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葛餅の香り  作者: 岸上ゲソ
10/13

きゅう葛

 見事なまでに澄み渡ったエメラルドに輝く母なる海を睥睨し、彼らは全身をバネにしてドクターに与えられた強大なパワーを解放していた。彼らの心にあったのはただ町の皆を守りたいという生きとし生けるものたちを包み込む我が父斉藤輝明の使い古したブリーフ色の正義であったが、実はその正義の裏にはドクターの欲にまみれた実に暗いちょっとピンクな陰謀が横たわっていたのだ。陰謀、それは中年をとうに過ぎ頭部は禿げ上がりビールを水代わりに摂取した結果たるみきった腹部を抱えてしまったドクターが決してやってはいけないこと―――そう、ドクター魔女っ子化計画だった。ドクターは彼らが正義の心を持って町内を駆け巡って得た町民のおすそ分けと好奇心の田舎者根性を横領し、マジカルステッキを開発したのだ。ドクターの別れた妻がエアロビクスをしていた時に使っていたレオタードをフリルでいっぱいに飾り、どう考えても入らない巨体をそこにねじ込みコスチュームとしたドクターは、もはや正義の味方でなく変態であった。それをたまたま目撃したのがそう、眼球グリーンだったのだ!眼球グリーンたる彼はドクターがとても人とは思えない顔でそれを開発するところから、もはや紐のように伸びてしまったレオタードに身を包み振り回したマジカルステッキにまじょっこかいざす参上、と叫んでパッションピンクのきらめきを発射する、その一部始終を見ていた。ドクターは迂闊だった、眼球グリーンにカツサンドを買って来て欲しいと買い物を頼んでいた事を忘れていたのである。眼球グリーンはショックのあまり滂沱の涙を流し、顔を覆ってかいざす貴様!と叫びながら空港へ行くと飛行機に飛び乗った。眼球グリーンは葛餅を食べる事により心の傷が回復する構造になっていたのだ!だが彼は目撃した光景のあまりの酷さに一時的に記憶喪失に陥り、気付けば福岡県の田舎に来てしまった。道に迷ってしまったのだ。だがそこで絶望していた眼球グリーンを救ったのは心優しき淑女であり乙女の中の乙女と言っても過言ではない斉藤椋香という少々学の足りない女子短大生であった。彼はこの乙女の優しさに心打たれもはや存在してくれているだけであなたさまは世界に貢献しているといい、自らの札束を用い金という力を最大限発揮し葛餅の新たなる魅力を乙女と語り合うことに


「もういい」

 テーブルの上に立って滔々と情感込めて語っていた回想は依子のその一言でぶちきられた。まだ最後まで話していないのに何故止めると親友を見下ろせば、プラスチック製鼻眼鏡の下にある目がこれ以上にないほどの納得の色を浮かべていた。まさかと思うが今の説明で理解できたのだろうか。私にも正直何を言っていたのかもう何も分からないというのに何と言う把握能力、そういえば依子は高校時代いつも推理小説を結末だけ読んで過程は解らないが謎は全て解けたと言っていた。

「つまり何だ、外人案内したら葛餅ごちになったって事だ」

「何という集約、九百字を超える説明が十五文字に!でもうんその通り」

 一番長かった眼球グリーンとカイザスの亀裂については一切タッチしてくれなかったが、よく考えてみれば眼球戦隊に関しての記憶は10割方私による愛ある捏造なので触れる必要はなかった。うむうむと頷きテーブルから降りる私に、依子が眉間に皺を寄せて訳が分からないという顔をした。

「でも思うんだけど、まぁ相手が王子だったのは今知ったとしても、迷子の王子道案内した礼でゴチになった、ここで話は一応完結してるよねぇ。他に何かこの国に関わりのあることはないみたいだし、椋香を追いかける意味がわかんない」

「だよね、別に道案内以外に何かした覚えもないしなぁ。まぁちょっとした間違いで中指を立てるというジェスチャーはしたけど」

「うぶっふぅー!」

 首をかしげながらさっきマスターが持ってきてくれたお茶を口にすると、同じく茶を含んでいた依子がぶしゅうと噴出した。顔色からして楽しくて吹いたわけではなさそうなので、私の言動に問題があったのは明白だ。

