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2話 催眠スプレーと疲れた姉

 1週間のうち、金曜日は一番心が楽だ。というのも、乗り切れば土日が待っているからである。

 ただ楽なのは心の持ちようだけであって、実際のところ金曜日は、週で一番忙しいということがままある。週を越してはいけない仕事が詰まっているとか、週末や月末の提出物やら、そういったものが舞い込んでくる。こちらも取引先も、週末に終わらせられるなら終わらせたい、というのが本音だ。……休日が待つ期待感と仕事量は、大体とんとんだ。


「ふぅ……よし、退勤っと」


 挨拶をしてオフィスを出ると、残業したこともあって暗くなっていた。段々と暑くなり、日も長くなってきたけれど、残業が重なると陽は落ちる。普段の終業時刻くらいに「遅くなるかも」とりんちゃんに連絡したけれど、お腹を空かせているだろうな。

 家路を急ぐ。歩いて通勤できるのは良い。りんちゃんも暮らすからということで、彼女の両親──私の叔父と叔母に当たる──から、家賃を名目にそれなりの額のお金を貰っているので、良い家に住まわせて貰っている。


「ただいま」


 鍵を回して戸を開ける。廊下は明るい。パンプスを慌てて脱いでいると、がちゃり、と扉の開く音がした。見ると、リビングから白衣を着た金髪の少女──従姉妹で同居しているりんちゃんだ。


「おかえり、叶葉(かなは)! お疲れ様」


 にこりと彼女は笑う。──この笑顔を見ると、私はどんなに辛い仕事でも頑張れる気がしてくる。それくらいに可愛くて、愛おしい。……本当に私達、血の繋がった姉妹なんじゃないかな。いや、従姉妹だから血は繋がっているけれど。


「あ、ただいまりんちゃん! ごめんね、遅くなっちゃった! すぐご飯用意するからね!」


「……ふむ……」


 彼女の横を通ってリビングへ。ラックにかばんを置いて上着を掛けて、何時も置いてあるエプロンを手に──取ろうとしたところで違和感に気づく。普段なら掛けてあるエプロンが見当たらない。

 遅れてリビングに入ってきた──何かを思案している──りんちゃんに聞いてみると、「洗った」とのことだった。


「へ、りんちゃんが?」


「ああ。……結構汚れていたからな。ボク様が発明した、超微細泡洗浄を試したのだが……まだ乾いていないようだ」


 すまない、ボク様としたことが。と彼女は謝る。


「全然謝ることじゃないよ! 私のエプロン洗ってくれるなんて、すっごい嬉しい!」


「……そうか、なら良かった」


「じゃあかわりのエプロン……って、そういえば一着しかないんだった。……うーん、シャツのままなのも汚れるしなぁ」


 一着しかないエプロンが汚れているので、必然的にシャツのまま料理をすることになる。ただそうすると、シャツが汚れてしまう。洗濯すれば落ちるけれど、汚れすぎても面倒くさい。……と考えていると、りんちゃんが「ジャージはどうだ?」と呟く。


「ほら……確か、高校生くらいのときの、持っていただろう? アレに着替えれば、楽じゃないかと思うのだが」


「あ、そうだった。さっすがりんちゃん、頭良い!」


「まあ、ボク様は“天才”だから、な……ふっ」


 ふふん、と鼻を鳴らす彼女。うん、可愛いな。これだけ可愛くて、しかも超絶賢いのだから、彼女は世界一だ。姉として誇らしい。

 りんちゃんの提案でジャージに着替える。高校卒業以来、あまり身長などは変わっていない──その頃から結構高い方だった──ので、すんなりと入った。箪笥の奥にしまわれていたからか、どこか木の匂いがする。


「よーし、じゃあご飯作るからね──」


「あ、そうだ叶葉。ちょっと」


「うん、なにか──なっ!?」


 今度こそ待たせてしまっているご飯を作ろう──と袖を捲ったのもつかの間。りんちゃんに呼ばれて振り向くと、彼女の手には小さなスプレーが握られていて、ぷしゅっとピンク色の煙が吹き出した。

