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ゴミ箱の中のチョコレート。

StarReverbeの開発ブログに、バレンタインデー記念として、書いた作品を転載しました。

 世界ってのは残酷だね。

 男女差別とか、学歴がどうとか、育った場所がどうとか、みんな差別は良くないって綺麗事ばっかり言ってるくせに、それは綺麗事だって事も分かってないで言ってるんだ。そしてそれが人を傷付けてる事もわかってないんだ。忘れて、互いに傷付けあってるんだ。時には、大多数で。時には、一方的に。

 けっ、くだらないマジョリティーが。せいぜい、か弱いマイノリティーでも蹂躪してろ。お前らは、それで満足できるんだろうがな、世界はいつまでたっても歪なままだ。永遠平和なんか、実現できんわ。

 ぬるま湯に浸かりきって、お前らはいつまで狂ったままなんだ?

 みんなが幸せになれない世界を、お前らは、いつまで認め続けているつもりなんだ?

 ユートピアを目指せよ、どうせなら。みんなが幸せになれる世界を作れよ。無理かもしれないけど、一生懸命に作ろうとしろよ。

 でないと、私みたいなのが生まれるんだ――。


 私は、倒れている。

 ゴミ箱をかぶせられて、蹴られ続けられている。痛い、痛い、イタイ。

 まったく狂ってやがる。エスカレートしたいじめである。こいつら死ねばいいのに。爆弾でも埋め込まれて、はじけ飛んでしまえよ。

 学校の校舎裏、ゴミ捨て場の近く、人影が少ないところ。

 最高の舞台だね、いじめを行う場所としてなら。

 男女関係なく、私を攻撃する。蹂躙する。踏み潰し続ける。狂ってる。

 先生は、頼りにならない。あの人たちも、おかしい。自分の中の相手しか見ていないみたいに。いじめなんてありません。うちのクラスの子は、みんな良い子です。どこがじゃ。

 ゲシゲシとゴミ箱を被せられたまま蹴られる私。ゴミ箱の中だから、誰が私を蹴っているのか分からない。直接蹴られるよりはマシかもしれないけど。

 でも、やっぱり痛いのである。苦しいのである。イタイのである。死ねばいいのに。

 このままだと、眼鏡が割れそうだ。私の顔がある側を全力で蹴られたら、多分。それでも、先生らは言うだろうさ。「みんな良い子だから、そんな事しません」って。もうやだ、この学校。とっとと辞めときゃよかった。

 ああ、臭い、痛い。腐った卵とコーラが混じってるような臭いがする。もう制服は汚れてるんだろう。目の前に、ゴミとして捨てられてた、食いかけの板チョコがある。気持ち悪い。吐きそう。

 女の子にあるまじき行為? 知るか、んなもん。気持ち悪いもんは気持ち悪い。吐いてやる。できれば、トイレで吐きたいけど。無理か。この状況じゃ。

 ゲシゲシ、うるさいなぁ。痛いなぁ。死ねばいいのになぁ。

「!」

「……!」

「! ……! !」

 ふと、蹴りが止まった。なにがあったんだろう? 先生でも来たってのか? あんな無能な先生たちが? 無理無理。どうせ見捨てるに決まってる。

 だけど、私を蹴っていた誰かが去ったような気がする。何かから逃げていくように。

「! ……! ……!」

 そして、誰かがやってきて、私を蹴る事もなく、何かを言ってるような気がする。大きな声だけど、三半規管への衝撃があったからか、それともゴミ箱の中だからだろうか、声が揺らいでいるように聞こえる。

 私は、もう蹴りによる衝撃はないと考えて、腕を動かして、足と腹筋に力を込め、起き上がりながら、ゴミ箱から抜け出した。

 目が痛い。ずっと、ゴミ箱の中にいて、まともなものを見ていなかったせいだろうか。視界が歪んだままなのもあるし、泣いているからってのもある。ゴミ箱から解放されたってのに、私は解放感に身を委ねる事もなく、残酷な世界とやるせなさと、惨めさに嫌悪して、泣き始めるのだ。