「な、何か悪かったかな今の」

「悪くないと思っているのか!どういう間違いが起きたらそうなるんだよ。一国の王子相手に中指立てて無事なあんたがおかしいよ!っていうかそれなんじゃないの、それが悪かったんじゃないの!」

「えっでもちゃんとやり直した、やり直して親指立て直した!間違いだってきっとわかったよ王子も!人間誰しも立てる指間違うことあるよ!」

「あってたまるか、そんな事あったら今頃アメリカあたり血の海になってるよ!それにもしかしたら王子の国では親指が中指に該当するのかもしれない…そうなるとあんた、王子に目一杯いい笑顔で糞野郎ってやった訳だ!死刑だよ!最後の晩餐だよイヤッフーゥ!」

「死刑ー!?親指を立てたが故に死刑ー!?」

 ギルティィイイイイと叫んで二人でテーブルに拳をやたらめったら振り下ろしていると、マスターが物凄い形相で部屋に入ってきた。そして何かを弁解するよりも早く私と依子は首根っこをつかんで持ち上げられ、重力に従い絞まった首に二人して今流行のシャーベットカラーきれいめパープルに変色させる。


「テーブルを叩くな、嫌ならこのまま放り出すぞ」


 ごめんなさい、の言葉がいえなかったのは口からぶくぶくと泡が出ていたからだ。

 振り子宜しくぶらぶら揺れながら見た視界に、回復したらしい原田嬢がマスターの背後でこちらを伺い青ざめていたのが見えたが、未だ目じりからみの虫に似た睫毛をぶら下げていたのはどうしてだろうか。




「えっふ、おぶ!あぁ、酷い目に遭った」

「あふん、んっ、あー、さすがに二回目ともなるとちょっと慣れるけど苦しかった」

 二回目発言に依子が妙な顔をしたが、私の顔を見て何も言わず喉をさすり充血した目でパソコンに戻った。図書館で首根っこをつかまれ持ち上げられる事態とは何か気にはなっただろうが、私は断固として話すつもりはない。鶴本さんの腕力について口外し、静けさと平和に満ち溢れた図書館でバイオレンスホラーを起こす事態は御免こうむる。以前館長が鶴本さんのおやつを黙って食べてしまった事件があったが、帰り際見た館長は臀部を尋常でない大きさに腫らしてうつ伏せにソファへ倒れていた。どうみても仕置きとして尻を叩かれたのだと思うが、それについて館長が一切口を割ろうとしないので多分口外してはいけないのだろうと思う。

「まぁ王子側の意図はどうあれ、私としてはただ外人を普通に案内して葛餅ごちってもらっただけだし恨まれる覚えはない…と思うんだよね。だから、この面接もまぁ、ちょっと不気味だけど本音を言えば仕事探し中の身には無視しにくい物件だったり」