 反射的に目を瞑るけれど、噴射された機体のほとんどは吸ってしまっていたようで、鼻孔に花の香りが充満する。


「えっと、りんちゃん? これは? 匂いは良いけれど……っていうか、あんまり人にこういうのは良くないんじゃないかな」


 訊ねるとりんちゃんは、にやりと笑った。悪戯っぽい笑みも可愛い。


「なあに、いつもの実験さ。すぐに効いてくるはずだけれど」


「すぐにってどう……いう……あれ……?」


 ふらり。視界が僅かに歪む。身体に力が入らない。まるで地面がクッションにでもなってしまったかのような、足場の不安定な感覚が全身を襲う。


「効いてきたか。──そうだな、叶葉。右手を挙げてくれ」


 彼女は指を立てて、そう告げる。ただ腕に力が入らないので、到底上がるはずもない。けれども次の瞬間。右腕が、ひとりでに上がった。


「……え……?」


「くくっ。……じゃあ、一回転してくれないか?」


 その言葉にも、心では“動かない”と思っているのに、まるで上から大きな操り糸で操作されているかのように、勝手に身体が動く。

 口は思うように動かない。どうなっているの、と疑問を呈そうにも「ど……ぅ……」と、うめき声しか上げられない。


「ふふっ、実験は大成功だ! このスプレーは、ただ良い香りがするだけではない。……そう、端的に言えば催眠ガス……名付けるならば、『アヤツールスプレー』!」


「ぁ、や……?」


 言葉が出ない。口が動かない。彼女はそんな私に、笑いながら語りかける。


「元来催眠とは、意識を意図的に半覚醒状態まで落とし込むことで、無意識下に働きかけるものだが……今回のスプレーはひと味違う。嗅覚から脳を直接刺激する。だからスプレーな訳だ。匂いを嗅ぐと、嗅細胞から脳へと電気信号が走る、ボク様はそこに目をつけた。具体的には信号を誤認させて──……」


 彼女が楽しそうに話し始める。微笑ましい。いっていることはほとんど理解できないけれど、嬉しそうに話すりんちゃんは好きだ。段々と早口になっていくところが、楽しさを感じさせて良い。

 けれども今の状態は、あまり良いものではないような気がする。彼女の言うことが正しければ、今の私はたぶん、りんちゃんの言葉に逆らえない状態だ。何か変な事をさせてしまう訳にもいかないけれど、咎めることもできない。


「……と、いう訳だ。分かったかな、叶葉!」


「ぅ……ん……?」


 何とか口を動かすけれど、意味のある言葉は紡げない。彼女は「まあ話せもしないか。ここは要改善かも……いや、寧ろそこも命令法式に……」とぶつぶつ呟き始める。──研究について考え、没頭している彼女の顔は凜々しくて格好良い。私の妹は、やっぱり魅力に溢れている。……こんな状態で思うことではないかな。

 さて、暫く見つめていると彼女は頭を振って「と、ここで考えている時間もないな」と再び私に向き直る。そして、「じゃあ左手を挙げて欲しいな、叶葉」と言う。


「ん……」


 勝手に左腕が上がる。……彼女は何をしようとしているのか? そう思った刹那、りんちゃんは次の命令を口に出す。


「……じ、じゃあ叶葉……そのまま、手を下ろして……ぼ、ボク様の頭を……撫でて、欲しい……」


 しおらしい顔で。控えめに、彼女は言った。そのあまりの可愛さに、胸がときめく。私の腕は動き、りんちゃんの頭を撫でる。綺麗な髪をくずさないように丁寧に。


「……えへ……」


 私が頭を撫でると、りんちゃんは呼応するようにはにかむ。可愛すぎてどうにかなりそうだ。──思えば昔、よく遊んでいた幼い頃。何かにつけて私は彼女の頭を撫でていたと思う。「お姉ちゃん……褒めて……?」と上目遣いでお願いしてくる彼女はいっとう可愛かった。