 弱い自分を見てほしい。私の事を見てほしい。誰も傷付けないでほしい。もう理不尽に人を踏みにじるのは止めてほしい。世界が平和であってほしい。人々が永遠の楽園の中にいてほしい。

 自分の事から、世界の事まで。感情はシフトしていく。願いをぶちまけるように、心の中で乱反射する。現実が心臓を食い破るその時まで。私の中に埋め込まれた弾丸は、反射し続ける。

 ゆっくりと、波が引いていくように、感情の発露が終息していく。現実へと戻ってくる。視界にかかっていた無意識的なフィルターが消えていく。

 そして、目の前にいたのは。

「大丈夫?」

 男だった。嫌いなヤツだった。イケメンだった。クラスメートだった。見るたびに心の底から反吐が出そうなヤツだった。

「……大丈夫?」

 動揺する事もなく、躊躇う事もなく、自然体で私に声をかける、彼。ゴミまみれで、汚い私に手を伸ばす、彼。綺麗な制服を着て、顔も髪型も綺麗な、彼。完璧すぎて、むしろ気持ち悪さを感じさせるほどの、表面的には善人な、彼。

 死ねばいいのに。

 また、言葉が胸の内に浮かび上がる。助けてもらったのに。あの狂ったマジョリティーと同じに見えるから。私は、拒絶したくなる。

 死ネバイイノニ。

 みんなみんな、死ねばいいのに。永遠の幸せがありえないなら、幸せなまま死ねばいいのに。私を傷付けて、楽しいと思えるなら、死んでしまえばいいのに。お前らみたいなのがいるから、この世界はいつまでも狂ったままなんだ。

「……ねぇ、聞こえてる?」

 彼の言葉。私に向けられて発せられた情報が、私の意識に伝播する。そこでようやく声を出す事が出来た。

「……なんのつもり?」

 拒絶するように、その言葉を。

 目の前にいる――白塚裕太郎という人に。

 記号化されたみたいなイケメンに。

「君が、傷付けられてたの、見ちゃったから……」

 彼は、ストレートに言う。だけど、それがわからない。なぜ、こうなったのかって事が結びつかない。なぜ、私を助けたのか。理解できない。

「ッ」

 私は、唇を噛みしめる。悔しくて。惨めな私が同情されている気がして。

「だから、助けたっての?」

 聞く。声が震えていた。感情が捻じ曲がる。世界が歪曲する。マジョリティーに同情されるマイノリティー。か弱い女の子を助ける男の子。構図。世界。客観的な視点から見た黄金比。理不尽、不条理、運命とされるもの。

 ありとあらゆる知識が、頭の中で爆発する。喉が、唇が、何かを言おうとしてこわばる。

「うん」

 彼の肯定。

 理解が爆ぜた。

「嫌い」

「……え?」

「嫌い、嫌い、大っ嫌い!」

「……っ!?」

「あんたなんか、嫌い! 大っ嫌い!」

 動揺する彼。叫ぶ私。赤ん坊が、この世に生まれ出たのを呪うように。

 拒絶する。嫌悪する。憎悪が湧き上がる。

 矮小な感情の発露。でも、止められない。止めたくない。止めてしまったら、私がバラバラになって、砕けてしまいそうだったから。

「あんたは、せいぜいつまらないマジョリティーに与して、私みたいなマイノリティーを傷付けてりゃいいんだ!!」

 それは、誰の言葉だったか。私の言葉だったか、それとも別の誰かの悲鳴だったのか。わからない。確証はない。

「バイバイ! 糞野郎! メディアに踊らされてろ! 妄信して貢いでろ! そして、くたばれ! いつか、笑ってやる!」

 それも、誰の言葉だったか。肉声で聞いたのか、ネット上の言葉だったのか、創作物のセリフの一片だったのか。もう思い出せない。でも、これだけは確かだ。私自身から生まれた言葉は、きっとどこにもない。

