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形にならない努力と成果

 片道二車線の四辻は、一方を除いて勾配のきつい登り坂になっていた。並ぶ廃墟は日差しに照らされ、だからこそ日の当たらない影は濃さを増す。

 一際大きく平たな影に、半分地下に潜るスロープと、中途半端な高さに消える短い階段が隠れていた。

 二階より上は窓どころか天井すら残っていない。地下へとつながるシャッターの周りには、大きく尖った硝子が突き立っている。

 階段とその先に続く通路を塞ぐものはない。だがよく見れば壁には蹴り跡が残り、砕けた瓦礫の破片が転がっていたりした。


「なんや柄悪そういうか…… 頭悪そうやなぁ」


 突き当たりに見えた黒い扉は硝子で、うすく奥が透けて転がった椅子が見えていた。四角い持ち手は手が掛かると光沢が浮かび、一瞬だけ、通路の奥の小さく白い空と、すぐ手前の暗い色の外套を映し出した。

 だがそのまま手前に引かれた扉の向こう側は、廃墟の影よりも深く暗く、そして熱気を伴うざわめきにあふれていた。



 一足で跨いだ闇の先には、人垣が出来ていた。大半の露出が低いが、顔を晒すものは多い。総じて形の整った男が多いが、厳つい顔もあれば、上品とは言い難い顔付きもあった。

 腰の高さの衝立を、ざっと二、三十人が囲んでいる。少し離れて、小さく背の高いスツールとテーブルが幾つか並ぶ。左奥の壁には大理石が重厚なカウンターが作り付けられていたが、誰もが自由に乗り越えては中を漁っている。装飾過多な瓶から直接中身を呷っては、大抵不味そうに顔をしかめていた。


「遅いぞ、奏羽(かなわ)

「礼は言っとくけど…… ヒヨリ、一体いつから飲んでるん」


 紫紺の外套を被ったまま、奏羽(かなわ)が憮然と息をついた。若草色の単衣を着崩したヒヨリは、聞かれたそばからグラスに琥珀の液体を注いで一気に飲み干した。胸元は大きくはだけていたが、さらしが谷間をきつく絞っている。


「バーで飲まない方がおかしいだろう。奏羽(かなわ)も飲め。飲まないなら帰れ」

「うっちゃんもヒヨリもな。もう少し、お淑やかにしても良いと思うんよ」


 それでも押し付けられたグラスを一息に空けると、ヒヨリの隣から忍び笑いがこぼれた。笑いには疲れがにじんでいたものの、品良くそつのない謝罪が添えて返される。


「お二人とも、素敵な飲みっぷりですわ。見ているだけで気分が晴れます」


 カクテルグラスを軽く傾けた顔は、上気していても鋭さを残していて、雰囲気を楽しんでいても隙は見せていなかった。機嫌良くシェーカーを振るヒヨリに長い耳を揺らして頷きながら、奏羽(かなわ)には『<吟遊詩人>のヘンリエッタ』と名乗った。



 部屋の中央から、歓声が弾けた。

 奏羽(かなわ)が向きを変えると、衝立に手を突いて飛び越える打帆(うつほ)と目があった。

 暢気に手を振る様子からは、緊張の欠片も感じられない。長い後ろ髪こそ左右にまとめてシニヨンに詰め込まれているが、赤い旗袍(チャイナドレス)の切り込みは深い。剥き出しの二の腕と手首、腰元と長い裾には小さな鈴が飾られて、動く度にそれぞれ違った音色が鳴っている。

 対するのは、刺し子の道着に紺袴を身に着けた年かさの男だった。明らかな渋面のまま、突っかけていただけの草鞋を無造作に後ろに蹴って放る。蓬髪は首の後ろだけ長く、赤い飾り紐に束ねられていた。


「<RADIOマーケット>の【師範代】か。流石は打帆(うつほ)、悪運が強い」

「なんや。あのおっさん、そんなに強いん?」


 ヒヨリと奏羽(かなわ)も、劣らず緊張感がない。


「かなりの古参とはお聞きしていますわ。それが直接、最近の【戦闘】につながる訳ではありませんけれど」


 眉を顰めるヘンリエッタが、しかしこれほどとはと、ため息と一緒にひっそりこぼす。


「……なあ、ヒヨリ。これ、うっちゃんの暇つぶしちゃうの?」

「おもしろい冗談だな。さっきは<黒剣騎士団>の連中もいたんだぞ?」


 嘯くヒヨリに、奏羽(かなわ)は疑いの目を向ける。けれども面白そうなヒヨリの目の前で、ヘンリエッタがぎこちなく頷くと。奏羽(かなわ)は両目を手で覆って、そのまま天井を仰いで固まってしまった。


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