第8話 雛鳥達の初陣(2)
実地演習の日。朝食を済ませた四人は、緊張した面持ちで鎧を身につけていく。鉄と革の匂いが立ち込める中、金属のプレートがこすれる音だけが響く。フィオナは、一つひとつのパーツを体に装着していくたびに、その重みが心に深く沈み込むのを感じていた。
全員が支度を終えたのを見計らい、エリアナが口を開いた。その声は、いつも通り冷静だったが、わずかな張り詰めた響きを帯びている。
「演習の内容を再確認する。我々の任務は、王都南区の市街警邏けいら。最近の王都は比較的治安が良い。おそらく、街を歩き回るだけで一日を終えることになるだろう。……しかし、もし目の前で何らかの事態が発生すれば、我々には臨機応変な対処が求められる」
エリアナの言葉を引き継ぐように、長剣の柄を握りしめていたセリスが、静かに続けた。
「市街に出れば、我々はもはや単なる候補生ではない。民の前では、一人の騎士として扱われる。我々は帯剣している。目の前の状況で、その剣をどう振るうか、あるいは振るわないか……その判断が問われることになる」
教官に引率され、四人は騎士の姿で王都の市街へと足を踏み入れた。養成所の静謐な空気とは全く違う、人々の生活の熱気と喧騒が、彼女たちを包み込む。パン屋の香ばしい匂い、市場の呼び声、子供たちのはしゃぐ声。その全てが、新鮮で、同時に守るべき日常の姿としてフィオナの胸に迫った。 鎧姿の彼女たちに、市民たちは様々な反応を見せる。
「おお、騎士様たち、ご苦労様です!」
「頑張ってくださいね!」
候補生だと知る人々からは、温かい激励の言葉がかけられる。幼い子どもたちは、目をきらきらと輝かせ、憧れの眼差しで彼女たちを見つめていた。その一つひとつが、フィオナの背筋を伸ばさせ、気を引き締めさせた。
巡回は、穏やかに進んだ。セリスの言葉通り、自分たちが「見られる」存在であることを、四人は肌で感じていた。歩き方一つ、視線の配り方一つに、騎士としての品位が求められる。緊張感は、一日中途切れることがなかった。
やがて陽が傾き、何事もなく今日の実習が終わろうとしていた、その時だった。 活気ある繁華街の一角から、甲高い女性の悲鳴が上がった。
「きゃああああっ!」
続いて、人々の怒声と動揺した叫び声が連鎖する。
「強盗だ!」
「店のおやじが斬られたぞ!」
「誰か!騎士様はいないのか!」
「状況を確認し、対処せよ!」
背後から教官の鋭い声が飛ぶ。 四人は弾かれたように音のした方へ駆けつけた。そこには、店の前で腕を押さえ、血を流してうずくまる中年の男性がいた。周囲には人だかりができ、パニックに陥っている。 野次馬の一人が、フィオナたちの姿に気づき、必死の形相で叫んだ。
「あっちだ! 剣を持った、人相の悪い男が二人、路地裏の方へ逃げていったぞ!」