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“じゃない方”の僕が別れを告げたら、何故か神官様に泣かれたんだけど。

作者: 鷺田りゅう子
掲載日:2026/05/06

 僕とエミリアは男女の双子だけど、鏡写しのようによく似ている。

 よく実った麦畑みたいな豊かな金の髪に、春に芽吹く若葉と同じ緑の目。色彩まで全く同じだから小さい頃から両親ですら見間違える。成長すれば性差が生じるだろうという予想を裏切って15を越えた今も同じ容姿をしていた。

 ただ、同じなのは外見だけだ。何故かというと、エミリアは生まれてすぐに守護神たる大地の神に選ばれた花嫁だから。

 この花嫁っていうのは生け贄の別名とかではなく、本当に結婚して夫婦になる女性のこと。

 僕らの国ではほとんどの都市がこの神様を信仰している。農業、治水、医療、司るものがたくさん有って人間が好きな有難い神様。

 そんな神に伴侶として選ばれる。これは結構重大なことで、好き勝手に言いふらしていいことじゃない。エミリアが生まれた当時だって、神託を携えた神官がたった一人で身を隠して告げに来たらしいから。

 ただ、嫁ぐにあたっての準備もあるし、エミリアはしきたりや歴史を学ぶためにも神殿に通う必要がある。そして神殿の神官たちはエミリアを敬愛していた。

 だから察しが悪くなければ傍目からも"彼女"は特別なのだと分かる。そんな選ばれし存在である娘に両親は夢中になって、息子(ぼく)の方は次第にぞんざいな扱いをするようになっていった。

 親がそんなだから、その周囲だってそれに倣う。親戚、近所の人、果ては同じ町に住むだけの人。やがて学校に通うようになれば、周囲の大人に影響されやすい子どもは呆気なく「あれはそうやって扱っていい」ものだと認識した。

 そのせいで男の方、エミリアのおまけ、いろいろな呼ばれ方をするけれど、それらの意味するところはつまり「お前じゃない」だった。なんなら僕の名前すら知らないやつだっているに違いない。主体はいつだってエミリア(僕じゃない)

 ただ先だっても言ったように、僕ら双子の顔は同じだ。だから僕にとっては厄介なことがしばしば起こる。

 まさに今、みたいに。


「君のことが好きなんだ! 君の立場は解っているけれど、せめてこの気持ちだけは伝えたくて」


 歩いていたら急に呼び止められて、少しだけで良いからといきなり路地裏に引きずり込まれて始まったのがこの告白。

 いや君誰だよ、と思ったものの怒涛の勢いに口を挟む隙がない。

 あーあ、うるさい。早く終わんないかな。両手をぎっちり握り締められたまま至近距離で捲し立てられるの鬱陶しいんだよね。

 そんな気持ちが出てしまたっのか、"自分の思うエミリアの良いところ"を連ねていた男が、はたと何かに気づいたように僕を見つめ直した。それから、あっ、と叫んだ。


「げ、男の方だったのかよ! 告白して損した!」


 払い落とされた手を軽く揺らして顔をしかめる。勝手に間違えた挙げ句その言いぐさはなんなの、と口に出して言えたら良いたいのはやまやま。

 でもそんなことをこの顔(・・・)で言うわけにはいかないから黙るしかない。意外に思われるかもしれないけど、僕は僕の片割れが嫌いじゃない。大事なエミリアの結婚に悪影響を及ぼしかねない愚行を犯す気はないのだ。

 人間の愚かさは残念ながらよく見てきた。中には僕の言動を理由にエミリアを攻撃する奴もいるだろう。嫁入り間際にあの子が足を引っ張られるのは全く本意ではない。

 そんなわけで僕が絶賛無視している最中の彼だが、この沈黙は都合が良いと気づいたのだろう。これ見よがしに舌打ちして、名前も告げないまま何処かへ去ってていった。ああやって肩を怒らせて如何にも怒ってます感出すのダサいよね。僕が言い返せなかったんじゃなくて言い返さなかったことにすら気づいていないし。

 でもどうせ、明日にはろくでもない噂の数がまたひとつ増えているのだ。声の大きい男は得、ってやつ。


「……はぁ。帰ろ」


 口に出してはみたものの、帰宅したからってこの憂鬱な気分をどうにかできる訳ではない。というか悪化する可能性すらあった。花嫁本人のエミリアが平然としているのに、両親の方がマリッジブルーに陥っているのだ。お陰で何故か僕がそれを宥める羽目になる。

