教犬
戦争というものは、本質において無慈悲であると、後世の史家は繰り返し述べている。勝利とは、しばしば一瞬の昂揚に過ぎず、その余韻に浸る時間すら許されぬのが常であった。
公国軍においても、それは例外ではなかった。ガジル線の勝利、そして第一次ノヴァ奪還戦の敗北。その相反する記憶は、将兵の胸中に未整理のまま沈殿していたが、彼らにそれを咀嚼する暇は与えられなかった。命令は既に下されていたのである。
夜間攻撃。
これは、当時の軍事思想において賛否の分かれる戦術であった。夜は視界を奪い、統制を乱す。だが同時に、奇襲と混乱をもたらす。攻める側にとっては、賭けである。
「戦争は賭けだ」
そう言ったのは、誰であったか。コロイス大将であったとも、あるいはロト中将であったとも伝えられる。いずれにせよ、その言葉はこの戦役の本質をよく表している。
夜。リマンヶ原の空気は冷え、兵たちは黙して装備を整えていた。銃の金属が冷たく、指先に張り付く。遠くでは、雷空機の発動音が低く唸っている。
小糸は、その光景を静かに見渡していた。28師団参謀として、彼はこの作戦の一端を担っている。しかし彼の内心には、ある種の冷徹な観察があったに違いない。
兵は、いつ死ぬかわからぬ。
それゆえにこそ、秩序と意志が必要なのだ、と。
「いいか、夜だ。敵も見えねえ、味方も見えねえ。だが!」
前線でリック准将が叫ぶ。その声は粗野でありながら、奇妙な熱を帯びていた。
「だからこそ、噛み付ける。闇の中で牙を立てろ。吠えろ、喰らえ、引き裂け!」
兵たちが低く応じる。
「了解ッ!」
その様は、もはや通常の歩兵部隊というより、宗教的狂熱に近いものがあった。ベイル教の教義に殉じる彼らは異様な気配を帯びていたといわれる。
夜間攻撃は、静かに始まった。
まず空。雷空機が闇を裂き、爆撃がノヴァ市街に降り注ぐ。閃光と轟音が、夜を昼へと変える。爆撃の標的は明確であった。すなわち地下である。
第一次戦において、公国軍は地下からの伏兵により敗北寸前まで追い込まれた。この教訓を踏まえ、今回は事前に地下施設の位置を割り出し、徹底的に破壊する方針が採られたのである。
地面が爆ぜる。石畳が持ち上がり、崩れ落ちる。地下壕は押し潰され、通路は瓦礫に埋まっていく。
「地下は潰したな」
参謀の一人が確認する。
「完全ではないにせよ、活動は制限されるはずです」
小糸は無言で頷いた。戦とは、相手の「選択肢」を奪う行為である。地下という選択肢を奪えば、敵は地上に縛られる。
そして地上。
陸戦型魔導車両試作機が、重々しい音を立てて前進する。履帯が瓦礫を踏み砕き、塹壕を乗り越え、歩兵の盾となる。炎魔法と揮発油を融合した爆発機関は、荒々しく唸りを上げていた。
「進め! 止まるな!」
ロト中将の命が飛ぶ。
その声は、まさしく「巨像」のそれであった。止まることを知らぬ質量の暴力。彼の戦い方は、ここに極まっていたといえる。
しかし
「来るぞォォォ!! あいつら、また突っ込んでくるぞ!!」
民国兵が叫ぶ。
そして彼らは、逃げなかった。
いや、逃げられなかったのである。
[参諦]。三人衆の魔法は、この戦場でも発動されていた。降伏という選択を奪われた兵士たちは、死ぬまで戦うほかない。恐怖を抱きながらも、後退という概念を失った者たち。それは人間でありながら、人間ではない戦闘単位であった。
「クソが……またかよ……!」
公国兵の一人が吐き捨てる。
「普通なら逃げるだろうが! 何なんだこいつらは!」
その問いに答える者はいない。だが小糸は、内心で理解していたに違いない。
これは戦争ではない。意思の拘束だ。
国家が兵士の精神をここまで縛るとき、戦場は倫理を失う。だが同時に、それは恐るべき戦力ともなる。
その中で、異様な存在があった。
リック准将率いる第15歩兵旅団である。
「吠えろォ! 鐘の鳴のもとに食い破れ!!」
狂気じみた号令とともに、彼らは突撃する。銃弾が飛び交い、仲間が倒れても、なお前へ出る。
その姿は、野犬ではなかった。
信仰に狂い、加護を信じて牙を剥く「教犬」。
「行けェ! 噛み砕け! 骨まで啜れ!!」
「オォォォォ!!」
民国兵が死ぬまで戦うならば、公国兵は狂気でそれを上回る。
戦場とは、しばしば理性の競争ではなく、狂気の総量で決するものである。どちらがより多くの異常を抱え込めるか。それが勝敗を分けることもある。
この夜のノヴァにおいて、それは顕著であった。
空からの爆撃、地上の突撃、地下の封殺。そして、退かぬ敵と、噛み付く味方。
