ワシの可愛い孫娘を虐めたのはどいつだ!
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★おかげ様でシリーズ作品がダブルTOP10入りしました!★
▶︎11月7日 [日間] ハイファンタジー〔ファンタジー〕ランキング - 短編 第2位
1作目:『ワシの可愛い孫娘を虐めたのはどいつだ!』
▶︎11月7日 [日間] ハイファンタジー〔ファンタジー〕ランキング - 短編 第6位
2作目:『「女王様って素敵」と呟いたら、脳筋爺ちゃんが王国を乗っ取った件』
※3作品目も11月7日10時ごろ投稿しました!是非ご一読ください(後書きにリンク貼ってます)
――学園卒業式の夜、ホールでは卒業生たちを集めた祝宴が、華やかに催されていた。
貴族子弟たちがグラスを傾け、未来を謳う。その中央、煌びやかなシャンデリアの下で、王太子セドリック・アーデルハイトは高らかに声を上げた。
「リリア・ヴァーミリオン。貴女との婚約を、ここに破棄する」
突然の発表に会場は驚きに包まれた。それもそうだろう、本来であれば、そんな私的な話は当事者同士でひっそりと行うもの。衆人環視の、ましてここは卒業を祝うパーティ会場。めでたい場にはそもそも似合わぬ話題であり、振る舞いなのだ。
しかも、その発言の主はこの国の王太子である。会場に居合わせたかわいそうな卒業生たちは、お祝いムードに冷や水を浴びせられた上に、発言はおろか、呼吸をするのもためらわれるような空気感の下、ただただ黙って成り行きを見守るしか術はなかった。
そんな中、当事者でもあり、名指しを受けた本来の婚約者、辺境伯家の令嬢リリアは、目の前の王太子と男爵令嬢を静かに見つめていた。怒るでもなく、泣くでもなく、栗色の髪を結い上げた控えめな少女は、ただ黙ったまま、礼儀正しく、王太子の次の言葉を待っていた。
「破棄の理由はもうわかっていると思いますが、一応伝えておきましょう。貴女は、心優しきミレーヌ・バロア嬢を執拗に虐め、彼女の心を傷つけた。王家の婚約者として、そのような品性の欠如は許しがたい」
セドリックの隣で、金髪の男爵令嬢ミレーヌが涙を浮かべている。ハンカチを目元に当て、小さく震える姿は、いかにも可憐な被害者に見えた。
「……」
リリアは否定しなかった。
会場の視線が突き刺さる。ざわめきは非難の色を帯び始めていた。
「何か申し開きはないか」
リリアは静かに首を横に振った。そして深々と頭を下げる。
「私には全く身に覚えのない話ではありますが、婚約破棄については謹んでお受けいたします」
丁寧なお辞儀。淡々とした口調。
一切の言い訳も非難も行わないその姿が、あまりにも凛としていて美しく、その潔さに周囲はみな呆気にとられたように立ち尽くすのみ。
リリアはそのまま、お騒がせしましたと美しいカーテシーを披露し、一度も振り返ることなく会場を後にした。
***
「……婚約、破棄されました」
辺境領ヴァーミリオン家のサロンで、リリアは淡々と報告をした。
父である現辺境伯ガロンの顔から血の気が引く。
「は……?」
「王太子殿下から、卒業パーティの場で。理由は、男爵令嬢への虐めだそうです」
「虐め……だと?」
叔父のバルトが眉をひそめた。リリアの兄であるレオンとカイルは、すでに立ち上がっている。
「姉さんがそんなことするわけない!」
「王都を燃やすか?」
「落ち着け!」ガロンが制する。「……だが、リリア。お前、何も弁明しなかったのか」
「はい。無駄だと思いましたので」
「無駄……」
ガロンは拳を震わせた。娘の諦めたような表情が、何より腹立たしい。
「戦の準備をしましょう」バルトが言った。「王家は我がヴァーミリオン家を敵に回したいと見える」
「お義父上には言うなよ」ガロンが低く言った。「……絶対に大変なことになる」
その瞬間――。
ビュオォッ。
空気を切り裂く音が、屋敷の裏から響いた。
次の瞬間。
ガァァァンッ――――ッ!!
