第三話「魂の揺らぎ」
倒れているソラを見て一瞬で全身の血の気が引いた。
身の毛のよだつほどの恐怖と絶望感が同時に襲ってきた。
俺はすぐさま走って人をかき分けるように駆けた。
ハァッ…ハァッ…
心労によりいつもと比べて異常に息が上がるのが早い。
風を切るように全力で走った。
何があったんだ…
人をかき分け人だかりの中に入りソラの状態を確認する。
……!?
なんだ…これ…
ソラの体は吐き気がするほどひどい状態だった。
左胸の部分に穴が空いた状態で辺りに血を流して倒れている。
周りの舗装に使われていたレンガに血が流れて滲んでいた。
ソラの周りにはあまりの惨状に目を覆い隠しながら立っている人も居た。
吐きそうになり胃の内容物が飛び出そうになるのを我慢した。
俺はほとんど半狂乱になりながら青白く目を閉じた顔をしたソラに声を掛ける。
「ああ…ソラ!ソラ!
大丈夫か!!しっかりしろ!!」
ソラからの返事はなかった。
返事はないどころか意識すらないような感じがした。
周りの人々も俺が声をかけるのに扇動されてソラに声を掛け始めた。
周りが騒然としてきた。
何だ?誰にやられた?なぜソラを狙った?
そんな疑問が頭の中を駆け巡る。
ソラがやられてからまだ時間が経っていなかった感じなので、
周りに犯人が未だいると考えた。
この周りに怪しい人物が居ないかあたりを見渡すと、
レンガで舗装された道に隣接している雑木林の中に、
黒いフードを被った人影を見た。
この血の匂いが立ち込めた凄惨な状況の中でも、
あいつだけは雰囲気が異様に静かだった。
あいつ…!
ただそれらしき人物を見つけても追いかける気にはなれなかった。
目の前の凄惨な現場から離れることはできない。
俺の中はそいつを見つけた途端そいつに対する途方もない殺意に駆られた。
殺してやると言わんばかりにそいつを睨みつけた。
睨みつけるとそいつは少し驚いたようにして、
雑木林の奥へそそくさと逃げていった。
「おい!!逃げるなぁ!!
絶対に許さないからな!」
フードの男に全力で叫びかける。
男からの返事はない。
俺が急に雑木林の方向に叫んだので、
ソラを囲んでいた人たちが数人びっくりして雑木林の方に振り向いた。
何だ何だと、俺が叫んだことを皮切りにさらに人が集まってきた。
しかしフードの男や周りの人を気にかけている時間などない。
兎にも角にも魔法で治療をしなければ!そう思った。
俺は自分が習得した治療魔法を出そうとした。
あれ、ない…習得してない…治療系の魔法…
そうだ、俺はいつも戦闘系の魔法を優先して覚えていたんだ。
回復系の魔法はソラが得意だから俺は覚えなくていいと考えていたんだ。
今思い出した。
そのソラリアが重症を負うなど考えなかったのか、俺は。
どうしよう、どうしよう、どうしよう
何か…何かないか…
「ねえ、この子、息してないよ……」
……は?
突然耳に入ったその言葉を理解した瞬間、
視覚以外のすべての感覚が消えたような気がした。
周りの人のざわめきも、風の音も、自分の鼓動さえ遠のいていく。
息してない……?ソラリアが…?なんで?
……ソラリアが…死ぬ?
もう何も考えれなかった。
何か大きな感情が自分の中に芽生えたのを感じた。
ドクン…
なんだ?
