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「<効果時間>変更忘れって。普通おかしいと思わんの? 丸一日を三セットとか、無茶し過ぎや……」
帯を締める音を最後に、衣擦れが止む。
奏羽がようやく体を起こすと、打帆は毛布の上に座り直したところだった。
足の裏を合わせて浮かせた膝に肘を突き、組んだ両手に顎を乗せている。
剥き出しの太腿に眉を顰めたものの、奏羽はそのまま姿勢を正して視線を合わせる。
「ほな質問、続きな。無駄口はイヤやで?」
無邪気に頷き促す打帆に、奏羽はわずかに目線を泳がせた。
それを戻して小さく息を止めてから、ようやくつぶやく。
「誰にやられたん。うちも知っとる奴?」
「うん、知ってるー 随分ご無沙汰してると思うけど」
何の気負いもなく、打帆はあっさり口を割った。反対に奥歯に力を込めた奏羽は、固く握った指先に目を止めたまま、声を絞り出した。
「その…… 何か変なこと、されへんかった? や、装備盗られたりばらまいたりってことで、別に変な意味とはちゃうで? そや、髪飾り無くしたんやっけ」
「そうそう。どっちも奏羽に作って貰った、お気に入りだったのにー あとは体中縛られて、一晩中放置されたー ……だけ?」
奏羽は腰の後ろの小さなバッグから、櫛を取り出したところだった。そのまま打帆に手を伸ばす途中で勢いを失い、それきり固まってしまう。
一拍おいて、今度は打帆が頬を染める。
「そ、その? フィールドで動けなくなっただけで、誰も通らなかったし、声も出せないし。えっと見られても困るけど、人に見られた訳ではないから大丈夫で。感覚も無かったから、何かに目覚めるとかそういう心配も無いかなー、とか」
硬直したまま、器用に眉だけ歪めた奏羽が、続けて唇を開いて喉を震わせた。こぼれた声は、掠れていたが固く冷たかった。
「うっちゃん。誰に、やられたん?」
「レイジー・ビーン。その、奏羽もよくお世話になったよねー」
「……うちがおかしいん? それともなんか、壮絶な思い違いしとるんやろか。あれやろ、アキバのすぐ近くにいる奴」
「それそれ、間違いないー <人喰い草>の一種で、全然動かないから草むらに隠れてると見つからない奴ー」
「レベル、たったの3。スキル<巻き付き>のみ、状態異常付与なし。初心者かてダメージ貰う方が難しい雑草相手に…… うっちゃん、ほんまになにやってんの」
額に手を当て俯いた奏羽が、力無く首を振る。その何もかも諦めきった仕草に、流石の打帆も頬を膨らませて、拳を握って反論した。
「違う違う、フィールドなのに<托鉢>の設定変更出来ない方がおかしいのー しかも指定した時間内は<技後硬直>扱いとかあり得ないー」
「色々試してみるんは、まあ百歩譲って頑張り屋さんや。せやけどな」
目を眇める奏羽は、駄々をこねる打帆を見下ろし額に指を突きつけた。
「そこから一万歩譲ってもな。こんな時に一人で無茶するんは、ただの阿呆。いや、どうしょもない馬鹿確定や。こればっかりは譲れへんし譲るつもりあらへん」
「……馬鹿って言った方が馬鹿なのー」
息巻く奏羽の暴言に対して、打帆は気にしない風に口を尖らせて視線を逸らした。
だが負け惜しみがばればれの態度をこそ奏羽は許さず。こめかみを両手でがっちり挟んで力任せに視線を合わせると、青筋と一緒に晴れやかな笑みを浮かべたのだった。