第8話 カンニングの結果
-- 12年7月10日(火)15:53 1(1)--
「佐伯、佐伯!」
「起きろ、佐伯!」
俺は、二人の声により、目を覚ます。
そこは、1組の教室であった。
長い間、うたたねしていたからなのか、室内にいる生徒はまばらだった。
「?」
俺は、二人の声に違和感を覚える。
声の持ち主は、真田と北条なのでそのことに問題はない。
だから、別の事、たとえば呼び名……
「順位で呼ばない?」
俺は、答えを見つけた。
「同じ順位が複数いたら、紛らわしいではないか」
「佐伯と同じ順位がいたからね。
私が提案した順位ではなくて、名前を呼ぶ提案については、すんなりと受け入れてもらうことができたよ」
北条と真田が、俺の違和感が生じた理由についてそれぞれ丁寧に説明をしてくれた。
「なるほどな」
俺は、真田の説明に納得した。
たしかに、同じ順位が複数いたら、順位だけで呼びかけると混乱する。
そして、問題を解決するための手段として名前を呼ぶことも十分に理屈に合う内容であった。
そして、俺は北条に質問する。
「で、俺は何位だ?」
俺の成績リストの用紙は、中間テストの時と同様に北条が筒状に丸めているため、俺は自分の順位がわからない。
「1位だ」
北条は、間髪いれずに答える。
「前回は?」
「17位だ」
まるで、台本でも読んでいるかのように淀みなく答える。
「よしんば、俺が2位だったとしたら?」
俺は変化球を投じてみた。
あくまでも、台本に記載されているかのようにしゃべりながら。
「2位に決まっている」
北条は間髪入れずに答えてくれた。
もっとも、俺の質問も、北条にとっては想定された内容のようだった。
「パーーーァフェクトゥだ、北条!」
俺は、満面の笑みで、右手を親指を突き立てながら北条に向けた。
もちろん、北条が「1位です!」と答えるようだったら、突っ込むつもりだったけれども。
「・・・」
俺と北条が戯れている間、真田は無言を貫いていた。
ひょっとしたら、俺と手を組んだことを後悔しているのかもしれない。
「すまないな、真田。
俺はこうして1位になったのに、約束が果たせなかった」
俺は、真田に謝った。
呼び名を変えることは、俺が1位になることを真田が支援したことによる約束事項だった。
しかし、俺の力を借りることなく、真田は目標を達成した。
俺は、力になれなかったことを素直に謝った。
「心配するな」
真田の表情も口調も変わらなかった。
「今回の件でも佐伯の事を2位だと主張した女子もいたからね」
真田が手を振ってなんでもない様子を見せると、北条が妙な事を言い出した。
「誰が?」
「7位の、楠さんだ」
俺の質問に対して真田は、前回の中間テストで5位の女性の名前を挙げた。
「どのように言ったのだ?」
俺は、彼女の提案内容に興味を持った。
「『同点の場合には、前回のテストの順位の良い方が上位にすればよい』と、左手に赤い水性ペンを握りしめて、肩を少しいからせて、頬を赤く染め、寝ている君の方を牽制しながら、『こんな提案に対する議論で時間を費やすくらいなら、さっさと家に帰って試験で間違ったところを確認して、次の中間テストでは君を倒してやるわ』といった思いを込めて、反論などゆるさない言わんばかりにまくしたてながら強硬に主張したよ」
真田は、俺の期待以上に詳細な情報を提供してくれた。
「……そうかい」
楠の主張は、プロ棋戦の名人戦Aリーグなどでも取り入れられており、それほどおかしな主張でもない。
ただし、その主張を受け入れるのであれば、虎野のテスト結果が満点である限り、俺は1位になれないことになる。
真田がどのように反論したのか教えてくれた。
「もっとも、私が『あなたの提案では、虎野の発言力を確保するために主張をしていると受け取られることになりますが?』と言って楠の顔を『赤い水性』の名にふさわしい色に染めたあと、『お忙しいようですから、今すぐ採決に移ってもかまいませんよ?そこで寝ている暫定1位さんを起こしてから』とやさしく諭したら、肩を振るわせて、うつむいたまま何も言わなくなったよ。
ここが教室でなく、自宅の片隅であれば、膝を抱えていたに違いないね。
だから、君の力はきちんと反映されているのだよ」
「そうか、……」
俺は、真田の表情を確認しながら話を聞いていた。
確かに、議決の時には、俺の発言ポイントが重要になる。
だが、実際には俺は起こされることなく、問題が解決した真田の手腕を評価したい。
「今後、どうするつもりだ?」
「そうだな、終業式まで時間がない。
さっそくだが、群緑祭の提案をしようと思う」
「そうか、……。
生徒会や文化祭実行委員会への働きかけはできているのか?」
俺は、疑問というよりもむしろ、確認の口調で真田に質問した。
「内密ではあるが、すでにある程度話を進めている。
内容にもよるが、1クラス分の出展が増える程度では文化祭の運営に大きな影響が出ないという認識で一致している。
2年と3年は、例年通り何もしないし。
だから、クラスの中で承認されれば問題はない」
「そうか、まるで委員長のような対応だな」
俺は、真田の行動力に感心すると共に、1位が就任することが不文律(ただし、生徒会役員として就任している場合をのぞく)となっていることから、委員長に就任している虎野の顔を思い出す。
「あれ?」
球技大会のメンバー選考について思い出す。
虎野が委員長らしいことをした記憶が一向に見つからない。
「そうだな、虎野の代わりに代行しているからな」
「そうなのか?」
俺は、首をかしげながらも納得する。
「まあ、そのおかげで生徒会や文化祭実行委員会との交渉がスムーズに出来たけどね」
「けがの功名か」
俺の言葉に、真田はうなずいた。
そのようなことをしながら、上位の成績を保っている真田の才能に感心する。
「まあ、今後は楽になるけどね」
「?」
「君も1位だから、君を委員長にすることを条件に、虎野と手を組ませてもらった」
「なんだと」
「私に協力してくれるのだろう?
