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俺は、友の為に魔王を倒す ~厨二高校編~  作者: undervermillion
2nd シーズン Secret of my heart
15/20

第5話 球技大会 ~ソフトボール編~

ソフトボール巨編開幕!(嘘)

ルールについては、それなりに調べました。

ただ、現実と異なっている場合は、「この世界のルールではこうなっている」あるいは「これはンフトボールなのだ」程度に考えてもらえたら幸いです。

 --12年6月12日(火) 9:12 17(12)--




 厨西第二高校の球技大会は、ソフトボール、バレーボール(9人制)、バスケットの3種目で行われる。


 バスケットのみが男子生徒のみで行われ、他の種目は男女混合で行われる。


 各学年9クラス、計27チームが参加するこの球技大会は、実は1年生のチームが優勝することが多いという。


 その理由について、北条に質問すると、

「所属する部活によって、参加できる種目に制限があるから」

と、答えてくれた。


 高校でバスケット部に入った生徒は、バスケットの試合に参加できない。

 逆に、中学時代にバスケット部に所属していても、高校時代に別の部活に入部していれば、バスケットの試合に参加できるということだった。


 そういえば、前回この世界にいたときに読んだ、生徒会が作成した「部活動のしおり」に、そのような記述があったことを思い出す。


 そして、特別進学コースの生徒は、部活に入らないことが認められており、クラスのほとんどが、部活動に参加していなかった。


 そういった理由により、毎年1年1組は優勝候補にあげられていた。

 ただ、俺が参加しているソフトボール種目については、事情が異なった。


 その理由は、1年1組のほとんどの生徒が、野球やソフトボールを経験していなかったからである。


 1年1組で唯一の中学校時代の経験者、16位の黒部綾香くろべあやかがマウンドに立っていた。


「あれなら、大丈夫じゃない?」

 俺は、黒部が引き締まった右腕から、ウインドミル投法で繰り出されるボールを眺めながら北条に質問する。

「本人は、

 『自分はストレートとカーブしか投げれない』と言っていたけど?」

「いや、それでもすごいと思うけど?」

「そうだな、普通ならな」


 北条は、視線を1塁側に向けていた。

「!」

 1塁側ベンチのそばで、小中が投球練習をしていた。

「本当に、エースだったのか……」


 それだけでも衝撃ものだったが、

「!」

小中の投げたボールが、キャッチャーの手元で浮かび上がったことに驚愕する。



「ライズボールかよ……」

「知っているのか、雷頭らいとう?」

 俺は、クラス1の巨体に話しかける。


「17位。

 俺のことは、15位と呼べと言ったはずだが」

 雷頭はうんざりとした顔で、俺に文句を言った。

「ライズボールとは、その名のとおり、ストレートに比べて球の軌道が上にスライドする変化球を指す。

 ただでさえ、下手投げは浮き上がる感覚にとらわれるのに、さらに上昇するような感覚は多くの打者を混乱に陥れるだろう」


「それだけではない。

 見ろ、あのボールを!」

 小中の投げた球が、キャッチャーの直前で大きく落ちた。

「落ちてる……」

「奴は、フォークボール、いや、ソフトボールではドロップボールになるのか、それも拾得している」

「フォークボールだと……」

 俺は、驚きのあまり、次の言葉が出なかった。


「二種類の球種で、打者を翻弄させようというつもりだろう……」

「おそらく、苦戦するだろうね」

 雷頭の解説に、北条が同意した。



「みなさん、整列してください」

 体育教師で、この会場の主審を努める栗田が両チームに声をかける。



「貴様は、あのときの生徒か……」

 小中が俺を見つけると声をかけてきた。

 ところで小中は、仮乳…もとい仮入部に所属しているのだろうか?