地響きのような轟音。
部屋の床が震え、壁に掛けられた剣が共鳴してガタガタと揺れる。何かが、何か途轍もないものが振り抜かれた音だった。
静寂。
そして再び――ビュオォッ、ガァンッ!
今度は先ほどより重く、深く、地の底から響くような破壊音。
あの音は、殺気を帯びた素振りの音だ。
「……あ」
「まさか、もう……?」
全員の顔から血の気が引いた。
***
「……孫娘を泣かせたのは、どいつだ?」
庭の奥、古い訓練場。
そこに立つ老人――ガルド・ヴァーミリオンは、静かに剣を振り下ろした。
ズガァンッ。
地面が割れる。
七十を超えているはずの老人は、しかし、その姿はどう見ても五十代の壮年だった。銀髪を短く刈り込み、鋼のような筋肉を持つ元辺境伯。かつて「王国最強」「歩く災害」と恐れられたドラゴンスレイヤー。
「お、お義父上……」
おそるおそる近づいてきたガロンに、ガルドは振り向いた。
穏やかな笑顔だった。
「すまんの、ガロン。ちと、散歩に行ってくる」
「散歩……?」
「ああ。王都までな」
「待ってください! お義父上、落ち着いて――」
「落ち着いておるぞ」
ガルドは本当に穏やかだった。
だからこそ、恐ろしい。
「ワシは今、非常に冷静じゃ。ただ、質問がひとつある」
ガルドの纏う気配が、空気を震わせた。
「ワシの可愛い孫娘を虐めたのは――どいつだ?」
その声に、屋敷中の家具がビリビリと震えた。
***
王都まで、通常なら馬で七日の道のりである。
ガルドは走った。
素足で。
風を切り裂き、大地を蹴る。馬より速く、魔導列車より速く、ガルドは王都へ向かった。
途中、魔の森を抜ける際、赤いドラゴンが巣から顔を出した。
『ガルド殿……どちらへ?』
「ちと、王都までな」
『……宜しければお乗りください』
ドラゴンは背を低くした。かつてガルドに敗れ、今では散歩仲間である古竜。
「すまんの」
ガルドはドラゴンの背に飛び乗った。
赤竜は翼を広げ、一気に空を駆ける。
王都が見えた。
ガルドは飛び降りた。
夜の王宮。門の前に、衛兵は三人。
突然現れた赤竜を見て、その場にへたり込む者が一人。
魔道通信で緊急連絡する者が一人。
及び腰ながらも、必死に声を上げる者が一人。
「止まれ! ここは王宮だぞ――」
ガルドは一瞥した。
ただ、見ただけ。
にもかかわらず、衛兵は三人とも気絶して倒れた。
「……ちと鍛錬が足らんの」
ガルドは門をくぐった。
途中、宮廷魔法師団が展開した結界に触れる。
パリン。
音を立てて、結界が砕け散った。
魔法師たちが慌てて飛び出してくるが、ガルドの気配を感じた瞬間、全員が膝をついた。
「ひっ……」
「歩く災害……」
「伝説の……」
誰も立ち向かおうとしない。
ガルドは静かに、しかし確実に、王宮を制圧していった。
***
玉座の間。
深夜にもかかわらず、国王アルベルト三世を始め、主だった王族・重臣は緊急召集されていた。
「何事だ!」
「ドラゴンが……門が……結界が……」
「ドラゴンだと!? 騎士たちはどうした! 結界はどうなっている!?」
その時――。
ギィィ……。
重厚な扉が、音を立てて開き始めた。
ゆっくりと、まるで時間が引き延ばされたかのように。
誰も押していない。
誰も触れていない。
それでも扉は開く。まるで、そこに立つ者の意志だけで。
玉座の間の明かりが、廊下の闇を照らし出す。
その境界線に、人影がひとつ。
――ガルド・ヴァーミリオンが、そこに立っていた。
「ひっ……」
国王の隣で、王太子セドリックが小さく悲鳴を上げた。
ガルドは玉座の前まで歩いてきて、静かに立ち止まった。
「……ヴ、ヴァーミリオン前辺境伯!?」
不穏な空気を纏うこのかつての英雄が、この深夜の侵入事件の犯人だと咄嗟に王は理解した。