だったら、それなりの役職についてもらってた方が楽だろう」
「……」
「佐伯、期待しているぞ」
「……」
俺は、真田の行動力に舌を巻く思いである。
別に、真田を責めるつもりはない。
もっとも、俺が真田の期待に応えることができるかどうかは別の問題ではある。
「さて、俺はこれから用事がある」
「そうだな、待っているようだな」
真田の視線の先には、千代水がいた。
「頑張れよ」
「?」
俺は、真田の声援に首を傾げながら千代水に近づこうとした。
「こんにちわ」
千代水も、ブロンズの髪をなびかせながら俺の方に近づいた。
北欧の妖精が女子高生のコスプレをしているように見えなくもないその姿は、俺の人生のなかで話しかけられる機会などないだろう。
万一、そのような少女に話しかける機会があったとしても、「ごめんなさい」と、なんらかの理由を述べて、俺の前から立ち去るとともに、即座に不審者として、警察に通報されかねない。
「約束は、覚えているね」
俺は、自分の考えを知られないように注意しながら話しかける。
「……、ごめんなさい」
千代水の表情には、いつもの精彩をかき、不安の表情をのぞかせていた。
俺は、俺の本当の年齢が千代水に知られたと思ったが、そんなことはあるまいと大きく首を振りながら否定する。
「約束を破るつもりか……」
俺は、千代水に詰め寄る。
俺は、友人の失踪した原因を調べるためにここにいる。
そのためには、フロージアに行く必要がある。
だから、フロージアへ行くための鍵になると思われる自宅へ行く必要がある。
だから、千代水には約束を果たしてもらわなければならない。
もっとも、家に侵入することができれば問題ない。
俺は、条件闘争に突入することも覚悟しながら千代水の言葉を待つ。
「ち、ちがうの。
謝ったのは、そうじゃないの!」
「?」
「謝りたいのは、あなたの家族のことよ」
「俺の家族?」
この世界には、俺の家族がいることになっている。
もっとも、今のところ確認はできていない。
「俺の家族が離散しているが、それは俺の家族の問題だ。
当然、千代水の家から差し押さえを受けたのが、直接の原因であったとしても、それは基本的に我が家の経済に関する問題だ。
そこに、千代水が直接からむとは思えないのだが?」
俺は、静かな口調で自分の考えを口にする。
「最初にあなたと話をしたとき、本当に頭に来たわ。
私が、……信頼を寄せるお友達を見下すような事を言ったから。
だから、私は、お父様にお願いしたの」
「何をした?」
俺は千代水に尋ねる。
「あなたの家族に提案したの。
家のローンを帳消しにするかわりに、しばらくあなたと連絡をとらないようにと」
俺は、千代水の行動力に驚いた。
自分の家のローンがどのくらい残っているのかは知らないが、それでも普通の高校生が替わりに支払うようなものではない。
だから、素直に質問する。
「どうして?」
「あなたが、一人でどこまでできるかを確認するために」
彼女は、目的を果たすために手段を選ばなかったようだった。
だが、
「うまく行かなかったようだな」
俺の言葉に、千代水は小さくうなづく。
「まさか、八里が手を出すとは思わなかったの。
本当ならば、私が条件を出してワンルームマンションを提供するつもりだったわ。
あなたが、降参するまで」
「……」
彼女は、俺を路頭に迷わせるつもりは無かったようだった。
それでも、少し不安が残ったが。
「あなたの家族は、元気よ」
「……そうか」
俺は、千代水の言葉に納得した。
さすがに、直接非人道的なことまでするまい。
俺たちに非人道的な事を行うことによるデメリットがあるから、しなかったという理由かもしれないけれども。
「目的が、達成された以上、俺が君をどうこうするつもりはない。
それに、急ぐのでね。
ここで失礼するよ」
「まって!」
俺の言葉に、千代水が待ったをかける。
「どうした?」
「そっちこそ、謝りなさいよ!」
千代水は、後ろに視線を移す。
