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葛餅の香り  作者: 岸上ゲソ
12/13

じゅういち葛

 がー、と開いた自動ドアからぬらりと店内へ入り依子の待機する席へ行くと、一通り地獄を巡って鬼と闘い相討ちした死人のような顔で依子がパソコンに倒れ付していた。展開された画面には多種多様な情報が入り乱れ、どうも深く考察し穿ち過ぎた思考の結果迷宮に迷い混んで戻ってこられなくなったらしい。昔から依子は暇を持て余すとこうして何かの研究を始める癖があるが、それが実を結び何かしらの結果を出した事は一度も無い。案の定カーソルが点滅するウィンドウの最後の一文が「公平性を追求するとパトラッシュ初号機と弐号機をネバーランドに配置するのが適当」と記され、依子の中で一体パトラッシュとはどの様な存在になっているのか、そしてなぜネバーランドに配置したのか、どうしてそれが公平性を追求したことになるのか、もうこの一文だけでも突っ込むところしか見当たらない。

「依子、依子依子。どうした、何を調べてこうなった」

「はっ椋香!どうしよう、いくら考えてもわからない!公平を謳い文句に活躍したニューヒーロー!公平性を追求しすぎ、強きを挫き弱きも挫いた、結果ただの暴漢と成り果て逮捕された悲劇のヒーローが今刑務所に収監された!」

「そりゃおめぇ、無差別暴行すりゃ捕まるさ。悲劇でもなんでもない当然の結果やないけ」

 むしろ法治国家を誇りに思え依子、と目を充血させてがりがり頭をかく親友に言えば、眼球をスロットよろしく一回転させてそうだね、と黒目で落ち着いた。どうしてだろう、年を経るにつれ依子が人間から離れていくような気がしてならない。

「ん、そういや面接終わったんだね、どうだった?」

「意味が解らなかった」

「せめて何かしらの説明をよこせよ」

 この上なく簡潔に答えると歯を剥き出され、下唇を突き出しながら渋々と鞄から薄紫色の封筒を取り出し依子に投げた。それを目を瞬きながらもキャッチして中の書類を確認した依子の顔が、その封筒と良く似た色彩へ塗り替えられた。

「エッエッエストリフス王国での研修参加承諾書ぅうううう!?何ぞこれどういうこと!面接じゃなかったのか何でもう研修!?てかもう入社決まったってこと!?お前そんな、側近たちがぬぅううこやつ百年に一度の逸材じゃ!天誅!とか唸るような面接をしたというのか!何という面接マスター、いや、面接プロフェッショナル!面接カイザー!」

「ふふ、ふ…はは、ははははははは!そう私の名は面接カイザー!数々の面接会場へ現れ歌いながら縦横無尽に高速スキップで移動する謎の戦士!その脚力や他の追従を許さず、追いつけない面接官たちは叫び驚き喚き散らす!叫喚地獄に陥った面接会場を救うのは携帯電話による呼び出された国家公務員――――そう警察だった!」

「カイザーまさかの通報!危うし面接カイザー!逃げろ面接カイザー!お前の明日はその脚力にかかっている!」

「ああ、駄目だもう捕まる!捕まる!つつ捕まったぁあああああ!面接カイザー御用!収監――――!!」

「面接カイザァアアアアアアアア!!」

 叫びながら立ち上がり、二人で涙を流しながらテーブルを挟んで抱擁した。夕日の土手を脳内に描いた行為も見渡した周囲の冷たい視線により現実へ戻され、互いに無言で着席したが案の定やってきた店員ににこりとも笑われず他のお客様のご迷惑です、もう帰ってくださいと怒られ追い出された。