「小中か」

「白球の魔術師であるこの俺を前にしてもひるまないとは、よい度胸だ」

 小中は俺に挑発してきた。


「中学校のユニフォームのほうが良くにあっている相手からの挑発に、どうやってひるめばいいのかな?」

「くっ!貴様を倒してやる」

 俺が皮肉で返すと、闘志をむき出してきた。


「君には無理だね」

「なんだと!」

 言い争いは加熱してきたかに見えたが、俺と小中のやり取りは長くは続かなかった。


「そこ、静かに!

 今から、第1回戦第3試合、1年1組対1年3組の試合を開始する。

 一同礼!」

 主審の栗田によって止められた。


 グランドに集まっていた生徒たちが一礼する。

 その後、すぐにクラスメイトたちが守備につき始めた。




 ここで、今回の球技大会におけるソフトボールのルールについて、簡単に説明しよう。


 球技大会でのルールは、基本的に野球のルールに基にして、用具や球場の大きさの変更、投げ方の制限や投球前の離塁をアウトにしているルールを取り入れているのは、ほとんど同じだが、イニング回数が異なってる。


 その理由として、使用できるグラウンドの数によるものだった。

 ソフトボールに使用できるグランドは3つ。

 野球用グラウンドと、陸上部用グラウンドそしてサッカー、ラグビー部共用グラウンドである。


 野球用グラウンド以外は、ソフトボール球場として2面取れることから、同時に5試合展開出来るが、26試合をこなす必要があることから、1回戦及び2回戦は3回裏で終了することになる。

 同点の場合は、延長戦はなく、じゃんけんで勝敗が決まる。




 陸上部グラウンドBコートにおいて、1年1組対1年3組の試合が開始された。


 ちなみに、1年1組の先発メンバーは次のとおり。


 1番 ファースト  虎野 ( 1位)

 2番 セカンド   五十嵐(20位)

 3番 センター   彦根 ( 8位)

 4番 ショート   松尾 (18位)

 5番 ピッチャー  黒部 (16位)

 6番 キャッチャー 漆口 (22位)

 7番 サード    若桜 (31位)

 8番 レフト    長谷口(34位)

 9番 ライト    雷頭 (15位)


 ……


 ちなみに俺は、補欠だった。

 俺が、この世界にくる前の佐伯啓司は、体育の授業の結果、「走れない、打てない、守れない」の、走攻守三拍子そろってない選手だと、認められていたようだった。


 そんな俺が、なぜソフトボールを選んだかって?

 その理由は簡単だ。

 他の球技でもダメ出しされたからだ。

 そして、ソフトボールであれば競技人数が多いため、能力が低い人が一人いても、比較的チーム力の減少に影響しにくい。

 もっとも、最初からベンチウオーマーに能力が求められることはないだろう。


「小中よ、だから俺を倒すことなど出来ないのだ」

 俺は、断言した。


「17位、ちゃんと応援しなさい!」

「わかりました」

 同じくベンチにいる千代水は、俺に対して応援の能力を求めているようだ。

 その隣では、北条も必死に応援していた。

 北条の動きは、短めの髪や眼鏡等がいろいろと動いており、奇怪で理解できなかったが、MPを吸い取られる踊りといわれたら納得できそうな動きだった。

 北条の応援の動きを見て、あまり、視線を北条の方へ向けないことを決意した。 


 ちなみに、千代水のそばにいつもいる女子生徒は、さきほど寂しそうな表情で千代水と別れ、バレーボールの試合のある第2体育館へと急いだ。

 彼女はその長身と、中学までバレーボール部に所属していた実績を生かして、アタッカーとして活躍する予定である。



 俺たちの応援が効果が有ったのか、無かったかはわからないが、両チーム無得点のまま、順調に3回表まで進んでいた。



「とりあえず、このまま守りきればソフトボールでの負けはないな」

 キャッチャーの漆口が、3回表の守備につく前に、チームメイトに声をかけていた。


「でも、同点ならじゃんけんでしょ?