 あの頃のりんちゃんと、今のりんちゃんが重なる。動かないはずの頬は、気づけば綻んでいた。気のせいかも、知れないけれど。


「……ふふ……やはり、叶葉の……なでなでは良いものだ……」


 彼女の笑みを見ていると、撫でる手が止まらない。勿論、半ば催眠状態にあるからと言うのもあるだろうけれど、それ以上に私が撫でたいのだ。可愛いから。

 ……こんなことなら、催眠なんてしなくても別にいつでもやってあげるのにな。──一緒に暮らしてから、彼女も成長したからと、膝枕だとかなでなでだとか、そういったことは子ども扱いのようになって嫌だろうと避けていた。……数日前に、膝枕は解禁したけれど。彼女はきっとまだ、甘えたいのだ。……お姉ちゃん失格だな、と思う。催眠が解けたら、思う存分甘やかしてあげることにしよう。それが、姉の勤めだ。


「……ふふ……よし、叶葉。撫で撫ではこれで終了だ。終わって良いぞ」


「……んぅ……」


彼女に言われて、名残惜しいながらも身体は撫でるのを止める。りんちゃんの顔は綻んでいて、花が舞っているのを幻視してしまうくらいに上機嫌だ。彼女からすると、撫でられ足りたのだろう。……実のところ私は撫でたりないので、もう少し──と思ってしまっている。

そのまま、再びぼうっと立っているだけの私を見て、彼女は何か思案するように眺めた後「では寝室に行こうか」と呟いた。


「……ぇ……?」


「……ふむ、歩けもする、と……存外自由度は高いのだな。脳の機能に制限はかけていないからか……?」


 困惑する私の心とは裏腹に、足はずんずんと寝室へ行く。……なぜ、寝室に? そう聞きたいのに、口は弛緩して何も言えない。

 家は広いとは言え、リビングから寝室なんてすぐに着く。暗い寝室──りんちゃんは自室で寝ているから、半分私の自室になっている──で、彼女は私に寝転ぶようにいった。


「……ぅ……」


「よし、ちゃんと寝たな? くく……ははっ! ここまで上手くいくとは。やっぱりボク様ってば天才だなぁ。……よし叶葉、目を瞑って」


 彼女の前で、ただベッドに横たわる。目を瞑る寸前、視界に映ったりんちゃんは高笑いをしていた。……りんちゃんは、悪戯をするときはかなり全力だ。だから、この状況には僅かに恐怖も覚える。動けないままに横たわる私とりんちゃん。もしかすると、今日の“実験”はここから始まるのでは。そう思った私に、りんちゃんは告げた。


「じゃあ……そのまま、疲れが取れるまで、眠ってくれ……叶葉」


 ……え? りんちゃんから発せられた──とても優しい声色だった──言葉に、頭の中で疑問符が浮かぶ。


「……最近、顔が疲れている。特に今日は忙しかったのだろう? ……ご飯を作ってくれるのは嬉しいけど、それでお姉ちゃんが倒れるのは私も嫌だから。……今は、お休み──叶葉お姉ちゃん」


 眠りに落ちる刹那。私は、額に柔らかいものが触れる感触を覚えた。けれどもそれが何なのか考える間もなく、意識は深いよどみへと沈んでいった。





 ベッドの上で、すうすうと寝息を立てる叶葉。……昔と変わらない寝顔。いつもにこにこ笑っている彼女は可愛いけれど、こうして寝ていると、顔立ちが端正なことがよく分かる。話せば可愛く、黙せば美人。……どれほど研究を重ねても、きっと叶葉の──姉の美には敵わないのだろうな、と思う。


「……だからこそ、隈は似合わないよ、お姉ちゃん」


 瞼の下に触れる。僅かに隈ができている。……ファンデーションで隠しているけれど、薄らと見えている。最近は忙しいのか残業続きで、家事をしているのもあって、睡眠時間が削られている。


「……家事くらい、やるのにな」


 研究が大事でしょう? りんちゃんはまだ子どもだから。おじさんとおばさんにも生活費貰っているから。……私が、家事をやろうと申し出る度に彼女はそう言って、断る。私のために料理を作ってくれるのは有り難いし嬉しい。本当に嬉しいけれど、それで身体を壊したら元も子もない。

 だというのにお姉ちゃんは優しいから、簡単に自分を犠牲にする。


「そういうところが好き、なんだけど」


 頬に触れる。柔らかい頬。……思えば小さい頃、何度か頬ずりをしてきた記憶がある。いつからかしてくれなくなった。今日の催眠では、撫で撫でに加えてそっちもすれば良かった。