 それでも帰らない訳にはいかないのが未成年者の難儀なところだ。

 うろ、と爪先を彷徨わせてから、ふと思い出す。

 そういえば今日はエミリアが神殿にいる日だ。

 嫁入りの年ともなれば花嫁修行もさすがに終わっている。ただ神様に嫁ぐのだからと浄化やら心身の平静を保つやらの理由で、エミリアは週に何度か神殿に泊まり込む。

 そういう時、迎えにいくのは僕の役目だった。街の中心にある神殿から家までは大して時間は掛からないけれど、あの子を一人にして何かあったらどうすると昔に喚かれたことがあって、それ以来面倒を避ける為にそうしている。

 仮にエミリアがいなくても、家に居る時間は減らせるから神殿には行った方が徳だ。

 肩からずれ落ちた荷物を背負い直して、僕は目的地へ足を向けた。




 神殿のひとたちは、さすがに神に仕えるだけあってか街の人より色々とましである。エミリアのことを崇めてはいても、情緒不安定で煩い両親と違って僕にはあまり干渉してこないし。

 たどり着いた神殿の荘厳な雰囲気は僕の足を止めない。

 門番が僕の顔を見て礼をするので同じように返し、すいすいと中へ進んでいく。エミリア様は花の間におられますよ、と誰かが言うのでそちらにも手を上げて謝意を示しておく。

 さてはエミリア、だらけてるな。以心伝心とまではいかなくとも片割れのことならなんとなく分かる。気に入りの場所にいる時は気を抜いている時だ。

 目的地を目指して角を曲がったところで、一人の青年がひょいと柱の影から姿を見せた。


「エミリオ様、こんにちは。今日は如何なさいましたか?」

「こんにちは、メレディス。思い立ってエミリアに会いにきただけだよ」


 柔和そうな顔立ちに笑みを浮かべ、メレディスは僕を手招きする。ひらひらと神官服の広い袖が揺れた。


「おやつを食べたら眠くなったので帰りません、だそうですよ。相変わらずエミリオ様の来訪を察知するのがお早いようだ」

「寝ちゃったか」


 エミリアは一度目を閉じたら起きない。梃子でも起きない。

 苦笑する僕に苦笑して、メレディスがこちらを、と手招いたのと反対の腕を指した。


「あとは、美味しかったから半分こ、とも。クッキーです。子どもたちが自信作だと言っていたので、ぜひ」


 皿の上にこんもりと積まれたクッキー。ここの神殿は孤児院を併設しているので、その子らが焼いたものだろう。形はやや不恰好だが、ほんのりと香ばしい匂いがした。

 皿の上に布が敷かれているのは、たぶんだけど僕がすぐ食べないならくるんで持ち帰れるようにしてくれたんだと思う。メレディスはそういう目端が利く。


「ありがとう。もらうね」


 手を伸ばして受け取ろうとする。その時はたとメレディスが動きを止めた。


「それは……」


 険しい顔のメレディスの目線を追えば、僕の腕、というか手首。ああ、袖が皺だらけだ。さっき思い切り掴まれた時に着いたんだろう、そこまで気にしていなかった。眉間に皺が寄る。


「路地裏に引きずり込まれた時に、ちょっと」

「は!?」

「顔合わせるなり告白してくるのってなんなんだろうね。いい加減慣れたけど、今日の男は特に強引だったな」


 ややれやれと肩を竦めて、片手だけで皿を受け取る。改めて見るとちょっと肌も変色していたから、念のためね。

 あ、いい匂い。僕の好きなナッツのもある。


「こんなことを伺うのは、とても空気が読めない自覚があるんですが」

「ん?」


 真面目な声だったのでクッキーから鼻先を離す。

 メレディスが眉間に皺を寄せて僕を見ている。


「エミリオ様はよく、その……告白をされるのでしょうか」

「普通の告白の頻度がわからないけど、まあ悪ふざけとか度胸試しも含めると最低でも月一回はされるかな」

「月に一回!?!?」


 声がひっくり返っていた。おもしろ。僕はうっかり笑った。だってこの人がこんなに大きな声をだしたのは初めて見たから。

 メレディス。神官だから名字はない。僕らが七つの頃にこの町にやってきた男の人。まだ若いけれど将来有望で、容姿端麗。人当たりもよく女の子たちにも大人気。還俗のご予定は? なんて直接聞く人もいたらしい。それらを一切意に介さず、かといって手酷く袖にすることもない人格者。今ではこの街で神官様と言えばすなわち彼のことを示すぐらいだ。