 勝ち目あるの?」

 マウンドに向かう準備をする黒部が、漆口に質問する。


「このチームには、学年一、先読み能力がある20位がいるじゃないか。

 じゃんけんで、20位に勝てる奴はいない」

 漆口が笑顔で、五十嵐に視線を移した。

「テストでは役に立たないけどね」

 五十嵐は、自嘲するかのようにぼやいた。


「そんなことはない。

 20位のことだ。

 先読み能力で、回答時間を予測して、問題を解くペース配分ができるのだろう。

 うらやましいことだ。

 どうせ、すでに大学合格に必要な勉強についても先読みして、適当に手をぬいているのではないのか?」

「買いかぶりすぎですよ」

 五十嵐は肩をすくめる。


「どうだか。

 まあ、そのときには頼む」

「りょ~かい」

 五十嵐は投げやりな口調で、守備についた。




 1アウトを取ったところで、事件が起きた。

「!」

「8位!」

「大丈夫か、8位!」

 3塁側の1組ベンチが騒然となった。


 センターを守っていた彦根が、グランドの反対側で守備をしていた生徒と接触したからだ。

「うぅ……」

 彦根は、ありとあらゆることをそつなくこなすことから、学年一の器用貧乏ユーティリティプレーヤーと呼ばれていたが、さすがに捕球に向かう途中では、死角から向かってきた人を避ける能力までは備わっていなかったようだ。

 もっとも、大声で捕球アピールをすれば今回の事態がさけられた可能性もあるが、ぐったりとしている彦根にそのことを指摘する人はいなかった。



「千代水、北条!」

 俺は、二人を呼ぶ。

「彦根を保健室まで搬送してくれ」

「承知した」

「あんた、男でしょう!