「……うん、十分効いているな」


 最近よく眠れていない姉のために、今日は色々と仕組んだ。エプロンを洗って、料理前に時間を作る。加えて助言をして寝やすいジャージに着替えさせた上で、“もう一つの目的”もかねた催眠スプレー“アヤツールスプレー”で、眠らせる。こうでもしないと姉は、私の世話をすると言い張って料理をするから、半ば強引にさせて貰った。

途中、催眠を使って頭を撫でさせたのは私欲だ。まあこのくらいは良いだろう。……袖を捲って、腕を握る。とくん、とくん、と脈動が指から伝わる。姉が生きていることを実感して──決して死なせないという意志を、強く再確認する。


「モニタリング開始」


 ポケットから、黒く小さな、円形の機械を取り出す。これを肌に当てると、当てた箇所から半径3㎝ほどの血管・筋肉・骨組織から“ある物質”を検知することができる。側面についたボタンを押すと計測が始まる。解析は10秒もあれば完了だ。


『計測が完了しました。定着率28%です』


「まあこんなものか。……手頸でこれなら、あと1時間も寝れば完璧に行き渡るだろう」


 この機械が計測する“ある物質”。それは──私が開発したナノマシンだ。先ほどの“アヤツールスプレー”に仕込んでおいた。叶葉お姉ちゃんを眠らせるのに加えて、このナノマシンを仕込みたかった。

 まあ、ナノマシンといっても然程優れた性能をしている訳でもない。ただ、怪我をしたときの治癒に役立つとか、出血量が一定を超えたとき、血液の生産と止血を手伝う程度。それと、何らかの外科的処置をする場合の補助。──基本的な目的は、どうしても予期できない怪我や事故の発生時の応急処置だ。試算では、このナノマシンで死亡確率が2パーセントほど低価する見込みだ。


「……お姉ちゃんを頼んだよ、私の“テアテボット”達」


 叶葉の額を撫でる。……このナノマシンは、明確な指令を受けて起動する。私の思考を読み取ることで価値を発揮し、一度体外に排出されれば機能を失う。姉の、異常な死のリスクが消滅し、死なない事が分かるこれから1年──正確には10ヶ月後──後に、姉の身体から排出されることになるだろう。優秀なナノマシンだが、機能の保証は大凡、2年程度。それ以降は人体に危害こそ加えない筈だが、何かが起こっては悔やみきれない。


「……この息の立て方からして、起きるまではあと、1時間30分くらいかな。……まあ、お姉ちゃんの寝顔でも眺めていれば、あっという間かな」


 寝息、瞼の動き。脈動などを見れば、その人間の眠りの深さは判別できる。今回はあくまで仮眠程度だ。……研究でもすればそれなりに時間は潰せるけれど、姉の寝顔を近くでじっと、直接見る機会は意外に少ない。折角だから、起きるまで眺めているとしよう。──お姉ちゃんの顔なんて、どれほど見続けても飽きないし。1時間半なんて、むしろ足りないくらいだ。





 目を開けると、私のすぐ側に、りんちゃんの顔があった。彼女はベッドに頬杖をついていて、私が起きたのを見ると、にこりと笑った。


「──おはよう叶葉。よく眠れたかな?」


「……うん、おはようりんちゃん」


 目を擦って、起き上がる。のびをすると、ぱきぱきと音が鳴る。──なぜか妙に身体が軽い。ここ最近感じていた怠さが、一気に消えた感覚だ。

 状態をベッドから起こすと、りんちゃんは立ち上がって、ベッドに腰かける。ちょうど、部屋の電気がついた。


「どうだったかな? 良い夢は見られたかい?」


「……うーん、覚えてないや……」


 まだ覚めきっていない頭で、考えを巡らせる。どうして寝ているのだったか。段々と記憶が戻ってきて、先ほどの事を思い出す。確か、ちょっぴり注意しようと思っていたのだった。


