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ただ君に幸

戦争というものは、しばしば常識の外側から手段を引き寄せる。

それが国家の存亡を賭けた戦争であれば、なおさらである。


歴史家の中にはこう言う者もいる。

国家は平時には道徳を語り、戦時には生存を語る、と。


この世界のベルト公国も、まさにその段階にあった。


銃と砲兵が主役となった近代戦争。

戦線は長く延び、砲撃は日常となり、兵士たちは泥と鉄の世界で消耗していく。


開戦から一年半。

戦争はすでに短期決戦の幻想を失っていた。


その状況で生み出された技術こそが、錬人術であった。


異なる世界から人間を錬成する

常識から見れば狂気に近い発想である。


だが国家という巨大な装置は、時にそのような狂気を合理として採用する。


そしてその犠牲者、あるいは被選者となったのが、小糸とカイトであった。



尋問が一通り終わると、二人は同じ部屋で説明を受けることになった。


通訳の男は、整った服装をした落ち着いた人物だった。

軍人というより、役人か研究者のようにも見える。


彼は椅子に腰掛けると、静かに言った。


「まず説明しておこう」


部屋の奥には軍人たちが控えている。

勲章を胸に付けた男たちは、黙って二人を観察していた。


「ここは君たちがいた世界とは、まったく異なる世界だ」


小糸は黙って聞いていた。


驚きは、すでに半ば麻痺していた。

ここまでの状況を考えれば、その説明が最も合理的だったからである。


男は続けた。


「そして我々は君たちと同じ人間だ。ホモ・サピエンスだ」


その言葉は、小糸の胸にわずかな安堵をもたらした。

少なくとも怪物ではない。


男は机の上の資料を指で叩いた。


「ここはベルト公国の首都にある軍事施設だ」


軍事施設。


小糸は改めて部屋を見回した。


壁は厚く、窓は小さい。

廊下では兵士の足音が響く。


確かにここは軍の中枢施設のようであった。


男は言った。


「君たちは錬人術という魔法によってこの世界に錬成された」


錬成。


人間に使うにはあまりに機械的な言葉である。


小糸は、胸の奥に小さな違和感を覚えた。


男の説明は淡々としていた。


「理由は単純だ。戦局打開のためだ」


戦争。


その言葉が、この部屋の空気をさらに重くした。


男は続けた。


「現在、ベルト公国はフライル帝国とゴズ王国の同盟と戦争状態にある。開戦からおよそ一年半だ」


近代戦争は消耗戦である。


銃と砲兵は大量の兵士を必要とし、同時に大量の死者を生む。

戦線が膠着すればするほど、国家は新しい手段を求める。


錬人術も、その一つであった。


「錬人術で錬成された異世界人は、高確率で特殊な魔法を持つ」


男は静かに言った。


「そして君たちの手に施した手術は、その魔法を使えるようにする処置だ」


小糸の左手の甲が、鈍く痛んだ。


あの検査の時の処置である。


男は続けた。


「なお、錬人術を行うには多くの人命が必要になる」


小糸は言葉を失った。


戦争とは人命の計算である。

それはどの世界でも変わらないらしい。


男は最後に付け加えた。


「なお、私が日本語を話せる理由は軍務機密だ」


その説明はそこで一区切りとなった。


男は書類をめくった。


「さて、次は検査についてだ」


「まず君たちに行った検査は魔法の確認と疫病対策だ」


疫病。


それは戦争と同じくらい軍隊を壊滅させる敵である。


「基本的に生きていた環境が違う。ワクチンを打たなければホルドネス病やデロドロ病に感染する」


男は淡々と言った。


「次になぜ君たちが錬人されたかだが」


そこで少し肩をすくめた。


「理由は特にない」


小糸は思わず顔を上げた。


男はあっさり言った。


「運だ」


錬人術はランダムに世界を選ぶ。


つまり小糸とカイトは、偶然この戦争に引きずり込まれたのである。


男は次の書類を取り上げた。


「まずカイト君の魔法だが……」


彼はわずかに目を細めた。


「やはり異世界人の魔法は特別だ」


そして言った。


「燃やしたものを金に変える魔法。【金炎】だ」


部屋がわずかにざわめいた。


「使用回数は350回から450回ほどだろう」


小糸はすぐに聞いた。


「使用回数?」


男は頷いた。


「魔法について簡単に説明しよう」


彼は講義のように語り始めた。


「この世界では人は生まれつき魔法の才能を持つ。だが使える魔法の種類は基本的に決まっている」


指を折る。


「炎、雷、水、治癒、錬成」


「基本的には、だ」


そして続けた。


「その魔法は、生まれてから死ぬまでに使える回数が決まっている」


小糸は驚いた。


「回数が?」


「そうだ」


男は頷いた。


「魔法は無限の力ではない。弾薬のようなものだ」


戦争の時代では、あらゆる力が資源として計算される。


魔法も例外ではなかった。


男は続けた。


「だが異世界から錬成された人間は違う」


声が少し低くなる。


「基本系統に当てはまらない魔法を持つ可能性がある」


確率は約30%。


「この世界の人間が特別な魔法を持つ確率は0.01%ほどだ」


つまり異世界人は極めて貴重な戦力である。


男は言った。


「カイト君の【金炎】はかなり特別な魔法だ」


そして付け加えた。


「誰がどのような魔法を使えるかを判定する判定魔法士も存在する」


小糸はその言葉に反応した。


男は説明を続けた。


「判定魔法士は世界で唯一人工的に使用できる魔法でね」


人工的。


つまり生まれつきではない。


「特別な手術をすれば使用できるようになる」


そして少しだけ笑った。


「ただ、おススメはしないよ」


その言葉には奇妙な含みがあった。


カイトはぼんやりと言った。


「【金炎】か……」


どうやら彼は状況を受け入れているようだった。


順応が早い。


だが小糸もまた、冷静だった。


理由はわかっている。


先ほど、あの気味の悪い男に魔法をかけられた。


あれは、洗脳だ。


その時、通訳の男が言った。


「小糸君、気づいたようだね」


男は肩をすくめた。


「さっきの人は【順脳】の魔法を持つ元異世界人だ」


小糸たちと同じ存在。


「君たちも遅かれ早かれこの世界の人間として行動するよ」


そして書類をめくった。


「さて、小糸君の魔法だが……」


男は突然、言葉を止めた。


扉が開いたのである。


部屋の空気が一瞬で変わった。


軍人たちが姿勢を正す。


入ってきたのは、あの女性だった。


小糸が最初に見た、あのブロンドの女性。


今は軍服とも礼装とも言える高貴な衣装をまとっている。


その姿には、自然と人を従わせる威厳があった。


小糸は思った。


やはり姫のような人だ。


だが後に歴史家たちは言う。


この時この部屋に入ってきた女性こそ、

この戦争の流れを大きく変える人物であった、と。

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