桧谷先輩は、どこか遠くを見つめるような視線をしていた。
「……、大丈夫です」
絵里香は、なぜか俺に視線を移してから頷いた。
「そうか、ならば君を同志として招こう。
2年2組、桧谷佳奈だ」
桧谷先輩は、優雅に右手を差し出す。
「杵島絵里香です。
よろしくお願いします」
絵里香も右手を差し出して、堅い握手を交わした。
「さて、人数もそろったし、部室に向かいますか」
桧谷先輩は、かすかに喜びにじませた表情で振り返る。
俺は、それにつられて振り返る。
そこには、驚愕の表情をしたクラスメイト達がいた。
「なぜだ、なぜ佐伯がモテる?」
「南中時代から人気があった、桧谷先輩が……」
「杵島さんという人がいながら……」
「桧谷お姉さま……」
「泣かないで、友香ちゃん……」
クラスメイト達の絶望のようなつぶやきが聞こえた。
なぜか、女子生徒の泣き声まで聞こえる。
それにしても、桧谷先輩は人気が高いようだ。
「いきますか」
俺は、クラスメイト達の視線を無視して、そのまま席を立った。
「そうね」
横に座っていた絵里香も席を立つ。
「待ってくれ、ヘッケル」
なぜか、小中も立ち上がった。
「どうした、小中?
急ぐので、話なら簡潔に頼む」
俺の代わりに、桧谷先輩が小中に質問した。
「虚無の、いや、桧谷には用事はない。
なあ、ヘッケル?君は部活に入るのかい?」
「いや、今のところ入るつもりはない」
俺は素直に答えた。
「?」
桧谷先輩は少しだけ硬い表情で首をかしげ、
「え!
どうして?
私も一緒だよ?」
絵里香は、よくわからない疑問を俺にぶつけた。
「話を詳しく聞いてからだ。
とはいえ、ここで話を聞くよりは、行った先で話を聞かせてもらおう」
俺は、これ以上教室で会話を続けるつもりがなかった。
「ヘッケル、俺も一緒に行かせてくれないか?
どうやら、霧のスレーブの残滓を感じる」
「霧のスレーブ?」
絵里香は、小中の言葉に思わず聞き返す。
「そう、霧のスレーブだ。
最近は感じることはなかったのだが。
どうやら、虹色死霊の森の主が動き出す予兆かもしれない。
気をつけた方が良い。
なぜなら……」
「桧谷先輩。
部室を確保されているとは、すごいですね」
俺は、小中の説明をさえぎるため、桧山先輩に質問した。
「それほどでもないさ。
何事にも、裏技というものがある」
桧谷先輩はすました表情を俺に見せると、教室を後にした。
俺と絵里香も教室を後にした。
「……。
本来、封印されていたはずの森の主が動くことなどあり得ないのだが、何かが起こっているにちがいない。
って、ヘッケルよ待ってくれ!」
なぜか、小中もついてきた。
桧谷先輩の先導のもと、しばらく校内を歩いていると、一つの古い部屋の前まで案内された。
「中で説明するわ」
桧谷先輩が振り返り、俺たちに笑顔を見せた。
「ところで、この部で何をすればいいのですか?
と、いうよりも」
俺は、桧谷先輩に対して、目の前の部屋の入り口に掲げられているプレートを指し示しながら質問する。
「そもそも、俺たちの中に『あらい』姓はいませんが?」
俺が指し示すプレートには、
「アライ部」
と書かれていた。