「うーん…、就職難の現況から見ればこんだけでっかい企業って有難い話ではあるもんねぇ。―――行けばつけ回してる目的が解るかもしれないし?」

「そ。それに、――来るんやろ?どうせ」

 肩をすくめてそう言えば、依子がにっと笑ってピースサインをした。

「とーうぜん。親友の危険を黙って見過ごす訳ないべさ。おケツに入らずんば小父を得ずってね」

 大変得意げにそんな事をのたまったが、尻穴に入って何を得るつもりなんだ依子、おじさんはそんなところに居ないし居たとしてもそこまでして得たい代物か。

「んで椋香、その面接の場所は?」

「え?あ、中央区のアルファロイヤルホテル八階フロアっつってた」

「うわ、さすが大企業。金持ち御用達のホテルフロア借りるたぁ…時間は?」

「昼の一時。あ、二週間後ね」

 はいはいと頷きながら、依子がこなれた仕草でパソコンに向かい、眼鏡のフレームを押し上げる。それに伴いぶら下がる鷲鼻とジェントル髭も同時に押し上がり、艶やかに画面の光をはじいている。そしてどうやら触れたフレームがスイッチだったらしく髭がぴこぴこと動いた。まさかのからくり。パソコンキーを打つ依子の目は物凄く見難そうに顰められているが、その鼻眼鏡には度数どころかレンズすら入っていないので当たり前だ。恐らく彼女はもう、かけている眼鏡が鼻眼鏡であることも忘れているだろうし、それが河野やすおの私物である事も意識にないに違いない。どこから持ってきたのだろうか、出所が物凄く気になる。気にはなるが、何かを調べ始めた依子を邪魔するつもりはなかったので、私はただ黙って傍らのアンケート用紙を取った。扱いは酷くても私はお客様である。お客様の声というフリースペースに思いの丈を書き記すことは店側にとって大変有難い事なのだ、日ごろの恩返しを今ここでしてやろう。

 そうして始まったマスターを主人公にした主人公受けボーイズラブ小説は、アフリカ大陸を舞台とした屈強な農夫とマスターが情熱的な愛をはぐくむ壮大なストーリーとなり、アンケート用紙二十枚に及ぶ感動の超大作となった。内容をここで発表したいところだが、あまりに静か過ぎると様子を見に来たマスターに見つかりびりびりに破かれ襟首を軸にまたぶら下げられ顔中にびっしりと血管を浮かせて二度とやるなと言われたので、残念ながら何も言えない。


「これでよし、二週間後に有給もぎ取ったぞ!」

 ちょっと苦労したようで溜め息混じりに依子が顔を上げ、私は三度目になる絞殺未遂の痣が残る首をさすりながらえ、と目を瞬かせた。集中していて騒動に気付かなかった依子も私の様子に目を瞬かせていたが、散らばる紙くずに何かを察したようで何も言わなかった。

「有給取ったって、全員の勤務票でも改ざんしてたのかい?」

「ばかやろう人聞きの悪い事言うな、ちょっと修正しただけだ」

 言い方が変わっただけでやった事は何も変わってない。突っ込みたいが何も知らないほうがいいので私はただそうかぁと頷いた。

「ところで椋香、リズメラフィス・ムーン・カンパニー、宝石メーカーだけど詳しくは解ってる?」

「とても大きくて金持ちだという事は解ってるよ」

「そうか何も解ってない訳だ、えーっと」

 頷いてウィンドウを切り替え、依子が画面をこちらに向けた。見ろと言うことなのだろうから目を向けると、件の会社についての情報が載っていた。

 リズメラフィス・ムーン・カンパニー。世界的に大変有名な、外資系宝石メーカー。デザインの異様とも言える豊富さと石の上質さ、会社としての地位と気品、従業員一人一人に教育はぬかりなく施され、サービスの厚さもまた一級品。正に宝石の中の宝石と言えるものを作り出す、この業界では随一の技術と力を持つ宝石メーカーうんぬんかんぬん。

 読みながらだんだん面倒になり途中でやめた。人のほめ言葉ってどうしてこう見ていてつまらないんだろうね、多分自分があまりほめられることがないから内心で僻んでるんだろうけど、もういいよすっごくえらい会社なのはよく解ったよ。

「ん、読んだ読んだ。すごい会社だった」

「半分で挫折したな。ん、まぁそんな感じの会社。面接対策大丈夫?」

 言われて初めて気付いた。そうだ、このすごい会社の面接って何聞かれるんだ。志望理由とか聞かれてもそもそも志望してないし何も言えない。じゃあ趣味と特技といわれても特にこれといったステキ趣味が思いつかない。むしろ無い。どうしよう、外資系だしヨーロピアンな感じでガーデニングとか言ってみようか。駄目だ、この前部屋のサボテンが枯れた。育てた植物について聞かれたら砂漠より酷い環境だったことがばれる。

「…大丈夫じゃないかもしれない。どうしよう…、あ、そうだ依子!私王子にテストは傾向と対策いつも穴だらけでした、赤点ぎりぎりだったと伝えてあるよ!考慮してくれるんじゃね!?」

