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猿は踊る

この戦いにおいて、民国の名誉大佐三人衆が立案した作戦は、まさしく教科書的と評されるほどに適合していたと、後年の戦史家は記している。すなわち、市街という複雑極まる地形を利用し、敵の機動力と突撃精神を逆手に取るという構図であった。


ノヴァ市街、それはもはや都市ではなく、迷宮であった。


瓦礫に埋もれた通り、崩れかけた石造建築、地下に張り巡らされた古い排水路と防空壕。それらすべてが、守る者に味方する「第二の兵器」となっていたのである。


第6師団は、その迷宮へと自ら踏み込んだ。


はじめは、勢いであった。


砲撃により切り開かれた道を、装甲車両と歩兵が進み、銃剣を構えた兵が建物へ雪崩れ込む。その様は、まさしく巨像が障害物を踏み砕くがごとき進撃であった。


しかし、


「……来るぞ、右上だ!」


銃声が響いた。


屋上からの狙撃。側面の窓からの一斉射撃。地下から現れる突撃兵。


市街戦とは、戦列の概念を破壊する戦いである。敵は前にも後ろにも、上下にも存在する。読者諸賢も想像されたい。敵がどこにいるか分からぬまま進むということが、いかに兵士の精神を蝕むかを。


「クソがァ!どこにいやがる!!」

「撃て撃て撃てッ!壁ごと吹き飛ばせ!!」


ある分隊長は狂気じみた声で叫び、部下に発砲を命じた。


だが、撃てども敵は尽きない。


それは、敵が多いからではない。退かないからである。


ここにおいても、三人衆の魔法[参諦]の真価が発揮されていた。


理性の一部のみを切り落とされた兵士たちを戦史の言葉を借りるならば、


「兵は意志を持つ弾丸となった」


とでも言うべきか。


「……なんだこいつら……ッ」

「死ぬぞ!下がれ!!」

「下がるなァァァ!!撃て!!撃ち続けろォォ!!」


敵兵は血を流しながらなお前進し、倒れながら引き金を引いた。銃声は断続的に響き続け、戦場はもはや戦術ではなく、意志と狂気の消耗戦へと変貌していった。


第6師団の兵士たちは敵兵の「異常」を理解し、畏怖した。


いつもなら、ここで敵は崩れる。

ここまで押し込めば、逃げる。

それが戦争であった。


だが、今回は違う。


どれだけ進んでも、敵は尽きない。

どれだけ殺しても、止まらない。


この「終わらなさ」こそが、兵の心を削る最大の刃であった。


ロト中将は、前線報告を受けながら沈黙していた。


「……閣下、各大隊より損耗増大の報告です。戦意低下も顕著に…」


参謀の声は、どこか震えていた。


ロトは答えなかった。


彼は突撃の将である。進むことに意味を見出し、突破にこそ勝利を見出す男であった。だが、この戦場には「突破の実感」がなかった。


進んでいる。確かに前進している。


だが勝っている気がしない。


それが、将として最も忌むべき感覚であったに違いない。


「……面白ぇじゃねぇか」


ロトは低く呟いたといわれる。


「なら全部踏み潰してやるだけだろうが」


その言葉は豪胆であったが、同時に焦燥を孕んでいたと記録する者もいる。


そして、その瞬間であった。


「敵増援!地下より出現!!」


伝令の叫びが、戦局を決定づけた。


地下壕に潜んでいた民国兵が、一斉に姿を現したのである。側面、背後、そして退路にまで食い込む形での出現であった。


これは三人衆が仕掛けた、いわば「第二撃」であった。


「囲まれてるぞ!!」

「ふざけんなァ!!どこから湧いてきやがった!!」

「クソッタレがァァ!!これが戦争だってか!!」


怒号と罵声が飛び交う。


第6師団は、この時点で既に三割近い損耗を被っていた。精鋭部隊としては致命的な数字である。


各部隊長は、ほぼ同時に同じ結論へ至った。

撤退すべし。


ロトは、それを受け入れざるを得なかった。


「……退け」


短い命令であった。


その声には、怒りとも諦念ともつかぬ響きがあったとされる。


こうして、第6師団はノヴァ市街から後退を開始した。


この戦いは後に「第一次ノヴァ奪還戦」と呼ばれ、戦闘は、民国側の勝利として記録される。


後世の軍事史家は、この戦いをこう総括している。


「巨像は力で押し、三猿は知で絡め取った」


あるいは、より俗な表現を用いれば、


「猿が象を倒した」


ということになる。


戦場の一角で、ロト中将は立ち尽くしていた。


泥と血にまみれた軍靴の先に、折れた銃剣が転がっている。


彼は無言で、手にしていた師団杖を地に叩きつけた。


乾いた音が、虚しく響いた。


一方その頃、ノヴァの高所に設けられた指揮所では、三人衆が戦況を見下ろしていた。


トモミチ・イワナリが笑う。


ソウイ・ミヨシが肩をすくめる。


ナガヤス・ミヨシが静かに頷く。


「ほらな、言ったろう」


「象ってのは、足元が見えねぇんだよ」


「踏み込んだ瞬間に、絡め取ればいい」


三人は、まるで軽口のように言葉を交わした。


だが、その背後にあるものは、国家を動かし、戦争を操る冷酷な意志であったに違いない。


戦争とは、力だけでは決まらない。


意思、構造、そして時として狂気。


それらが噛み合った時、戦局は一変する。


ノヴァの戦いは、まさにそれを証明した一例であった。

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