表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/20

五月のお使い

 区切られた敷地は小さく、薄汚れた壁と壁の隙間は狭い。だが急に背が低くなる廃墟の空は広く大きく、瓦礫が散らばる道も明るく暖かった。

 意外に人は流れていた。連れ立つものは少なく、誰もが急ぎ足で会話もない。それでも張りつめた雰囲気とは無縁で、気軽な身振りや挨拶が、笑みと共に交わされていた。


奏羽(かなわ)さー 顔こわいよー?』

『うっちゃん。見えてないのんに、適当なこと言わんといて』


 人波が途切れた先は、廃墟の土台が残るだけの空き地になっていた。わずか残った舗装は剥き出しの土と共に踏み固められていて、ほとんど路地に繋がる道に紛れている。


『それくらい、周りの雰囲気で分かりますー あ、ちなみに「固い」って方じゃないからねー ちゃんと「おそろしい」の方』

『なあ。うっちゃんは悪目立ちしてる自覚、ないのん?』


 広場は変わらず人が出入りしていたが、何かしら落ち着きが無かった。ほとんど誰もが自分の足先から目を離さない。

 まれに広場に勢いよく踏み込んだものがいても、例外なく目を見張るか逸らしながら、そっと人波に戻ってしまう。

 路地から振り返るものもいたが、大抵首筋を竦めて足を速めてしまっていた。


『そういや、紅はちょっと派手だったかなー でもそれ言ったら、奏羽(かなわ)の藍も無くない?』

『色よりな。こう、形とか長さとか…… まあ今更やな。ええから、うっちゃん。早うしたって』


 途切れる人波の奥には、艶やかな色彩が見え隠れしていた。行き交う人々は質素で落ち着いた、もしくはくたびれた色合いの皮や布を身に着けている。

 だが広場の中央、枯れた噴水の縁石には、真紅の繻子も鮮やかな|旗袍≪チャイナドレス≫に身を包んだ打帆(うつほ)が腰掛けていた。裾は長いが、袖はなくて切れ込みも腰元まで深い。だから胸元に掲げた両手も、足首を膝頭に乗せた右足も、その素肌の白さとなめらかさを、惜しげもなく辺りの通行人に見せつけている。

 対して奏羽(かなわ)は、藍紫の外套を頭から被って噴水の裏側に背を預けていた。時折組んだ腕の上を白く細い指がしなって跳ねて、顔も見えないのに憮然とした雰囲気を振りまいていた。


『なあ奏羽(かなわ)ー ほんとに聞こえてない? ちょっとうるさいくらい、がらがら【鈴音】(スキル)鳴らしてるんだけどー』

『手の三鈷、人が通る度に鳴っとるのは聞こえとるよ。……なあ、それ。うちに聞こえて、なんか意味あるん? こんな人がいる外でやる必要、あったん?』


 空を見上げた奏羽(かなわ)の後頭部が、噴水に当たって鈍いが通る音を立てた。近くを歩いていた顔が幾つか上がったが、そのまま明後日の方向に逸らされた。


『当たり前ー パーティ組んだ相手に【鈴音】が届くんなら、奏羽(かなわ)だって安心出来るでしょー? 少し離れた場所でも届くか気になるし、上手くいったら【托鉢】しながら試したいしー』

『もう【托鉢】は禁止や言うてるやん! うちが食べ物渡せば済むし、丸一日音信不通とかあり得へん言うとるやろ』


 打帆(うつほ)が徐々に口を尖らせるが、奏羽(かなわ)も大人しく黙ってはいない。


「だって。奏羽(かなわ)がくれるの、全部不味飯ー」

「うっちゃんの煮粥も見た目相当やん?!」


 人の流れに合わせて揺れていた鈴が、打帆(うつほ)の手の中で一際大きく鳴った。

 後ろを睨み上げていた打帆(うつほ)が振り返り、奏羽(かなわ)も釣られて前を向く。


「あの。お姉さんは椀を持ってないけど。いつもここにいるお爺さんのこと、知りませんか?」


 そこにはいたのは、周りよりも幾分小柄な、そして打帆(うつほ)よりも随分幼い顔立ちの男の子だった。自分よりも大きな荷を背負っていて、足下が少しふらついている。


「爺さん?」

【御坊】(ごぼう)のことかなー えっと、スキル習得イベントの起点NPCで、大体ここで【托鉢】してるお爺さんー」


 尋ねる奏羽(かなわ)に、打帆(うつほ)は事もなく答える。


「ここに来たのも、【御坊】に色々聞いてみたかったからー まあ、【鈴音】の音色も効果も簡単に変えられたし、会えなくても別に困ってない訳だけどー」

「やっぱり外でやる意味、全然無かったんやん……?」


 外套越しに頭を押さえる奏羽(かなわ)をそのままに、打帆(うつほ)は組んだ足を戻して身を乗り出す。


「少年は、【御坊】に何の用だったー?」

「用ってほどの事じゃなくて。昨日も一昨日もいないって聞いて、どうしたのかなって。今日は遠出するし、明日の分のお布施もお渡ししておきなさいって言われてて」


 そこまで言って口篭もる少年を、打帆(うつほ)は顎に指を当てたまま見つめている。


「あんな、うっちゃん。うちもそろそろ外に出て試しておきたいことあるし、けどその前に露店を回らなあかんやん? やること、いっぱいあるんよ?」

「遠出って、どこまで行くのー?」

「タートルウェルの新社です。仕入れと、それからお札を貰いに」


 奏羽(かなわ)が諭す言葉には、すでに諦めがにじんでいた。戸惑う少年に対して、打帆(うつほ)は何もかも分かったように胸を張る。


「亀戸なら近いし、道中も茂みの蔓草に気を付ければ安全だし。それにお布施持ってきた相手を祝福無しに送り出すとか、【御坊】に合わせる顔がないー」

「うっちゃん、それ全部後付けやん? ……でも、そやな。木彫りの素材も有名やし、お参りしとくんもありやろし。なあ、えーと」

「ホクトと言いますです、けど?!」


 ホクトに抱きつく打帆(うつほ)を引き剥がしつつ。奏羽(かなわ)は目を白黒させる少年に、お使いへの同行と、幾つかの約束を取り付けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