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林の縁にある小川のほとりに、煙が一筋棚引いていた。
浅い川面を渡る風が、草木を揺らして通り抜ける。それを追うように、固く乾いた音が幾重にも広がる。
焚き火にはホクトが屈み込んでいて、少し離れた岩に小刀と木片を手にした奏羽が座っていた。林が一際騒がしく音を立てると、枝をかき分けた打帆が顔をのぞかせる。
「奏羽の作った鳴子、良い音で鳴ってるー これはこれで十分使えるかもー」
「いちいち風で鳴っとったら、敵は区別出来へんし、なによりうるさくて寝られへんよ」
奏羽が手にしていた木片が、不意に形を変えてからりと鳴った。指ほどの木の棒が四本、手のひらに乗る木板を打つ。
ホクトはぽかんと口を開けていたが、唐突に引っ込めた手を振りながら視線を落とす。
焚き火に掛けられた平たい石には、細長い芋と鳥の手羽が乗っていた。どちらも程良く燻され水気が抜けていたが、不思議なほどに湯気も煙も上がっていない。
「えっと、もう熱々です。その、どうしますか?」
「何か変化はー? 見た目とか音とか、肉汁は無理でも油くらい染みてー」
「ないみたいやね。焦げ目くらい付いても、罰は当たらないと思うんやけど」
打帆が目を輝かせて聞くが、答える奏羽の意気は既に沈み切っている。あっという間に打帆が萎れると、続けてホクトも俯いてしまった。
「すみません、お役に立てなくて。釣り竿持ってきてたら、魚とか釣るんですけど……」
「ホクトは気にしなくて良いんよ。急にお昼食べてない言い出したんはうっちゃんやし、保存食なんて料理しようがないし」
魚、と呟いた打帆が、突然ホクトに詰め寄って両手で肩を掴んだ。
「なあ、ホクト。ホクトは魚釣ったら、どうやって食べるー?」
「えっと。……よく洗ってぬめりをとって、枝に刺して、焚き火で焼きます。あ、火に当てる前に、塩はよく振っておきます」
「えっ。それで塩味付くん?」
「お塩、今持ってるー?!」
一瞬呆けた奏羽の前で、ホクトが後ろに手を突き損ねて倒れた。顔を寄せた打帆と一緒になって転がると、くぐもった悲鳴が収まってからようやく止まった
「塩の次は胡椒が欲しくなるー でもヤマトで採集は難しいかなー 香辛料が無理なら調味料? あ、出汁巻き食べたいー」
「期待せえへん方が良いみたいやけど」
打帆は上機嫌に塩を舐めては芋と肉にかぶりつく。だが手を止めた奏羽は、傍らを見やって小さく息をついた。ホクトは不思議そうに首を傾げるが、温めただけの保存食をそのまま苦もなく腹に詰め込んでゆく。
「まあええか。ちゃんとしたお夕飯、作ってもらったらはっきりするやろし。それより、うっちゃん。実験は、もうええの?」
「大体思った通りかなー 【鈴音】は多少離れてても鳴子を目印に出来て、けど風で揺れても反応しないー 【祈呪】は重ね掛け無理だから今は試せなくて、結局効果が選べるかは分からないー」
打帆は最後の干し芋を摘むと、目の前で睨むように眉根を寄せる。
「問題は眼鏡ー サイズは合うけど、やっぱり全部度なしだったー」
「店売りも露店売りも全部? あんなに買ったのに?」
打帆は芋を放り込んだ口をゆっくりと動かしながら、両手で三本と四本、合わせて七本の指を立てる。
「壊れただけなら、直せたかもしれへんのに。無理した罰が当たったんやで、うっちゃん」
「……レンズが割れてたから、どっちにしろ無理だったと思うー」
「何のお話を……」
焚き火を挟んだ向こう側で、小さな石に座っていたホクトが前のめりに崩れた。あれ、と呟く言葉に続いて、地に着いた肩がわずかに揺れる。
「どうしたん、ホクト?」
「奏羽、風はまだ吹いてるよねー 鳴子、まだ聞こえる?」
流れる風は薄く黄色く渦巻いていて、焚き火に流れ込むと緩やかに吹き上がった。それが降り積もるのを、二人は黙って待ちはしなかった。