 そんな人が、たかだか僕が告白された程度で驚くなんて。

 僕は周囲の環境のせいで結構ひねくれている自覚があるけど、そんな僕でも「今の反応は、僕なんかが告白されたって笑ってるんだ!」なんて嫌な受け取り方をできないぐらいには良い人だって知っている。

 それに神官たちの中では一番僕らと年が近いから、わりとよく相手をして貰ったっていうのもあるんだよね。親ですら構ってくれないような時でもこの人だけは声をかけてくれたっけ。

 そんな小さい頃から知られている人に、告白されました~なんてわざわざ報告なんかしない。それに惚れた腫れたの俗っぽい話題はそもそも神殿ではあまり人の口に上らないから彼が知らなかったのもおかしなことではなかった。

 とはいえ大地神信仰は恋愛に関して何ら教義に定めていない。満ちよ、満たせよ。実りには謝意を。実らぬものを恨んではならぬ。辛うじてその辺りを拡大解釈する分派がいるぐらい。

 だからメレディスが神聖視されすぎてそういう話題を皆が勝手に遠ざけているっていうのも理由にあるかな。

 でもそんなことを本人に言えるわけもなく。


「こっちの都合も考えないで延々と自己主張とか、迷惑だから勘弁してほしいんだけどさ。僕、非力だし」

「そう、なんですね」


 エミリアと体格もそっくりなので、つまり僕は貧弱。筋力なんて平均以下しかない。

 やれやれと首を振って見せると、メレディスはひどく戸惑ったような顔をした。だがすぐに、意を決したように拳を握り締める。


「……エミリオ様!」

「なに?」

「あの、今から言うことは本当です。真剣にお伝えしたいことがあって、かなり嘘みたいだと思うんですけど、本気なので。そこは絶対に信じてほしくて」

「はぁ」


 前置きが長い。簡潔に分かりやすく、が彼の説法の売りでもあるのに珍しいな。なんかエミリアのことで問題でも起きたのかな。

 なんて予想は大はずれで。


「私とお付き合い、していただけないでしょうか」


 ――僕は、馬鹿だった。だって一瞬でもその言葉を嬉しいなんて思ってしまった。

 次の瞬間、ザッと氷水を掛けられたような気持ちになるなんていつものことだってわかっていたのに。


「エミリア様が嫁ぐまでで良いんです」


 ああ、ね。うん、知ってた。

 エミリオ様だなんて敬称をつけられているのに、僕個人は歯牙にも掛けられない。

 だからと言ってエミリアを僻んだことは一度もなかった。だって片割れのことは一番よく知ってる。あの子に負の感情を向けるなんて馬鹿馬鹿しい。

 それでも、周囲からエミリアの代わりとか残り滓みたいな扱いを散々されれば、そっちには思うところはあるわけで。

 ところで、エミリアは美人で神秘的なので(何故か、同じ顔の僕よりも遥かに! )熱烈に片恋するようなひとも中にはいる。そして時々いるのだ。彼彼女らの中には、僕の方でも良い、って言う奇妙なことを言い出すのが。

 エミリア様は神聖な花嫁様だから、その代わり。同じ顔なら妥協できるみたい。恋愛拗らせてるのか信仰心がねじ曲がったのか、なんなんだろうね。

 まあ理由なんかどうでもいい。ただメレディスもそういう(・・・・)人だったってだけ。

 適当に断りをいれようと口を開いて、はたと。


 ――もし僕が、みんなの大好きな神官さまとお付き合いしてたら?


 そんな妄想が不意に浮かんだ。

 きっと驚くだろう。どうしてって思うだろう。そうしたら。

 僕が、エミリアと同じ顔だからだよって、笑ってやるのはどうだろう!

