第1話 入学式
「俺は、友の為に魔王を倒す ~厨二高校編~」をお読みいただきありがとうございます。
この作品は、タイトルにあるように、主人公が友人の為に魔王を倒そうとする物語です。
これから登場する人名や地名等には、振り仮名を振りますので、ご承知ください。
--12年04月09日(月)09:12 5E--
B県の県庁所在地であり、この4月から政令指定都市になった、厨西市棒野区。
ここにある、市立厨西第二高等学校では、まもなく入学式が始まろうとしていた。
運命に導かれるように、新入生となった俺は、校門へと続く桜並木を歩いていた。
俺は、この先に続く道に何が待ち受けているのかわからなかった。
正直にいえば、このときの俺は、この高校生活なんて余計な回り道にすぎないと考えていた。
本当ならば、さっさと高校生活をやめて、早く魔王を倒すという目的を果たす必要がある。
だが俺は、魔王を倒すためには、この学校に通わなければならなくなった。
たとえば、俺がこの桜並木から逃げようとすれば、
「待ちなさい、啓司!」
俺の隣を歩いている、自称幼なじみが俺の腕を掴んできて、離さなくなるから。
「自称って何よ、自称って!」
俺の腕を掴んでいるのは、杵島絵里香と名乗った少女であった。
--12年04月09日(月)08:59 64--
俺は、桜並木の入り口で、途方にくれていた。
ここに来た当初は、俺の目の前に血染めのナイフを持った女性が登場し、彼女から、この場所にいる目的を尋ねられるものとばかり思っていた。
そして、適切な選択肢を選ばなければ、俺が即座に死亡する可能性が高いことも、頭に入れて対応するつもりであった。
だが、俺の思っていた展開と異なり、俺の目の前には、真新しい制服を身にまとった高校生たちが、桜並木の先にある校門へと歩いていた。
「さて、これからどうするか」
俺は、周囲を見渡したとき、桜並木の入り口でたたずんでいた少女を見つけた。
彼女は僕よりも少しだけ背が低く、スリムな体型をしていた。
幼さが残る小さな丸い顔に、大きな瞳。
黒い髪をポニーテールにして、サイドの髪はあごのところまで伸ばしている。
身につけている黒のセーラー服は、新しさで輝いており、新入生であることを体現していた。
時折、周囲を見渡していたことから、誰を待っているのだろうと、思っていたら、
「啓司、お久しぶり」
俺だったようだ。
彼女はかなり待ちくたびれたという表情と、どうしてこんなに待たせるのよという表情が絶妙にあわさっていたようだが、
「……?
はじめ、まして?」
と、僕が言ったあとに彼女が見せた悲しそうな表情が忘れられなかったため、よく覚えていなかった。
もう少し、俺に余裕があれば、
「俺のことを待つ幼なじみがいる可能性は否定できないだろう」
程度のことを考えていたのだろうが、俺の心は、早く俺の力でこれから先の問題を解決することしか頭になかった。
彼女は、
「杵島絵里香よ、覚えていないの?」
と、頬をふくらませ、非常に機嫌が悪そうに質問する。
なんと、答えればいいのだろう。
こんなことなら、友人が作成した資料をもっと詳しく確認すればよかったと後悔していると、
「……本当に、私のこと覚えていないの?
高校を卒業したら、結婚する約束をしてたことも?」
などと、とんでもないことを言い出した。
だが、俺は彼女の言葉を否定するだけの材料を持ち合わせてはいなかった。
「……、そ、そ、それは」
「まあ、覚えていないわよね。
三歳の時の約束だから」
彼女は、いたずらっぽく笑って、俺のそばに近寄ってきた。
--12年04月09日(月)09:22 5C--
「まったく、中学校の三年間だけ、別の学校に通っていただけで、そんなこと言うなんてひどいもん!
