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 一応きれいに掃き清めてあるものの、【研究棟】の入り口は飾り付け一つされていなかった。

 短い階段の先は屋根のないエントランスで、途中で折れた柱が数本突き立っているのみ。

 八階建てのビルは全面ガラス張りだが、影の底から見上げても変哲の無い廊下が透けて見えるだけ。

 辛うじて折りたたみの机とパイプ椅子が一セットだけ置いてあったが、『受付』と書かれたのは、紙を三角に折って立てたただけの代物だった。


「マリエ様? こんなところで、どうされたのですか?」


 肘を突いて空を眺めていたマリエールは、ホクトにふやけた笑みを向けた。


「どうもこうもないんよー 奏羽(かなわ)にここ、強引に頼まれてしもたー」

「……奏羽(かなわ)さん、今日は一日、受付でしたよね?」


 言葉を返すホクトは呆れている。


「滅多に会えない知り合いが来たとかなんとか、えらい剣幕でまくし立てられてな? 中にも何人か担当者はいるし、すぐに代わりを寄越すから心配ないって。そう言うた割に、全然引き継ぎ来ないんやけど」

「えっと。お忙しいなら早く誰か呼んで…… それとも代わった方が」


 ホクトは途中まで言い掛けて、口を噤んでしまう。

 気にしなくて良いんよと、マリエールは机の上に腕を組んで顎を乗せた。


「ホクトかて、お客さんの案内なんやろ? 最近忙しかったし、ちょっとのんびりしてから考えることにするわー ……静かすぎて寝てしまいそうなんは、ちょっと困るけど」


 言う傍から欠伸するマリエールに、ホクトは笑いをかみ殺す。

 マリエールには美味しいコーヒーの差し入れを約束させられたが。それ以外はあっさりと、解放されてその場を離れた。




「『天体運行記録』は、図書館資料と望遠鏡と使った観測結果を組み合わせています。まだまだ精度がネックですが、観測に<占星師>や<筆写師>を招くなど打開策を探っています」


 ホクトが足を止めたのは、観測時の様子を描いた鉛筆画の前だった。実物も展示されていますとの小さな声に、だが連れは頷きもせずに通り過ぎる。


「こちら『召喚作戦日誌』は、カンダにある<妖精の輪>を観察したものです。日に数回、<召喚獣>に日時と場所を刻んだ『札』を持たせて潜らせているとか。今のところ、成果は出ていません。実際に界を渡れているかも、確認の術がないため分かっていません」


 展示室は机を積んで迷宮が組まれ、その壁全部が模造紙で埋められていた。数枚ごとにまとめられた資料は概要でしかなかったが、中身は雑多で幅広い。

 左手の壁には<ポーション>に関して、いくつか系統の違う<レシピ>に、最近の相場に関するレポートが紛れていた。

 正面は<料理>、調理器具の開発と採集地点の成長観察記録、それから中華料理店を集めた食べ歩きマップが並んでいる。

 ホクトはそれぞれにコメントしながら先導するが、結局一度も立ち止まることなく、曲りくねった一本道を通り抜けていた。


「何か気になる案件がありましたら……」


 展示室の順路を示す、最後の矢印をも無言で通り過ぎた。暗幕で覆われた壁は途切れ、その角の先は廊下に繋がっている。

 こぼれそうになる息を、ホクトはとっさに押さえた。拳を握って、小さく気合いを入れ直す。


「休憩は必要ありませんか? よろしければ、隣の準備室で…… も、申し訳ありません! 続きは上の階です、こちらです」


 静かに目線を向けられただけで、ホクトは声を震わせ姿勢を正した。最敬礼をしかねない強張りようで、ぎこちなく先へと駆けた。


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