 あんたも、搬送を手伝いなさいよ!」

北条は納得したが、千代水は俺に搬送を手伝えと文句を言った。


「いや、俺が守備につく」

 俺は、千代水の命令に反論する。


「あんた、ソフトボールなんて出来ないでしょう!」

「いや、17位は残ってもらう」

 千代水が俺の才能の無さを宣告したときに、千代水の言葉をさえぎった人がいた。


 先ほどのプレイについて、審判や相手チームと協議していた漆口が、戻ってきたのだ。


 3組の監督役の選手が、ルールブックを取り出し、守備側の事故では審判はタイムを宣告することができないから、ランナーが生還したので点を認めるように主張した。

 一方で、漆口は、プロ野球で起こった守備側の事故によって、内規が追加されたことにより、審判はタイムを宣告することができるようになったと反論していたようだ。

 さすが漆口、学年で一番野球の情報に詳しいだけのことはある。



「17位、お前が出ろ」

「17位にセンターは無理だろう!」

「ファーストも無理だし、出来るのは玉拾い要員ぐらいだろう?」

「いや、玉拾いにも運動能力が求められるぞ」

漆口の提案に対して、クラスメイト達は、次々と否定的な言葉を口にする。


「もちろん、ライトで守ってもらう」

それでも、漆口の言葉は変わらなかった。


「左打者はいなかったな。

なら、しかたないか」

 マウンドから一旦ベンチで休んでいた黒部が承諾しながら、起き上がった。

 こうして、俺の守備位置が決められた。


 ちなみに、さきほどのプレーについては、審判による最終的な判定は、ノーカウントになった。

 漆口の主張のとおりになったようだが、3組の監督役の選手の表情も変化しなかった。

 どうやら、こうなることは織り込み済みで主張していたようだった。



 だが、現実にはノーカウントはないようだ。



「ファーボール!」

 審判の冷静な声により、打者がゆっくりと1塁に向かう。


 先ほどのプレーにより投球のリズムが崩れたのか、快調に投げ続けていた黒部が、四球を連発していた。

 今も、ピッチャーからの返球をポロリと落とすくらいに。


 そして、満塁の状況で小中に打順が回る。



「俺の、秘打法を炸裂させてやる」

 小中は、木製のバットを、先端に亀裂が入ったバッドを、俺に向けて、バッターボックスに入る。

 あのバットを小中が使用して、全力でボールにぶつけることが出来れば、バットが折れ、破片が飛び、ボールと見分けがつかなくなるだろう。

 守備側からしてみれば、その打球は彗星のように映ることだろう。


「タイム!」

 俺は、小中の行動に対して、審判にタイムを要求する。


「バッター、そのバットは使用できない」

 審判は、俺の主張を受け入れて小中に注意した。


「やるな、俺の秘打を封じるとは」

 小中は、普通のバットに持ち替えた。

「破片が飛んだら、あぶないだろうが!」




 小中の打球は、平凡なセンターフライだった。

 ライトからセンターにコンバートした、雷頭は落下位置で補給体勢を整える直前で、



「Vorsicht!」

 遠くから聞こえる叫び声。


「!」

 雷頭は叫び声に反応して、思わず周囲を見渡す。


 雷頭の順位こそ15位であったが、語学が堪能で八ヶ国語をマスターしており、語学力では学年1位だった。

 しかし、そのことが裏目に出た。

 無理も無い、先ほどの彦根の事故を考えれば、周囲を見回して安全を確認しても仕方がないだろう。


 俺は、雷頭のカバーをすべく、背後に向けて走っていたが、


「ブラフだ!」

 俺は、その叫び声の主とその意図に気づき、雷頭に向けて大きく叫ぶ。


ポトリ。

 だが、俺の叫び声もむなしく、ボールは雷頭の後ろに落球してしまった。

「チャーンス!」


 ベース近くにとどまっていたランナーは、一斉にスタートを切る。


 叫んでいた男、小中は、俺に対してこれまでに見たことの無いような満面の笑顔を見せる。



「はかったな!」

 思わず叫んだ俺は、落球したボールの行方を追いかける。


 一人目のランナーは、すでにホームをふんでおり、二人目もホームに迫っていた。


 俺は、ボールを取ると、狙いをキャッチャーミットに定めると、軽めに投げた。

「これでも、食らえ!

 闇夜の神矢シャドーゴッドアロー!」




 投げたボールは、直線でキャッチャーミットに収まった。


「レーザービーム?」

間の抜けた声が聞こえた。


 受け取ったキャッチャーは、のけぞって倒れそうになったが、なんとか踏みとどまり、2塁にいたランナーにタッチする。

「ア、アウト!」

 なんとか最小失点で切り抜けることができた。


 俺は、小中の行動に対して審判に守備妨害を訴えようと思ったが、小中は進行方向に目かって大声を出しただけであり、しかも小中の叫びをドイツ語による警告と受け取れる生徒など他にはいなかった。

 

 俺は、気を取り直して守備につく。



「どうだ、……名も知らぬ生徒よ、参ったか!