「で、結局椋香は何をしたのさ。入社は決定してるんでしょ?」

 二人揃って肩を落とし駅に向かい、電車に乗り込んで依子が言った。

「うんそうなんだ。でも私がしたことと言えば会場に揃う外人集団を見るなり歌を口ずさみながら高速スキップで逃げ出し、追いかけてきた外人の一人から英語で問われた何かにI was gayと答え、逃げた先のエレベーターで放屁した挙げ句泡を吹きながら泣き喚き、宥められて戻った会場で新入社員万歳と迎えられ外人の集団に囲まれ茶を飲んで昔話に花を咲かせた事くらいなんだ。どうしてこうなったのか何一つ理解できない」

「確かに理解できない。どうして椋香が逃げ出す手段に歌いながらのスキップを選択したのかも、己がゲイだったと口走ったのかもエレベーターで放屁したのかも、何一つ理解できない。面接以前にあんた何してんだよ。ロクなことしてないじゃないのさ」

 というか面接はいつしたんだ、何だその外人の集団はと依子に言われ、私は書類に目を落としながら首をかしげた。

「さぁ、どうも会社の重役とか国の大臣だとかなんか色々言ってた気もするけど、あれだろ、何か笑ってたしままごとの延長みたいなやつなんじゃないの?俺社長やる!じゃあ俺大臣!みたいなさ」

「どこの世界に高級ホテルのフロア貸しきって平日にままごとやる成人男性がいるんだよ!どう考えても本物だよ!ほらこれちょっと見てみろ、リズメラフィスの社長重役、エストリフス王国の大臣一覧!顔!顔見ろほら!」

「や、やめろ見たくない!私は何もみたくなんかない!やめろ、やめろおおおお!――――あ、こいつだエレベータで放屁しちゃった相手」

「うわぁ椋香これ社長」

 電車内という事もあり控えめに騒いで本題に戻り、示されたタブレット画面の一つを指すと顔をゆがめた依子に最悪の回答をされた。一瞬ごとりという音と共に視界が地に落ち360度回転したが、次の瞬間には私の首を懸命に押さえながら蒼い顔をした依子が見えたので気のせいだったかと視線を落とした。首が、とか依子が何か呟いているが気にせず私は己の頭を抱え不運を嘆いた。何と言う不運だろう、まさかの会社代表たる社長に私はあの仕打ちをしたのか。見れば年齢三十八歳、男盛りの花の独身、エストリフスから日本の高校に留学しイケメン名スプリンターとして名を馳せた―――なるほどだからあの語学力に脚力、火事場の馬鹿力で自分でも体感した事の無い高速スキップで廊下を駆け抜ける私を追い越し回り込んだあの足は、学生時代の青春の産物だったのだ。しかも何だこの男、生徒会長をしていただと。しまった、あのそつのない振る舞いに会場への誘導、あれは会長という教師と生徒の狭間で揺れる中間管理職が才能開花した場合にのみ稀に得るという伝説の対人究極空気読みスキル!何という事か、私は奴が高校で得た能力に踊らされていた!

「おのれ炎の高校生!」

「社長の話してたんじゃないのかよ!何で高校生が出てくるんだよ!炎って何だよ!」

「いやだってこの社長、高校時代すごいよ見てみろよ、勝てるわけねぇよ」

「何だようわっ、留学会長スプリンって何の冗談だこれ」

「何で三つまとめた依子。怪獣だろそれ、高校生じゃなくて怪獣だろ」

 でもまぁ有る意味人外だよね、とか二人で顔色悪く頷き合っていると、ポケットの携帯が振動した。普段持ち歩かないそれは周囲からお前は携帯に連絡しても出たためしがない、連絡がつかないから何の意味も無い、せめて電源を入れろとすこぶる評判で本当に滅多に活躍する機会がない。それが動くとは一体誰だ、どういうことだと開いてみれば、見知らぬアドレスからの新着メールが一件表示されていた。一瞬迷惑メールの類かと一切の確認もせず削除しようとしたが、そのタイトルに「くずもち」という文字を見つけあっと思い出す。

