1
▽
灼熱の研究室で、オラトリオは汗だくになって熱弁を振るっていた。
「商品化、つまり量産には時間が掛かります。ですから画期的な発明には、季節を先取りする義務があります」
何か言いたそうな奏羽を手で制すると、正しくは『再現』ですねと訂正してから重々しく頷いた。
「例えば、この『真空断熱容器』。これさえあれば、冬場に<魔法鞄>が無くても、熱いコーヒーが飲めるようになります。これは受け入れられる自信があります」
「うーん、間違ってはないけど。……試すんやったら、別に冷たいものでも良いんちゃうの?」
火鉢に乗った湯気吹く薬缶、ドリップされたコーヒーの残るフラスコ、差し出された水筒の蓋から香るホットコーヒー。
それらを見回し呟く奏羽の言葉の、後半が聞こえなかったのか聞く気がないのか。オラトリオはそうでしょうと機嫌良く頷くだけだった。
「オっちゃんが苦にならんなら、別にええわ。それより頼んでたもん、出来そう?」
「……ええ、既に完成しています。会心の出来です」
少々複雑な葛藤をにじませながらも、オラトリオは手際よく机の下から三脚を取り出して組み立てた。その上に、太さの違う筒を繋げた物を乗せて奏羽に向き直る。
「依頼は『性能向上』という注文でしたので、『ガリレオ式屈折望遠鏡』を用意しました。倍率は」
「オっちゃん。あんな?」
奏羽の声音は乾いていたが、オラトリオが驚いたのは一瞬。わざとらしく息をつくと、笑みを深めて大きく頷いた。
「分かりました。足りないとおっしゃるなら、こちらを。『ニュートン式反射望遠鏡』です」
「倍率ちゃうわ! 何で『眼鏡』が『望遠鏡』になんねん!」
先程より寸胴の筒を取り出したオラトリオに、奏羽は全力で裏拳を叩き込んでいた。
「いや、あんな? 本気ですごい発明やのは認めるけど。うち、ちゃんと使える『眼鏡』が欲しいって言ったよね?」
「それは正しくありません。承ったのは『遠くの物がはっきりくっきり見えるように』『多少大きなっても構わない』の二点を満たすもの、です」
開いた帳面を押さえて、乱筆な文章を指で示す。奏羽の名に依頼した日付。そしてその時の会話が確かにそのまま書き記されている。
「それに第一、眼鏡の代わりなら、コンタクトレンズで良いではないですか。まあ<ミスリル>など希少な素材が必要ですから、そう簡単に作れるものではありませんが」
詰まらそうに呟くオラトリオは、そこでようやく奏羽が呆けているのに気付いた。わずかに張りつめた緊張が、ぎこちない奏羽の呟きに断ち切られる。
「それ、使い捨て? それとも洗浄液とか、あるのん?」
「私は自称とはいえ<錬金術師>ですよ? <水溶液>のレシピはあらかた押さえてます」
「<水溶液>って……」
無言で目頭を押さえた奏羽を前に、オラトリオは不思議そうに首を傾げていた。