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器の名前

 始まったばかりでも、祭りであることは間違いようがなかった。

 色とりどりの看板やチラシが飾り付けられ、様々な屋台が立ち並び、いくつかには既に雑多な人が群がっている。

 威勢の良い客寄せに、食欲をそそる濃厚なたれの焦げる香り。

 果敢に値切る声が景気良い柏手に報われ、時には鼻先で軽くあしらわれる。

 様々にじみ出る思惑は、喜び、驚きに留まらず、憤りや諍いといった負の感情も含んでいた。

 それでも全体浮き立っているのは間違いなく、向きを決めかねても湧き続ける熱気は簡単に収まりそうもなかった。


「姉様、お疲れではないですか。今日はお休みになっても、まだ明日も明後日もあります」


 <冬物衣料即売会>の入り口近くで、打帆(うつほ)は振り返った先に笑みを向けると、迷いも見せずに両手を振っていた。


「お知り合いですか、打帆(うつほ)さん」

「えーと。ホクトだよねー 随分感じ変わったけどー」


 ばつが悪そうに近づいてくる人影に、打帆(うつほ)は抱きついて間近から顔をのぞき込んだ。

 はにかむホクトは糊の利いた白衣を羽織っていたが、その下には紛う事なきメイド服を身に着けていた。

 黒主体の落ち着いた風合いで、デザインはシンプルでも布は上質で縫製も細かい。

 膝丈のスカートの下は黒いストッキングに黒いショートブーツ。片足を半歩引いた立ち姿が、衣装と姿勢の良さを一層引き立てていた。


「ご無沙汰してます、打帆(うつほ)さん。奏羽(かなわ)さんには、ハカセのところで良くお会いしていているので…… その」


 偽物にしても良く出来てるー と胸を揉みしだいていた打帆(うつほ)は、後ろから髪を引かれても独り頷くままで帰ってこない。


「こういうのも、男の娘っていうのかなー」

「会うのは初めてですわね、ホクトさん。優秀な<見習い徒弟>が付いて、ハカセの暴走も随分減ったと聞いていますわ」


 ヘンリエッタはホクトの手を両手で包むが、あっさり離して眉根を寄せた。


「お連れの方、随分お疲れのご様子ですわね。休憩所で少し休まれて、人出が落ち着くのを待った方が良いのではないですか?」

「お姉さん、銀行勤めって言ってたっけー? これから忙しくなりそうなのに、大丈夫ー?」


 ホクトの連れは少し離れて、一人壁に寄って背を預けていた。ヘンリエッタと打帆(うつほ)の気遣いに、ホクトは丁寧に頭を下げる。


「ありがとうございます。元々ここは待ち合わせだけのつもりでしたし、この後【研究棟】の展示を見に行くんです」

「……そうですわね。いつも何を手伝っているか、直接見ていただいた方が安心出来るでしょうね」


 ヘンリエッタは一つ頷くと、抱えていたバインダーからパンフレットを抜き出した。


「休憩所が載っていますから、お持ちになってください。食欲がおありでしたら<クレセントムーン>をお勧めしたいところですが」

「うん、かなり騒がしいと思うけどー」


 それでも折角のお祭りで、割引券も付いているという良い笑顔に送られて。

 ホクトはもう一度頭を下げてから、ブースを離れた。


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