 今の時点でもう腹の底から笑いが込み上げてくる。幸い向こうから期限を設定してくれたし、最後はこじれないはずだ。あの子の嫁入りが期日なのは花嫁衣装のエミリアをみたら吹っ切れるって感じかな。

 思い付いてしまった悪い考えは止まらない。

 でもメレディスみたいな神官ですら僕のこと利用するんだもの。それぐらいの楽しみは僕にだって有って良いよね。

 さて、そうと決まれば最初だし大盤振る舞いしてあげよう。

 エミリアがよく浮かべていた微笑。僕からすればアレなんにも考えてないなって顔なんだけど、この表情は神秘的に見えて評判が良かったみたいだし。口角を引き上げて目を細める。


「僕でよければ、よろしくね?」



 ***



 お付き合いって言っても何すれば良いんだろう。安請け合いしたものの僕は早々に頭を抱える羽目になった。

 だって、普通の交際がなんたるかなんて僕は知らない。

 神と結婚するエミリアはまず参考にならなすぎる。

 両親は見合いが始まりらしいのでこれまた却下。

 僕ぐらいの年なら学校に通って学友とあーだこーだするのかもしれないけれど、エミリアに付き合って神殿で特別授業を受けていた僕はとっくに基礎学問は身に付けている。通うだけお金の無駄なので、幼年からこっち学校には行ったことがない。もし行けるとしても面倒だから行きたくないしそれは良い。

 じゃあ僕が普段何をしているかというと、答えは簡単。仕事だ。

 うちの両親は普通の市民だ。母は染め物屋の下働き、父はうだつのあがらない家具職人。聖人ではないが悪人でもない、可もなく不可もない平凡な夫婦。子どもが二人生まれても遣り繰りすればそれなりに生きていけるぐらいの食い扶持は稼げていた。そう、いた。過去形。

 エミリアが生まれてから、支度金? 支援金だったかな。我が家には神殿からお金が入るようになった。別に目の眩むような大金ではないから、人が変わって博打に狂うとかそんなことは起きなかったけれど、神様の花嫁を産んだという特別感は両親の常識を変な風に曲げてしまったみたい。お金っていう目に見えるものが現れたのが良くなかった。

 エミリアのお陰で得たお金はエミリアの為に使うべき。そう言って体に良い食事やら神殿で受ける以外の教育にもやたら手を出し始めた。

 そこまでは分かる。僕だって片割れの存在だけを理由にお金をせしめるような下品な人間にはなりたくないからね。本人にちゃんと還元されなくちゃ。

 ただ両親が問題だったのは、限度を知らなかったことだ。

 彼らはすべてを特別なエミリアの為につぎ込んだ。文字通りすべてを。そうするとどうなるか。簡単だ、僕を育てる金が足りなくなった。

 でも僕は別に特別じゃない。だからまあいいか。そうやって"じゃない方"は放置された。

 エミリアはこれを知った時めちゃくちゃ怒り狂って……たぶん生まれて初めて親に逆らおうとした。

 が、僕はまだ子どもだったから。片割れに庇われることがひどく惨めで、つい、口走ってしまったのだ。


『よけいなことしないでよ!』


 エミリアは驚いていた。それからいつもは無表情な顔をくちゃっと歪めて、ごめんねと言った。わたし、わからなくて。リオのことちゃんと分かれなくて、怒らせちゃった。

 泣きはしなかったけどほとんど泣いているようなものだった。エミリアは生まれてこの方泣き声を上げたことがなかったので、驚いた僕の方が泣いたっけ。慌てて抱き締めてくる片割れは、両親のくれない温もりを僕に分けてくれた。


 と、湿っぽい部分を抜けばつまり、僕は自分の食い扶持を自力で確保する必要があるってわけ。あと被服費とか家の補修費とか経年で発生するお金なんかも稼がなくちゃいけない。

 だからそれを言い訳に、お付き合いしててもメレディスとは外では会わなかった。神殿までエミリアを迎えに行く時、会えば以前より少し長く話すとか。くれるお菓子をおまけしてくれたりだとか。変わったのも精々それぐらい。

 とはいえ実際忙しかったのも嘘じゃない。両親はもうそれはそれは必死にエミリアに金を使うから。僕は日中の大半を仕事に費やして、夜は睡眠をむさぼる。

 こんな有り様じゃ文句のひとつも言われるかと思ったのに、メレディスはいつもにこにこ笑って嬉しそうに僕を見る。何がいいんだろうね。

 ああでももしかして、顔さえ同じなら、喋らない方が却って理想のエミリア様像が崩れないから良いのかな。





 そんな生活が1ヶ月、2ヶ月続いて。

 遂に、エミリアが結婚する日が来た。

 神殿では誓いの儀式を、街ではパレードを。お祭り騒ぎと呼んで差し支えない賑わいで、どこもすっかり賑やかだ。巡礼みたいな感じで外からも人が入ってくるから、とんでもなく街は賑わっている。