「どういう流れでそんな暴露話したんだよ!何で初対面の王子に成績教えてんの!」

「え?えーと、好きなタイプについての話の流れだったと思う」

「かすりもしてない気がするんだけど」

 まぁその場にいればたぶん依子も同じ事言ったよと言えば、ふぅんと言いながら全く納得していない顔で溜め息をついた。何か常識人ぶっているが、お前の非常識ぶりは現在進行形でその鼻眼鏡が語っている。

「…けどまぁ、江夏職員から電話があった時、物凄く切羽詰ってたし是が非でもって感じだったんだよね。もしかしたら面接じゃないのかもしれないなぁ」

「そうなん?だったら本当に、面接って形を取っただけの何か…尋問でもするんだろうか」

 二人してぞっと鳥肌を立て、恐ろしい想像に首を振った。駄目だ、決め付けてはいけない。王子ともあろうものがこんな下々のかわいそうな貧乏人、しかも頭が悪い弱者を目の仇にするはずがない。そんな狭量な王族、私は認めない。王様って赤い絨毯のひかれた一段高い所に宝石だらけの玉座おいてそこに堂々としたおなかをさすりながら鎮座する白髪ジェントル髭の上品おじさんなんだぞ。そして王子といったら金の巻き毛でかぼちゃパンツに白タイツを装着し白馬にまたがりお嬢さんこんにちは俺は旗本の三男坊―――あ、違う将軍が混じった。

「…ま、その、行けば解るしね。椋香、あんずも売り、海亀安いだ。頑張ろう」

「うんそうだね、解った。そして依子、案ずるより産むが易しだ、海亀は安くない」

 そろそろお解りだろうが、依子の国語の成績は私の英語と良い勝負だった。いつもニュアンスで諺を使うのでどことなく似た別の事を口にする。

 私達はお互いの手をがっしと握り合い、友情を確認しあった。二週間後の面接が一体どのような事件を生むのか想像も及ばないが、たとえ逆立ちをして微笑みなさいと言われても私は依子がいるならば補助を頼む事でやり遂げるだろう。そんな状況に陥る面接って何だとは思うが。

「よし、じゃあ今日はとりあえずここで会合を終えよう」

「うん、お互い万全を期さないといけないしね!マスター、おあいそお願いしますー!」


 がさごそと散らかしたものたちを片付けながらドアを開けて叫ぶと、物凄く疲労感の濃いマスターが伝票片手にやってきた。

 どうしてそんなに疲れているのか解りかねるが、私と依子を見る目がとても鋭いので何も言わない事にする。人間って本能的に危険は察知するよね。



 * * *


 依子との会合を終え、本日一日でぶら下げられすぎて紫に染まった首を撫でながら帰宅すると居間のテーブルにでかい箱が鎮座していた。だいたい大きさ一メートル弱といった所か、中身が何かは知らないが物凄く邪魔だ。美味しそうな気配はしないので多分食べ物ではないと思うのだけども。

「あ、椋香お帰り。それお前宛てだぞ、何か頼んだ?」

「あ、オトンただいま…いや知らない知らない、何も頼んでないよ。どっからなのさ、誰かの間違いなんじゃないの」

「えー?でも外国からみたいだしちゃーんと英語で書いてあるぞ、名前」

 何か通販した覚えも人にお願いした覚えもプレゼントされる覚えもない私は、斉藤父の言葉に下唇を突き出した。覚えの無い贈り物ほど恐ろしいものはない。大きさ的に人の死体とか入っている可能性も無きにしも非ずだし、もしかしたら生きている死体かもしれない。生きている死体って何だ、ぞんびか。ぞんびが入っているのか。

「いいから開けてみたら。饅頭かもしれないじゃないか、父としてはその場合食べる準備をしないといけないからほら早くあけてあけて」

「こんな巨大な饅頭があるもんか。何わくわくしてるんだよ、もし仮に饅頭だったとしてもオトンになんかやるもんか!これは全部私のものだ、私が食べる」

「何だと!?何て事を言うんだ椋香、そんな大きな饅頭お前一人が食べきれるわけがないというこの慈愛に満ちた親心が解らないのか!いいかよく聞け、こういう時のために先人はとてもいい言葉を残している!それぞすなわち、お前のものは俺のものだ!」