「何なに椋香、誰だい?」

「ん、王子」

「へぇ王子。王子!?」

 ぎょっとして画面を覗き込んだ依子に、私はほいと携帯を渡して見せてやった。全く遠慮をせずそれを受け取り見た依子は、文面を見て妙な顔をした。

「…"れいでぃっくです、りょうかさんごぶさたしてますありがとうございます。ともだちはじめました。"―――椋香何だいこれ。冷麺始めましたみたいに言ってるけど、王子何がしたいんだ?友達斡旋の宣伝?」

「仮にも王子にとんでもない裏家業させるなよ依子。いやそれがさ、その留学会長スプリンが言ってたんだけど聞けば王子友達少ないらしいじゃないか。女友達なんか皆無だし心配なんだってさ。そりゃああんなツラしてたら親衛隊が黙ってないだろうしできるわけないよねぇ。だから私も友達少ないし男友達いないけど特に弊害ないからそう心配しなくてもいいんじゃない死にゃしねぇよって話をしたら、じゃあ折角だから王子と是非アミーゴになってみねぇかポイズン、なぁにミスサイトーとまた話したいっつってたし一石二鳥だぜエクセレンツフッフゥー!みたいな感じの事言われて、まぁメル友でよけりゃいいよってメアド教えたんだよ。ただ王子、日本語は喋りと読みは大丈夫だけど書くのは少し苦手らしいけど」

 確かにこれは酷い、と言いながら依子の手にあるメールを見れば、その当の依子が唖然とした顔で私を見ていた。何だろうかと思ってそれを見返していると、表情が唖然としたものから納得した顔に変わり、頬を染め期待に満ちたかと思えばぞっとした顔で空を見つめ十字を切った。大方、私が王子と仲良くなって恋仲になり、親衛隊にミンチにされ肉屋の片隅で販売され売れ残って腐る未来でも想像したのだろう。冗談じゃない、ミンチとの隣り合わせの日々など私は二度と送るつもりなどない。腐るつもりも当然無い。

「椋香、骨は拾ってやる」

「よせやい肉料理にすらなれない運命なんて冗談じゃない!マフィアも王族も臓器売買してるかしてないかの違いだよ、何て恐ろしい連中なんだい」

「気をつけろ椋香!もう見張られているかもしれないぞ、今の発言はミンチ未来一発リーチだ!」

「しまったやめろ、見張るのはよせ!肉というのは舌で楽しむものであってなりきって楽しむものじゃない!私は売れ残って腐りカラスの餌にされそのカラスにすら顔を背けられる未来などお断りだ―――!」

「恐ろしい、恐ろしすぎる肉族――――!!」

「あ、依子着いたよ駅」

「お、じゃあまたね椋香。何か進展あったら教えてなー」


 ぷしー、という空気の抜ける音と共にドアが開き、依子は何事も無かったかのように降車駅に消えていった。手を振って席に座りなおすと何故だか私の周りは人がおらず、遠巻きにちらちらと見られていた。不審者かきちがいを見る目つきであったのは間違いなかった。


 * * *


 ただいまー、と自宅に帰った私を迎えたのは、おとんとおかんの好奇心と疑惑に満ちた四つの眼球だった。エストリフス王国側の根回しのよさと話の早さ、結局聞くことはできなかったが恐らく王子の友人として素行に問題はないか調べていたのだろうあの行動力を思えばある程度予想はつくが、詳細を聞きたくて聞きたくて仕方無いといった目に心配の二文字はない。

「…何だい、何の用なんだい」

 一応この斉藤家一人娘という肩書きを持つ私にこの態度はどうかと思いつつ、胡乱な目を向け迎えた両親に尋ねると突如、おとんが人外の素早さで両手を突き出し、私の肩をがしりと掴んだ。

「ったぁあああああああああ!!」

「うわああああああああああ!!」

 目を盛大に輝かせながら頬を薔薇色に染め、紅顔の美中年には程遠い厚顔無恥微中年と化したおとんに奇声と共に揺さぶられ、私は前後左右に揺れながら絶叫した。叫ぶおやじは今時少女漫画でも流行らないほどの輝きを目から放ち、灯台のサーチライトすらも凌駕する光を発射した。私はおやじビームに乙女心が消されていく感覚を味わい、ぐわあああと苦しんでいたが元から無い事に気付いて冷静さを取り戻した。