それらすべてが絡み合い、戦場は巨大な歯車のように回転していた。
ノヴァ市街における戦闘は、この戦争の性格を最も端的に示す場面であったと、後世の戦史家は評している。すなわち、それは単なる火力や兵力の衝突ではなく、「精神」を巡る戦いであった。
民国の名誉大佐三人衆は戦術家である以前に、心理を操る術者であったといわれる。
彼らの基本思想は明快である。
敵を殺すな。敵の心を折れ。
そのために用いられたのが、[参諦]であった。
降伏を許さず、退却を禁じ、ただ死ぬまで戦わせる。これにより民国兵は「逃げない兵」となり、結果として戦場は常に接近戦の様相を呈する。敵にとっては、終わりの見えぬ消耗戦となる。
「……まだ来るのかよ」
ある公国兵は、焼けた壁に背を預けながら呟いた。
「さっき、あれだけ撃っただろ……」
その視線の先で、民国兵が再び立ち上がる。血に濡れ、倒れたはずの兵が、銃を握り直して突進してくる。
「来るぞ! 撃て撃て撃てェ!!」
叫びと銃声が重なる。
それでもなお、民国兵は止まらない。
この光景こそ、三人衆の狙いであった。彼らは知っていたのである。人間は、肉体よりも先に精神が崩れる、と。
耐えよ。持ちこたえよ。敵は必ず先に折れる。
それが彼らの信念であり、同時に民国の防御思想でもあった。
だが、その均衡は、徐々に崩れつつあった。
リック准将率いる第15歩兵旅団。その存在が、戦場の方程式を狂わせていたのである。
「吠えろォ!! 止まるなァ!!」
狂気じみた号令とともに、彼らは突撃する。倒れても、焼かれても、撃たれても、なお前へ出る。
「こいつら……正気じゃねえ……!」
民国兵の一人が呻いた。
参諦に縛られた兵と、信仰に酔った兵。
どちらが先に崩れるか。それはもはや、常識的な戦術の範疇を超えていた。
三人衆は、その変化を見逃さなかったに違いない。
「……来たか」
イワナリが低く言った。
「敵は、まだ折れていない」
ソウイが応じる。
「ならば、折らせればいい」
ナガヤスが微笑したとも伝えられる。
そして彼らは、新たな手を打った。
民国は、水魔法の研究において他国を凌駕していた。魔法が衰退したとはいえ、その応用技術は依然として軍事的価値を持っていたのである。
投入された新兵器「魔熱水散弾銃」。
一見すれば、地味な兵器であった。火薬でもなく、炸薬でもない。水を撃つだけの武器。しかしその本質は、極めて残酷であった。
「撃て」
短い命令とともに、それは放たれた。
次の瞬間、公国兵の前列に異様な悲鳴が上がる。
「う、あ……熱ッ……熱いィィィィ!!」
熱湯。
それが散弾となって、人体に叩きつけられる。衣服を濡らし、皮膚に張り付き、逃げ場を奪う。
想像してほしい。戦場の只中で、全身に熱湯を浴びるということを。
皮膚は瞬時に赤く腫れ、やがて裂け、爛れる。痛覚は焼き切れず、むしろ鋭敏に保たれたまま、苦痛を増幅する。
「水だ! 水をかけろ!」
「馬鹿野郎、これ以上かけてどうする!」
混乱が広がる。
撃たれた者は、倒れながらも絶叫し続ける。その声は銃声よりも鋭く、兵たちの耳と心を抉った。
「……なんだよ、これ……」
ある兵は、震えながら呟いた。
それは、死よりも恐ろしいものを見た者の声であったに違いない。
戦場において、恐怖は感染する。伝染病のように広がり、部隊全体を侵す。そして一度広がった恐怖は、いかなる命令でも容易には止められない。
公国軍の前進は、ここで明らかに鈍った。
それは単なる損害ではない。精神の揺らぎであった。
小糸は、その様を遠望していた。
彼の表情は変わらない。だがその内心では、戦争のもう一つの側面を見ていたに違いない。
兵器とは、殺すためのものではない。
恐れさせるためのものだ。
魔熱水散弾銃は、その意味において、極めて完成度の高い兵器であった。
三人衆は、なおも戦場を支配していた。
精神を操り、恐怖を植え付け、敵の意志を削る。
この戦いは、単なる都市の奪い合いではない。
人間という存在の限界を試す戦いであった、と言えるかもしれない。
戦史をひもとくとき、人はしばしば「理」のみを見ようとする。しかし、戦場を動かすものは理ではない。狂気である。あるいは信仰であり、あるいは恐怖である。と、後世の史家は述べている。
第二次ノヴァ奪還戦の市街において、その両極が激突した。
すなわち、名誉大佐三人衆の魔法【参諦】によって「降ることを許されぬ兵」と、ベイル教の狂信仰によって「退くことを知らぬ兵」との衝突である。
その最中、戦場の空気は既に常識の外にあった。