 ちなみに僕はどっちも出てない。だって前日の夜に、エミリアとはたくさん話したもの。

 さみしいかな。さみしくないよ。うれしいかも。うれしいんだよ。額を付き合わせて、同じベッドで向かい合って眠った。僕の信仰心はそんなに篤くないけれど、エミリアが嫁入りにまったく不安な気持ちを見せないんだからその伴侶となる神のことは信じられる。なら僕が騒ぐことはない。ただ幸せでありますようにと、当たり前の祈りを片割れに贈る。


 そうして朝まで過ごしたから寝不足だったのだ。

 午前は家にいたけれど、正午の鐘が鳴ってからは街の喧騒を避けて気づけば神殿にたどり着いていた。

 もう二度とエミリアは来ない花の間でぼうっとする。ここは中庭に面しているから、少し湿った土の匂いと年中咲いている花の香りが漂っていて、眠気を誘う。

 神官たちも儀式が終わってしまえば今日ばかりは街に繰り出すから、ひと気もない。暖かな風も喧騒を運びはしなかった。

 くわりと欠伸をした時に手を当て損ねたけれど、誰も見てないし別に良いよね。


「えっ」


 嘘、人がいたみたい。

 呆然としたような声。のろのろと重い頭を持ち上げて。

 そこに立ち尽くすメレディスを見た。儀式の後に着替えなかったらしく堅苦しい儀礼服のままだ。

 ひらひらと手を振ってみる。

 目を見開いたメレディスが、抱えていた何かの袋をまるごと地面に落とす。


「言っとくけどエミリアじゃないよ。エミリオの方だよ、残念だったね」


 うーん言葉選びを間違えた。面倒を避けるだけのつもりだったのに。駄目だな、思ったより寝不足の影響が出ている。冗談めかして言うはずが、嘲る調子がかなり強い。


「エミリオ、様? 何故ここに」

「僕うるさいの苦手だし」


 建前。でも嘘ではない。

 答えたのにメレディスは解せないという顔のまま。だがその意図は次の質問で分かった。


「エミリア様とご一緒だったのでは」

「まさか! 確かに一緒に行こうって誘われはしたけど、さすがにそれに乗るほど図々しくないさ」


 新婚さんに嫉妬されるのはごめん被る。大地神様はわりと温厚な方だけど、ひとたび怒れば地面をひっくり返すんだから。

 それに会ったこともないのに嫁入りにくっついてくる親族とかやばすぎるよね。

 まあ実をいうと片割れからの誘いは一緒に行こうではなくて一緒に街を出よう、が正確で。残念ながらそんなお金はなかったので、こうしてここにいるわけだけれど。

 もしエミリア様が最後に会いに来てくれた、みたいな幻想を抱かせちゃったなら悪いことしたかも。……いや、メレディスはさすがにそこまで馬鹿じゃないか。

 じゃあ僕だってわかったのにすぐに立ち去らない、考えられる原因はひとつだ。

 ねえ、と、あの、と僕らの声が被ったのは同時だった。

 メレディスが頷いたので、先を譲ってくれるみたい。そうだよね、自分から言いたくないよね。


「大丈夫。今すぐ別れるから安心して。ね?」


 エミリアが旅立つまでって期限を切ったのに、あの子が旅立った後にわざわざ神殿に来られたから驚いたんだろう。僕はあまり人付き合いが上手くないから、ここに来たことがそういう(・・・・)誤解を招くと今の今まで思い至らなかった。恋愛関係は定石通りにいかないとか別れ話は拗れがちとか、ここで教わった神話の中にもあったのにね。季節ひとつだけの約束で恋人になった人間と妖精の話なんて、子ども向けの絵本になっている。別れたくないと約束を破って大騒ぎになる有名な話だ。要は約束はきちんと守りましょうって教訓。

 でもちゃんと口に出して宣言したし、これならメレディスも安心できるはず。

 僕はすっかり良いことをした気分で笑みを浮かべた。

 だってまさか――この直後に、膝から崩れ落ちたメレディスが大号泣するなんて思わないじゃない。

 固まる僕の前で、きれいな緑の目から滝のように涙を流して、メレディスは咽び泣く。

 エミリアはもう居ないから取り繕う必要はない。じゃあねの一言で置いていっても良かった。でもこの状況でそれはいくら何でも気が咎める。

 立派な神官様が両膝ついて顔覆って泣いてたら、ねえ。

 神官は無闇に感情を揺らしては行けない。それは大陸の守り神、大地の化身たる神に仕える上での基本だ。だから神官たちは常にうっすらと微笑んでいる。そんな神官である彼が、思い切り泣くんだもの。

 僕、そんなにきつい言い方になってた?