と同時に、心臓は恐ろしい勢いで早鐘を打つ。
この男がここに来た理由など、一つしか思い当たらない……。
「聞きたいことがあってのう」
低く、静かな声。
しかしその声は、一瞬で玉座の間全体を支配した。
「ワシの可愛い孫娘を虐めたのは――どいつだ?」
国王が青ざめる。セドリックは震えている。
「リ、リリア嬢の件は手違いで……い、今情報を精査しておって」
「はっきり答えろ」
ガルドの気配が、空気を重くした。玉座が軋む。シャンデリアが揺れる。
「せ、セドリック……!」
国王に促され、王太子は震える声で答えた。
「そ、それは……リリア・ヴァーミリオンが、ミレーヌ・バロア嬢を虐めたから……」
「ほう」
ガルドの眼光が鋭くなった。
「で、その虐めとやらの証拠は?」
「ミレーヌが言っていた……!」
「それだけか?」
「……っ」
セドリックは言葉に詰まった。
ガルドは静かに首を横に振った。
「証拠もなく、碌な調査も行わず、ワシの孫娘を辱めたと。そういうことか」
「いえ、その……」
「ミレーヌ・バロアを、呼べ」
国王が侍従に命じる。
やがて、金髪の少女が震えながら玉座の間に連れてこられた。
「ミレーヌ・バロア」
「は、はい……」
「リリアが、お主を虐めたと」
「そ、そうです……! わたくし、何度も酷いことを……」
「酷いこととは?」
ガルドの一言に、ミレーヌの顔が強張った。
「持ち物を捨てられたり、無視されたり……」
「リリアがやったという証拠は?」
ガルドが一歩、前に出た。
それだけで、ミレーヌは後ずさる。
「ワシの孫娘は、虫も殺さん優しい子じゃ。お主を虐めるような真似はせん」
「で、でも……!」
「国王、情報を精査中と言ったな。裏付けはできたのか?」
「い、いや。今のところ、証拠も目撃者も見つからなかった」
「なるほど」
ガルドの気配が、さらに重くなった。
ミレーヌの膝が震える。
「では、もう一度聞く。そこの娘、ワシの孫娘がお主を虐めたというのは誠か?」
「う……うう……」
涙が溢れた。鼻水も垂れる。
持っていたハンカチは、これ以上の水分を吸収することを拒んでいた。
「ご、ごめんなさい……! 嘘です……! わたしが、嫉妬して……リリア様が憎くて……!」
「ミレーヌ!」セドリックが叫んだ。「お前、嘘だったのか!」
「だって……だって、セドリック様がいつまで経ってもはっきりしてくれないから……!」
ミレーヌはその場に崩れ落ちた。
玉座の間に、重い沈黙が落ちる。
国王が、怒りに震える声で言った。
「……セドリック」
「父上……」
「お前は、証拠もなく、その娘の言い分のみを鵜呑みにし、辺境伯家の令嬢を辱めた。それも、公の場で」
「そ、それは……」
「言い訳は聞かん」
国王はガルドに向き直った。深々と頭を下げる。
「ガルド殿……誠に、申し訳ございませんでした」
「謝罪は、リリアに」
「無論です。しかし……」
国王は苦渋の表情で続けた。
「これは、国家の信用問題でもあります。どうか、穏便に……」
「穏便に、か」
ガルドは小さく笑った。
「ワシはな、この縁談は最初から本当に嫌だったんじゃ」
「……」
「そこの王太子は甘ったれな上に、他人の意見に流されやすい粗忽者。ワシのかわいい孫娘とは釣り合わぬ、肩書きだけのボンクラだということは分かっておった」
ガルドの言葉に、セドリックが顔を真っ赤にする。
しかし、誰も何も言えない。
「だからこそ、リリアのような素晴らしい娘を妃に据えて、そのボンクラをサポートさせたいという其方らの考えも分からんではなかった」
「……ま、またしてもボンクラ」
セドリックが震える声で呟いたが、ガルドは意に介さず続けた。