急に鼓動が強くなった。
ドクン…ドクン…
……なんとなく分かった。
ソラリアの死という絶望的な状況で俺の魂が揺れ動いているのか。
ドクン…ドクン…ドクン…
さらに心臓の鼓動が強くなるのを感じた。
痛い。心臓が痛い。
すると急に自分の全身がありえないほど熱くなるのを感じた。
と同時に耐え難い痛みが目に走る。
目に剣でも刺されたのかと言わんばかりの激痛だ。
そのあまりの痛さについ声が漏れる。
「うがぁ…いたい…目がぁ…」
唐突に始まった体の異変にかすれたうめき声を上げることしかできなかった。
急に苦しみだしたので俺のことを周りの人はとても心配していた。
大丈夫?とか声を掛けられたが、
全身がおかしくなっている状態でとても返事することはできなかった。
また全身が更に熱くなるのを感じた。
そして、黒色のオーラが俺の周りに現れた。
まるで今の俺の感情の色だと思った。
全身が痺れる。感覚が段々遠のいていく
なんだこれ…?
突然始まった身体の異変に理解が追いつかないまま、
苦痛に悶えながらこのオーラの正体を考えた。
…知っている…俺はこのオーラを知っている。
このオーラの色は神界で見たことがある。
神界である一定の強さになった神は強さのボーダーを超えるために、
なにか自分にとって感情がとても揺らぐ思いを経験する必要があるのだ。
そしてその揺らぐ思いを感じたとき神は周りに黒いオーラを被って
その中で強さの真価を得る。
要は覚醒するのだ。
覚醒のタイミングが来たのか…?…今…?
たしかに感情はとても揺れ動いている。
覚醒の条件としては揃っている。
ただ普通なら喜ばしいところだが今は全然喜べない。
ソラが犠牲になって覚醒するのは納得がいかない。
全身が熱い。
まだ全身がおかしい。
さらなる目の痛みに苦しんでいると、
急に頭の中から神のような男の声が聞こえてきた。
ーお前が自分の中の強さの真価を得る時が来たー
ー…一つ問おう。お前の能力『習得』の力は何のために使う?ー
そう男に問われた。
いきなり頭の中に声が響き、質問を投げかけられ困惑したが、
少し考え、俺は答えた。
「俺の大切な人を守るために使う。」
ー…ふむ。ありきたりだがいいだろうー
ー…お前に神本来の力を授けよう。
…今回の用事はこれだけだが、またどこかで会うかもな。では。ー
頭の声はそうして聞こえたくなった。
何だったのだ。一瞬で居なくなってしまった。
だが今はそれどころじゃない、ソラを助けなけれ―――
目がさらに熱くなるのを感じた。
その熱さがひどくなってしばらく何も見えなくなった。
終わった。これじゃ何もできない、ソラを、ソラを助けなきゃいけないのに。
泣きっ面に蜂だった。
そうして俺が目の熱さに耐えながら立ち尽くしていると、
黒いオーラが自分の周りになくなったのを感じた。
すると段々目が見えるようになってきた。
状況を確認するためにあたりを見渡す。
見渡すと見物客たちが俺を避けるように少し離れているようだ。
なにか色んな出来事が急に起こりすぎて思考停止して呆然と立ち尽くしていると、
突然人の輪を切るように杖を持った一人の男が入ってきた。
「なにがあったんですか!?」
そう言って白いローブを着た男は慌てて倒れているソラの様子を見た。
僧侶か?
「これは…ひどい…
みなさん何してるんですか!?