 さすがにひとを泣かせて何も思わないほど無情にはなれない。


「どうしたの、そんなに泣かないでよ」


 次々に涙が滑り落ちるメレディスの頬に布を当てる。ポケットから引っ張り出したのは、昔エミリアがくれた刺繍入りのスカーフ。僕らを見分けられない両親の為に目印としてエミリアが作った二枚の片方。すっかり小さくなってしまって今ではハンカチ代わりの綺麗な布だ。わたしとお揃いの柄の、色違いだよ。そういって贈られたこれも、もう要らなくなるのだから大事にしまうより使ってしまった方が良い。

 でも小さな布地はすぐにびしょびしょになってしまった。

 ……あーあ、メレディスがそんなにエミリアが好きだなんて思わなかった。

 やっぱりさっさと場を去れば良かったな。

 エミリアがいないのなら、エミリオは。――僕は。

 エミリアの影にすら、なれない。

 そんなのわかっていて始めた茶番だったのに、こうも泣かれると罪悪感がすごい。

 顔隠してから言ってあげれば良かったのかな。せっかくエミリアとお付き合いしてる気分だったのに、エミリアにはっきり振られた感じにしちゃったし。

 と思ってたらどうにか息を整えたらしいメレディスが、顔を上げた。


「なんでそんなこと言うんですか……?」

「だってそういう風に最初に約束したから」

「た、確かにエミリア様が嫁ぐまでとは言いましたが」

「だよね。だから」

「嫌です」

「は?」

「エミリオ様とは別れません。絶対に嫌です!」


 メレディスが突如、駄々をこね出した。嘘でしょ、天変地異の前触れだったりする?

 じとりと見上げてくるメレディスを覗き込む。


「なんで? エミリアと付き合いたかったんだよね」

「エミリア様となんて絶対お付き合いできませんよ!?」

「それもそうか、上司の未来の奥さんだもんね。妄想でも駄目だね。じゃあこの顔なら僕の方でも良かった感じ?」

「どうして」


 頭を抱えられた。

 エミリアは美人だからすなわち僕も美人。そこは疑ってない。だからそうかと思ったのに……ううん、よくわからない。それ以外に何か僕と付き合う理由なんかある?


「エミリア様と同じ顔でなくてもあなたが好きです」

「ああ、顔が違っても花嫁の双子なのは事実だしね」

「誤解を招きそうな発言になりますが敢えて言います。私はエミリア様にはそこまで重きを置いていません。エミリオ様のご家族ですから嫌われたくはないですし、神官としては彼女を深く敬愛しています。でもそれだけです。だって」


 すう、と息を吸ったメレディスの顔は緊張に強張っている。


「私が好きなのはエミリオ様、紛れもなくあなたです」


 今日のメレディス、やっぱりおかしい。エミリアが遂にお嫁さんになっちゃったからそのせいかと思ったけど、本人が違うって言ってるしなあ。

 なんて現実逃避をしてみたものの。


「えっ」


 素で驚愕の声が出た。だって、だって仕方ないだろう。


「メレディスって僕の方を好きだったの……!?」

「そうでなければ交際できたからって跳び跳ねて喜んだりしませんよ! その後もずっとにやけそうになるの我慢し続けてたんですから!」


 叫ぶメレディス。いや、ていうか。


「飛びはねた」

「それはもう。ベッドの上で跳ねまくって、煩いからやめろと隣室から怒られるぐらいには」

「にやけてた」

「やにさがって気持ち悪い顔だと神殿長様に罵倒されました。その顔見せりゃあ百年の恋も冷めようって酷い言われようでした」


 神殿長は小柄でかわいらしいおじいちゃんだ。よく僕らの頭を撫でようと背伸びしてプルプルしてる。声をあらげた所なんて一度も見たことがない。そんなひとが罵倒。

 それにいつだって穏やかで落ち着いていたメレディスが、大はしゃぎ。想像もつかない。酔っていたと言われた方がまだ納得できた。


「ちょっと待ってね。いろいろ追い付いてないから」


 でも、さすがに別れ話一つであそこまで号泣されたら、好意を疑うのは気が引ける。なんでそんなに好かれてるのか分からないけれど。

 困惑する僕に、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらメレディスが「触れてもいいですか」と言う。