 そして、俺の華麗なリードで、さらなるリードを広げてやる!」

小中は、ライトにいる俺に対して、ベースを離れて挑発してきた。



「ランナー、投球前に離塁したのでアウト!」

 審判の宣告で3回表は終了した。

 どうやら、小中はソフトボールでは投球前にリードができないことを、知らなかったようだ。



「ふぅ」

俺は、冷や汗を流しながら、ベンチに戻る。


 俺がみせた返球について、正直、ここまで上手くいくとは思わなかった。

 俺が使用したスキル、「闇夜の神矢シャドーゴッドアロー」は弓矢スキルの一種である。


 弓矢スキルとしては、非常に威力が弱く、モンスターを倒すには不十分であった。

 そのかわり、ほかのスキルで阻害されない限り命中し、速度も非常に速いことから、モンスターを引きつける目的であれば十分な役割を果たす。


 そして、俺は、ソフトボールが弓矢スキルでも活用できるか心配していた。


 だが、杞憂であったのはありがたい。



 ほかの選手達は、俺が近づくと、

「……」

「……」

誰もが黙ってしまった。


「そうか、そうだったな」

 俺はベンチに座ると、ため息をついた。


 おそらく、体育の時間での俺の行動と、今の俺の行動とに違和感があったのだろう。


 俺も、できれば、能力を隠しておきたかったのだが、思わず小中の挑発に乗せられてしまった。


 それでも、雷頭と漆口はねぎらってくれた。

「助かった、17位。

 俺のミスをカバーしてくれて」

「偶然だ。

 まあ、困ったときはお互い様だ」

「いや、あそこで点を入れられていたら、試合は決まっていた。

 よくやった、17位」

「まぐれですよ、まぐれ」

 俺は、適当に言葉を返した。


 俺はもう、能力を使うつもりはない。

 仮にこの試合に勝ったとしても、頼りにされても困るからだ。



 そのように考え事をしていると、遠くから声が聞こえた。

「17位!」

 声の方向に振り返ると、千代水が息を切らせながら近寄ってきた。

「彦根の容態はどうだった?」

「8位の意識は戻ったわ。

 問題なさそうだけど、念のため、病院へ搬送されたわ」

「……、そうか」

 俺は、少しだけ安心した表情をした。


 漆口が俺たちのやりとりを聞いて、

「みんな、集まれ!」

と大声をあげた。


 他の選手は、何事かと思いながらも、漆口を中心にして、円陣を組むように集まってきた。


「お前たち!」

 普段温厚で、冷静さは学年1位との呼び声高い漆口が檄をとばす。


「12位からの報告のとおり、我らが盟友8位は帰らぬ人になった」

「8位……」

 涙もろさで、学年1位を誇る、五十嵐が肩をふるわせていた。

「8位は信頼の厚さにかけては、学年で一番だったのに……」

 若桜わかさが、失った戦友を思い出すかのように言葉をしぼりだす。

 さすが、若桜。言葉に情感を込めさせたら学年トップと言われてもおかしくない実力だ。

 だが、ちょっと待って欲しい。

 彦根は保健室から帰らなくても、病院からの診察を終えたら帰ってくるだろう?


 俺の心の声は、彦根の容態を知っているはずの千代水も含めた1組の生徒の耳には届かなかった。

「こうなったら、8位の弔い合戦だ!」

「おう!」

 漆口の宣言に、俺以外の全員が、一斉に気勢をあげる。


 3回裏、1年1組の最後の攻撃が始まった。




 俺は、バッターボックスに立っていた。

 3回裏、1対0。

 2アウト、2塁3塁。

 一打同点、長打ならサヨナラの場面である。


 1組の声援の気迫に押されたのか、先ほどのアウトに動揺したのか、小中の球威に切れが無く、また、守備機会が無かった外野の守備の脆さによって生み出されたチャンスだった。


 普段、クラスメイトから浮いた存在である俺に対しても、

「17位!最低限、塁に出ろ!」

「アウトになったら、生きて帰れると思うなよ!」

「死球でもいいぞ!」

などの声援が飛んでいた。

 俺は、クラスメイトの声援を受けながら、小中のボールと対峙していた。




「いくぞ、魔球浮遊術第球(九)式」

 小中の叫び声とともに、ボールの軌道が上昇する。


 俺はなんとか、バットにボールを当てた。

「ファール!」

 ボールは、後ろに設置されているネットに当たる。


「これでも、くらえ!

