真夏の研究室
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薄手のカーテンが閉め切られていたが、強い日差しをほとんど遮っていなかった。
明るい室内は横長で、スチール製の事務机が二列置かれていた。
机の上は、今にも崩れそうなほど積まれた紙束に始まって、木製の試験管立て、柄がはずされた抜き身の太刀、いびつに歪んだフライパンや鍋と脈絡は無い。
部屋も机も雑然としながら、埃が積もっている様子はない。けれども部屋の端の暖炉には大きな釜が掛けられ、視界が揺らぐほどの熱気と湿気をまき散らしていた。
「はかせー この部屋、暑すぎないー?」
「心頭滅却中なのでご心配には及びません。あと、誤解を広めるような呼び方は止めていただきたい」
だらだらと汗を流しながら振り向いた男が、人差し指で眼鏡を押し上げて位置を直した。背が高い細身の体に、白衣が張り付いている。
よく分からないと無言で訴える打帆に、ため息をついて言葉を継ぐ。
「私はおかしな発明家ではありません。呼び捨てで構いませんから、オラトリオとお呼びください」
「誤解はないと思うけどー <妖術師>でー えっと<科学者>でしょー?」
「違います、<錬金術師>です」
打帆の顔には、何が違うのかやっぱり分からない、としか浮かんでいなかった。
「そうそう。頼まれていたものですが、動作は確認できました。まだ小型化の最中ですけど、見ていきますか?」
何か言いたげな打帆の前を、オラトリオは固い靴音をたてて通り過ぎる。
迷い無く摘み上げられたのは手のひらに乗るほどの薄い木の板だった。不格好な丸や四角の突起と一緒に、一端から紐が伸びている。その先は机の間に消えていて、軽く引いても出てこない。
「ちょっと持っていてください。無理に引っ張らないように」
オラトリオが机の後ろに回り込む。打帆が手元に視線を戻すと、唐突にその板が音を立てた。虫の羽音のようで、だが確かにただの無機物でしかない部品が鳴っている。
『ぶぶぶぶぶ』
「おー?」
目を丸くする打帆の手の中で、安っぽいブザーが唸り続けた。
我に返った打帆の前には、毛羽立つ鋼線を摘んだオラトリオが澄ました顔で立っていた。
「依頼は『袖に付けられる楽器』で『揺らしても鳴らないやつ』とのことでしたので、『ブザー』を用意してみました。音色は変更できませんが、今のところ三種類用意できます」
打帆が裏返した板には所々に銀色の突起が出来ていて、どうやら部品を繋いでいるように見える。
「何これー 何でこれで音が鳴るのー?!」
「簡単な回路を作成して、電磁石と振動板を取り付けてみました。スピーカーは開発済みですが」
「わー! これ、これで良いから持ってって良いー? 早速【鈴音】試してみたいー!」
説明を遮られても、オラトリオに気にした様子は無かったが。
「お渡しするのは構いませんが、お知り合いに<妖術師>はおいでですか?」
続けて告げられた内容を、打帆にすぐに理解できなかった。
「えーとー? あ、うん。電気で動くのは分かるけどー 電池とか付いてないのー?」
「現状<ウィップ・オブ・ライトニング>に合うように調整しています。それなりに幅は取っていますが、ある程度は私とステータスを合わせていただく必要があります」
オラトリオが詠唱なしで指先に<雷撃>を発生させると、間の抜けた音が打帆の手の中で鳴った。
「……電池はいつ頃出来そう?」
「今のところ、開発予定にはありません。作っても、他に転用する当てもありませんし」
打帆はその言葉を聞くと、晴れやかな笑みを浮かべたが。無言でブザーを突っ返すと、そのまま部屋を出ていってしまった。