「しかし、そんなボンクラが相手では、リリアがいつか不幸な目に遭うと、ワシは心配で仕方なかったんじゃ。それでも、其方たち王家の度重なる要請、何よりリリアが『国のため』と受け入れておったから、渋々受け入れた。本当に、渋々な」
ガルドの目が、冷たくなった。
「にもかかわらず、此度の件」
「ガルド殿……」
「ワシらの宝を辱め、我がヴァーミリオン家を軽んじたこと、万死に値する」
ガルドは静かに、しかし明確に告げた。
「婚約は破談のままでよい。だが、今後二度と、我らの忠誠を当てにするな」
「そ、それだけは!」
「辺境はこれまで通り守ってやる。ただし、王家の人間が我らに近づくことは許さん」
それは、事実上の決裂宣言だった。
国王は青ざめたが、何も言えない。
ガルドは踵を返した。
「王太子よ」
「は、はい……」
「二度と、その姿を我らに見せるな」
その声には、明確な殺意が含まれていた。
セドリックは、ただ頷くことしかできなかった。
***
翌朝。
辺境領に戻ったガルドを、リリアが迎えた。
「お帰りなさい、お爺さま」
「ただいま、リリア」
ガルドは孫娘を優しく抱きしめた。
「……王宮、壊してませんよね?」
「大丈夫じゃ。結界を少し割っただけじゃ」
「少し……」
リリアは苦笑した。
「でも、ありがとうございます。お爺さま」
「何を言う。当然のことじゃ」
ガルドは孫娘の頭を撫でた。
「お爺さまがやっぱり一番頼りになりますね」
ニコッと笑う孫娘は世界一、いや宇宙一カワイイとガルドは思った。
(お爺さまがやっぱり一番頼りになりますね)
(お爺さまがやっぱり一番頼りになりますね)
(お爺さまがやっぱり一番頼りになりますね)
何度も孫娘の言葉を反芻する。
やってよかった。その言葉で全てが報われた。リリアたん最高!
二人で笑っていると、ガロンたちが駆けつけてきた。
「お義父上! 王宮を制圧したとか……!」
「制圧などしておらん。ほんの少しお話をしただけじゃ」
「結界を砕いて、衛兵を気絶させて、玉座の間まで単独で乗り込むのが『お話』ですか!」
「そうじゃ」
ガルドは涼しい顔で答えた。
家族全員が、盛大にため息をついた。
それでも――誰も、ガルドを責めなかった。
「まあ、今回は仕方ないか」
「うん、それはそう」
「お義父上らしい」
全員が頷く。
リリアは、そんな家族を見て、小さく笑った。
――辺境伯ヴァーミリオン家は、今日も平和である。
そして王都では、王太子の王位継承権剥奪と臣籍降下、男爵令嬢の国外追放が発表され、王国中が大騒ぎになっていた。
だが、それは辺境の人々には関係のない話だった。
(完)
――あとがき的なもの――
こうして、伝説のドラゴンスレイヤー・ガルド翁による王宮制圧事件は幕を閉じた。
なお、この一件の後、王国内で「辺境伯家の者を怒らせてはならない」という不文律ができたという。
特に「孫娘を泣かせると、爺ちゃんが来る」は、貴族子弟の間で恐怖の伝説として語り継がれることになった。
リリアは後に、幼馴染でもあった護衛騎士の優しい青年と結婚し、幸せな家庭を築いたそうな。
ガルド翁は今日も、孫娘の家に入り浸っている。
めでたし、めでたし。
みなさまのお陰でランクインしました!
ありがとうございます╰(*´︶`*)╯
★ランクインを記念して、シリーズ第二作目を公開しました★
『「女王様って素敵」と呟いたら、脳筋爺ちゃんが王国を乗っ取った件』
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★シリーズ第三作目を投稿しました!★
『紅蓮の女帝の帰還〜脳筋爺ちゃんズが正座させられた日〜』
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