その間も、ちゃんとお互いの家に行きあっているのに!」
俺よりも少しだけ、身長の低い絵里香は、口を少し膨らませると並木道の中央まで俺を引き戻す。
「わかった、わかった。
悪かったって言っているだろう!」
「本当?」
「本当だとも!」
絵里香は俺の言葉に、信用できないらしい。
でも、彼女の言葉は間違っていないと思う。
事実、俺は覚えていない。
だから、俺は別の言い訳を思いつき、そのまま口にする。
「い、いやあ、あまりにも美人さんになったから、他人の空似と思っただけだよ」
「!」
彼女は俺の言葉に驚いて、体を振るわせる。
「そ、そういっておだてても何も出ないからね!」
絵里香は顔を赤く染めながら、先に進もうとする。
「ま、待ってくれ」
絵里香は俺の腕から手をほどいたが、かわりに俺の手を握っていたため、校門まで走り続けることを強いられた。
校門の先にある受付で、俺たちは生徒手帳を掲示し入学式の会場へと急いだ。
--12年04月09日(月)10:38 5A--
入学式は、講堂内において、特筆することもないほど順調に進行していた。
俺も新入生の一人として、新しい学生服を身につけ、前のほうの席に座っている。
B県の市立高校は今でも制服なのだなと、自分の過去を振り返りながら思い出す。
その一方で俺は、演壇の前で話をする校長先生の姿を見つめながら話は聞いていた。
いや、聞かなければならなかった。
俺は、少し前まで、高校生活を送ることなど、想像すらしていなかった。
だから、この高校についての情報などほとんど持っていなかった。
そのため俺は、退屈この上ないであろう、校長の言葉ですら、金言であるかのように耳を傾けていた。
だから、厨西第二高校があって第一高校がない理由は、かつてB県がH県と合併したときにH県の二番目の旧制中学として設立したこと、再びB県が独立したときも、当時の文部省が名称を変更しなかったことが理由であるということも記憶として残っている。
これはもちろん、魔王を倒すためには不要な知識である。
後から考えれば、本当に、不要な知識だった。
「……みなさんがこれから通う、厨西第二高校は、長い歴史のなかで多くの先輩達の努力により、現在の形を作りました。
新たに入学された新入生のみなさんは、新たな歴史の担い手として、先輩達とともに進んで行きましょう」
校長の挨拶が終わると、満場の拍手に包まれた。
拍手する生徒達の表情から推測すると、おそらく、話が終わったことによる拍手が過半ではないだろうか。
その後、来賓や生徒会長の挨拶が終わると、司会を務めた副校長が閉会を宣言する。
来賓や、新入生の家族が帰る中、副校長がこの後の日程について説明し、生徒達も会場を後にするため席を立つ。
すると、絵里香が、高熱を出したことにより学校を休んでベッドでうなされている子供を見守るような表情で、俺に話しかける。
「啓司、大丈夫?」
「……、何が?」
俺は思わず聞き返す。
「話が長かったから、貧血で倒れるかと思って心配したの」
「貧血?俺が?」
俺は、自分の過去を振り返ったが、全校集会中に居眠りしそうになったことはあっても、貧血を起こして倒れた記憶はない。
俺が、首をひねりながら考えていると、
「……。もう、知らない!」
絵里香は、頬をふくらませ、自分の腕を組んでいた。
俺は、その絵里香の表情をどこかで見たような気がして、思い出そうとした。
しかし、俺は結局思い出すことが出来なかった。
絵里香は、俺が真剣な表情で考え事をしているのを眺めているうちに、怒りが収まったようで、俺のそばに近づくと、
「さあ、一緒にいくわよ」
俺は、絵里香に腕を捕まれた。
「一緒に?」
「そうよ、早く行きましょう!」
「どこに?」
俺は首をかしげる。
「私たちの教室よ、教室!」
「一緒のクラスなのか?」
自分のクラスを把握していなかった俺は、絵里香に問い返す。
「当たり前じゃない」
「……そうか」
俺は、何が当たり前なのかわからないまま、絵里香に連行された状態で、教室まで移動した。
俺たちの行動を見ていた視線は、特に男子生徒からのものは、かなり厳しいものがあった。
「入学式から、いちゃつくとか、ありえん」
「いや、校門に入る前からあんな感じだったぞ」
「見せつけるつもりか、見せつけるつもりなのか?」
「こいつ、何のために学校に通っているのかわかっているのか?」
男性陣からの羨望の視線について、俺はあきらめの表情を浮かべる。
仕方がない。
俺だってこれが「ギャルゲーの世界」であれば、素直に受け入れてしまいそうな状況である。
正直、そうであればこの状況を、多少の困惑とともに楽しめたはずである。
だが、この世界がギャルゲーの世界ではないことを俺は十分に知っている。
だから、俺は最後に聞こえてきた質問に答えることができる。
俺は、魔王を倒すためにこの学校に通っていると。
--12年04月09日(月)11:04 4F--
俺たちのクラスは、1年3組であった。
クラスメイト達は、ホワイトボードに掲示された名簿に記載された番号と、配席表とを見比べながら席につく。
俺の、左の席には絵里香が座っている。
「啓司の隣に座るのは、小学校の時以来だね」
「そうか?」
「なによ、こんなにかわいい幼なじみと席が隣になったのだから、もう少し喜びなさいよ!」
「ああ、喜んでいるさ、喜んでいるとも」
絵里香が隣にいるおかげで、俺は今のところ大きな混乱をせずに済んでいる。
おそらく、ここまでは既定路線なのだろう。
魔王を倒すとか、そういった雰囲気は、桜並木のところから教室までまったく無かった。
おそらく、現時点では、魔王が出現するためのフラグが立っていないのだろう。
俺は、現時点までの状況から一つの推測を仮定すると、
「ああ、楽しませてもらうつもりだよ」
この高校生活を、と宣言した。
「ば、バカ!
