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俊猛

同盟軍主力がハマ丘陵へ到達した時、戦場の規模はもはや局地戦の域を超えていた。


ゴイコ民国軍の総司令官はスチャ・ルーデン大将。その指揮下には9万の近代式軍隊があった。民国はこの数十年で急速な軍制改革を進めた国家であり、砲兵、機関銃、そして航空機を組み合わせた戦争を理解していた。


それに加わるのがジレ多民族国軍で、ムザクバード攻撃で爆炎機を投入したフルロク族ではなかった。主力はガミラ族で総大将はガミラ族族長ヌバンパ。兵力は3万。軽装の騎兵と歩兵が主体であり、突撃力は敵軍を圧倒する。


両軍合わせて12万。


これに対してガジル線の守備兵は4万であった。


兵力差はなお大きい。だが防衛戦として見れば、まだ現実的な数字である。

軍事史を学ぶ者ならば理解するであろうが、要塞線というものは兵力を数倍に増幅させる装置のようなものである。塹壕、鉄条網、砲台、地下壕。これらは人間の肉体を鉄と土で補強する文明の装甲であるといわれる。


しかし同盟軍には、もう一つの武器があった。


族長ヌバンパの魔法である。


ヌバンパはまだ40代半ばの男である。

広い肩幅と鋭い眼光を持つ、典型的な草原の戦士の顔をしていた。身長はとうに2mを超えている。


彼の能力は[俊頼]と呼ばれていた。


これは自軍全体の速度を1.25倍に引き上げる魔法である。


数字だけを見れば、人はしばしばこう思う。


たった1.25倍か。


だが戦場という場所を知る者ならば、この数字の意味を理解する。

戦争とは、数秒の差が生死を分ける世界であり一瞬で決まる。


突撃の速度。

銃剣を構える速さ。

遮蔽物へ飛び込む動作。

装填の時間。

突撃の距離。

その一瞬が25%短くなる。


それがどれほどの差であるかは、戦場の兵士にしかわからない。


実際、後年の戦史家の多くはこう書いている。


もしヌバンパがムザクバード攻略に参加していたならば、あの都市は7日早く陥落していたであろう、と。


同盟軍の前線指揮所。

そこでは族長ヌバンパが丘陵地帯を望遠鏡で見つめていた。


遠くに連なるコンクリート砲台と鉄条網。

それがガジル線である。


族長の側近が尋ねた。


「族長、要塞線は堅固です」


ヌバンパは短く答えた。


「堅固な城ほど、最初の衝撃で崩す」


彼はゆっくりと手を掲げる。


魔法の光が広がった。


[俊頼]


それは派手な魔法ではない。炎も雷も起きない。

だが兵士たちの身体が、わずかに軽くなる。


歩兵が走る。


騎兵が駆ける。


突撃部隊が丘陵へ向かって前進する。


それは明らかに速かった。


ガジル線の前方塹壕。


若い兵士が双眼鏡を覗きながら声を上げた。


「敵が来ます!」


下士官が望遠鏡を奪い取る。


「……速い」


別の兵士が呟く。


「なんだあの突撃……」


伝令兵が司令部へ駆け込んだ。


「敵軍前進!突撃部隊確認!」


ガジル線の防衛配置は三つの戦区に分かれていた。


中央、総司令官ヒデアキ・トウジョウ上級大将


右翼、ムザクバードから撤退したドドド・マック少将


左翼、冷静な防衛戦術で知られるダ・ルカ准将


司令部では参謀たちが地図を囲んでいた。


「敵突撃速度、予想以上です!」


「これは……」


一人の参謀が言った。


「魔法です」


その言葉に空気が重くなる。


トウジョウ上級大将は静かに立ち上がった。


彼の年齢は60に近い。

だがその目は鋭く、老将というより古い戦国の武将のような威厳を持っていた。


そして彼にもまた、秘密があった。


異世界転生者。


トウジョウもまた、その一人であった。


そして彼にも魔法がある。


その名は、


 [猛火]


これは攻撃魔法ではない。

兵士の精神に作用する強化魔法である。


兵士の戦意を極限まで高める。


恐怖を押し込み、勇気を燃え上がらせる。


戦争というものは、兵器よりも精神で決まるといわれる。

銃を持つ手が震えれば引き金は引けない。砲兵が恐怖に屈すれば砲は沈黙する。戦争とは結局、人間の心が戦うものだからだ。


トウジョウはそれを理解していた。


参謀が恐る恐る言った。


「閣下……魔法を?」


トウジョウは丘陵の向こうを見つめて言った。


「敵は速い」


胸に手を当てそして続けた。


「ならば我々は、心で勝つ」


その瞬間、赤い光が司令部から広がった。


 [猛火]


それは静かに戦線へ伝わっていく。


塹壕の中で震えていた若い兵士が、ふと顔を上げた。


「……なんだ?」


別の兵士が胸を押さえる。


「体が……熱い」


初陣の兵士が、恐怖のあまりズボンを濡らしていた。

だが彼はゆっくり銃を握り直す。


「……やるしかないか」


下士官が笑った。


「そうだ。それが兵隊だ」


兵士たちの眼が変わっていた。


恐怖が消えたわけではない。

だがその恐怖を押し込める何かが、胸の奥に燃え始めていた。


戦史というものはしばしば兵力や兵器の数字で語られる。

しかし本当に戦争を動かすものは、もっと原始的なものかもしれない。


勇気。誇り。そして覚悟。


この時、ハマ丘陵の戦場では二つの魔法が衝突しようとしていた。


速度の魔法。


 そして


戦意の魔法。


ガジル線の戦いは、今まさにその火蓋を切られた。

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