公国軍の前進は、魔熱水散弾銃による恐怖によって一時鈍った。兵は焼け爛れる同胞を見て、足を止めたのである。それは当然の反応であった。人間とは、本来、死を避けるようにできている。
だがそれでもなお、前進を強いるものがあった。
狂信仰である。
その時、後方より低く、しかし腹の底に響くような鐘の音が鳴り渡った。
重く、鈍く、しかし確かに鼓動のように刻まれる音。
それはベイル教における進撃の合図。通称「ヨハンナの鐘」であったといわれる。
塹壕の泥に伏していた兵が、顔を上げた。
「……鳴ったぞ」
「クソ……まだやるのかよ……」
だが、その呟きの奥には、奇妙な安堵があった。命令が与えられたからである。人は命令されることで、死を納得する生き物である。
その鐘を聞き、ハウンド・リック准将は静かに笑った。
彼の眼は狂気に濁っていたとも、あるいは信仰に澄んでいたともいわれる。
「いいか、聞け」
彼は血と泥にまみれた副官に向き直る。
「ヨハンナの鐘はな、鳴り止まねぇんだよ」
その声は、静かでありながら、刃のように鋭かった。
「止まるのはどっちだ? 俺たちか、それともあいつらか」
副官は一瞬だけ言葉を失い、やがて歯を剥いた。
「……俺たちじゃありませんな、准将」
「そうだ。だから進む」
リックはゆっくりと右手を上げた。
「祈れ。そして撃て。そして喰らいつけ」
その言葉は教義というよりも、獣の本能に近かった。
「ベイルの響どもよ、行け」
次の瞬間、第15歩兵旅団は動いた。
それは突撃というより、解き放たれた群れであった。
銃声が鳴る。怒号が飛ぶ。砲弾が裂ける。
だが、そのいずれもが、もはや統制された戦闘の音ではなかった。
戦列は崩れ、分隊は分断され、指揮系統は霧散する。
それでも彼らは進んだ。
前方では、民国兵が同じように突進してくる。【参諦】に囚われた彼らもまた、退くという選択肢を持たぬ存在であった。
「来いよォ!! 来い来い来い!!」
「退くなァ!! 死ぬまで撃てェ!!」
互いに狂気を叫びながら、銃剣を構え、距離を詰める。
その光景は、近代戦とは呼び難い。
塹壕も、陣形も、火力優勢も、もはや意味をなさない。
あるのは、ただ「前に出る意思」だけであった。
この段階に至れば、戦争は既に戦術の領域を離れている。これは軍事史においてしばしば見られる現象であり、「統制の崩壊と個の暴走」と呼ばれる状態に近い。
すなわち、戦争が国家の意思ではなく、兵士個々の狂気に委ねられる瞬間である。
後世の軍学者は、この局面をこう評している。
人間が制度を脱ぎ捨て、ただの生物へと還る瞬間である、と。
小糸はその光景を、後方の観測点より見ていた。
28師団参謀として、冷静に戦況を把握すべき立場にあったが、その目に映る光景は、いかなる教本にも記されていないものであった。
(……これは、戦ではない)
そう感じたに違いない。
(意志と意志が、ただぶつかっているだけだ)
だが、その混沌の中にも、一つの趨勢はあった。
リック率いる第15歩兵旅団は、止まらなかった。
銃弾に倒れようと、熱湯に焼かれようと、彼らは前へ進み続けた。倒れた者の背を踏み越え、叫びながら、敵へと噛みついた。
一方の民国兵は、退くことはできなかったが、恐怖そのものを消されたわけではない。
恐怖を抱えたまま、逃げることもできず、ただ戦う。
この差異は、やがて決定的な意味を持つ。
すなわち、前者は「選んで進む狂気」、後者は「縛られて戦う狂気」であった。
戦場において、どちらが強いかは明白である。
やがて、民国軍の一角に亀裂が生じた。
「押されてる! 押されてるぞ!!」
「持て!! 持てと言っている!!」
だが、その命令は空虚であった。なぜなら彼らは「退けない」だけで、「耐えられる」わけではなかったからである。
そしてついに
その戦線は、音を立てて崩壊した。
それは堤防が決壊する瞬間に似ていたといわれる。最初は小さな裂け目であったものが、一瞬にして全体を飲み込む。
同士討ちすら顧みぬ乱戦の中で、民国軍は統制を失い、各所で瓦解した。
兵は散り、命令は途絶え、陣形は消えた。
ノヴァの市街は、ついに公国軍の手に傾き始めたのである。
戦争とは、つまるところ何か。
それはしばしば戦略や兵力で語られるが、最終的に勝敗を分けるのは、こうした「人間の極限状態」に他ならない。
この戦いは、そのことを雄弁に示していた。
すなわち、魔法による狂気と、信仰による狂気。
その衝突において、わずかに一歩、前に出た者が勝つのである。




