"Vol de nuit"
「先生」
「夜風が、気持ち良いですね」
少年は屋上の端に腰掛けて、両足を風に揺らしながら私に顔を向ける
その眼は、私が固く巻いた布で覆われて居るし
彼の両手首もまた、布で拘束されて胸の前に固定されて居た
即ち、彼の表情は、隠れて居ない口元からしか類推する事が出来ない
そしてその口元は歯を剥き出し、淫靡な嗤いを浮かべて居た
「今宵は」
「何をして下さるのですか?」
吊り上がった口の端から細い舌が覗いたかと思うと、それは自らの唇を嘗めながら静かに滑っていく
湿気を含んだ夜の風の中で、濡れた唇が幽かに煌めいて居た
「『その眼が視えなくても、視えるもの』を…………」
「今から、君に視せてあげよう」
少年が期待に、両の指を少しだけ強く握る
口から昂揚した湯気のような吐息が、ゆっくりと零れていく
零れたのは吐息だけでは無かった
口を唾液に光らせて、少年は声も無く嗤って居た
「本当ですか?」
「…………………………嬉しい」
時々、気になる時が有る
この少年は、本当に眼隠しをされて居るのだろうか
枷を付けて居なければ、この少年は今にも身を乗り出して私の手を握りそうな、そんな雰囲気が在る
「本当だよ」
少年の耳元に唇を寄せて、私は囁く
「向こうを」
「───向いてご覧」
彼の頬に、両手で触れる
顔を屋上の外側、無限に拡がって居るようにすら視える星空と、そこから来たるかの様な風へと向ける
猫でも抱くように躰を後ろから抱きかかえると、少年は「わっ」と、屈託の無い声でそれを受け入れる
私は少年を、眼の前の奈落へと投げ捨てた
腰から下げていた瓶が、からん、と鳴る
視れば
瓶の中には、魂だけの姿となった少年が、微笑みながら囚われとなって居た