「……あ、りんちゃん。さっきの……あの、なんだったっけ……」


「催眠のことか?」


「うん。……その、まあ……私にやる分はまあ良いけど……ああいうのは、ちゃんと……断りを入れるようには、しようね」


「……まあそうだな。気をつけるよ」


 私がそう言うと彼女はばつが悪そうに頬杖を着いて目線をそらしながら、不承不承頷いた。……こうして見ると彼女はまだまだ子どもだ。


「ん、分かればよろしい」


「それで、叶葉。その、さっきはどんな感覚だった?」


「さっきって、身体動かせなかったとき?」


「そう。……効果はよく分かったけれど、被験者の感覚も重要なデータ──あ」


 ぐう。彼女が楽しそうに話し始めた瞬間、どちらのお腹からも、空腹を知らせる音が鳴った。時計を見ると、22時30分。かなり寝てしまっていたようだ。


「あ、ご飯! どうしよう、まだ何の準備もできてないし……」


「叶葉」


「──へ?」


 冷蔵庫にすぐ食べられる物はあったかな、ご飯まだ炊いてないな、とか色々と思案しながら、慌ててベッドを降りようとした瞬間。りんちゃんが、私の手を掴んだ。


「えっと、りんちゃん? その、ご飯作らないと──」


「叶葉。……なんだ、今日くらいは……もう適当に、出前とか、コンビニで買うとか、しないか?」


 彼女が笑う。けれどもどこか、哀しいような笑み。口もとは笑っているのに目は細く、眉尻は困ったように下がっている。


「……ボク様のことを思ってくれて、毎日ご飯を作ってくれているのは嬉しい。でも、家事ばっかりして……叶葉は、あまり寝られていないだろう? 隈だって……」


「……りんちゃん」


 彼女の指が、私の顔に触れる。心配させまいと隠した隈に、細い指が触れる。


「……でも、私は……お姉ちゃんだから、りんちゃんのために──」


「──私の、ためなら!」


 りんちゃんは、少し大きな声を上げて私を遮る。


「……ボク様の、ためなら。……もっと休んで……さぼってほしいし、頼って欲しい。……疲れてるのに、頑張ってる叶葉を見るのは……良い気分じゃ、ないから」


 涙は流していない。けれども泣きそうな、顔だった。……はたと気づく。私はりんちゃんの為にと、どれだけ疲れても頑張ってきた。けれども、自分を犠牲にしてまでの奉仕なんて、彼女は望んでいないのだ。


「──ん!」


「へ、お姉ちゃん!?」


 ぱしんと両の頬を叩く。私はまだまだお姉ちゃん失格だな。りんちゃんを心配させて──そしてそれに気づけていなかった。


「うん、ごめんねりんちゃん。……これからは、もっと休むようにするよ。……それと、また、今度……りんちゃんの作ったご飯も、食べてみたいかな」


「──うん!」


 笑いかけると、彼女も笑う。先ほどの、哀しい笑みではなく、何時もの彼女の可愛らしい笑顔。……この笑顔を絶やさないことが、お姉ちゃんの仕事だな。


「じゃあ、ご飯は……出前、は遅いし……コンビニでも、行っちゃう?」


「──ふふ、そうだな。夜中のコンビニ飯としゃれ込もうか、叶葉」


 時計を見て、彼女に提案する。大学時代は時折やっていたけれど、彼女と同居するようになってからはほとんどしていない。

 彼女は私の提案に乗っかり、「早く行くぞ」と玄関に走る。……名前の刺繍されたジャージで外には出られないので、代わりに薄手のパーカーを羽織って、外へ出る。夏でも夜は涼しい。晴れた空には月が煌々と輝いている。仕事終わりは空を見上げる余裕もなくて気づかなかったけれど、今日は満月だったようだ。


「いつもは健康に気を使ってるけど……今日は、ジャンクに行こうかな」


「ふふ、その意気だ。安心しろ、ボク様の開発した栄養価保補完ジュースを飲めば、不足した栄養は補える」


 くつくつと笑うりんちゃん。……名前だけを聞くと結構良さそうだけれど、薄々嫌な予感がする。


「……それって、味はどうなの」


「不味いよ。具体的には、すりおろした鉄を青汁の10倍苦い液体に溶かしたような味。あるいは、魚の肝を煮詰めて……」


「うわぁ、本当に不味そう」


「試しに飲んだら、2時間は後味が引かなかったよ」


 ははは、と笑うりんちゃん。つられて私も笑う。結局その日は、二人してカップ麺やら、ホットスナックやらを食べて。そして、非常に不味いドリンクを飲んでひとしきり笑い、眠ったのだった。

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