 反応に困ってとりあえず片手を出してみたら、両手でぎゅうぎゅう握り締められた。そのまますがるように彼の額まで持ち上げられる。不思議だ。かつて名前も知らない男にされた時とは全然違って、振り払いたくはならなかった。


「取り繕いようがなくなったのでもう全部ぶっちゃけますね。私、素はご覧の通りなんです。お役目とかはこなせるし、人の相談に乗るのは得意だからこうしてそれなりの地位をいただいてますが、私生活はだめだめで」

「まあ、あの、うん。今の様子だと説得力はあるね」

「エミリオ様のことを好きになったの、随分と前なんです。少なくとも自覚した時点で、あなたはまだ、友人から私が犯罪者呼ばわりされるぐらいの年でした」

「うそでしょ」


 ぶっちゃけすぎでは。おもわずたじろぐ僕に、メレディスはぼそぼそと続ける。


「今回のことだってどう考えても告白の仕方を間違えました。自覚はあります。でもまさか月に一度なんて高頻度で告白されているとは思わなくて……エミリオ様は素敵な子だから、他の誰かに取られてしまうかもと焦ったんです。少なくとも同性に告白されても嫌悪感はないのは確認できましたし、私にも欠片ぐらいなら可能性はあるのかも、と」


 ……思い返せば、僕あの時「人違いで告白されている」とは言わなかったな?

 ここまでのメレディスの発言を聞くに、エミリアの代わりとか人違いでの告白とは思わなかったんだろう。


「それに実は、エミリア様から嫁入りの時にエミリオ様をお連れしたいと相談されていたんです。最初にエミリア様が旅立つまでと言ったのはそれが理由でした。思い出だけくださいとは言えなかったんです。そんなこと良い年した大人に言われて気持ち悪いと幻滅されたらどうしようって」


 まずい、どうしよう。嬉しい。染み入るようにメレディスの言葉が浸透して、僕もきっと、にやけ面してる。エミリアじゃなくてエミリオが良いんだって。嘘みたい。いや、嘘でも良いかも。

 だってそんなこと初めて言われたんだもの。

 言葉がでない僕をどう思ったのか、手を繋ぎ直された。指が絡む。


「それで……だから、あの、つまり。ずっと昔から好きでした。エミリア様とご一緒されないなら、別れたくありません。もっとこういう風にエミリオ様に触れたいんです」


 気のせいじゃなければメレディスの耳が赤くなってきている。恋人繋ぎ、自分からしたのに。

 しどろもどろな口ぶりも、歌うように祝詞を読み上げる常の姿とは大違いな狼狽えぶりだ。

 駄目でしょうか、エミリオ様。恐る恐る尋ねてくる声のなんて情けないことか。肩が揺れる。


「とりあえず、エミリオ様っていうのやめれば?」

「っ」


 メレディスの顔が悲痛に歪む。違う違う、名前呼ぶなとかそういうんじゃなくて。

 このひと、なんでそんなに僕が嫌がると思ってるんだろう。嫌な顔とかしてないはずなんだけど……変に自信がないっていうか。謙虚も過ぎれば毒、みたいな。

 僕としては普通にこのまま続けてくれて構わない。嬉しいから。

 いや、でも言わせてばっかりは不公平か。せっかく勇気だしてくれたんだもの。僕も本音を言わないとね。


「だってほら、付き合ってる相手に様つけるのってあんまり普通じゃない……と、思う」


 僕が良いってメレディスが言ったんだ。責任はとってもらわなきゃ。

 なんてことない僕の話を聞きたがるメレディスも、僕の好きなナッツクッキーばっかりオマケにくれるメレディスも、僕は全然嫌いじゃない。人間的な好意とは別に、特別扱いしてもいいって思える理由に不足はなかった。

 最も、言った直後にぎゅうぎゅう抱き締められたので、びっくりして足を踏んづけたのはご愛敬だ。

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