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薄手のカーテンが、緩やかにふくらんだ。
日差しは強いが、窓から入る風は湿気も少なく過ごしやすい。
すっきりと物が片付いた事務机の一つに、オラトリオが姿勢を正して向かっていた。
左手は書物を手繰り、右手の羽ペンが文字や図形を紙束に書き付けてゆく。
オラトリオが眼鏡を外して目を揉み始めると、扉の一つからワゴンが入ってきた。
給仕をする側も白衣を着ている。袖は何度か折り返されていて、ワゴンの高さも少し高い。
それなりに音を立てながら、それでもソーサーに小さなミルクピッチャーを添えたコーヒーカップが差し出された。
「ありがとう、ホクト君。これが飲めるだけで、信じられないほど仕事の効率が上がります。いつも感謝していますよ」
きっちり結い上げた髪を振ってから、ホクトは申し訳なさそうに頬を掻く。
「いいえ。道具の使い方を教えていただいて、しかもそれをお借りしてのことですから」
「<見習い徒弟>というより、<コンシェルジュ>の様な活躍ですよ。……ふむ、衣装に執事服を用意させましょうか。それともいっそのことメイド服にしますか?」
ホクトは慣れた様子で、曖昧に話を逸らしてお代わりを勧めた。
「<魔法>を動力に組み込んだ発電機に、その出力を蓄える充電池ですか。まずは水力と思っていましたが…… なまじ発見が不要な分、企画は少々乱立気味ですね」
隣の机で慎重に擂り粉木を当てていたホクトが、小さな白い鉢から顔を上げた。
「便利な発明は喜ばしいことではないのですか?」
「そうですね。……例えば、そこの暖炉。火勢が何時如何なる時も同じだとしたら、どうしますか?」
口を押さえたオラトリオが、しばらく言葉を選んでから壁の暖炉を指した。
「不便だとは思いますけど。鍋の位置は動かせますから、料理には十分使えると思います」
「では仮定を『パン焼きの窯』にしてみましょうか。火力は一定、むらも無い。パンさえ焼ければ良くて、その代わりに…… いえ、とりあえず、ここまでで」
ホクトは目を瞬かせた。いぶかしさをそのままに、開いた口から思案をこぼす。
「経験や勘に頼る必要が無くなります? それは失敗が減るし、従事する人を簡単に増やせるし、多く作るのも簡単になって……」
「そうですね。世の中は『繰り返し』に溢れていますが、それを簡単に再現・補助するには『適切な定義』が『遵守されること』というのが私の持論です。まあ、『納得して共有出来る範囲』というのが大前提ですけれどね」
視線を伏せていたホクトは、吟味を終えても難しい顔のままだった。
「便利って難しいです。作って終わりじゃなくて、積極的に使ったり広めたりしないと……」
「神経質になる必要は無いと思いますよ。『好み』というのは選択肢として捨てがたく、侮りがたい要素。耳当たりの良い<呪曲>に乗せるだけで、退屈な<古代語>が流行ったりするものです」
眼鏡を直しながら苦笑うオラトリオは、軽く目を見張って動きを止めた。
「曲に乗せる、ですか。ふむ、一意に単位系をコード化出来ますね。正確な測定は? 音叉に弦という手もある。増幅可能、重ね合わせ可能。循環する、代数的には閉じて……いるのでしょうか?」
分割は可能、干渉はあるから保留、電気的な仕掛けは…… コストが掛かりすぎる却下などと、額を押さえたまま呟き続けるオラトリオを横目に。
ホクトは慌てず騒がずサイフォンを組み立てると、挽いていた蒲公英の根を使ってコーヒーを淹れ始めた。




