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翳りゆく火

国家の中枢というものには、独特の空気がある。

それは軍隊であれ宮廷であれ同じで、権力という見えぬ重みが部屋の隅々にまで沈殿しているものだ。


その空気が変わる瞬間がある。


誰かが部屋に入ってきたときである。


ただの人物ではない。

その人物が国家そのものを背負っている場合、空気はまるで号令のように動く。


そのときも、まさにそうであった。


扉が開いた。


ブロンドの女性が入室した瞬間、部屋の空気が変わった。

小糸とカイト以外の全員が、ほとんど同時に立ち上がった。


そして敬礼をした。


小糸はその様子を見ながら思った。

どの世界でも、敬礼というものは存在するのだな。


文明が違っても、軍隊という組織の作法は不思議なほど似通う。

階級を示す儀礼、指揮官への敬意、命令系統。


それは軍隊という組織が、人間の集団の中で最も合理化された機構だからである。


女性はゆっくりと歩み寄り、通訳の男に声をかけた。


「リー・ベルベチカ〇※△」


小糸には意味がわからなかった。

しかしその響きから、自己紹介か階級の報告であろうと推測できた。


リー・ベルベチカ。


あの通訳の男の名前なのか。


小糸がそんなことを考えていると、女性はふいに小糸とカイトの顔を覗き込んだ。


そして次の瞬間、短く命じた。

兵士たちが一斉に退室する。


部屋には、女性とリーと呼ばれる男、そして小糸とカイトだけが残った。


女性はリーの頭に手をかざした。


何かの魔法だろう。


次の瞬間。


「会話ができているか?」


女性が日本語で話しかけてきた。


小糸は思わず目を見開いた。


女性は言った。


「リー中尉の魔法である【言語超越者】を借りて、お前たちと会話をさせてもらおう」


つまり、魔法による通訳である。

そして、あの男も特別な魔法を持つ男だったのだ。

また彼女も…


女性はさらに言った。


「【金炎】はどちらが宿している?」


カイトがすぐに答えた。


「私です」


その声には、どこか決意めいたものがあった。


女性は頷いた。


「では君が……」


そう言って小糸を見つめた。


その視線には、軍人の観察眼があった。

人を値踏みする、冷静な目である。


そして女性は言った。


「失礼した」


軽く姿勢を正す。


「私はベルト公国第五代公王、エルメス・フォン・グフタスである」


部屋の空気がさらに重くなった。


小糸の背筋が自然と伸びる。


王。


それもこの国の統治者である。


「今回の錬人術の計画・指揮をとらせてもらった」


エルメスは少しだけ目を細めた。


「まさか君たちのような青年を錬人してしまうとは思わなかったが」


小糸は言葉を失った。


王が自らここに来ている。


それだけで、この状況の異常さがわかる。


人間というものは奇妙なもので、目上の者から先に挨拶されると、それだけで恐怖と敬意を覚える。


小糸も例外ではなかった。


胸の奥が冷たくなる。


それでも、小糸は何とか自己紹介をした。


「浅倉小糸です」


声はわずかに震えていた。


だがそれで、かろうじて心の平衡を保った。


エルメスは小さく頷いた。


「小糸君」


そして少し声を落とした。


「君の魔法はかなり特別でね」


その言葉には重みがあった。


「これからの戦況を考えるに、多くの人には知られては困る」


彼女は小糸の耳元に近づいた。


「だから直々に伝えに来た」


そして振り返り、リー中尉に命じた。


「彼を連れて行け」


カイトが連れて行かれる。


扉が閉まる。


部屋には、小糸とエルメスだけが残った。


エルメスは静かに言った。


「簡単に伝えよう」


「君の魔法は、時を戻せる」


小糸は一瞬理解できなかった。


エルメスは続けた。


「【時巻】魔法」


その言葉は、静かでありながら重かった。


「使用回数は二十回から三十回」


エルメスは言った。


「かなり貴重な魔法だ」


そして付け加えた。


「敵国に知られれば、君はすぐ暗殺されるだろう」


そのため、


「知っている人間は少ない方が都合がいい」


小糸は頭の中で整理した。


時を戻す。つまり、


「……」


数秒後、小糸は気づいた。


これは、とんでもない力だ。


エルメスはわずかに笑った。


「聡明だな、小糸君」


「そうだ」


「君の魔法があれば、負けを覆し勝利に変えることができる」


敵の作戦を知る。


軍事行動を観測する。


そして時間を戻す。


完璧な準備で戦う。


軍事理論としては、ほとんど反則に近い能力である。


エルメスは続けた。


「敵の軍事行動を知り、万全の態勢で戦える」


そして少しだけ苦笑した。


「なんなら完勝も可能だ」


そこでいったん彼女は言葉を止めた。

そしてまた話し始めた。


「……と言いたいところだが」


表情が曇る。


「現戦況では難しい」


小糸はすぐに聞いた。


「難しいというのは?」


エルメスは頷いた。


「ベルテの順応魔法がよく効いているようだ」


彼女は窓の外を見た。


「現在、すべての前線は塹壕を築いている」


塹壕。


近代戦争の象徴である。


兵士たちは地面に穴を掘り、その中で戦う。

前進は難しく、防御は強固になる。


「両軍は防御陣形を築き、にらみ合いと小競り合いを繰り返している」


つまり膠着状態である。

決戦が起きない。

だから戦争は終わらない。


エルメスは言った。


「決戦で勝負がつけば、お互い楽なのだがな」


そして静かに言った。


「正直、両陣営ともじり貧だ」


資源も兵も尽きつつある。


「これ以上長引くことは望んでいない。

だが、終わらせなければならない」


エルメスは小糸を見た。


「そこで2,242名の錬成魔法者の命と引き換えに」


「君たち異世界人を錬成した」


小糸の胃が急に重くなった。


二千人。


自分たちのために。


気持ち悪さが込み上げる。


エルメスはそれを察したのか、軽く言った。


「そのうち2,029名は罪人と捕虜だ」


「気にする必要はない」


そして話を戻した。


「カイト君の【金炎】は貴族連中に重宝されるだろう。良い魔法だ」


そして。


「君の魔法さえあれば……」


エルメスは静かに言った。


「君に選択肢を与える」


指を二本立てる。


「一つ、ベルト公国軍人として、この国のため魔法を使う」


そして。


「二つ、ここで死ぬ」


小糸は思った。


選択肢は一つしかないじゃないか。


エルメスは淡々と続けた。


「ちなみに錬成された異世界人が元の世界に戻ったという資料は存在しない」


少し肩をすくめる。


「戻ったとしても、観測されていないだけかもしれないが」


そして最後に言った。


「あと魔法を使うには少し練習が必要だ。今すぐ時間を戻すことはできない」


さらに。


「君の時戻しの限界は12時間前だ」


十二時間。


小糸は考えた。もし今使えば自分たちが検査されている頃に戻るだけだ。


だが。連続で使えば。


さらに前へ…


そこまで考えたとき、小糸は気づいた。


魔法の使い方がわからない。


目を閉じる。深く考える。


そして小糸は、静かに決意した。

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