こんなところで、何をいっているのよ!」
絵里香は顔を真っ赤にして、むきになって反論する。
「ええっと、おかしなことは言っていないと思うのだが?」
俺は、何か変なことを言ったという、自覚がないため、絵里香に質問する。
だが、絵里香は顔を赤くしたままうつむくだけで、返事をしなかった。
その代わりに、俺の周囲にいた男子生徒たちが、声を潜めながら話している内容が聞こえた。
「こいつ、教室で楽しむつもりか」
「クラスメイトがいても、関係ないだと」
「まさか、みんなで一緒にとか……」
唾を飲み込む音が聞こえた。
俺が、周囲の状況の変化にとまどっていると、
「佐伯君、杵島さんと何か良からぬことを楽しむつもりですか?
これからHRを始めるので、自重してもらえますか」
いつの間にか、教壇に立っていた女性から警告を受けた。
女性は、真新しい黒いスーツを身にまとっていた。
男子生徒のほとんどは、彼女のスーツ姿に見とれていた。
しかたがない。
「どこの、モデルさん?」
と、間違えられてもおかしくない、すらりとした身体、その中にあって、特異点とでも呼ぶべき豊満な胸。
ブラウスの下からうっすらと透けて見せる黒い下着に、ほとんどすべての男子生徒の視線がが釘付けにされていた。
彼女が、別の話題を提供さえしてくれたのならば、クラスメイト(特に男子)は俺のことなど地平線の彼方へ忘却させられたはずなのだが、整った大人の真剣な眼差しが俺に対して向けられている以上、俺はなんらかの回答を用意しなければならなかった。
「先生のおっしゃられた前半部分については、強く否定しますが、後半部分については従いましょう」
「……見解の相違について、お互いの認識の溝を埋めることができなかったのは残念ですね。
ですが、事態の解決に協力してくる事に対しては、素直に感謝します」
先生は俺に対して低めの声で礼を言うと、自己紹介をはじめた。
先生の名前は、唐藤舞。
担当教科は、数学。
趣味は、……。
まあ、どうでもいいことだ。
唐藤先生の自己紹介が終わると、生徒達の自己紹介が始まった。
「次は、佐伯の番です」
「……佐伯啓司です」
一言ですませた。
「他に言うことはありませんか?」
「ありません」
俺は、唐藤先生の質問に対して簡潔に答える。
今のこの俺に、語るべき過去など持たない。
かといって、「将来、魔王を倒すのが目標です」などと言えば、周囲から「またか」、「前の人とネタがかぶっている」等、痛い目で見られかねない。
「杵島との関係は?」
「自重を求められました。
先ほど先生から」
唐藤先生の追求を、先ほど先生の言葉を用いて反論する。
「話してもかまいません」
唐藤先生は、自分の前言を撤回してまで、俺に回答を求めた。
俺は、この追求から逃れるために答弁した。
「……。
聞きたい人は、後で聞いてください。
……杵島から。
では、次のかたお願いします」
俺は、後ろの生徒を指名した。
後ろの生徒は、俺からの指名に少しだけ驚いていたが、普通に自己紹介をした。
それから先は、特筆するようなことは起こらなかった。
自己紹介の時間が終わると、唐藤先生が当面の予定表と時間割を配布して、明日のテストについての簡単な説明をしてから解散となった。
俺は、ため息をついてから、学校での出来事を思い浮かべた。
人生には、まわり道など無いのかも知れない。
だが、魔王を倒すための道からは、どうしても離れているようにしか思えない。
俺は、今後の戦略は戻ってから考えようと決意して席を立ち、周囲を見渡した。
教室は、未だに多くの生徒が残っていた。
中学時代の旧友達とのよしみを確認するもの。
新たなクラスメイトとの親睦を深めようとするもの。
俺の提案に従って、絵里香に話しかける女子生徒達もいた。
女子生徒だけでなく、唐藤先生もいた。
唐藤先生は、手帳を広げて熱心に絵里香の話を書き留めていた。
教師は忙しい仕事だと聞いたことがあるのだが、大丈夫なのだろうか?
一方、俺との関係を話している絵里香に視線を移すと、本当に嬉しそうな表情で、周囲に語っている。
絵里香とその周囲の状況から、今日はクラスの生徒が俺にこれ以上近づくこともないだろうと俺は考え、教室を後にした。
これから、魔王を倒すための計画を考える必要がある。
そのためには、ゆっくりと家で考えた方がいいだろう。
そこまで考えた俺は、浮かび上がった疑問を思わず口にした。
「そういえば、俺の家はどこだろうか?」
毎週土曜日の正午に掲載します。
次回は12月8日(土)です。