誰か回復魔法使わなかったんですか!?」
周りをまくしたてるように黒髪の青眼の男入った。
確かにそうだ、周りの誰かに回復魔法を頼めばよかった。
焦りすぎてその考えが思い浮かばなかった。
「どいててください!僕が治療します!」
そう言って男は手に持っていた杖の先をソラの傷の真上に置いた。
杖の先が光る。
「クラス5回復系統魔法『ジド・エリクシル』」
杖先からこぼれた光は柔らかく波打ち、患部の上に落ちた。
ソラの周りが純白のオーラのようなもので包まれた。
少しその周りが暖かく感じられた。
みるみる内にソラの傷が塞がっていく。
「これでとりあえず命は繋ぎ止められました。
あとは絶対安静ですね。」
そう青眼の男は胸を撫で下ろしたように言った。
「この子を家まで運びます。誰か家知ってる人いませんか!?」
「は、はい!俺わかる!」
俺はすぐに返答した。
「家まで案内してください。」
「はい!」
そう言って俺はこの男とソラの家まで歩いた。
歩いている途中になにか声をかけようかとも思ったが、
男は真剣な眼差しでソラのことを気にかけていたので、
邪魔をしてはいけないと思い何も喋りかけなかった。
ソラの家の前までついた。
さすがに家の中まで運んでもらうのは申し訳ないと思い。
「ソラを運んでくださってありがとうございます。
ここからは僕が運びますね。」
「いえ。大事を取ってここは僕が運びましょう。」
ご丁寧にその男は、ソラを二階にある部屋のベッドまで運んでくれた。
ベッドにある毛布をソラにかけ一階に降りていった。
俺もソラの両親にこのことを話さなければと思い、
ついていくように一階に降りた。
一階に降りると男が先に両親に先程起こったことを説明していた。
その説明を聞いたソラの両親はひどく困惑している様子だった。
一階に降りようと階段に居た俺と両親の目が合い、
両親はすぐに俺のもとに駆け寄ってきた。
「私達教会の人に話してくるから、
ファナくん、ソラのこと看ててあげてくれない?」
「う…うん。分かった。」
俺はソラの両親の緊迫した表情に若干気圧されながらもその頼みを承諾した。
俺は二階にあるソラの部屋に戻り、ベッドの横にある椅子に腰掛けた。
やっと一安心できる。一度に色んな事が起こりすぎた。
正直まだ混乱している。状況の整理ができていない。
落ち着こう、一旦落ち着こう。
ソラの部屋で二人きり、静寂の時間が訪れた。
俺は眠るソラの顔を見て、やっと心が落ち着いた気がした。
ひとまずは良かった。
でももしあの男が助けに来てくれなければソラはどうなっていた?
考えたくもない。
くそ!
俺は何もできなかった。
助けを呼ぶことも、治療の魔法を使うことも、何も、何も。
悔しい。
俺が治療系の魔法をすっぽ抜かして戦闘系の魔法ばかり覚えていたことに、
心底呆れと憤りを自分に感じた。
それにあのフードの男だ。
何なんだあいつは。なぜわざわざソラを狙ったんだ。
まさかソラが治療の神の生まれ変わりだってことを知ってて、
あえて狙ったのか?
何にせよあいつは許さない。
次出会ったときはミンチにしてやる。
静寂の中で自分のやるせなさとかソラをこんな目に合わせた奴に対する怒りとか、
今まで感じたことのないような感情も溢れ出した。
ポタ…ポタ…
自分の手の甲に自分の涙が落ちる感覚がした。
目が熱い。視界がぼやける。
ああ。涙か。まあ、仕方ないな。
そうして生まれて初めて大粒の涙を流しながら、
ソラの部屋の外に出て俺は泣いた。
悔しい、悔しい、悔しい、
何もできなかった。何もしてあげれなかった。
ソラを守るとか意気込んでおきながら、
大事な時に何もしてあげられなかった。
何が習得の神だ、何がソラを守るだ。
何にもできなかったし何にも役に立たなかったじゃないか。
ごめん、ごめんよ。ソラ。
強く…もっと強くなるから…
もうこんな痛く悲しい思いはさせない…
絶対に。
―――
しばらく経って落ち着いたので、
ソラの部屋に戻りベッドの横にある椅子に座る。
…目が痛い。
さっきの現場で変な出来事が自分に起こったのを思い出した。
覚醒とかなんとか。
その時にやけに目が痛かったのを思い出した。
その痛みと似ている。
自分の目の安否を確認するために、
ベッドの横に立てかけてある全身鏡に映る自分の目を見た。
…え?
俺は唖然とした。
俺の目が黒色になっていた。