「そうだな」
俺は、千代水の視線のさきにいる少女を確認する。
いつも、千代水のそばにいた背の高い女子生徒だった。
そして、室内を見渡すと、すでに俺たちしか存在しなかった。
「君たちの仲を、否定するつもりはなかった。
ただ、そのように受け取られても仕方ないようなことを言った。
ごめんなさい」
俺は、深く頭をさげた。
「!」
俺の真摯な対応に、千代水は驚いていた。
「……」
一方で、後ろの女性は最初にあったときからこれまで見せていた、ぐうたらしているダメ親父やダメ兄貴に対して反抗期の娘や妹が向ける独特の視線を初めてくずし、自分の事を理解してくれる友人のような視線へと変化した。
「ところで、」
俺は、以前から気になっていたことを質問する。
「高橋さんの指導を受けるよう提案した理由について知りたいのだが?」
「それは、……」
驚きから回復した、千代水
「家に来て、きちんと謝るようなら許すつもりだったのよ。
結局、北条があんなことを口にしたから、やめたけどね」
「……」
俺は、自分が回り道をしたことに気がついて、少しだけ後悔するとともに、北条がなぜ千代水の提案を邪魔したのか気になった。
俺は、次の目的を果たすため、教室の出口へと歩みを向ける。
「二人の世界を邪魔したら、馬に蹴られるからね。
失礼するよ。
ゆっくり楽しんでくれ」
俺の言葉に、
「変なこと言わないでよ!」
顔を赤くする千代水と、
「……」
女子生徒は無言だが、俺の配慮に感謝の表情を向けた。
俺は、教室を後にした。
--12年7月10日(火)17:55 1(1)--
夕方になり、夏の日差しは幾分和らいでいるが、太陽は未だに高いところにあった。
その日差しを背にして、俺たちは八里家が所有する別宅の玄関にいた。
「お世話になりました」
俺は、八里家の人々に頭を下げる。
「けいちゃん。
いつでも来ていいのよ」
家政婦のおばさんは、大きなお腹を叩きながら大声で言ってくれた。
彼女にもいろいろとお世話になった。
俺が育ち盛りだろうということで、いつも食べきれない量のご飯を茶碗に盛ってくれた。
バランスよく食事をとることが大切だと言って、俺が苦手にしているピーマンを大量に用意してくれた。
夜食が必要だということで、ヨーグルト味とか、チーズケーキ味とか、ルートビア味など、様々な種類のおにぎりを用意してくれた。
休みの日になると、戦技連携の確認のため、人に知られないよう密かに体を動かしていた俺に、疲労回復にはこれ最高だといって、さまざまな栄養素をブレンドした、気絶や記憶障害が発生しそうな味の飲料水を、毎日1L用意してくれた。
「いえ、これ以上お世話になるのはさすがに……」
「遠慮はいらないわよ!
ねぇ、お嬢様」
おばさんは笑いながら八里に視線を向ける。
「え、ええ……」
いつもはおばさんの言葉を押さえる役回りの執事が不在のため、おばさんの話は止まらない。
「なに、さみしそうな顔をしているのさ!
いつも、教室で顔を合わせるじゃないか!」
「……」
「……」
俺と八里は思わずうつむいてしまった。
俺はだいたい、北条や真田と話をしていたし、八里はいつも一人で静かにしていた。
おばさんは、俺たちの表情が暗くなった事に気がついて、
「おや、どうしたのさ?
教室での逢瀬を思い出したのかい?
家では、まじめな二人とおもってはいたけど、そうではなかったようだね!
結構、結構」
などと、執事が聞けば、ナイフで袈裟切りされそうな勘違いを口にした。
「それはない!」
「ありません!」
俺と八里は、思わず大きな声を出してしまったが、
「大丈夫だよ、清水さんには言わないからさ!」
おばさんは、最後まで俺たちの気持ちに気がつくことはなかった。
参考までに期末テストの順意表です。()は中間テストの成績。
1位 虎野(1)、八里(9)、佐伯(17)
4位 御車(4)
5位 竹科(2)、藤見(3)
7位 楠(5)
8位 真田(6)
9位 千代水(12)