「横取りする気まんまんなんだなこの強欲おやじめ!ええい腹立たしい、この饅頭はそんな譲り合いの精神を忘れた醜い者にはやらん!私が食べつくすのをそこで指をくわえて見ているが良いわー!それー!」

「あっお前何をする!おやじにもその饅頭の包装を解かせろー!」

 帰ってきたばかりだというのに私は跳躍し、俊敏な動作で箱のガムテープをひっぺがした。さっきまで中身の正体に戦々恐々していた事など記憶にもなく、もう中身は饅頭にしか思えなくなっていた。ダンボールさえ饅頭に思えてきた。横から乱入する斉藤父の両手と熾烈な攻防を繰り返しながら箱の包装を解いていく。やめろ、そこはおやじがやる、離せどけこのやろうと二人で醜い争いをしながらどうにかダンボールが開いた頃には、綺麗だった包装は可哀想なくらいぼろぼろになって争いの悲惨さを物語っていた。そう、戦争とは何も産まないのだ、平和こそ人の尊厳である。

 酷い惨状にどちらとこなく静かになり、代表として私が箱から取り出したものは、これまた綺麗な袋に包まれた何かだった。何かはとても柔らかくて軽い。饅頭ではなさそうだが、私と斉藤父の目はそれを頑なに饅頭だと思い込んだ。

「おとん、この饅頭まだ包まれてるけどどうしてしまおう」

「しつこいな。よし後ろから破っちゃえよ!」

「合点だ」

 頷いて力任せにひっちゃぶいたそれは本来破る場所ではない場所だったのでとても酷いことになった。けれどその酷さに目が留まるよりも早く、テーブルにぼとりと落ちてきたブツを見て二人揃って目を点にした。饅頭ではない。どう見てもどう頑張っても饅頭には見えない。それは淡い光沢を放つ、美しいクリーム色をした柔らかな綺麗なドレスだった。

「ど、ど、どれす?」

「な、何で?」

 シンプルだが上等に違いない生地で出来ており、ふんわりとしたスカートの裾にある繊細なレースがとても上品であるそれ。高い。これは高いに違いない。私も父もただただ混乱した。この貧乏家庭には未だかつて縁が会った事の無いドレスというもの、目にかかったことがないような上品さのそれはもはや、神棚行きのレベルであった。

「――エストリフス王国?どこだこれ?」

「はっ!?」

 私が呆然としている間に一足先に我に帰り、差出人を眺めて言った父に私は仰天した。急いで顔を割り込ませたそこには住所があったが、英語でよく分からなかった。おのれエストリフス王国、お前こんなところにまで私に嫌味を…!

「ぬおおおお、英語読めないと思って馬鹿にして!何でこんなのが、くそ手紙、手紙入ってないか!」

 イライラしながらくたびれたダンボールに手を伸ばして振り回すと、中からこれまた上品な紙が現れた。この野郎腹が立つ、手紙にまで金の力が及んでいる。

「こいつめ、よしこいつの全貌を今明らかにしてやる!」

「よしやれ椋香!破ってしまえ!」

「何で破るんだよ!読むんだよ!」

 父の野次にも屈せず、私は手紙を天上へ掲げると封を切り中から手紙を取り出した。掲げたのはあれだ、気分だ。別に意味は無い。

「…………」

 そして文面に目を通し、通そうと思って放り出した。

「あっ捨てた!」

 足下に落ちた手紙を見て、父が笑いながら何だよ何が書いてあったんだとそれを拾い上げ、目を通して同様に放り出した。斉藤家の人間は英語力ゼロだ。


「どーするこれ」

「どうしようか」

 二人でテーブルを囲んでドレスと手紙とダンボールを見て、顔を見合わす。

「…元に戻そう」

「だね、そうしよう」

 意見が一致を見たところで、破ってしまった袋をセロハンテープで頑丈に修復して見なかったことにした。その後それは部屋の隅に放置され、二週間後面接に行くまで誰の目にも留まらなかった。家族ぐるみで馬鹿な人間を甘く見てはいけない、時として馬鹿とは思いもよらない解決策を取るのである。

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