 ルートボール!」

 小中の言葉が現実になったように、ルートの記号のように、ボールが落ちる。


「ファール!」

 俺が、すくい上げるように打つと、1塁線から大きく外にそれていった。




 俺と小中との勝負は12球目になっていた。

 すでに、フルカウントになってから、4球目。

 さすがの小中も、少し疲れた表情になっていた。


 俺がここまで粘ることができたのはいくつか理由があった。

 小中があらかじめ、投球前に球種をしゃべることもその理由の一つではある。

 それ以外の理由については、回避系武技の一つ「軌道予測」を使用していたからだ。


 これにより、ピッチャーが投げるボールは自分の周囲で動いている物体として認識され、ボールの動きに関する軌道予測の赤い線が俺の目に見えるようになる。


 回避系武技には「軌道予測」以外にも、「視点変更」があるが、俺自身の反応速度が速くなる訳ではないので、使用できない。


 だが、この回避系武技の欠点として、攻撃力が激減するのが問題になっていた。

 ボールをうまくバットの芯に当てても、内野程度までしか飛ばないのだ。


 もし、ランナーがいなければ、内野ゴロでも問題は無い。

 「スライド」等の高速移動系の武技を用いればランニングホームランが可能だ。

 もっとも、武技を知られることが前提になるが。


 だから、俺は内野に飛ばすことができず、他の手段を考えていた。

 一方で、小中も俺の考えを呼んでいたようで、3ボール以降は確実にストライクゾーンの中に納めていた。


 だが、俺の狙いはここで同点に追いつくことだけを考えていた。

 俺はピッチャーにボールが返球する間に、ネクストバッターズサークルに立っている、松尾を眺めていた。



 松尾は、現役の野球部員以上の、まさしく学年で1番の守備職人であった。

 だが、打撃能力だけは全くなく、彼の打撃記録には「三振」しか記されていなかった。

 そのため、彼の野球人生は小学校で終わっていた。


 一方で、中学から野球を始めたために、松尾のことを知らない小中は、この試合で魅せた松尾の華麗な守備と4番という打順を見て、俺で試合を終わらせることしか考えていなかった。



「まさか、1回戦でこのボールを使うことになるとは、……」

 小中は覚悟を決めた表情を、俺に見せた。


 小中が、下手から放つ球。

「これで、終わりだ!

 幻惑の調べ!」


 小中の叫びと共に放たれたボールは、真ん中高めに向かう。

 俺は、軌道予測の赤い線に従って、素早くスイングする。


 しかし、予測線の軌道は、急激に左右に振れながら、下に、落ちる軌跡を描く。


「ナックルか!」

 雷頭が叫ぶ。



 俺の、スイングは空回りした。




 俺は、ボールをバットに当てることができなかった。




「!」

 俺は、スタートを切っていた。




 そう、アウトになったと思わせた俺の勝ちだ。




「振り逃げ!」

 小中は、ナックルに自信があったかもしれない。

 スキルにより、軌道予測が把握できる俺にとっても、ナックルを打ち砕くことは難しい。

 ファールチップを狙っても、フライでアウトにさせられる可能性があるからだ。


 しかし、ナックルという変化球は打者はともかく、投手ですら玉の軌道が予測できない。

 現に、軌道予測線はキャッチャーの後ろへとつづいている。


 俺は、全力で一塁に向かいながら、心の中でつぶやく。

 失敗だったな、小中。

 勝ちを急いで、キャッチャーも取れない玉を投げるなんて。

 今頃、3塁ランナーがホームに帰って同点に……。



「なんで!」

 一塁を駆け抜けた俺が3塁ランナーに視線を移すと、3塁ランナーである虎野は3塁ベースから動いていなかった。

「なんで、走らない!」


「え?」

「振り逃げだよ、ふ・り・に・げ!」

「え、できるの?

 ソフトボールで?」

 どうやら、虎野はソフトボールで振り逃げができることを、知らなかったようだった。



 2アウト満塁。

 俺は、この試合、最大の見せ場を作った。


「小中よ、残念だったな」

 俺は、精一杯の強がりをみせる。

「俺の名は、小中ではない……」

 小中も、俺に破れたことで気を落としている。


 ひょっとしたら、松尾の初ヒットが見られるかもしれない。

 俺は、わずかな可能性にかけた。




「ゲームセット!」

 小中は、松尾を3球でしとめ、試合終了となった。

ポロリ回でした。

ちなみに守備側の事故による中断については、「佐野事件」を参考にしました。

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