雨傘は入用で
小糸はすでに【時巻】魔法を二度行使していた。初回は作戦の序盤、前線への突撃を繰り返すことで敵の戦力を正確に把握することを目的としていた。その結果、オモニ要塞の凄惨さは想像を絶するものであったことが明らかになった。十五インチ砲六門を擁する二個砲兵大隊が東西両門を固く守り、接近する兵器は鉄の塊と化し、人間であれば肉も皮も粉砕され、遺体の形さえ留めぬ状態で散乱していたといわれる。骨を拾う者など存在せず、戦場はまさに死の荒野であった。
さらに、対人殺傷能力に特化した榴弾砲が十二門配備されており、一発ごとの砲撃が戦争の残酷さを体現していた。突撃を敢行して突破を試みても、地面には鉄条網が張り巡らされ、トーチカからガトリング銃が雨のように弾丸を降らせる。進めば地獄、止まればさらに地獄。戦場は兵士に、死によってのみ味わえる異様な高揚、いわゆる「死のエクスタシー」を無言のうちに悟らせたのである。
司令官はゴマ・テリー大将であり、守衛する帝国兵の数は8千から1万人に上り、戦闘部隊は12個大隊で編成されていた。諜報員の報告によれば、約一か月後には訓練を積んだ一個師団が援軍として到着予定である。すでにゴズ王国からゴズ歩兵旅団が先行して入城しているものの、前戦での損耗は大きく、完全な戦力回復には至っていなかった。この状況が、今、公国軍が攻撃を開始する最大の理由であった。
公国軍は28師団を中心に、12・19師団および11歩兵旅団を擁していた。しかし、連戦の疲弊と要塞の威容に圧され、兵士たちの戦意は低迷していた。総攻撃の命令に絶望する者も少なくなく、戦闘開始後6時間半で公国軍の三割が死傷する惨状が現れたのである。
だが、この戦局を覆す希望が現れた。新兵器の登場である。第一の新兵器、魔導砲雷撃は、雷魔法を高圧縮して砲撃に乗せ、上空で放電させる装置であった。これまで雷魔法は、炎魔法と同様、投射手段の一つに過ぎず、戦略的価値は限定的であった。憲兵、通信兵、工兵など、電気的作業を要する兵科で重宝されてきた程度である。しかし今や、戦場で直接的な攻撃力を有する兵器として運用されるに至ったのである。
さらに魔導砲雷撃と連携する第二の新兵器、雷空機が存在した。雷魔法をエンジンに作用させて自ら飛行し、爆撃をも行える航空機である。ゴヴァ・メリー中佐率いる百足隊に託され、要塞攻略の切り札として活用される。飛行艇は既に存在したが、有人飛行機の登場は戦術の地平を大きく変えた。歴史が示すように、人類はどの世界においても、必ず空を制する技術に至る運命にあるのかもしれない。
雷空機は三人乗りで、操縦士・機関銃士・雷魔導士から成る。魔導砲雷撃で混乱する敵陣に、雷空機が電撃的な爆撃を加えれば、地上の攻撃はさらに苛烈さを増す。だが、要塞の防空は少なく、魔導兵も不足していることは小糸の観察で明らかであった。状況を確認した小糸は、中将に許可を取り、慎重に時を戻すことを決意する。これにより、戦局は安全に再構築され、攻撃の精度と兵士の生存率は飛躍的に向上する可能性を得たのである。
小糸は、この瞬間に戦史における攻城戦の原理を改めて認識していた。要塞はどれほど強固であろうと不落ではなく、正確な情報と適切なタイミング、そして死を恐れぬ勇気こそが、歴史を動かす者に課せられた試練である。戦争とは、単なる武力の競い合いではなく、時間と情報、そして人間心理の総合戦である。小糸は胸中で静かにその哲理を噛みしめていた。