「りょうぅうううかぁあああああ!!あべらっぶぉおおおお」

「オトン揺すぶるのもいい加減に、というか人と会話を、するときは主語述語修飾語目的語を、ふんだんに活用して話せと、言うに、どうしてそう父語で話しかけるんだ!日本語ですらない!」

「ごべらばぉおおおおおおお!」

「おがっぬがらっちゃああああああ!」

 何か訴えようとするオトンが掴んだ肩を更に盛大に揺さぶり始め、酷くなった振動に吐き気が込み上げ父語を叫んだ。おふぅどべらんぐううと父語による返答があったが理解できないし、もはや私の胃袋は逆流へのカウントダウンを始めている。もうだめだ、口から愛と優しさが、愛と優しさと名を変えてソフトさを狙っても結局のところただの吐瀉物が口からあふれ出る。

「ちょっと、お父さんやめな!椋香が吐くよ!」

「だふぅ!それはいけない、大丈夫か椋香!まだゲローズとして結成するには早すぎる!」

 オトンの頭をはたいたオカンの手によりオトンは正気に戻り、私の吐瀉物はあふれ出る事をしなかったが、オトンが今口にしたコンビ名は何だろうか。早すぎるということは後々やる気であるのか、あまりの衝撃に頭の中で「こんにちは、ゲロ(吐)でーす!こんにちは、ゲロ(被)でーす!二人併せてゲローズです!挨拶代わりにそうれ、嘔吐」などとやっている生理的嫌悪感を抱く二人組が浮かんだが想像だけでもぞっとした。冗談じゃない、そんな夢は一生夢のままにしておいて欲しい。


「で、結局何なんだい」

「あ、うんやったーって言いたかったんだよ。リズメラフィス・ムーン・カンパニーから面接合格して入社も決まったから研修参加承諾書をご両親も目を通してくださいって電話があったぞ、おめでとう椋香!」

「そうそう、おめでとう椋香!本当に良かったね、あんな大企業に入れるなんてねぇ、あんたがねぇ!」

 二人のきらきらした笑顔を一身に受けて、私はほうらやっぱりなと思った。思った通りだ、確かに断ったりする気はないし行く気でいるけれども、エストリフス王国側はどうやら堀から埋めていくことでより確実に物事を進めようとしているようだ。結局転がされてる感が否めず憮然として下唇を突き出していると、喜ぶ両親が地団駄を踏み私を囲み始めた。

「ほら椋香、何ボサっとしてんだ!一緒に喜ぼう!」

 じだんだじだんだじだんだじだんだ。

「そうだよ、あんたは凄い快挙を成し遂げたんだよ!もっと喜ばなきゃ損ってもんだよ!」

 じだんだじだんだじだんだめき。

 待ておかん、今床が立ててはいけない音を立てなかったか。

「わ、わわ解った、解ったから地団駄を止めて!さもなくば家が壊れる!」

「わははは、馬鹿だなそんな簡単には壊れないさ!ほら見てごらん、お母さんの足元の床、若干皹が入っているけどこの通り貫通はしてないだろ?」

「貫通してなければ壊れない訳じゃないよおとん!皹入ってる時点でアウトだよ!」

「あ、そういえば椋香、電話あったときに伝言があって、ドレスは是非研修にお持ちくださいってよ。何のことか解る?」


 そう言われて初めて、私とおとんは二人で争いの果てに見なかったことにしたドレスの存在を思い出した。二週間放置されていたそれはぼろぼろの包み紙に入れられていたせいか紙くずや綿ぼこリに彩られ、経緯を聞いて激怒したおかんにより翌日クリーニングに出された。因みに代金は私のバイト代で支払われ、無一文となった私はドレスに対するトラウマが植えつけれた。



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