空も陸も地下も
第二次ノヴァ奪還戦の作戦は、このときすでに大綱において定まっていたといわれる。戦とは往々にして、勝敗の半ばを会議の席で決するものだが、このときの公国軍首脳もまた、その例外ではなかった。
続く戦役は、短期決戦の様相を帯びながらも、実際には消耗戦の泥濘へと足を踏み入れつつあった。ゆえに彼らは知っていたに違いない。時間は敵である、と。
リマンヶ原の野営本部。油灯の淡い光の下、地図が広げられ、駒が置かれている。その一角に、小糸の姿があった。28師団参謀として列席する彼は、静かに全体を観察していた。
「攻撃は、早い方がいいよね。」
そう口火を切ったのは、総司令官コロイス大将であった。
「敵は勝利に酔っている。士気は高いが、防備はまだ固まりきっていないよ。今叩くべきだ」
この判断は、戦史的に見ても妥当であった。防御とは、時間を食って完成する工芸品のようなものである。塹壕の連結、火点の配置、補給線の整備いずれも一朝一夕には成らぬ。敵がそれを整えぬうちに攻める。これは古来不変の原則であった。
ロト中将は腕を組み、黙していたが、やがて低く言った。
「前回は、押し切れたはずだった」
その声音には、悔恨と怒気が混じっていたに違いない。
「だが、あの“猿ども”の魔法と、地下の伏兵に絡め取られた」
参謀の一人が口を挟む。
「[参諦]……厄介な代物ですな。降伏を許さぬ精神干渉。兵が死ぬまで戦うとなれば、通常の損耗計算は通用しません」
ここで読者諸氏に説明しておく必要があるだろう。この時代の戦争において、兵の「退く」という行為は、戦術の一部であった。退却は敗北ではなく、再編成のための機動である。だが参諦は、それを奪う。すなわち戦術の柔軟性を奪い、戦場をただの殺戮空間へと変質させるのである。
コロイスは頷いた。
「だからこそ、今回は違うようにするよ。二度同じ轍は踏まない」
机上の地図に、参謀が新たな線を引く。
「まず、砲撃。これは従来通りだが、密度を上げる。加えて雷空機による上空からの爆撃」
「空から削る、か」
リック准将が嗤った。「野犬」と呼ばれるこの男の笑みは、常に血の匂いを帯びている。
「いいじゃねえか。上から叩き、下から踏み潰す。逃げ場なんざ、どこにもねえ」
その口調は粗暴であったが、本質を突いていた。戦術とは、敵に選択肢を与えぬことである。
さらに参謀が続ける。
「その後、陸戦型魔導車両試作機を先頭に突撃。歩兵はこれに随伴し、火点を制圧。敵が混乱したところで、全面攻撃に移行します」
いわば、火力と機動の融合である。停滞を打破する試みである。
小糸は、そこで静かに口を開いた。
「……加えて、敵の“地下”を封じるべきです」
場の視線が集まる。
「前回の敗因の一つは、地下からの兵力投入でした。ならば、先んじてそれを潰す必要があります」
「どうするの?つづけて」
コロイスが問う。
「砲撃の一部を、地表ではなく、推定地下施設に集中させます。地盤を崩し、通路を埋める。あるいは煙幕と毒性ガスを併用し、地下の活動を制限する」
参謀たちがざわめいた。これは、この時代としてはやや異質な発想であったといえる。だが戦争とは、既存の形式を疑う者が勝つ。
ロト中将が、低く笑った。
「いい。実にいい。敵の牙を、根元から折るわけだな」
小糸は答えなかった。ただ地図を見つめていた。その眼差しは、戦場の未来を見通しているかのようであった。
かくして作戦は定まる。
砲撃と雷空機による削り。
陸戦型魔導車両を軸とした突破。
そして全面攻撃。
加えて、地下戦力の封殺。
速度こそ命。それは攻める側の心理であると同時に、守る側もまた理解している真理であった。ゆえにこの戦いは、単なる力比べではない。時間との競争、意志の衝突であった。
国家というものは、戦争においてその本質を露わにする。迅速を尊ぶ公国と、執念を強いる民国。その衝突は、やがて必然として、さらなる流血を呼ぶに違いない。
そしてこのとき、誰もが理解していた。
次の戦いは前回以上に苛烈となる、と。