「帰れ! 死んでしまえ! お前だって、マジョリティーの側だ! 傷付けるだけのヤツらの側だ!」

 叫ぶ。止まらない。止めれるわけがない。

 白塚は、黙ったまま、悲しそうに私を見ている。

「そんな目で、私を見るな!」

 だから、私は、そこに落ちていた、ゴミ箱の中に入っていた、喰いかけの板チョコの残骸を、彼に投げつけた。

 それは、綺麗な放物線を描いて、彼の制服の胸に当たった。

 板チョコは、彼の制服に当たった瞬間に、砕け、服に多少の汚れを残して、地面に落ちていった。

 くしゃ、と白塚の顔が、歪んだ気がした。今にも泣きそうな感じに。

 そして、彼は私に目を見せないように、顔を伏せ、背を向けて、去っていった。私はその背中をずっと見ていた。彼の背中が見えなくなるまで、ずっと。

「……あ」

 彼の背中が完全に見えなくなった時、私は、そこでようやく正気を取り戻した。

 ちょっとだけ、本当にちょっとだけ。

 私は、マジョリティーの側に堕ちてしまった気がした……。


 夕焼けが世界を食べているように見える。

 茜色に染まった世界。一日が終わっていく。

 私は、あの場所から近い場所にある、手洗い場で、ゴミだらけの頭を洗っている。二月だから、水道の水はとても冷たい。まるで苦行だ。でも、あの校舎の中で洗える場所はない。仕方なしに、洗い続ける。

 そうして、洗い続けると、ある程度は綺麗になった。髪の毛にくっついていたガムを取るのに苦労した。結果的に、髪の毛を何本か引きちぎって、どうにかなったけど。

 そういえば、今は何時だったろう。時間の感覚があまりない。親がいないから、別に何時に帰ってもいいのだけど。

 たしか、ポケットの中にケータイが入っていたはずだ。ゲームアプリとメールと時計機能のためだけに買ったケータイが。それを知ったら、他のヤツラは、友達がいない、と言って笑うんだろう。リアルの友人なんて、いないもんはいないから仕方がないけど。

 ケータイを取り出す。下半身は、蹴られてないから、壊れてないはずだ。ケータイの外観をチェックして、開いてみる。ケータイの画面が、いつもと変わらず機能している事を告げている。

 時間を見てみる。午後4時20分。あれから、そんなに時間が経っていないようだ。

 私は、ケータイを閉じようとして、ふと日付が気になった。そう言えば、今日は何月何日だったろうか、と。日付の感覚を取り戻すように、そこを見た。

 2月14日。バレンタインデーだった。

 お菓子メーカーの戦略。マジョリティーに与した者たちが好む行事。女性が男性に愛情の告白としてチョコレートを送る日。

 ……でも、私は、なんとなく、気持ち悪くなってきた。

 自分自身の事が、気持ち悪い存在のように思えた。

 とても、酷い事をしてしまった気がしてきたから。

 ……白塚は、意図はどうあれ、私を助けてくれたというのに。

 嫌いだって言って、ゴミみたいな板チョコを投げつけて、泣きそうな顔させるくらいに傷付けて。

 私も、あの汚いヤツラと一緒になってしまったの? 感謝も出来ない、理不尽に傷付け返す生き物になってしまったの?

 そんなの、絶対に嫌だ。

 いやだ。

 私は、あんなヤツラになりたくない。傷付けたままにしたくない。彼がやった事を、正しくない事にしたくない。

 ……謝りたい。

 私は、白塚に、謝りたい。

 すぐに、謝りには行けないかもしれないけど。

 でも、できるだけ早く、謝りたい。

 あんたは、正しかったんだよって。表面上だけど、ちゃんと正しい事をしたんだよ。

 そう思ってほしいから。


 だから、神様。

 あなたは、独断と偏見と、差別といった理不尽ばかり詰め込んで、最低な絶対者だけど。

 少しだけ、私に勇気をください。

 明日、彼に正面から向き合って、謝れるくらいの勇気がほしいんです。

 私は、気持ち悪いくらいに、外見が骨格レベルに酷いけど。目が悪くて、髪の毛はボサボサで、イタくて、コンプレックスだらけで、オタクで、ネガティブで、喪女で、キ○ガイみたいに、酷い女だけど。

 どうか。

 どうか、神様。


 ――夕焼けが私を呑みこんでいく。

 今日という日が滅んでいく。

 私は、その沈みゆくオレンジ色を、いつまでも見つめていた――。



 END?

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